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4巻
4-1
しおりを挟む第一章 末っ子妹は社交界の荒波に一歩踏み入る
大きい混乱もなく、宮廷舞踏会での社交界デビューを無事に果たした二日後。
テイラー学園へ登校すると、複数の視線が私に向いていることに気がついた。
私が学園に通うようになってすでに二年目。
入学した当初は、公爵家の娘で有名な兄たちの妹だからと関心を得たものの、最近は注目を集めるようなこともなかったのだけれど。
「何で見られてるんだと思う? あれかな、ハイヒールが話題になっているとか?」
一緒に歩いている護衛のアナンと侍女のカナンに聞いてみる。
先日の社交界デビューで初めてお披露目したハイヒールの靴は、貴婦人たちから注目を集めた。
私とママが広告塔になったのも理由の一つで、ママが言うには舞踏会でみんなから興味津々に質問されたらしい。
「お嬢様のハイヒールの立ち姿は、とても美しかったですからね。ドレスもよくお似合いで女神のようでしたから、そちらが話題なのかもしれません。もしくはダンスの……」
「アナンはどう思う?」
カナンの賛美が止まらなくなったので、アナンに話を振る。
「俺は当日に会場に行かなかったので分からないですが、ハイヒールが話題になったのは噂で聞きましたし、ありえますね」
アナンの返事に頷く。やはりハイヒールの件だろう。
社交界デビューした次の日、私とママは早速皇妃のティアママに呼ばれ、ジュードと共に皇妃宮へ参上した。その日ティアママはハイヒールの靴を複数注文し、またデビュー時の謁見でもティアママが話題にしていたこともあって、ジュードのレックス商会には今、ハイヒールの注文が相次いでいるという。
他にも社交界デビューの日に私が着たドレスも話題になっているようで、スカートの前が短くて後ろが長いドレスの型についても問い合わせも来ているとジュードが言っていた。
ママと二人で広告塔をした甲斐があるというものだ。
教室に入ると、クラスの令嬢たちがわらわらと集まってきた。ハイヒールの件ならレックス商会へ問い合わせるようにお願いしようかと思っていたのだが、予想と違い、話題は私がカイルと踊ったことにあるようだった。
「ミリディアナ様、舞踏会で皇太子殿下と一曲ご一緒されたとお聞きしましたが、本当ですの?」
先日の宮廷舞踏会に参加していない人もいるので、噂の真相を確かめたいようだった。興奮したように目をキラキラさせていて、その勢いに呑まれそうだ。ちょっと怖い。
「え、ええ」
「まあ! 本当のお話なのですね! あの皇太子殿下と踊られるなんて! 羨ましいです!」
「皇太子殿下は未婚の方はお誘いにならないって有名ですのよ! いつも踊るとすれば、従兄妹のサヴァルア侯爵令嬢くらいで」
サヴァルア侯爵令嬢はカイルの父方の従兄妹である。皇帝の姉の子なのだ。私は面識がないのだが、カイルと同い年だと聞いている。
「わたくしも母方の従兄妹ですから。いつもカイルお兄様には妹として可愛がっていただいています」
「そのように親しくお呼びしておられるのね。お噂ではあの皇太子殿下がミリディアナ様に微笑みかけられていたとか! 見たかったですわ! わたくしも舞踏会に参加すればよかった!」
すごいな。カイルの笑顔はレア度が高いようである。
ちなみにだ。親しい間柄なので私たちはカイルと呼んでいるが、カイルの正式名はグレイムアンルイスカイル・フレイム・ル・グラルスティールという。カイルは愛称なのだ。
しかし、まさかカイルと踊ったことがこんなに話題になるとは、思ってもみなかった。
結局、その日は何度かカイルについて色々な人から同じように質問された。学年が少し違うため、貴族の子息でもまだカイルに会ったことのない人もいるようだ。
それにみんなの間では、カイルに対して無表情で冷静なイメージがあるらしい。
宮廷舞踏会に参加した人の中には、「あの笑顔が見られたことは幸運だ」と頬を紅潮させている人もいた。『笑顔』とはいっても、若干口角が上がっていただけのような気がするが、確かに普段笑わないというなら、珍しいと思うのも分かる。
