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4巻
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足を見せすぎるのは恥ずかしいことだと教えられるこの国では、外で着ることのできないドレスである。
緩く巻いた髪を寄せて首の右から前に流し、ゆっくりと歩いて中央にいるディアルドの膝に座る。わざとスリットが綺麗に見えるように座り、ディアルドの首に手を回すと頬にキスをした。
「どう? ディアルド、ミリィに落とされたいっていう気持ちになった?」
しんとしていたのに、急にいつもの口調で私が話すものだから、ディアルドは盛大に溜め息をついた。
「ミリィ、もう少し恥じらいを持って」
「うふふ! 言うと思った! でもディアルドは文句言えないんだよー」
「どうして」
「ユフィーナ様にも色違いで結婚祝いの贈り物で作ったんだよ! ディアルド、絶対悩殺されるから! 楽しみでしょ!」
「……」
「ユフィーナ様が着ているのを見たくない?」
「……」
「絶対綺麗よ、妖艶よ。もらってくれる?」
「……貰うけれど」
「そうこなくっちゃ!」
よし、まずはディアルドが落ちた。と、急に体が浮いたかと思うと、バルトが楽しそうに笑っていた。
「次は俺のところにおいで! 妖艶すぎて、もう俺の心臓が鷲掴みだよ」
「バルトの彼女にも一着いかが?」
「もらうもらう」
「ミリィ? 俺はこんな服作ったなんて聞いてないからね!」
「ジュード、これはユフィーナ様の結婚お祝いに何か良いものがないかなって思いついたドレスなの。外で着られないような服は旦那様だけが見られる特権だもの。ディアルドが喜んでるでしょ」
「兄上! 何を喜んでるんですか! ミリィの足を見てください。こんなところまで見えて!」
「……俺、何でジュードに怒られているんだ?」
「ジュード兄上いいじゃん、ミリィすごく可愛いでしょ。俺たちに披露するだけなんだし」
バルトに抱かれたままバルトの首の後ろを見ると、兄たちがわあわあ言っている横でいつも通りのシオンがいた。
「シオンはどう思った?」
「いつも通り」
「可愛い?」
「うん」
「ありがと」
兄たちがいつも通り褒めてくれるので嬉しい。ふとエメルとカイルを見ると、エメルは少し困った顔をしていて、カイルは前を向いてぼーっとしているように見える。やはり仕事が忙しくて疲れているのだろう。忙しいのにもかかわらず、私の思いつきの発表会に駆けつけてくれたエメルとカイルには感謝しかない。
バルトに降ろしてもらうと、エメルとカイルに近づいた。ぼーっとしているカイルの顔を両手で挟むと上を向かせる。
「カイルお兄様、疲れちゃった? 大丈夫?」
「……うん」
一瞬目が合ったのに、すぐに下を向くカイル。ふとエメルを見ると、ただ笑顔が返ってくる。だからエメルの笑顔の意味は私には分からないのに。
カイルの前にしゃがんで顔を覗き込むと、少し顔が赤くなっていた。
「カイルお兄様、熱があるんじゃないかしら」
おでこに手を当てる。うーん、熱はなさそうだけれど。一瞬目が合うが、やはり少し逸らされてしまう。
「カイル様は疲れているようですね。一度私の部屋で休みましょう」
「……そうだな」
カイルとエメルは部屋を出て行く。やはり体調が悪いのか。心配になる。
「ミリィ、こちらにおいで」
ジュードに呼ばれ、カイルを気にしながらも兄たちのところへ向かう。
「カイルお兄様、大丈夫かしら? 働きすぎだと思うのだけど」
「たぶんそういうことじゃないと思うけどね」
「アルト、何か知ってるの?」
「想像はつくよ。――シオン」
ソファーに座ったままだったシオンが立ち上がり、私を抱き上げると、またソファーに座った。そして向かい合わせで膝に乗せるとシオンが私の両耳を塞ぐ。
「え? 何? 聞こえないよ?」
どうした急に。こういう場合は、たいてい私の後ろで兄会議が始まるのだ。私に聞かれたくない話なのかと、少しむくれる気持ちになる。仕方ないので、シオンの顔で遊んで時間を潰す。
シオンはパパ譲りの目つきの鋭い瞳なのに、顔は綺麗でイケメンである。瞳はママ似の神瞳でキラキラと光っている。よく見るとまつ毛も長くて、くるんと上を向いている。目元を少し引っ張ると、びにょんと伸びて愛嬌が出る。ほっぺを引っ張ると少しまぬけになるし、笑っていない口角を斜め上に引っ張ると疑似的に笑っているように見える。
怒りもせず、私にされるがままのシオンは、まだ私の耳を塞いでいる。
それにしても、二着目のドレスだが、やはり兄たちが反応したのは足だった。大きく開けた胸元には誰も反応なし。
貴婦人のドレスは、大胆に胸元を開くものが流行っているからか、全体的に胸を強調するデザインのものを着用している人が多い。右を見ても左を見ても見える胸より、隠れている足の方が興味を持たれやすいのだなと改めて思う。
私の胸もなかなか大きくなってきたけれど、やはり足もケアが必要だろうか。足ってどうやったら綺麗に見えるようになるのだろうか。腹筋は毎日鍛えているけれど、筋肉が付きにくいのか、まったく割れない。腹筋バキバキのシオンに教えてもらっているはずなのに、おかしい。
兄たちの会話が聞こえなくて暇なので、私がこのようにどうでもいいことを考えていた一方で。
