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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
人生のクライマックスといえば、結婚式をその一つととらえる人もいるだろう。
私、椿はまさに今、そのクライマックスの真っただ中だった。
結婚式場のチャペルのバージンロードを歩いた後、神父に問いかけられている場面である。
「はい、誓います」
新郎の春貴がそう答え、横にいる私にそっと笑いかける。
ここにくるまで、紆余曲折あった。だからこそ、こういう日を迎えられたことに感慨深いものがある。
「……汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
神父の問いに、私もそう答える。声が震えるのは感動で泣きそうになっているからだ。
指輪交換に進み、二人で選んだ指輪がお互いの左手薬指にあるのを見て、これから春貴と本当に家族になるのだと実感が湧いてくる。
春貴とは幼なじみだ。昔から家族のように仲が良かったけれど、お互いに違う恋人がいたこともあり、決して夫婦にはなりえないものだと思っていた。
だからこそ、これから家族になるという現実を不思議だと思いつつも、すごく幸せに感じる。
「それでは誓いのキスを」
春貴が私のベールを上げる。ゆっくりと春貴の顔が近づき、私が目を閉じた後、すぐに唇に温かい感触があった。
祝福の拍手が聞こえる中、春貴と笑いあっているときだった。
チャペルの入り口の扉が音を立てて開いた。
春貴や私、他の誰もが、音の方向に視線を向ける。退場はもう少し先だから、まだ扉が開くはずはないのだが。
皆の視線の先、その開いた扉の前に一人、人が立っている。
逆光で誰だか分からないが、靴の踵の音を大きく響かせながら、その人はゆっくりと前へ歩いてくる。
すごく綺麗な女の人だった。細身で全身黒の上品なレースドレスが良く似合っている。
「椿の知っている人?」
困惑気味な声で春貴が聞いてくるところを見ると、春貴の知り合いではないらしい。
私は首をふった。私の知人でもない。だから招待客ではないはずだ。
(知っている人ではない。……だけど)
顔は知らないのだ。初めて見る顔だ。
だが、頭の奥で何かが響く。
彼女を知らないはずなのに、何かが確実に警鐘を鳴らしている。
――あれはキケンだ。
「二十九年ぶりね、カルフィノス。結婚おめでとう」
鈴が鳴るような心地いい声とともに、女性は微笑んだ。
ああ、その声が恐ろしい。
聞いたことのない声、けれどどこか懐かしい。
ここへ来てようやく、招かれざる客だと気づいた式場のスタッフたちが、女性に近づいていく。
女性は新郎新婦である私たちから目を離さないまま、スタッフに対して近づくな、とでも言うように、左手を向けた。その手には、日本では馴染みのない銃が、握られていた。
どこか現実味のないその銃に戸惑って立ち止まったスタッフを見向きもせず、彼女は、さらにゆっくりと一歩、また一歩と前へ進む。
「今回はなかなかあなたを見つけられなくて、こんなに時間がかかってしまったけれど、この日に間に合ってよかった」
「……ウィタノス」
私の口から自然と声が出た。
そう、思い出した。
彼女はウィタノス、そして私はカルフィノス。
それしか思い出せないが、それが二人の名前だということは分かる。
「思い出してくれたようね、よかったわ。これで終止符を打てる。ね、カルフィノス? また私の勝ち。これで八十九戦八十二勝六敗一引分よ」
ウィタノスが高揚した顔で嬉しそうに微笑む。
そしてスタッフに向いていた銃が、ゆっくりと私へ向けられた。
(そうか、私はまた殺されるのか)
何も分からないのに、ストンと納得できる事実。それを肯定するかのように、私の左胸に衝撃が響き、純白のドレスに赤いシミが広がった。
「椿!」
頽れる私をとっさに支えた春貴は、どうにかしてその血を止めようと、必死に傷口を押さえている。
それをどこか、遠くに感じながら、私はウィタノスに目を向けた。
ウィタノスは銃口を自分自身の頭に向けていた。
これから死にゆこうとする行為だというのに、彼女はとても幸せそうだった。
ウィタノスは銃声を響かせる。
その音さえ、すでに私の耳には入らないが、ウィタノスが倒れゆくのを見て、すでにもう彼女の命はないのだろうと察した。
真っ青な顔で私の側に膝をつき、何かを言っている弟の蓮が視界に入るが、もう、声を出す力さえない。
私の瞳から一筋の涙が流れ、私はまぶたを閉じた。
第一章 末っ子妹は兄たちに愛でられる
――いたい、イタイ、痛い!