私からすると、カイルは他の兄たちと同様によく笑ってくれるから、無表情よりも笑顔の印象の方が強い。でも考えてみれば、出会ったばかりの頃は確かに無表情だったなと懐かしく思う。
それから数日もすると、カイルの話を聞かれることはなくなった。一方で最近、南公のバチスタ公爵家の娘ウェリーナが時々私を睨みつけるようになったのが気になる。
ウェリーナの他にももう一人、イリス・ル・フランバルという伯爵令嬢が私を敵対視するようになった。顔立ちが綺麗な気が強そうな人で、私は一度も話したことがないが、どうやら周囲に私の陰口を言っているようだった。
「皇太子殿下の従兄妹だからって、その権威を振りかざすような振る舞いはどうかと思いますわ」
「まさか、あんなお子様が、まかり間違って皇太子殿下の婚約者になりたいなど厚かましい」
「綺麗などともてはやされているのは、公爵家の娘だからでしょう。それを自分が本当に美人だから褒められている、などと勘違いしているらしいわ」
「あの髪がキラキラして綺麗ですって? キラキラではなくてギラギラでしょう? あんな毒々しく光る髪なんて、眩しくて見てられやしないわ。目に毒とはこういうことを言うのね」
などなど。
カイルの件について、私は周りに「カイルお兄様には妹として可愛がってもらっている」くらいのことしか言っていない。皇太子であるカイルのことをペラペラと話すわけにはいかないからだ。
なのになぜ、一体いつ、私が権威を振りかざしたというのか。カイルの婚約者になりたいなどと言ったのか。もう色々とツッコミたいところだが、私に直接言ってこない以上、言い返すこともできない。
(さすがに髪の毛が毒々しいと言われた時は、泣きそうになったけれど)
ママ譲りの神髪はキラキラしていて確かに目立つ。この国にはおそらく私とママとティアママの三人しかいないくらい珍しい。身元がすぐに分かってしまうので、小さい頃から金髪のカツラで変装していたくらいだ。
けれど髪自体は虹色に輝いて綺麗だし大好きだ。ママの髪を見ていると、本当に美しいと思う。そんなママから譲られた髪を私は誇らしく思っている。だからあんな言い方をされると悲しくなる。
「あの人はちょっと懲らしめてきましょうか」
「駄目よ、カナン」
「大丈夫です。証拠は残しません」
「それでも駄目。気にするだけ無駄よ。ああいう人はミリィがやってなくても、ミリィがやったと言いがかりをつけてきそうでしょう。直接言われない限りは、放っておきましょう」
フランバル伯爵令嬢だけでなく、陰口を言っている複数の人に対し、毎回調査して一人一人に苦言を言って回るなんて現実的ではない。
そんな感じで若干周囲が騒々しかったものの、普通に過ごしていたある日。
「お嬢!」
別棟での講義のために学園の中庭を移動していた時、アナンが急に私の腰を後ろへ引き寄せた。
目の前に落ちてきたのは、植木鉢だった。地面にぶつかった植木鉢はバリッと割れ、咲いていた花と土が散らばる。一瞬前までそこにいた私の心臓はバクバクと大きい音を立てて、まるで耳の横で鳴っているみたいだった。
「大丈夫ですか」
「う、うん」
アナンの冷静な声に少しだけ落ち着きを取り戻す。アナンから離れて植木鉢が降ってきた方を確認するが、そこには校舎の開いた窓があるだけだった。飾られていたものが自然に落ちたとは考えられない。
「すぐに確認してきます!」
「カナン! いいの!」
「でも、犯人を捕まえられるかもしれません!」
「お願いカナン。ミリィの傍にいて」
私と窓とを交互に見たカナンだが、私の言葉を聞いてしぶしぶ頷いた。
今から見に行っても、おそらく犯人は逃げ去った後だろう。それに、待ち伏せをされている可能性を捨てきれない。そうなれば、カナンが危険だから。
「先生に報告をして調査を依頼しましょう」
私はカナンとアナンを連れて、報告に向かうのだった。
◆ ◆ ◆
アルトは今日、テイラー学園で剣技の指南役をするため双子のバルトと一緒に学園を訪れていた。学園の者は気づいていないだろうが、ダルディエ公爵家の影も帯同している。
「俺らが帰る頃に集合ね」
剣技の授業まではまだ時間がある。早めに学園入りしたのは色々と理由があった。
「かしこまりました」
姿は見えないが、どこからともなく御意の返事が聞こえた。