「――あれは落ちてるでしょう」
「カイル様本人は気づいているのか?」
「どうですかね? ただの兄妹愛だと勘違いしている可能性もあり」
「ミリィの可愛さには落ちるのは仕方ないとしても、どうにかしないといけないよね」
「どうにかとは? 変に突っつくと逆に加速するんじゃないのか?」
「確かに。ミリィはまったく気づいてないしね。俺らにするみたいに『カイルお兄様大好き!』 だもん。あれはねぇ、兄妹じゃなかったら落ちるよねぇ」
「……仕方ない、カイル様には別に婚約者でも作ってもらおうか」
「ああ、それが手っ取り早い。今ならミリィは『応援するよ!』って言うと思うし」
「そうだね。ただあの、女性に対して鉄壁のカイル様が落ちるような相手がいますか?」
「うーん、ミリィに似ている人ってことか? いないんじゃないか」
「しばらくミリィと会うのをやめさせるとか」
「ミリィが会いに行くのをやめると思うか?」
「……ミリィは自由にさせてないと可哀想だしなぁ。俺、そういう意地悪は無理」
「俺も無理だが。そもそも会わせないなど無理だろう。カイル様が会いに来るんだから」
「今日の添い寝担当はエメルでしたっけ? ということはカイル様もいるじゃないですか」
「さっきの赤くなった顔を見ただろう? 一応、ミリィに何かするとは思えないが……」
「それはそうですよ。ミリィに兄だと思われなくなったら、今後、抱きついてすらもらえなくなることくらい分かるでしょう」
「部屋にはエメルもいるからな」
「俺、知り合いの皇太子狙いの子を何人か、夜会や舞踏会で接触させます」
「俺も。あとはまだ皇太子に興味のない子とか、結婚相手探している子も接触させよう」
まさかこんな話がされているとは思ってもおらず、私はのんきに足を鍛えることを考えていたのだった。
◆ ◆ ◆
兄たちに呼び出されて問い詰められていたエメルは、部屋に戻ると大きく息を吐いた。
兄たちに、カイルがミリィに恋をしているようだが知っていたか、と聞かれた。それはもう、知っていたと答えるしかない。
兄たちからは、カイルとミリィを決して二人っきりにするなと言われた。
カイルがミリィのことを好きなのではないかと気づいたのは、いつだっただろうか。たぶんまだカイル本人は、妹としてミリィを愛しているのだと信じていた頃。
時々ミリィが好きになる男性に対して嫉妬心のようなものを見せることがあり、あれ? と思ったのだ。しかしカイルがミリィを純粋に心配していることも確かで、それが兄としての気持ちによるものなのか、恋によるものなのか、エメルは迷ったものだ。
エメルだってミリィのことを愛している。とても可愛いし、ミリィが泣いていたらその原因になったものを一生後悔させてやるくらいには愛していると思う。
ミリィはどうやら惚れっぽく、いつも恋する相手を探している。それを見ているとエメルは心配だし、ミリィが傷つかないように対処しようと思う。けれどカイルはそれに加え、ミリィの興味がどうにか自分に向いてほしいと願っている。本人はそれを兄としての感情だと勘違いしていたようだけれど。
ミリィに会えなくても、一日に何度もミリィの名前を口にする。多忙でもミリィと会う時間を作る。ミリィに愛していると伝える。ミリィを抱きしめ、抱き上げ、腕の中にずっと閉じ込める。体調を気遣い、いつも元気で憂いなく笑顔で過ごしてほしいと願う。とにかくミリィが世界で一番可愛くて。あれ?
どれもカイルには関係なく、自分を含む兄たち全員が思っていることだと気づいた。ではやはりカイルが抱く感情は兄としての愛情なのか。
いや、しかし。
成長したミリィは綺麗になった。普段は甘えたがりで可愛いのに、舞踏会や夜会などで見るミリィはとにかく綺麗である。うちの妹は可愛いと思う。世界一綺麗だと思う。その美しさに息を呑む時がある。けれど。
顔を赤くしたりはしない。見惚れて熱に浮かされることはない。魅惑的な服を着ても、見たらいけないものを見たような気持ちにはならない。お兄様だから見せるのよと言うミリィに、兄たちしかいないのだから大目に見るか、そしてそんな姿も可愛いと思うだけである。
さすがに、カイルも自分の気持ちを自覚したのではないかと思う。大量にやってくる婚姻話になぜ積極的にならないのか。ミリィ以外の女性に一切目が向かないのはなぜなのか。
カイルも今年二十一歳、そろそろ婚約者を決めなくてはならないのだ。
ミリィを抱きしめるカイルは、自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか。全身でミリィが好きだと言っているように見える。そんな姿は普段はソロソやエメルくらいしか見る者がいないが、今日、兄たちは気づいてしまった。その意味に。
兄たちの気持ちは分かる。可愛いミリィを誰にも渡したくないのだ。それはエメルも同じだが、エメルはカイルの側近でもある。
近くでずっと見てきた。だからエメル自身は、カイルはミリィの夫としては悪くないと思っている。カイルが夫ならミリィを大事にするだろうし、ミリィは幸せになれると思うのだ。
ただミリィの気持ちは? 今はカイルをただの兄としか思っていないだろう。
身分に関係なく好きな人ができやすいミリィは、その感情に意外と線引きをしていると思う。
家の使用人、北部騎士団の騎士なんかは、無意識に恋愛対象外だと線引きしているのだ。それ以外なら、自由に好きな人を作る。
