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第2話 大切な子
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はぁ、と有栖は溜息を吐いた。
深い深いそれを聞いて、桜華がふわりと姿を現して、ひょいと有栖の顔を覗き込んでくる。
逆さまに覗き込まれているから、夜中だとホラーだと間違えそうになりそうだなぁ、と有栖は見ながら思った。
「何じゃ、姫様。そのような深い溜息を吐いてからに」
「桜華」
そのまま立っていれば床についてしまいそうなほどの長さの髪は、白に近い薄桃色。くせなど無い直毛は、桜華が浮いていることでふわふわと広がって見え、纏っているのは純白の巫女服を模した衣装。下は緋袴だが、上は白衣を纏っているもののその上に千早を合わせている。薄手の生地で本来ならば何かしらの模様が描かれている場合があるのだが、桜華は何もない。
胸元に桜の模様があるように見えるが、あまりまじまじと見ては失礼かと思い、有栖は大して気にしていなかった。似合っているから良いか、とそれで済ませてしまった。なお、桜華からは『気にならんのか姫様!わらわに興味がないか?!もっと可愛らしい格好の方が興味を持ってくださるか?!』と抱き着かれつつわんわん泣かれたという過去話があったりもする。
何かのゲームのキャラみたいだなー、という印象しかなかった、というのが有栖曰くだが、別にどんな格好をしていても桜華は桜華なのだから。
物心ついたときから、そばに居てくれて、お母さんのような、お姉さんのような、親友のような、とても大切な存在。
「姫様よ。して、何に対しての溜息じゃ?」
「うーんとね…」
「何か良くないことであれば、わらわが塵芥にしてやろう。ささ、わらわに言っておくれ?」
桜華はうきうきとした様子で問いかけてくる。有栖の一挙一動を知るのが楽しくて仕方ないらしいが、そんな様子の桜華のことを、今は有栖は『お母さんみたい』と思っていたりする。
どうやって説明したものか、と有栖は少しだけ悩んでから遠慮がちに言う。
「今度、婚約者と改めて顔合わせも兼ねて食事会をするんだけど」
「は」
ぴき、と桜華の美しい顔に青筋が見えた。
桜華の顔立ちは、どうやって控えめに言っても『美人』なのだ。それもとんでもない美人。
来ている服と桜華の持つ雰囲気が相まっているせいか、美人度がとんでもなく高いのだが、そんな美人が怒ると迫力がすごい。
「婚約者」
「そう、婚約者」
「あれか、姫様のことを出会った瞬間に罵りおった阿賀の小童か」
「ちょっと桜華、小童て」
思わずツッコミを入れてしまった有栖だが、どうやら桜華の逆鱗に触れたようだ。
有栖がもっと小さい頃、一度だけ婚約者に会ったことがあるのたが、その時に言われたのは『なんだ、樟葉んとこのハズレか』だった。
これを桜華がしっかりばっちり覚えており、今なお有栖の婚約者は、桜華の中では嫌悪している人物リストのトップに君臨し続けているらしい。
「あんのクソ童、わらわの可愛い可愛い姫様に対してとんでもなく無礼な言葉をぶつけおったではないか!許せると思うてか!」
「まぁほら、私の能力についてきちんと知らなかったとかそういう……」
「子に早々に説明せん親も親じゃ!」
「おーい桜華ー、落ち着いてー?」
憤慨し続けている桜華を見ていると、悲しい気持ちがふんわりと薄れてしまう。
他の誰かが自分以上に怒ってくれるから、有栖の怒りの持っていき先が無くなる、というか、そういう気持ちだ。
いつも有栖の周りが、自分の事のように怒ってくれるから救われている部分が凄く大きい。あぁ、本当に皆ありがとう、と有栖はいつもお礼を忘れない。
「桜華、もう大丈夫だから」
「じゃが…!」
「小さい頃だし、それに婚約者の妹は私の友達なんだから色々大丈夫だよ」
「……あぁ、阿賀の小娘か」
「他の呼び方はないの」
「ない!」
つーん、とそっぽを向いてしまった桜華を、可愛い、と言ってもいいものか。