はっと目が覚めると、あたりは何やら騒々しかった。
ここはどこだろう。
周りに人の気配や話し声は感じているが、目がぼやけて誰が近くにいるのかが分からない。
そして何より、全身が痛いような気がする。自分の体ではないような感覚に涙が出てくる。
実際に私は泣いていた。それもかなり大泣きの部類に入るだろう。
だって、いきなり結婚式で撃たれたのだ。
そのときの初めての感覚、弾丸が貫通したときの強烈な痛み。
ここは病院なのだろうか、だとしたら早く痛み止めでも打ってくれないだろうか。
そして寝てしまえば、この全身の痛みからは解放されるだろう。
そうこうしているうちに、私はまた眠りについた。
――そして。
私はただいま全身運動中である。
というか、床に横になり手足をばたばたと動かしている。
いや違うな、どちらかというと勝手に手足が動いてるというか。
たぶんこれは赤ちゃん特有の反射の動きではないだろうか。
そう、私は赤ちゃんになっていた。どうやら転生したらしい。
椿としての人生はあの結婚式で終わってしまったのだ。ウィタノスに撃たれて。
あの時代に、一般市民が撃たれて死ぬなんてこと、なかなかないと思う。春貴には可哀そうなことをした。まさか新婦が結婚式で死ぬなんて思ってもみなかっただろう。
それに、弟が最後に青い顔をしていたのを思い出す。
もう慰めてあげられないから、どうにか自力で立ち直ってくれるといいのだけれど。
両親はすでに亡くなっていて、近しい親戚もいない。唯一の肉親が弟だったから、あんな死に際を見せてしまってトラウマになっていなければいいと思う。
どちらにしても、すでに生まれ変わった身としては、もうどうしようもない。
転生してから一ヶ月が経とうとしていた。
初めて目が覚めたとき、椿が銃で胸を撃たれたから痛いのだと思っていたが、実は生まれたての体で初めて体を動かしたから痛いのだと後から気づいた。
生まれてすぐは目がぼやけて何が何やら分からず、誰が近くにいるのかも分からないので恐怖だった。しかし、次第に視界はクリアになっていき、今では普通に見えている。
「お嬢様、おむつを替えましょうね」
お仕着せ、つまりメイド服のようなものを着た侍女がニコニコした表情でやってくる。彼女は私専属の侍女の一人らしい。他にもよく見る顔の侍女が三人いる。
(おむつ……他人に下の世話をしてもらうなんて、恥ずかしすぎる)
まだこの行いに慣れないのは、椿としての記憶や思考があるから仕方ないことだろう。
そう、なぜか椿としての記憶があるのだ。普通、生まれ変わったら、そういうものはリセットされるものではないのだろうか。
そして、もう一つ疑問がある。
(どうして言葉が分かるのだろう?)
どうやらここは、日本ではない。侍女の顔や髪色などを見る限り、どう見ても外国の人だ。
言葉も英語などではなく、ましてや日本語でもない。
では何語なのか、と聞かれると分からないのだが、間違いなく知らない言葉だ。それにも関わらず、なぜか理解できる謎。
とはいえ、言葉を聞いていても分からないものもある。特に固有名詞なんかがそう。
例えば、「ダルディエ」という言葉を時々聞くのだが、最初は何なのか分からなかった。侍女たちの話を盗み聞いているうちに、それがこの家の家名を指すことが分かったのだ。
そうやって、なぜか理解できる言葉を利用して、いつも会話を盗み聞きするのが私の今の日課だ。
「ミリディアナちゃんはどう? 起きているかしら」
「奥様。起きておられますよ。とてもご機嫌でいらっしゃいます」
(きゃー! でた! 麗しのママ!)
手足をわしゃわしゃと動かしながら、歓喜を表してみる。ミリディアナとは今の私の名前である。
ママは優雅な動作で私を抱えると、女神のように微笑みながら私を見つめた。
なんて美人! こんな美しい人、見たことがない!
彼女が私の母親だと知ったときは、こんな美女の娘に生まれるなんて、私のミリディアナとしての人生の運を、全てここで使い切ったのではないかと思ったものだ。
ところがだ、まだまだこれは序の口、その後もっと私の琴線に触れる人が現われたのだが、それはまた別の話。とにかくママはどれだけ眺めても見飽きない。
美人は三日で飽きるとか言ったのは、どこのどいつだ?