ミリィはカイルの気持ちを知らない。兄として接しているため、知ろうとも思っていない。だからカイルはミリィが本当に欲しいのなら、兄としての関係を捨ててもミリィに気持ちを伝えるところから始めないと、ミリィの気持ちはカイルに走り出さないのだ。
カイルの気持ちは分かる。もしミリィに兄として以外の感情を拒否されたら? 兄として接することもできなくなったら? 兄としてのカイルもいらないと言われたら? 恐怖だろうと思う。自分に見向きもしないミリィを想像するのは。
それでも他の男に取られるのが嫌ならば、早めに対応しなければならない。ミリィを狙っている男はたくさんいるのだ。我々兄たちが男たちから守ったところで、もしミリィが本気で恋をしたなら、エメルたちでもどうにかできなくなる可能性だってあるのだから。
カイルがどう動くのか、これからも傍で見ていく。それがカイルにとって今後を左右する大きな決断だとしても。最終的にミリィを手に入れることができなくても。それでも傍で見ていく。
それが側近としてのエメルの役割なのだから。
◆ ◆ ◆
冬休みがやってきた。カイルを除く兄たち全員と私はダルディエ領へ戻り、久しぶりに家族全員が揃った。ダルディエ領はやはり帝都より寒く、私は風邪を引いてしまったけれど、重症にならずに治ってよかった。久しぶりに北部騎士団にも顔を出し、懐かしい面々と顔を合わせた。
恐竜はかなり大きくなっていて、すっかり騎士団の仲間らしくなっていた。騎士を二人も乗せて走り、それでも余裕がある。三尾や一角も元気そうだった。
そして冬休みが明け、帝都に戻ってきた。テイラー学園へ通い、ディアルドの結婚式の準備も一緒に楽しむ。
ディアルドの結婚式まであと一ヶ月を切ったある日。
ディアルドとユフィーナと三人でレストランへやってきた。食事と音楽の生演奏が楽しめるお店で、とても人気なのだ。
「レンブロン様は全て、仕事を引き継がれたのですね」
レンブロンはユフィーナの弟で、私より二歳年上だ。これまで両親のいないカロディー家の仕事をパパやディアルドやジュードが代行していたが、このたび仕事の全てを本来のカロディー伯爵であるレンブロンが引き継いだという。
「ええ。これも全てディアルド様やジュード様、そしてダルディエ公爵閣下のお陰です。これまでたくさん助けていただいて、本当に感謝しておりますわ」
「レンブロンはもう立派に一人前に仕事をしているよ。俺は何も心配していない」
「そうなのね。レンブロン様とは一緒に誘拐されて以来、会っていませんから。結婚式でお会いするのが楽しみです」
「そういえば、そうだったね。ミリィと一緒に誘拐されたのだった」
あの時のレンブロンはまったく頼りなかった。しっかりしているレンブロンは想像できないが、小さい頃から勉強熱心だったのは知っている。頼もしく育ったレンブロンが楽しみである。
そんな風に話をしている時、少し離れたところで客と給仕が揉めている声がした。
「どうしたのでしょう?」
「彼は……オキシパル伯爵だね」
「ディアルドの知っている人?」
「話くらいはするけれどね。彼はアカリエル公爵家の縁者筋なんだ」
「そうなの?」
オキシパル伯爵はアカリエル公爵と同じ位の年齢のようだ。謝っている給仕に見下した目で何かを言い返して、立ち去って行く。その冷たさは絶対零度と言ってもいいほどで、誰が見ても気位の高い貴族然とした男性だった。
「一緒に座っている人、置いてかれてしまったわね」
「オキシパル伯爵らしい」
あの気位の高さ、冷たさ、そして見下すような目。ぞくっとするほど綺麗な顔。
「オキシパル伯爵はご結婚されているの?」
「しているよ。ただ夫人は亡くなられているけれど。確か息子がミリィと同学年だったと思うな」
「そうなの⁉ オキシパル、オキシパル……。――そういえばそんな名前の人がいたような」
とはいえあまり印象に残っていない。話したこともないかもしれない。同じ学年なのに失礼すぎる自分に反省する。
「……綺麗な人だったわね」
「……ミリィ?」
「あ、息子じゃなくて、オキシパル伯爵のことよ。一緒にいた方って恋人かしら?」
オキシパル伯爵が座っていたテーブルには残された女性がまだ座っていて、給仕と会話している。
「……ミリィ。彼は父上より少し下くらいの年齢だよ」
「ミリィと少し年齢が離れていて、ちょうどいいかも」
「ちょうどよくないよ⁉」
「そうかしら? 奥様が今いらっしゃらないなら、後妻を娶ってもいいのよね?」
「ミリィ、ちょっと落ち着こうか!」
「ミリィは落ち着いているわよ。まずは息子さんと仲良くなった方がいいかしら? 将来息子になるかもしれないもの」
慌てているディアルドと青い顔をしているユフィーナから思考は離れ、久しぶりに心躍る。
パパや兄たちは私の結婚を急がせることはないし、結婚しなくてもいいと言ってくれている。私も急いで結婚したいと思っているわけではないけれど、もし結婚するなら好きな男性がいい。それに、自分が甘えたいタイプだと分かっているので、落ち着いた年上の人がいいような気がしている。
オキシパル伯爵のことが好きになって、その報告を兄たちにした。みんな固まっていたけれど、相手は貴族だし問題ないと思う。エメルやカイルにも報告をしたが、カイルの様子が少し変ではあった。やはり心配されているのだと思う。相手はパパに近いくらい年上だし、私なんかでは子供すぎて相手にされない可能性が高いのだ。