先程までは般若のような形相だったが、今では拗ねている子供のような顔になっている。本当に桜華は楽しいなぁ、と思いつつも言葉を続けた。
「おにいも私の友達と婚約するんだし、今回の婚約で両家の繋がり強化の意味も込められているんだから」
「……わらわは、姫様が悲しい気持ちにならなければ、それで良い」
「大丈夫よ、桜華もいてくれるし、みーんないてくれるんだから」
「当たり前であろう!」
桜華が頬をぷくりと膨らませているところに、部屋の扉がノックされる。
「……あれ」
「む」
「はぁい」
どうぞー、と返事をすれば樟葉が入ってくる。
どうしたのだろうか、と思っていると樟葉は神妙な顔をして有栖を見ている。
「……おにい?」
「大丈夫じゃなかったら、俺に言え」
「へ?」
「裕翔のことだ」
「……あー……」
阿賀 裕翔。
有栖の親友である玲の兄で、阿賀家の次期当主。端正な顔立ちで女性に大変人気があり、樟葉と同じ学校に通っている。
裕翔の髪は自然な茶色、スポーツ刈りに近い短髪な樟葉とは違って少しだけ髪が長い。普段は縛って一纏めにしており、目の色は灰色。あ、変わっているなー、と幼い頃の有栖は見ていたのだが、視線が合った早々に『何だ、樟葉んとこのハズレか』と言われてしまい、ばっちり聞いていた桜華が燃やし尽くさんばかりの力を解放しようとしたところを、必死に有栖が止めたり、樟葉が思いきり裕翔を殴り飛ばしたりと、当時は揉めまくったのだ。
「でも…さすがに、多少は変わってるんじゃないかな、って思うんだけど…」
「そう簡単に変わるなら、苦労しない」
「え、おにいが断言するくらい変わってないの?」
「あぁ」
言いながら頷いている樟葉だが、ちらりと桜華に視線を向ける。
「万が一があれば、有栖を頼む」
「言われずとも」
フン、と言って桜華が樟葉から視線を外し、二人は互いに背を向け合う。
仲がいいのか悪いのか。
とはいえ、有栖のこととなると一生懸命に色々なことを考えてくれて、大切にしてくれる二人の存在が、何よりありがたかった。
勿論、家族も親戚一同も良くしてくれるが、有栖にとって一番身近な存在の二人が、ここまで想ってくれるのだから頑張ろうと、そう思えるのだ。
深い深いそれを聞いて、桜華がふわりと姿を現して、ひょいと有栖の顔を覗き込んでくる。
逆さまに覗き込まれているから、夜中だとホラーだと間違えそうになりそうだなぁ、と有栖は見ながら思った。
「何じゃ、姫様。そのような深い溜息を吐いてからに」
「桜華」
そのまま立っていれば床についてしまいそうなほどの長さの髪は、白に近い薄桃色。くせなど無い直毛は、桜華が浮いていることでふわふわと広がって見え、纏っているのは純白の巫女服を模した衣装。下は緋袴だが、上は白衣を纏っているもののその上に千早を合わせている。薄手の生地で本来ならば何かしらの模様が描かれている場合があるのだが、桜華は何もない。
胸元に桜の模様があるように見えるが、あまりまじまじと見ては失礼かと思い、有栖は大して気にしていなかった。似合っているから良いか、とそれで済ませてしまった。なお、桜華からは『気にならんのか姫様!わらわに興味がないか?!もっと可愛らしい格好の方が興味を持ってくださるか?!』と抱き着かれつつわんわん泣かれたという過去話があったりもする。
何かのゲームのキャラみたいだなー、という印象しかなかった、というのが有栖曰くだが、別にどんな格好をしていても桜華は桜華なのだから。
物心ついたときから、そばに居てくれて、お母さんのような、お姉さんのような、親友のような、とても大切な存在。
「姫様よ。して、何に対しての溜息じゃ?」
「うーんとね…」
「何か良くないことであれば、わらわが塵芥にしてやろう。ささ、わらわに言っておくれ?」
桜華はうきうきとした様子で問いかけてくる。有栖の一挙一動を知るのが楽しくて仕方ないらしいが、そんな様子の桜華のことを、今は有栖は『お母さんみたい』と思っていたりする。
どうやって説明したものか、と有栖は少しだけ悩んでから遠慮がちに言う。
「今度、婚約者と改めて顔合わせも兼ねて食事会をするんだけど」
「は」
ぴき、と桜華の美しい顔に青筋が見えた。