ママはすごく不思議な瞳をしている。色は緑なのだが、角度が変わるたびにキラキラと光るのだ。
前世でオパールのペンダントを持っていたが、そのような輝きといえば分かってもらえるだろうか。
髪の色も不思議で、全体的にプラチナシルバーであるが、光の加減で虹色に見えるときがある。貝殻の光沢のような遊色がすごく綺麗で、前世ではあまり見たことがない髪色だと思う。
「母上。僕の妹は元気にしていますか」
「ええ、さきほど起きたばかりのようですから、今なら抱っこできますよ」
頬を上気させて小走りで近寄ってくる子供は、私の一番下の兄、エメルだ。
エメルが私の手に自分の指を近づけてきたので、ギュッとそれを握ってあげる。そうすると嬉しそうにしてくれるから、こっちまで嬉しくなる。
「抱っこしたいです」
ママがそっと私をエメルに抱かせてあげる。エメルの頬は緩みっぱなしだ。
(うんうん、分かるよー。妹って可愛いよね! でもね、君もめちゃくちゃ可愛いからね⁉)
私からすれば、エメルのほうが可愛い。
だって、自分の顔って見ることができないから分からないし。
バタン!
バタバタと大きな音を立てながら、複数の足音がこちらへ近づいてくる。
「こら! シオン、アルト、バルト! ミリィがまだ寝てるかもしれないのだから、大きい音を立てるなと言っただろう!」
「朝なんだから、とっくに起きてるって! ほら! エメルがもう抱っこしてる! 次、俺ね」
「あっ!」
エメルから私を奪ったのは、エメルの上の兄で双子の一人、アルトだ。可哀そうに、エメルは小さな悲鳴だけ上げて、あとは兄にされるがままだ。
うん、弟って、扱いぞんざいになるよね。
「まあ、アルト、ミリディアナちゃんはまだ赤ちゃんですから、もう少し優しく扱わないとダメですよ」
「もちろんですよ、母上。すごくすごく優しくします。次、バルト抱っこする?」
バルトはアルトの双子の弟だ。
「うん。はー、まだちっちゃいな。俺の妹は可愛い。あ! シオン、まだ抱っこしたばかりだったのに!」
少し抱っこして、すぐ上の兄に奪われたバルトは抗議する。
「もう俺の番だよ」
今、私を抱っこしているのはシオンだ。
そしてシオンの横で妹を覗き込んでいるのは、その上の兄、ジュードだ。ジュードはどこからどう見てもママ似の超絶美人なのに、これで男と言われてもなかなか信じられない。
だけど、兄の中で一番厳しい発言が多いのは、美しい顔に似合わずジュードだったりする。
先ほどシオン達が大きな音を立てたことを叱っていたのも、このジュードだった。
(あれ、一人足りないな)
もう一人兄がいるのだ。この家の子供は、兄が六人、末っ子妹である私が一人の計七人である。
前世が日本人の私からすると、かなりの大家族だと思わずにはいられない。
「賑やかだな。ミリィは起きてた?」
不思議に思っていると最後の兄の登場だ。この家の長兄ディアルドである。ディアルドは妹の頬っぺたをなでまわし、ふっと笑った。
「この感触くせになるな」
「分かります。足の裏もなかなかいいですよ」
兄たちにもみくちゃにされ、そろそろ解放してほしい、とうんざりしてきたところにまた別の声がかかった。
「ディアルド、ジュード。もう訓練が始まる時間だろう。食事はしたのか」
真打ち登場。娘の琴線に触れまくりのパパである。
「父上。はい、朝食は済みました」
「だったら、先に訓練場に向かいなさい。私も後で行く」
「はい」
パパに言われた通り、ディアルドとジュードは私の額にキスすると、それぞれ出かけていく。
「シオン、ミリディアナをこちらに」
「はい」
シオンはパパに私を預ける。
(わーパパ、本当にかっこいい! めちゃくちゃ好み! いいな、ママ、こんなパパと結婚できて!)