オキシパル伯爵の息子は確かに同学年だった。父であるオキシパル伯爵とは似ていない。いつも一人で行動していて、誰かと話しているところを見たことがない。表情が動かないので何を考えているのか分からないし、どのように話しかけようかまだ迷っている。
それから一ヶ月近くが立ち、ディアルドの結婚式となった。
帝都のダルディエ邸の庭で大々的に行われた結婚式は素晴らしかった。ユフィーナはとにかく綺麗で、ディアルドは惚れ直していることだろう。
みんなに祝われた二人は、とても幸せそうだ。私も嬉しい。そして兄しかいなかった私に、新しく姉ができたのだ。
そうこうしているうちに、今年も社交シーズンの季節がやってきた。
春になってすぐ、待ちに待ったモニカが兄のギゼルと共に戻ってきた。テイラー学園を休学状態だったけれど、再び登校できるという。
皇帝である父や兄たちに顔を見せるために、一年の留学を終えてトウエイワイド帝国へ帰国したモニカ。ずっとグラルスティール帝国へ戻りたいと父たちを説得していたけれど、なかなか許しが出なくて大変だったらしい。
モニカはプンプンしながら話す。
「やっと許しが出たと思ったら、わたくしがグラルスティール帝国へ戻る際の船が壊れたとか、船乗りが全員船酔いで倒れたとか、お父様がわたくしの声が聞きたい病になったとか、お兄様のしゃっくりがわたくしを見たら治るとか言って、何度妨害されたか! 意味不明だわ! お父様まで謎の仮病を使うのよ!」
「モニカに会いたい病ってことね。ミリィもモニカに会いたかったから分かるなぁ」
「……そ、そう? ミリィなら仕方ないけど!」
モニカが照れていて可愛い。
「とにかく、今度は卒業するまではこっちにいられるわ。卒業後はどうするか考えなくちゃいけないけれど」
「ミリィは卒業後もモニカにいてほしい」
「もちろん、わたくしだってミリィと一緒にいたいわ。何か残るいい方法があるといいのだけれど」
「ミリィのうちにいていいよ」
「なあに、それ。そうだとしても、単純にいるわけにはいかないでしょう? ミリィの兄たちのうち、誰かの嫁にでもなるなら別でしょうけれど」
「嫁! それいい! ミリィとモニカが姉妹になるってことよね!」
「姉妹……そうね、いいわね」
「俺は反対! 絶対反対! 認めない!」
「煩いわよ、ギゼル」
実はずっと大人しく私たちの話を聞いていただけのギゼル。モニカの嫁入り話に慌てている。
「でも、ミリィの兄たちはわたくしに合わないと思うのよね」
「ええ⁉ お兄様たち、みんな素敵なのよ! 美人なモニカとお似合いよ!」
「素敵なのは否定しないわよ。でも、みんなミリィを可愛がってるから、結婚したらわたくしは対抗意識に燃えそうだわ」
「ミリィとお兄様を取り合うってこと?」
「違うわ。ミリィの兄とミリィを取り合うってこと」
「え、そっち? ……えっと、じゃあ、モニカって男性の好みは例えばどんな人?」
「そうね……。そこそこ権力を持っていて、わたくしの言うことを聞いて跪く人がいいわ」
「跪く人……? えー……ミリィとは好みが違うかも。ミリィはパパみたいに強面なんだけど優しい人とか、冷たそうなんだけど優しい人のような、ギャップがある人が好き」
「知ってる。わたくしも男性の好みだけは違うと思ってたわ」
「ミリィね、この前好きな人できたの! オキシパル伯爵というのだけれど」
「え⁉ 聞いていませんけれど⁉ 手紙に書いてなかったわ!」
「そうだったかしら。まだミリィの片想いだもの。一度しか見たこともないし」
それからオキシパル伯爵のことを質問攻めされたけれど、こんな風にモニカと恋の話ができるなんて嬉しい。
それから数日後、モニカは私が行かなかった舞踏会に参加したらしい。学園に登校してみると、モニカに詰め寄られた。
「おはよう、モニカ。どうしたの?」
「おはよう! ミリィが言っていた、オキシパル伯爵を昨日の舞踏会で見たのよ!」
「本当⁉ いいなぁ。素敵だったでしょ?」
「どこがよ! あんな冷たそうな人! ミリィには合わないわ!」
「その冷たそうなところがいいんでしょう。格好いいわ」
「駄目だ、そこだけはどうしても納得いかないわ……。わたくしがもっと吟味しなくちゃ……」
モニカがブツブツと何か言っている。
そんな感じで、モニカが帰ってきて楽しく過ごす日々が再び戻ってきたのだった。
◆ ◆ ◆
アルトはこの日、ミリィの添い寝担当だった。ミリィと一緒にベッドに入って、色々と話をしていると、ふとミリィがアルトに質問した。
「そういえば、アルトが前に言っていた『笑顔を奪う天恵』って誰なのか分かったの?」
これは困った。ミリィが可愛い笑顔を学園で振りまかないように仕込んでいた嘘だが、卒業するまで騙されたままではいてくれなかったか。ミリィの卒業まであと一年。もう少し、気づかないままでいてほしかったのだけれど。
騙されていることに気づかれたくないし、答えないのを訝しがられても困る。
仕方ないので、『笑顔を奪う天恵』を持つ者はいたが、それはミリィが四年生の時の六年生だったこと。そして、その天恵を持っていた生徒は去年卒業したこと。調査の結果、それらが少し前に判明したため伝えるのが遅くなったと謝ると、ミリィは天思が誰か判明してよかったと安心していた。うん、そんな人いないんだけれどね、アルトたちに騙されるミリィが素直すぎて可愛いので、そのままにしておく。
