お狐様と翡翠の少女

みなと

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第4話 いつものこと

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「来たよ」
「ほんとだぁ」
「樟葉様はあーんなに優秀でいらっしゃるのに、妹があれじゃねぇ」

 ひそひそ、くすくす。

 いっそのこと暴力をふるってくれた方がどれだけマシなのだろうか、と思える陰口の嵐。
 またか、と溜め息を吐いた有栖は自分の席に荷物を置いて着席した。

「懲りぬ輩よな。口縫い付けてやろうか」
「いいよ、気にするだけ時間の無駄」

 こそこそと桜華と話して一時間目の授業を確認してから、教科書とノートを取り出し用意した。桜華の姿はもちろん見えていない。
 有栖個人の荷物にイタズラされていない分、小学校の頃よりは遥かにイジメはマシになっている。

 私立・甲崎学園。
 幼等部から大学部まで備わった一貫校だが、ある特徴をもっている。
 ひっそりと集められた特別クラスの生徒たちは、有栖らと同じく異能を使うことができる、特殊な家の関係者、あるいは直系の子供たち。
 異能の強さこそ全て、と言い聞かされている彼らは、有栖を常に馬鹿にし続ける。

 だが、有栖は一切、何も能力が使えないわけではない。
 比較対象が兄の樟葉だから分が悪いだけであって、ある程度、有栖だって術が使えるのだ。使える術の種類はあまり多くはないけれど、日常生活が割と快適に過ごせるような涼しい風を起こせたり、ほんのちょびっと水を出せたり。それ嬉しいか?と聞かれるが、有栖本人からすれば『真夏のあっつい時に一人だけ涼しいそよ風浴びれるの最高』らしい。
 仲のいい親戚の子に『え、なんだそれ羨ましい。真夏に涼しいのいいなー!』と言われた有栖はドヤ顔を披露していた。

 そして、これは有栖の場合のみ当てはまることなのだが、桜華の祝福をその身全てに受けていることが、ささやかながらも『術を使える』という理由の一つだと、大人たちは結論づけた。
 天狗の異能は直系の第一子に受け継がれ、その他の子には天狗の異能は受け継がれないが、普通の異能を使える子はたまにいる。それが、今回は有栖だったということ。
 砺波家の場合、天狗の異能があまりにも有名すぎること、有栖がほんの少しだけ能力を使えてしまうことに加え、桜華の守護を有栖が得ているということ。これらを総合した結果、現状の有栖の最悪極まりない現状ができてしまっているのだが。

 そして、万が一の術の暴走に備え、異能に対応出来る教師が固められたこの場所は、有栖にとってはただの監獄でしかなかった。

 いっそ、何も術が使えない状態であれば、『異能は兄が全て受け継いだのだから』と開き直れるし、もっと楽だった。だが、ほんの少しだけ能力が使える状態であれば、『本当ならもっと強い力をもっているのではないか?』という勝手な想像や期待をされてしまうのだ。

 小学校の頃の有栖は、『やーい能無し!』とからかわれたら、『普通の術はちょびっとだけど、私だって使えるもん!』と泣きながらも反論していた。
 そうしたら、ランドセルや教科書、文房具など、ありとあらゆる物が壊されてしまった。挙句の果てに『異能使ってこんくらい直せよバーカ!』と男子から思いきり突き飛ばされて、転んだ拍子についた手首を、ぐきりと捻ってしまった。
 壊れたものを直す異能なんて、どう使うのか有栖には分からなかったし、そもそもそんな能力は備わっていない。
 そして捻ってしまった手首も痛くて、壊れたものを直すより、こっちの怪我を早く治してほしいと思った。
 桜華の祝福を受けている有栖がほんの少しだけ使える力の中に、ものを直すという術も、治癒術も、一切無い。だから、どうすればいいのか分からなくて、手首が痛いし壊されたものの中には大切だったものもあったしで、パニックを起こした有栖はわんわんと泣いた。

 突き飛ばされた有栖が泣いてしまったことにより、桜華が誰よりも怒り狂った結果、その男子の家が全焼したとか何とか聞いたけれど、やられたことがあまりに嫌すぎて、ざまぁみろとしか思えなかった。
 男子の親が必死に謝りに来たが、普段は温厚な有栖の両親が『今回の件って、うちの子が何か悪いことをしたんですか? ねぇ、どうしてそもそもうちの子は色々壊されて、突き飛ばされて、怪我までしてしまったんでしょうか……』と心底不思議そうに(勿論わざとであるが)聞いたことにより、いくら謝っても許されないと親たちは理解したらしい。
 いつの間にか転校して行ったが、有栖はその男子のことなど、どうでも良くなっていた。

 この頃からだろうか、無気力のような、何かを諦めたようなのほほんとした性格に拍車がかかったのは。

「姫様よ、あの馬鹿どもどうしてくれる?」
「無視」
「焼きたいんじゃが」
「焼かないで」

「アイツ何独り言言ってんの?」
「頭ヤバくない?」

 有栖がこっそりと桜華と話していると、クラスメイトはひそひそと、いいや、聞こえるように話している。

「姫様」
「だーめ。桜華、ステイ」
「わらわをあの犬と同等に扱う、じゃと…?!」

 何という姫様!でも好き!と叫んでいる桜華は放ったらかしにしておいて、有栖は持ってきていた文庫本を読み始める。

 本を読むことは、最近とても好きになっていた。

 物語の世界に入り込んで、『あぁなったらいいな』、『こうなったらいいな』と一人考えていればとても楽しく過ごせるから。
 友人である玲が同じクラスなら問題なかったが、今年に限って異能持ちが多く、運悪く2クラスある上に毎回ことごとく、別々のクラスになってしまった。

「何よ、すました顔して本なんか読んじゃってさぁ」
「ほっとこうよ~。どうせ自分がどうにかして役に立ちたい、とか思いながらあれこれ調べてんでしょ」
「あー」
「なーるほどー?」

 勝手な妄想をして、クラスの面々はケラケラと笑い続ける。

 あぁ、どうして本当に早いところ翡翠眼は目覚めてくれないのだろう。
 桜華には気付かれているかもしれないけれど、有栖は何度目か分からないため息を、そぉっと吐いた。

 そう、これが有栖の『いつもの風景』。

 もうすぐ、きっと変わる。それだけを信じて、有栖は日々をただ、静かに耐え抜いていた。

──顔合わせまで、少しでも落ち着いていないといけない。

「……裕翔さまは……もう、私のことなんか、覚えてないよね……」

『お前は、砺波の家の子?』

 問いかけてきてくれた、綺麗な顔立ちの男の子。
 あれが阿賀家次期当主だ、と聞かされつつ母親から『有栖の将来のお婿さんかもね』と悪戯っぽく言われて、ずっと憧れていた人。
 願いは脆くも崩れ去りかけたけど、もしかしたら、と有栖は願った。

 願って、しまったのだ。
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