女生徒たちがちらほらと遠くからこちらを見ているのに気がついたので微笑んで手を振ると、嬉しそうに手を振り返される。アルトたちにとってはいつもの光景だ。
「アルト様!」
見知った令嬢が声を掛けてきて、それをきっかけに周りに女生徒が集まり出した。バルトと一緒に他愛もない会話を楽しくしていると、ちょうどよく話を聞こうと思っていた相手を見つけた。
「ルーカス」
「――あれ? アルトさんとバルトさんじゃないですか!」
友人と思われる男子生徒から離れ、ルーカスが近寄ってくる。アルトたちは周りにいた女生徒たちに残念がられながらも、ごめんねと言って離れた。
「どうしたんですか? 何でいるんですか?」
「今日は剣技の指南役なんだ」
「そうなんですか! あとで俺と模擬戦してください!」
ルーカスは相変わらずの剣技バカのようである。
「分かった分かった。それより聞きたいことがあるんだけど。ミリィを好きそうな男子生徒ってどれくらいいそう?」
「え? うーん、なんか護衛がいるし笑わないしで近寄りがたいって言われてるから、同学年では四人くらいだったかと。でもこの前の社交界デビューで、笑っているところが可愛かったって話題になったので今はもっと増えているかもしれないですね。別学年だと俺には分からないし。実際、最近になってミリィのことを聞きに来た人が何人かいますよ」
「ああ、やっぱり。思ったより釣れてるなあ」
「無表情でも、ミリィの可愛さは漏れ出てるからね」
「相変わらずですね。剣技の時間にはまだ早いですし、ミリィの調査も兼ねてるんですか?」
「分かってるね。さすがルーカス。お前はミリィを好きになるなよ」
「なりませんよ……。恐ろしい兄が大量にいるのに」
ルーカスがわざとぷるぷると震えて見せる。
「でもアルトさんたちが構いすぎると、あいつ将来結婚できなさそうなんですけど」
「俺たちはそれでもいいからね。あんなに可愛いミリィを誰かにあげるくらいなら、一生俺たちの籠の中に閉じ込めておこうと思ってるくらいだから」
「……異常ですよ」
ルーカスが引き気味に言う。
「大丈夫、異常なのは分かってる」
「ルーカスは俺たちの敵にならないように気をつけてね」
アルトとバルトの言葉に若干呆れた表情を浮かべつつも、ルーカスは逆らうつもりはないというように頷いた。
「分かってますって。言っておきますけど、俺が面倒を見られるのは同学年相手だけですからね。他は目が行き届かないし」
「それでいいよ。余計な虫は払っておいて」
「はい。まあ、それはいいとして。去年入学してから、ミリィの様子がずっと変なんですけど。あれ何なんですか? 本人は笑ったら駄目とか、無表情とか言ってるけど。お二人が何か仕組んだんですか?」
「やっぱりルーカスには分かっちゃうかあ。ミリィが『笑っちゃダメなの!』って言ってるの、可愛いでしょ」
「会うたびに、『無表情を頑張ってるの!』って報告してくるところがたまらないよね」
「やっぱりミリィで遊んでるんですね……」
そうなのだ。ミリィには『学園には笑顔を奪う天恵がいるらしい』と言ってあるが、そんなものがいるわけない。
それなのに、アルトたちの言うことを健気に守るミリィが可愛すぎる。
「ルーカスもさっき言ってたでしょ。宮廷舞踏会でのミリィの笑顔が話題になったって。笑ってなくても可愛いのに、迂闊に笑ったらどれだけ男を惹きつけると思ってるの? 今のうちに予防しておかないとね」
「うわぁ……その先読みが当たっているところが何とも言えない。そういえば、アナンとカナンも一緒になって無表情ですけど、あれは?」
「あの二人は分かっててやってる」
「……ミリィが不憫だ」
ちなみに、今は帰国中のモニカ皇女とギゼル皇子も、去年はミリィと一緒になって無表情で過ごしていた。あの二人にはアルトたちから事情を説明したため、そんな天恵がいないことは伝わっている。
ミリィだけが『笑顔を奪う天恵』がいると信じている。兄たちの言うことを信じて騙されているミリィが可愛い。
ルーカスとそんな話をしていると、遠くからミリィがアナンとカナンと一緒に歩いてきた。
「お、うちの子がこっち来てるよ」
「まだ俺たちに気づいてないね」
言いつけを守って無表情で歩いている姿が健気だ。
「ルーカス見ててよ。ミリィがこっちに気づいたらどんな顔をするか」