緩く巻いた髪を寄せて首の右から前に流し、ゆっくりと歩いて中央にいるディアルドの膝に座る。わざとスリットが綺麗に見えるように座り、ディアルドの首に手を回すと頬にキスをした。
「どう? ディアルド、ミリィに落とされたいっていう気持ちになった?」
しんとしていたのに、急にいつもの口調で私が話すものだから、ディアルドは盛大に溜め息をついた。
「ミリィ、もう少し恥じらいを持って」
「うふふ! 言うと思った! でもディアルドは文句言えないんだよー」
「どうして」
「ユフィーナ様にも色違いで結婚祝いの贈り物で作ったんだよ! ディアルド、絶対悩殺されるから! 楽しみでしょ!」
「……」
「ユフィーナ様が着ているのを見たくない?」
「……」
「絶対綺麗よ、妖艶よ。もらってくれる?」
「……貰うけれど」
「そうこなくっちゃ!」
よし、まずはディアルドが落ちた。と、急に体が浮いたかと思うと、バルトが楽しそうに笑っていた。
「次は俺のところにおいで! 妖艶すぎて、もう俺の心臓が鷲掴みだよ」
「バルトの彼女にも一着いかが?」
「もらうもらう」
「ミリィ? 俺はこんな服作ったなんて聞いてないからね!」
「ジュード、これはユフィーナ様の結婚お祝いに何か良いものがないかなって思いついたドレスなの。外で着られないような服は旦那様だけが見られる特権だもの。ディアルドが喜んでるでしょ」
「兄上! 何を喜んでるんですか! ミリィの足を見てください。こんなところまで見えて!」
「……俺、何でジュードに怒られているんだ?」
「ジュード兄上いいじゃん、ミリィすごく可愛いでしょ。俺たちに披露するだけなんだし」
バルトに抱かれたままバルトの首の後ろを見ると、兄たちがわあわあ言っている横でいつも通りのシオンがいた。
「シオンはどう思った?」
「いつも通り」
「可愛い?」
「うん」
「ありがと」
兄たちがいつも通り褒めてくれるので嬉しい。ふとエメルとカイルを見ると、エメルは少し困った顔をしていて、カイルは前を向いてぼーっとしているように見える。やはり仕事が忙しくて疲れているのだろう。忙しいのにもかかわらず、私の思いつきの発表会に駆けつけてくれたエメルとカイルには感謝しかない。
バルトに降ろしてもらうと、エメルとカイルに近づいた。ぼーっとしているカイルの顔を両手で挟むと上を向かせる。
「カイルお兄様、疲れちゃった? 大丈夫?」
「……うん」
一瞬目が合ったのに、すぐに下を向くカイル。ふとエメルを見ると、ただ笑顔が返ってくる。だからエメルの笑顔の意味は私には分からないのに。
カイルの前にしゃがんで顔を覗き込むと、少し顔が赤くなっていた。
「カイルお兄様、熱があるんじゃないかしら」
おでこに手を当てる。うーん、熱はなさそうだけれど。一瞬目が合うが、やはり少し逸らされてしまう。
「カイル様は疲れているようですね。一度私の部屋で休みましょう」
「……そうだな」
カイルとエメルは部屋を出て行く。やはり体調が悪いのか。心配になる。
「ミリィ、こちらにおいで」
ジュードに呼ばれ、カイルを気にしながらも兄たちのところへ向かう。
「カイルお兄様、大丈夫かしら? 働きすぎだと思うのだけど」
「たぶんそういうことじゃないと思うけどね」
「アルト、何か知ってるの?」
「想像はつくよ。――シオン」
ソファーに座ったままだったシオンが立ち上がり、私を抱き上げると、またソファーに座った。そして向かい合わせで膝に乗せるとシオンが私の両耳を塞ぐ。
「え? 何? 聞こえないよ?」
どうした急に。こういう場合は、たいてい私の後ろで兄会議が始まるのだ。私に聞かれたくない話なのかと、少しむくれる気持ちになる。仕方ないので、シオンの顔で遊んで時間を潰す。
シオンはパパ譲りの目つきの鋭い瞳なのに、顔は綺麗でイケメンである。瞳はママ似の神瞳でキラキラと光っている。よく見るとまつ毛も長くて、くるんと上を向いている。目元を少し引っ張ると、びにょんと伸びて愛嬌が出る。ほっぺを引っ張ると少しまぬけになるし、笑っていない口角を斜め上に引っ張ると疑似的に笑っているように見える。
怒りもせず、私にされるがままのシオンは、まだ私の耳を塞いでいる。
それにしても、二着目のドレスだが、やはり兄たちが反応したのは足だった。大きく開けた胸元には誰も反応なし。
貴婦人のドレスは、大胆に胸元を開くものが流行っているからか、全体的に胸を強調するデザインのものを着用している人が多い。右を見ても左を見ても見える胸より、隠れている足の方が興味を持たれやすいのだなと改めて思う。
私の胸もなかなか大きくなってきたけれど、やはり足もケアが必要だろうか。足ってどうやったら綺麗に見えるようになるのだろうか。腹筋は毎日鍛えているけれど、筋肉が付きにくいのか、まったく割れない。腹筋バキバキのシオンに教えてもらっているはずなのに、おかしい。
兄たちの会話が聞こえなくて暇なので、私がこのようにどうでもいいことを考えていた一方で。
「――あれは落ちてるでしょう」
「カイル様本人は気づいているのか?」
「どうですかね? ただの兄妹愛だと勘違いしている可能性もあり」
「ミリィの可愛さには落ちるのは仕方ないとしても、どうにかしないといけないよね」
