お狐様と翡翠の少女

みなと

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第11話 何のための異能か

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 何だ、これは。

 声に出したつもりだったけれど、口の中が乾燥していて、言葉にはならなかった。
 読めば読むほど、有栖という存在の、これまでの過去が胸に突き刺さる。

「……これ、は」

 能無し、そう言われて有栖が受け続けた、言われのない批難の数々。
 完全なる能無しでないにも関わらず、ただ、翡翠眼が発現していないというだけで、能無し扱いをされている。
 それならば、いっそのこと能力を封印していることを明かせば良いのに、と裕翔は思った。そうすれば、そんなことを言われることはきっとない…と。
 だが、思ってすぐにまた考え込んだ。

「いや……そうか……」

 もしも有栖の翡翠眼を封印していることが広まった場合、なぜ封印しているのか、というところに人々は興味を示す。

 そもそも有栖が宿している翡翠眼を封印している理由は、その能力の強大さ故に、である。
 幸福をさずけてくれるものだが、その分制御も難しく、果てしなく力を使うもの。その力の使い方によっては有栖の身を滅ぼすどころか、暴走させてしたったら取り返しのつかない事態になりかねない。有栖ごと呑み込んでしまうだけなら問題ないが、周りへどのような影響があるのかは計り知れないのだから。

 制御するための力は、年々大きくなっていくと予測されている。
 恐らく有栖が十八歳になって、成長期が終った頃の体がきちんと出来上がったくらいには、有栖は翡翠眼を完全制御できるまでに中身も外見も成長するだろう。故に、それまでは有栖の身を第一優先事項とし、守る。

 そのように記載されているのを見て、裕翔は別の意味でゾッとした。
 それほどまでの力を制御できるだけの、途方もない才能があるということ。
 更に、幸を与えてくれるという翡翠眼が宿した人間に与える影響の大きさも、これまで知らなかっただけに、背筋が震えた。

「ハズレどころか……とんでもないな」

 自分なんかよりも、よっぽど強大な力を持っている有栖に対して、興味が湧いた。なお、その強大な力をまるっと封じ込めてしまった現・砺波家当主の力にも頭が上がらない。
 恐らく色々な人の力を借りてはいるだろうが、まさかここまでとは、と裕翔は考える。

 単純ではあるが、有栖ときちんと会話がしてみたい。

 その力をどうするのか、どのように御するのか。
 もちろん、家の発展のために使うのだろうという決め付けのような気持ちもあるが、どうやって制御するというのかも興味がある。

 だが、一部の人しか知らないとはいえ、何故自分の祖父母はこの情報を知らないのか。両親と玲はきちんと知っていたのに、だ。

「…父さんと母さんに聞いてみるか」

 知っていたとしても、教えてもらえるのか分からないが、聞かなければそれも分からない。
 向き合え、と言われたのだから徹底的に向き合おう。
 たとえ、有栖に避けられたとしても自業自得なのだから、受け入れなければならない。その上で、きちんと話がしたい。
 部屋を出て、リビングに向かうと父と母がいた。
 そういえば、最近みっちり働いていたから有休を取れ!と職場の人に叱られたとか言っていたな…と思いながら、二人に話しかける。

「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「あら、どうしたの」
「…有栖、さんの…ことなんだけど」

 有栖の名前を出した途端、文佳の顔が強ばった。

「…何?」

 あれだけのことをやらかした矢先に、裕翔から有栖のことを聞きたいと言われても嫌な予感しか、きっと文佳はしなかったのだろうか。ぴり、とした緊張感に包まれる。
 まぁまぁ、と文佳をなだめてくれている父にありがとう、と思いながら裕翔は言葉を続ける。