ルーカスがミリィを見る。そのうちに、アルトたちに気づいたカナンがミリィにそれを伝えたようだ。ミリィはこちらを見ると満面の笑みになった。それから走ってこちらへ来たいところをぐっと我慢して早歩きを始めた。
「あーあ。無表情をすっかり忘れて笑ってる。可愛すぎると思わない? ルーカス」
「思いますよ。アルトさんとバルトさんが大好きって全身で言ってますね」
「でしょでしょ。俺には尻尾をぶんぶん振っているように見える」
「俺も。見てよ、横にいる男子が顔を赤くしてる。あとでルーカスが注意しておいてね」
ミリィがアルトに抱きついた。
「アルト! バルト! どうして? 今日来るって言ってなかったのに! 会えて嬉しい!」
腕の中から顔だけ上げたミリィは相変わらず笑っていて可愛い。アルトがバルトとルーカスに目配せすると、二人は他の視線からミリィを隠すため、壁のように立ち位置を変えた。
「急遽、今日指南役だった人と替わることになったんだ。ミリィの顔が見たかったから、予定の時間より早めに来たんだよ」
「そうなのね。――あ、でもこの後まだ講義があって、一緒にいられる時間があまりないの」
「そういう寂しそうな顔も可愛くて好きだけど、あまり残念そうにしないで。今日の夜は家に帰るから」
「本当⁉ 嬉しい!」
うん、すごく可愛い。最高。と、そんなことを考えていると、バルトが視線を外していた。
「どうした?」
「ん? ああ、いや、南公の令嬢がこっちを見てるなと思って。すごい表情で」
バルトの視線を追うと、確かにこちらを睨んでいる豪奢な美人がいる。
「ウェリーナ様がまた見てるの?」
ミリィがアルトの服を握っている手にぎゅっと力を入れた。
「また?」
「いつもミリィを睨んでるの。ウェリーナ様のこと、アルトとバルトは知っているの?」
いつもミリィを睨んでいる? バルトと顔を見合わす。
「一度、ウェリーナ嬢とはお茶をしたことがあるよ」
しかしその時の彼女はアルトたちに対しての負の感情はないように見えた。ツンツンしてはいるが、どちらかというとアルトたちに好感を持っているように感じたものだ。
それなのにミリィを睨む理由は?
「ミリィ、ウェリーナ嬢のことは俺たちも気にしておくからね。他に気になる人はいる? 女性でも男性でもいいよ」
「え? えっと……」
「ああ、あれだね」
言いづらそうにしたミリィの耳に口を近づけて小声で言う。
「イリス・ル・フラルバル伯爵令嬢のことはもう聞いてる。あと植木鉢の件は調査中」
はっとしてアルトを見るミリィ。アルトは安心させようと笑みを向けた。
植木鉢の件は、護衛のアナンから報告を受けていた。
「そっちについてはミリィは気にせずにいていいよ。俺たちに任せて」
目をぱちぱちと瞬きし、少しほっとした顔でミリィは頷いた。
「それ以外で気になることはある?」
「ううん、大丈夫」
そろそろ行かなきゃ、というミリィに、無表情で、と注意を促す。ミリィは言いつけ通り表情を消して手を振って去って行った。
「何かあったんですか?」
「いいや。さっき言った通り、ルーカスには同学年の見張りを任せるからね」
頷いてルーカスも去って行く。
アルトたちは少し早いが剣技の訓練場へ向かうことにした。
ウェリーナ、イリス、そして植木鉢。ミリィの憂いはアルトたちが取り除かなくてはならない。
アルトたちが十七歳だった頃は、擦れすぎていて可愛げがまったくなかった。
それに比べればミリィは今年十七歳だが、中身はまだまだ子供だ。まだアルトたちに何でも報告してくれるし、好きな人のことも素直に話してくれる。
そうかと思うと、アルトたちの彼女との大人な話を、恥ずかしげもなく聞いて楽しそうにしている。
どこかちぐはぐなミリィだが、前世の記憶があることを考えると、おかしな話でもない。
時々前世の話をするミリィだが、前世では婚約者がいたと言っていた。だから大人の関係的な話なんかも知識としては知っているのだろう。
小さい頃にアルトたちが面白がって恋愛本を与えたときも、こんな本恥ずかしい! なんて一欠片も思わないようだった。
大人としての知識は持つくせに、恋に恋するようなことを言う。すごく甘えたがりで子供で素直で無邪気、そんないろんな表情を持つミリィから目が離せないのだ。