「どうにかとは? 変に突っつくと逆に加速するんじゃないのか?」
「確かに。ミリィはまったく気づいてないしね。俺らにするみたいに『カイルお兄様大好き!』 だもん。あれはねぇ、兄妹じゃなかったら落ちるよねぇ」
「……仕方ない、カイル様には別に婚約者でも作ってもらおうか」
「ああ、それが手っ取り早い。今ならミリィは『応援するよ!』って言うと思うし」
「そうだね。ただあの、女性に対して鉄壁のカイル様が落ちるような相手がいますか?」
「うーん、ミリィに似ている人ってことか? いないんじゃないか」
「しばらくミリィと会うのをやめさせるとか」
「ミリィが会いに行くのをやめると思うか?」
「……ミリィは自由にさせてないと可哀想だしなぁ。俺、そういう意地悪は無理」
「俺も無理だが。そもそも会わせないなど無理だろう。カイル様が会いに来るんだから」
「今日の添い寝担当はエメルでしたっけ? ということはカイル様もいるじゃないですか」
「さっきの赤くなった顔を見ただろう? 一応、ミリィに何かするとは思えないが……」
「それはそうですよ。ミリィに兄だと思われなくなったら、今後、抱きついてすらもらえなくなることくらい分かるでしょう」
「部屋にはエメルもいるからな」
「俺、知り合いの皇太子狙いの子を何人か、夜会や舞踏会で接触させます」
「俺も。あとはまだ皇太子に興味のない子とか、結婚相手探している子も接触させよう」
まさかこんな話がされているとは思ってもおらず、私はのんきに足を鍛えることを考えていたのだった。
◆ ◆ ◆
兄たちに呼び出されて問い詰められていたエメルは、部屋に戻ると大きく息を吐いた。
兄たちに、カイルがミリィに恋をしているようだが知っていたか、と聞かれた。それはもう、知っていたと答えるしかない。
兄たちからは、カイルとミリィを決して二人っきりにするなと言われた。
カイルがミリィのことを好きなのではないかと気づいたのは、いつだっただろうか。たぶんまだカイル本人は、妹としてミリィを愛しているのだと信じていた頃。
時々ミリィが好きになる男性に対して嫉妬心のようなものを見せることがあり、あれ? と思ったのだ。しかしカイルがミリィを純粋に心配していることも確かで、それが兄としての気持ちによるものなのか、恋によるものなのか、エメルは迷ったものだ。
エメルだってミリィのことを愛している。とても可愛いし、ミリィが泣いていたらその原因になったものを一生後悔させてやるくらいには愛していると思う。
ミリィはどうやら惚れっぽく、いつも恋する相手を探している。それを見ているとエメルは心配だし、ミリィが傷つかないように対処しようと思う。けれどカイルはそれに加え、ミリィの興味がどうにか自分に向いてほしいと願っている。本人はそれを兄としての感情だと勘違いしていたようだけれど。
ミリィに会えなくても、一日に何度もミリィの名前を口にする。多忙でもミリィと会う時間を作る。ミリィに愛していると伝える。ミリィを抱きしめ、抱き上げ、腕の中にずっと閉じ込める。体調を気遣い、いつも元気で憂いなく笑顔で過ごしてほしいと願う。とにかくミリィが世界で一番可愛くて。あれ?
どれもカイルには関係なく、自分を含む兄たち全員が思っていることだと気づいた。ではやはりカイルが抱く感情は兄としての愛情なのか。
いや、しかし。
成長したミリィは綺麗になった。普段は甘えたがりで可愛いのに、舞踏会や夜会などで見るミリィはとにかく綺麗である。うちの妹は可愛いと思う。世界一綺麗だと思う。その美しさに息を呑む時がある。けれど。
顔を赤くしたりはしない。見惚れて熱に浮かされることはない。魅惑的な服を着ても、見たらいけないものを見たような気持ちにはならない。お兄様だから見せるのよと言うミリィに、兄たちしかいないのだから大目に見るか、そしてそんな姿も可愛いと思うだけである。
さすがに、カイルも自分の気持ちを自覚したのではないかと思う。大量にやってくる婚姻話になぜ積極的にならないのか。ミリィ以外の女性に一切目が向かないのはなぜなのか。
カイルも今年二十一歳、そろそろ婚約者を決めなくてはならないのだ。
ミリィを抱きしめるカイルは、自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか。全身でミリィが好きだと言っているように見える。そんな姿は普段はソロソやエメルくらいしか見る者がいないが、今日、兄たちは気づいてしまった。その意味に。
兄たちの気持ちは分かる。可愛いミリィを誰にも渡したくないのだ。それはエメルも同じだが、エメルはカイルの側近でもある。
近くでずっと見てきた。だからエメル自身は、カイルはミリィの夫としては悪くないと思っている。カイルが夫ならミリィを大事にするだろうし、ミリィは幸せになれると思うのだ。
ただミリィの気持ちは? 今はカイルをただの兄としか思っていないだろう。
身分に関係なく好きな人ができやすいミリィは、その感情に意外と線引きをしていると思う。
家の使用人、北部騎士団の騎士なんかは、無意識に恋愛対象外だと線引きしているのだ。それ以外なら、自由に好きな人を作る。
ミリィはカイルの気持ちを知らない。兄として接しているため、知ろうとも思っていない。だからカイルはミリィが本当に欲しいのなら、兄としての関係を捨ててもミリィに気持ちを伝えるところから始めないと、ミリィの気持ちはカイルに走り出さないのだ。