「どうして、じいちゃんとばあちゃんは翡翠眼のことを知らないんだ」
「知ったらどうなるか、あなた理解してる?」
「知ったら、って…え?別に、どうもしないんじゃ…」

 あれだけ爺どもに心酔してたら…可愛がられてたら、そりゃ知らないわよね、と呟く文佳と、困ったように苦笑いを浮かべている廉也を見て、何があるのかと裕翔は必死に考える。
 自分や玲にとってはとても優しく接してくれる祖父母に、一体何があるというのか。

「もし言ったら、あの人たちは何が何でもあなたと有栖ちゃんの婚約を推し進めたでしょうね」
「でも、別にそれで良いんじゃ…」
「その後、有栖ちゃんを閉じ込めてでも何でもして、人体実験とかやらかすわよ」
「は?!」

 あの優しい祖父母がそんなことをするわけがない!そう思った裕翔が反論しようとしたが、文佳の目も廉也の目も、真剣そのもの。
 どうして、と思うけれどこれだけ真剣な父と母の目を見たことがない。

「だって、じいちゃんと…ばあちゃんは、優しく、て」
「あなたと玲が、阿賀の家にとって、とても役に立つ存在だから。だから、優しいの」

 嘘だ、と裕翔は思いたかった。
 大好きな祖父母を信じていたいけれど、母の言うことが真実だとという気持ちが大きく膨れ上がる。

「本当、なの」
「ええ、嘘をついても得なんかしないわよ」

 あの母にここまで迷いなく言われたら、信じるしかないのだろうか。
 だが、優しい祖父母の顔がどうしても頭をよぎってしまって、簡単には信じたくなかった。

「で、でも…!」
「私たちの判断で、あの人たちには黙っているの。今の内容を、話す話さないは裕翔の判断だけど…それをしたら、どんな迷惑が砺波にかかるのかを考えなさい」

 裕翔はぐっと押し黙ってしまう。祖父母を信じているけれど、もしも文佳の言う通りだったら?
 そして、もし有栖との婚約、後に結婚まで叶ったとして、祖父母が有栖に対して何かしないと言い切れるのだろうか。

「もし…言ったら、どうなるんだよ」
「そうねぇ…。まず、有栖ちゃんを守るために、砺波の家は何もかもを総動員して、保護結界を張るでしょうね。この現代に、何のために異能が受け継がれていると思っているのかも、併せて考えなさい」
「何のために、って」

 この現代日本で、何のために異能が受け継がれているのか。
 もう廃れてもおかしくないというのに、それが今までずっと消えることなく続いているのか。

「妖が、出るから…」
「その妖って、何なのか分かっている?」
「人の心に巣食っているとされている邪念が、あまりに大きくなって…その思考の持ち主を支配しにかかり、やがて人としての理性を失ってしまった結果の、化け物だろう」
「その邪念の持ち主、ここまで話していて身近に心当たりはない?」

 ――裕翔は、あ、と思ってしまった。

 今の話を聞いて、祖父母の思考回路と併せて考えてみると、合致してしまいかねないではないか。
 だが、祖父母を妖としてみなした上で対峙するのはまた別の話のはずだ。そもそも、祖父母は先代当主だ。そんな人たちが妖であるものか、そう思っても有栖への異様な態度は可能性の一端を孕んでいるとも言える。

 阿賀家をはじめ、砺波家などの異能の持ち主が、妖に対抗できる術として異能の主である妖の力を正しく律し、使いこなせているから保たれている平穏。
 まさかそれが、家の中から破壊されかねない、だなんて。

「でも、だからって!」
「妖狐、化け狐、色々な呼び名で先代は恐れられていたわ。次期当主に力を受け継がせてもなお、力が強いことは…果たして何を意味するのかしらね」

 

 そう、言外に告げて文佳は真っ直ぐ裕翔を見つめた。

「裕翔、あなたは染まっていない。あなたの内に秘めている狐の力は、あなたが思っているよりも遥かに大きいから」

 有栖と話したい、そう言っただけだったはずなのだ。
 思っているよりも、根っこが深い問題なのかもしれない。いいや、深すぎるのだと思って、裕翔は何も言えなくなってしまった。
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