桜華の顔立ちは、どうやって控えめに言っても『美人』なのだ。それもとんでもない美人。
来ている服と桜華の持つ雰囲気が相まっているせいか、美人度がとんでもなく高いのだが、そんな美人が怒ると迫力がすごい。
「婚約者」
「そう、婚約者」
「あれか、姫様のことを出会った瞬間に罵りおった阿賀の小童か」
「ちょっと桜華、小童て」
思わずツッコミを入れてしまった有栖だが、どうやら桜華の逆鱗に触れたようだ。
有栖がもっと小さい頃、一度だけ婚約者に会ったことがあるのたが、その時に言われたのは『なんだ、樟葉んとこのハズレか』だった。
これを桜華がしっかりばっちり覚えており、今なお有栖の婚約者は、桜華の中では嫌悪している人物リストのトップに君臨し続けているらしい。
「あんのクソ童、わらわの可愛い可愛い姫様に対してとんでもなく無礼な言葉をぶつけおったではないか!許せると思うてか!」
「まぁほら、私の能力についてきちんと知らなかったとかそういう……」
「子に早々に説明せん親も親じゃ!」
「おーい桜華ー、落ち着いてー?」
憤慨し続けている桜華を見ていると、悲しい気持ちがふんわりと薄れてしまう。
他の誰かが自分以上に怒ってくれるから、有栖の怒りの持っていき先が無くなる、というか、そういう気持ちだ。
いつも有栖の周りが、自分の事のように怒ってくれるから救われている部分が凄く大きい。あぁ、本当に皆ありがとう、と有栖はいつもお礼を忘れない。
「桜華、もう大丈夫だから」
「じゃが…!」
「小さい頃だし、それに婚約者の妹は私の友達なんだから色々大丈夫だよ」
「……あぁ、阿賀の小娘か」
「他の呼び方はないの」
「ない!」
つーん、とそっぽを向いてしまった桜華を、可愛い、と言ってもいいものか。
先程までは般若のような形相だったが、今では拗ねている子供のような顔になっている。本当に桜華は楽しいなぁ、と思いつつも言葉を続けた。
「おにいも私の友達と婚約するんだし、今回の婚約で両家の繋がり強化の意味も込められているんだから」
「……わらわは、姫様が悲しい気持ちにならなければ、それで良い」
「大丈夫よ、桜華もいてくれるし、みーんないてくれるんだから」
「当たり前であろう!」
桜華が頬をぷくりと膨らませているところに、部屋の扉がノックされる。
「……あれ」
「む」
「はぁい」
どうぞー、と返事をすれば樟葉が入ってくる。
どうしたのだろうか、と思っていると樟葉は神妙な顔をして有栖を見ている。
「……おにい?」
「大丈夫じゃなかったら、俺に言え」
「へ?」
「裕翔のことだ」
「……あー……」
阿賀 裕翔。
有栖の親友である玲の兄で、阿賀家の次期当主。端正な顔立ちで女性に大変人気があり、樟葉と同じ学校に通っている。
裕翔の髪は自然な茶色、スポーツ刈りに近い短髪な樟葉とは違って少しだけ髪が長い。普段は縛って一纏めにしており、目の色は灰色。あ、変わっているなー、と幼い頃の有栖は見ていたのだが、視線が合った早々に『何だ、樟葉んとこのハズレか』と言われてしまい、ばっちり聞いていた桜華が燃やし尽くさんばかりの力を解放しようとしたところを、必死に有栖が止めたり、樟葉が思いきり裕翔を殴り飛ばしたりと、当時は揉めまくったのだ。
「でも…さすがに、多少は変わってるんじゃないかな、って思うんだけど…」
「そう簡単に変わるなら、苦労しない」
「え、おにいが断言するくらい変わってないの?」
「あぁ」
言いながら頷いている樟葉だが、ちらりと桜華に視線を向ける。
「万が一があれば、有栖を頼む」
「言われずとも」
フン、と言って桜華が樟葉から視線を外し、二人は互いに背を向け合う。
仲がいいのか悪いのか。
とはいえ、有栖のこととなると一生懸命に色々なことを考えてくれて、大切にしてくれる二人の存在が、何よりありがたかった。
勿論、家族も親戚一同も良くしてくれるが、有栖にとって一番身近な存在の二人が、ここまで想ってくれるのだから頑張ろうと、そう思えるのだ。
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