カイルの気持ちは分かる。もしミリィに兄として以外の感情を拒否されたら? 兄として接することもできなくなったら? 兄としてのカイルもいらないと言われたら? 恐怖だろうと思う。自分に見向きもしないミリィを想像するのは。
それでも他の男に取られるのが嫌ならば、早めに対応しなければならない。ミリィを狙っている男はたくさんいるのだ。我々兄たちが男たちから守ったところで、もしミリィが本気で恋をしたなら、エメルたちでもどうにかできなくなる可能性だってあるのだから。
カイルがどう動くのか、これからも傍で見ていく。それがカイルにとって今後を左右する大きな決断だとしても。最終的にミリィを手に入れることができなくても。それでも傍で見ていく。
それが側近としてのエメルの役割なのだから。
◆ ◆ ◆
冬休みがやってきた。カイルを除く兄たち全員と私はダルディエ領へ戻り、久しぶりに家族全員が揃った。ダルディエ領はやはり帝都より寒く、私は風邪を引いてしまったけれど、重症にならずに治ってよかった。久しぶりに北部騎士団にも顔を出し、懐かしい面々と顔を合わせた。
恐竜はかなり大きくなっていて、すっかり騎士団の仲間らしくなっていた。騎士を二人も乗せて走り、それでも余裕がある。三尾や一角も元気そうだった。
そして冬休みが明け、帝都に戻ってきた。テイラー学園へ通い、ディアルドの結婚式の準備も一緒に楽しむ。
ディアルドの結婚式まであと一ヶ月を切ったある日。
ディアルドとユフィーナと三人でレストランへやってきた。食事と音楽の生演奏が楽しめるお店で、とても人気なのだ。
「レンブロン様は全て、仕事を引き継がれたのですね」
レンブロンはユフィーナの弟で、私より二歳年上だ。これまで両親のいないカロディー家の仕事をパパやディアルドやジュードが代行していたが、このたび仕事の全てを本来のカロディー伯爵であるレンブロンが引き継いだという。
「ええ。これも全てディアルド様やジュード様、そしてダルディエ公爵閣下のお陰です。これまでたくさん助けていただいて、本当に感謝しておりますわ」
「レンブロンはもう立派に一人前に仕事をしているよ。俺は何も心配していない」
「そうなのね。レンブロン様とは一緒に誘拐されて以来、会っていませんから。結婚式でお会いするのが楽しみです」
「そういえば、そうだったね。ミリィと一緒に誘拐されたのだった」
あの時のレンブロンはまったく頼りなかった。しっかりしているレンブロンは想像できないが、小さい頃から勉強熱心だったのは知っている。頼もしく育ったレンブロンが楽しみである。
そんな風に話をしている時、少し離れたところで客と給仕が揉めている声がした。
「どうしたのでしょう?」
「彼は……オキシパル伯爵だね」
「ディアルドの知っている人?」
「話くらいはするけれどね。彼はアカリエル公爵家の縁者筋なんだ」
「そうなの?」
オキシパル伯爵はアカリエル公爵と同じ位の年齢のようだ。謝っている給仕に見下した目で何かを言い返して、立ち去って行く。その冷たさは絶対零度と言ってもいいほどで、誰が見ても気位の高い貴族然とした男性だった。
「一緒に座っている人、置いてかれてしまったわね」
「オキシパル伯爵らしい」
あの気位の高さ、冷たさ、そして見下すような目。ぞくっとするほど綺麗な顔。
「オキシパル伯爵はご結婚されているの?」
「しているよ。ただ夫人は亡くなられているけれど。確か息子がミリィと同学年だったと思うな」
「そうなの⁉ オキシパル、オキシパル……。――そういえばそんな名前の人がいたような」
とはいえあまり印象に残っていない。話したこともないかもしれない。同じ学年なのに失礼すぎる自分に反省する。
「……綺麗な人だったわね」
「……ミリィ?」
「あ、息子じゃなくて、オキシパル伯爵のことよ。一緒にいた方って恋人かしら?」
オキシパル伯爵が座っていたテーブルには残された女性がまだ座っていて、給仕と会話している。
「……ミリィ。彼は父上より少し下くらいの年齢だよ」
「ミリィと少し年齢が離れていて、ちょうどいいかも」
「ちょうどよくないよ⁉」
「そうかしら? 奥様が今いらっしゃらないなら、後妻を娶ってもいいのよね?」
「ミリィ、ちょっと落ち着こうか!」
「ミリィは落ち着いているわよ。まずは息子さんと仲良くなった方がいいかしら? 将来息子になるかもしれないもの」
慌てているディアルドと青い顔をしているユフィーナから思考は離れ、久しぶりに心躍る。
パパや兄たちは私の結婚を急がせることはないし、結婚しなくてもいいと言ってくれている。私も急いで結婚したいと思っているわけではないけれど、もし結婚するなら好きな男性がいい。それに、自分が甘えたいタイプだと分かっているので、落ち着いた年上の人がいいような気がしている。
オキシパル伯爵のことが好きになって、その報告を兄たちにした。みんな固まっていたけれど、相手は貴族だし問題ないと思う。エメルやカイルにも報告をしたが、カイルの様子が少し変ではあった。やはり心配されているのだと思う。相手はパパに近いくらい年上だし、私なんかでは子供すぎて相手にされない可能性が高いのだ。
オキシパル伯爵の息子は確かに同学年だった。父であるオキシパル伯爵とは似ていない。いつも一人で行動していて、誰かと話しているところを見たことがない。表情が動かないので何を考えているのか分からないし、どのように話しかけようかまだ迷っている。