あんなに可愛いミリィを泣かせていい権利を持つのは、兄であるアルトたちだけだ。他で泣かされるようなことは、アルトたちが許さない。
学園に一緒に入ってきた影には色々と調べさせている。植木鉢の件など、詳細が分かるといいのだが。
さあ、どう決着をつけようかと、バルトと共に歩きながら思案した。
◆ ◆ ◆
社交界デビューを果たしてからというもの、舞踏会や夜会、お茶会やサロンなどの招待状が毎日のように届いていた。とはいえ、兄たちも参加していた社交界デビューの舞踏会と違い、一人で参加しなければならないお茶会などばかりなので、心細くて参加を躊躇していた。
そんな私を見かねて、ママがお茶会に一緒に出てくれるというので今回は参加することにした。
本来なら秋にはダルディエ領にいる両親だけれど、私の社交界デビューのために帝都にまだ残っていたのだ。
お茶会はママの友人主催のもので、十名ほどで開催された。私以外は結婚されている方たちばかりだったけれど、ママの友人なだけあってみんな優しく、話も盛り上がって楽しめた。話題にはハイヒールやドレスの件も上り、婦人方はすでに注文したと言っていた。
お茶会が終わってしばらくして両親はダルディエ領へ戻った。その後も、相変わらず私に招待状は届いている。社交シーズンでもないのに、貴族たちの社交には暇がない。
先日、同学年の令嬢にテイラー学園の生徒だけを対象としたお茶会に誘われた。ルーカスも行くというし、海外の珍しいお菓子を取り寄せていると聞いて興味が出たため、私も護衛のアナンを連れて参加することにした。
お茶会のお菓子は確かに食べたことのないもので、興味深かった。お腹を壊すといけないので大量に食べることはないけれど、つい主催者の令嬢に色々と質問してしまった。
それから同学年の男子生徒に話しかけられて会話していたら、どういうわけか挨拶代わりに手の甲にキスされてしまった。そのまま熱心に見つめてくるし、不快感が……いや、戸惑ったけれど、ルーカスがさり気なく助けてくれた。
挨拶だとしても、親しくない相手にキスされても嬉しくないことが分かった。
手の甲へのキスは挨拶代わりで不自然でもないため、一緒にいたアナンがキスを遮るわけにもいかなかった。嫌だなって思うキスを、他の令嬢はどうやって相手を不愉快にさせずに回避してるんだろう。誰か教えてほしい。
「大丈夫か? 悪かった、気づくのが遅れて」
「ううん、助けてくれてありがとう」
そう言いながら、キスされた手が気になって凝視していると、ルーカスがハンカチを差し出してくれた。ハンカチでキスされたところを拭く。
「ありがとう、ルーカス。……ねぇ、ルーカスは手にキスされたくない場合、どうすればいいと思う?」
「あー、そうだな、ミリィの身分ならキスされる前に相手の手から自分の手を抜けばいい」
「それって、拒否してるように見えない?」
「拒否してるんだから、そう見えてもいいよ。相手もそれで理解するから。怒る奴はいないよ」
「そういうものなの?」
なるほど、拒否してるって相手に知られてもいいのか。
とはいえ、そんな感じでお茶会にもいい思い出がなく、その後は参加を見送っている。
先日、ティアママが注文したハイヒールの中の一足が出来上がり、先にそれだけ届けるのだというジュードについて行った。ティアママがハイヒールを履いているところを見たかったからだが、さすがティアママ、とても似合っていた。ハイヒールで歩く練習も必要なので、次の夜会までにやってみると言っていた。
その後、別件で他の宮殿に用事があるジュードと別れ、護衛のアナンを連れて秋の花が満開という宮殿に足を運んだ。色とりどりのコスモスが綺麗に咲いていて、私のように花を見に来ている女性が多い。
日除けのために傘を差しながら、あまりにも綺麗なので前世の頃だったら写真を撮っているなと思いつつ、脳裏にその光景を焼き付けた。
「アナン、帰りましょうか。少しお腹が空いてきたわ。どこかに寄ってお茶をするのもいいわね」
「街に出ますか」
「そうしましょう」
そんな話をしている時だった。私のように傘を差した女性が五人、私の行く手を阻んだ。見たところ、二十歳ほどで私よりは少し年上の女性たちだった。
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