それから一ヶ月近くが立ち、ディアルドの結婚式となった。
帝都のダルディエ邸の庭で大々的に行われた結婚式は素晴らしかった。ユフィーナはとにかく綺麗で、ディアルドは惚れ直していることだろう。
みんなに祝われた二人は、とても幸せそうだ。私も嬉しい。そして兄しかいなかった私に、新しく姉ができたのだ。
そうこうしているうちに、今年も社交シーズンの季節がやってきた。
春になってすぐ、待ちに待ったモニカが兄のギゼルと共に戻ってきた。テイラー学園を休学状態だったけれど、再び登校できるという。
皇帝である父や兄たちに顔を見せるために、一年の留学を終えてトウエイワイド帝国へ帰国したモニカ。ずっとグラルスティール帝国へ戻りたいと父たちを説得していたけれど、なかなか許しが出なくて大変だったらしい。
モニカはプンプンしながら話す。
「やっと許しが出たと思ったら、わたくしがグラルスティール帝国へ戻る際の船が壊れたとか、船乗りが全員船酔いで倒れたとか、お父様がわたくしの声が聞きたい病になったとか、お兄様のしゃっくりがわたくしを見たら治るとか言って、何度妨害されたか! 意味不明だわ! お父様まで謎の仮病を使うのよ!」
「モニカに会いたい病ってことね。ミリィもモニカに会いたかったから分かるなぁ」
「……そ、そう? ミリィなら仕方ないけど!」
モニカが照れていて可愛い。
「とにかく、今度は卒業するまではこっちにいられるわ。卒業後はどうするか考えなくちゃいけないけれど」
「ミリィは卒業後もモニカにいてほしい」
「もちろん、わたくしだってミリィと一緒にいたいわ。何か残るいい方法があるといいのだけれど」
「ミリィのうちにいていいよ」
「なあに、それ。そうだとしても、単純にいるわけにはいかないでしょう? ミリィの兄たちのうち、誰かの嫁にでもなるなら別でしょうけれど」
「嫁! それいい! ミリィとモニカが姉妹になるってことよね!」
「姉妹……そうね、いいわね」
「俺は反対! 絶対反対! 認めない!」
「煩いわよ、ギゼル」
実はずっと大人しく私たちの話を聞いていただけのギゼル。モニカの嫁入り話に慌てている。
「でも、ミリィの兄たちはわたくしに合わないと思うのよね」
「ええ⁉ お兄様たち、みんな素敵なのよ! 美人なモニカとお似合いよ!」
「素敵なのは否定しないわよ。でも、みんなミリィを可愛がってるから、結婚したらわたくしは対抗意識に燃えそうだわ」
「ミリィとお兄様を取り合うってこと?」
「違うわ。ミリィの兄とミリィを取り合うってこと」
「え、そっち? ……えっと、じゃあ、モニカって男性の好みは例えばどんな人?」
「そうね……。そこそこ権力を持っていて、わたくしの言うことを聞いて跪く人がいいわ」
「跪く人……? えー……ミリィとは好みが違うかも。ミリィはパパみたいに強面なんだけど優しい人とか、冷たそうなんだけど優しい人のような、ギャップがある人が好き」
「知ってる。わたくしも男性の好みだけは違うと思ってたわ」
「ミリィね、この前好きな人できたの! オキシパル伯爵というのだけれど」
「え⁉ 聞いていませんけれど⁉ 手紙に書いてなかったわ!」
「そうだったかしら。まだミリィの片想いだもの。一度しか見たこともないし」
それからオキシパル伯爵のことを質問攻めされたけれど、こんな風にモニカと恋の話ができるなんて嬉しい。
それから数日後、モニカは私が行かなかった舞踏会に参加したらしい。学園に登校してみると、モニカに詰め寄られた。
「おはよう、モニカ。どうしたの?」
「おはよう! ミリィが言っていた、オキシパル伯爵を昨日の舞踏会で見たのよ!」
「本当⁉ いいなぁ。素敵だったでしょ?」
「どこがよ! あんな冷たそうな人! ミリィには合わないわ!」
「その冷たそうなところがいいんでしょう。格好いいわ」
「駄目だ、そこだけはどうしても納得いかないわ……。わたくしがもっと吟味しなくちゃ……」
モニカがブツブツと何か言っている。
そんな感じで、モニカが帰ってきて楽しく過ごす日々が再び戻ってきたのだった。
◆ ◆ ◆
アルトはこの日、ミリィの添い寝担当だった。ミリィと一緒にベッドに入って、色々と話をしていると、ふとミリィがアルトに質問した。
「そういえば、アルトが前に言っていた『笑顔を奪う天恵』って誰なのか分かったの?」
これは困った。ミリィが可愛い笑顔を学園で振りまかないように仕込んでいた嘘だが、卒業するまで騙されたままではいてくれなかったか。ミリィの卒業まであと一年。もう少し、気づかないままでいてほしかったのだけれど。
騙されていることに気づかれたくないし、答えないのを訝しがられても困る。
仕方ないので、『笑顔を奪う天恵』を持つ者はいたが、それはミリィが四年生の時の六年生だったこと。そして、その天恵を持っていた生徒は去年卒業したこと。調査の結果、それらが少し前に判明したため伝えるのが遅くなったと謝ると、ミリィは天思が誰か判明してよかったと安心していた。うん、そんな人いないんだけれどね、アルトたちに騙されるミリィが素直すぎて可愛いので、そのままにしておく。
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