パパはミリディアナ、というより、椿の好みど真ん中である。
金髪に青目で、その瞳の鋭いこと! たいていの人は、その眼力にビビること間違いなし。パパは全体的に迫力のある強面なのだ。だけどすごく男前。
これは私の偏見だが、どこか犯罪を顔色変えずに行い涼しい顔をしていそうな、マフィアのドンのような雰囲気がある。もちろん、それは雰囲気だけだが。
椿のころに悪い男にばかり惹かれていた記憶がうずくんですよ。
「三人は、午前は勉強か?」
パパに声をかけられたシオン、アルト、バルトは少し嫌そうな顔をした。
「今日は家庭教師の日です。もう先生来てるのかな?」
「昨日から泊まってるって聞いたよ」
「俺、昨日の夜に見た」
「もう始まる時間ではないか? 準備に行ったらどうだ」
「……はーい」
三人がしぶしぶ部屋を出ていくと、やっと私の近くへ来られたエメルが私の手をぎゅっと握ってくる。その様子を微笑ましそうに見たママが、エメルの頭を撫でた。
「ミリディアナが可愛いか?」
「はい、父上。ミリィは本当に可愛いです。僕、ずっと弟か妹が欲しかったから、本当にうれしいんです。父上、母上、ミリィをぼくに会わせてくれて、ありがとうございます」
エメルは本当に素直で良い子だ。
この家に生まれて一ヶ月。まだ私の生活区域は、今いるこの部屋だけというごく狭いものだが、すごく平和で安心できるところだということだけは分かった。
この先どういった未来が待っているのか、たくさんの楽しみだけが私の胸を占めていた。
◆ ◆ ◆
心地いい揺れが眠りを誘ってからどれくらい寝ていたのか、目が覚めた私は少しだけ顔を上げる。すると、眠りについたときと同様、兄ジュードに抱かれたままであった。
(まだいたのね、ジュードお兄様ったら。訓練に行かなくて大丈夫なのかな)
確か私がウトウトしていたとき、ジュードは立ってゆっくり揺れながら私をあやしていた。それが、いまだに立ったまま揺れている。疲れないのだろうか。
「あうー」
「うん? 起きたかな、ミリィ」
私は現在生後三ヶ月。そろそろ首が据わりそうではあるが、まだゆらゆらと不安定に頭が揺れて心もとない。
少しだけ頭を上げて頑張ってみたものの、すぐにジュードの肩にコテっと頭を預けた。
「無理しなくていいよ、ミリィ。頭が重いなら、兄様に預けていなさい」
ジュードは私の背中でポンポンとリズムを打ちながら、自身の頬を妹の頭にくっつけた。
ジュードは私をかなり溺愛している。
観察するに、兄弟の中ではジュードとエメルが特に妹の私にご執心だ。
一番上の兄ディアルドと次兄のジュードは、何の訓練かは分からないが、いつも訓練場に出かけているのだが、ジュードはそれを度々抜け出しては、私を愛でに来ているくらいだ。
「兄様、ミリィは起きていますか」
こっそりと部屋に入り、小さな声を発したのはエメルだ。エメルは普段家庭教師から勉強を学んでいるようだが、休憩になるとこうしていつも私に会いにやってくる。
「ちょうど起きたばかりだよ。抱っこする?」
「はい」
「じゃあ座ろうか」
エメルは言葉遣いがとても丁寧だが、実はまだ四歳だ。
椿の知っている四歳児とは違い、大人びた口調ではあるが、体格自体は幼児のそれと大差ない。いくら赤ん坊で小さい妹といえど、立ったままで抱くのは不安定で危ないから、エメルの場合、いつも座っての抱っこである。
「今日も大きくなってますね、ミリィは。毎日の成長がすごいなぁ」
「そうだね。よく喃語を話すようになったし、さっき一生懸命頭を上げてたから、首が据わるのももうすぐだと思うよ」
「楽しみです。僕、毎日どれだけミリィを見ていても飽きないです。すっごく可愛くて、兄様の気持ちが分かりました」
「うん? 俺の気持ち?」
「いつも僕を可愛いって言っていたでしょう?」
「今も可愛いって思ってるよ」
ジュードはエメルのことも溺愛しているのだ。もしここが椿が生きていた現代日本であれば、スマホを片手に、弟と妹の写真を撮りまくっていただろう。
「それなんですけれど、僕も弟か妹ができたら、お兄様みたいに可愛いと思えるのかなって、ずっと不思議でした。けれどすぐに分かりました。ミリィが生まれてから、毎日可愛いって思う気持ちが大きくなっていくんです」
エメルは私の頬にキスをする。
「僕、最近心配なことがあるんです」
「どうした?」
「こんなに可愛いミリィだから、みんなが欲しいって思うんじゃないかって。僕の妹なのに、僕から悪い人たちが奪っていくんじゃないかって」
(エメル、可愛いすぎるのは君だ)
内心、悶絶気味の私をよそに、ジュードが真剣に頷いている。
「分かるよ。うちの弟妹はみんな可愛いからね。誰もが欲しくなるのは、当然だ」
兄バカだ。
「だけどね、エメル。心配は無用だよ。そんなときのために、兄様は剣術を訓練しているし、武術にも励んでいるからね。エメルもミリィも、俺が守るから任せなさい」
(ジュードお兄様、かっこいいこと言う! どうみても美少女にしか見えないから、お姉様って感じだけど!)
「……兄様はかっこいいですね。僕、剣術は苦手ですけれど、ミリィを守れるように強くなりたいです」
「エメルは妹思いの良い兄だね。エメルは努力家だから、その気持ちがあれば、剣の腕も上がるよ」
「はい! 頑張ります」
(なんて良い兄弟なの。うちの兄たちは)
何とも和む時間だった。
しかし、それから一ヶ月後。事件が起きた。
その日は、アルト、バルトの双子の兄が、妹の私をくすぐって遊んでいた。
「こんな赤ちゃんでも、くすぐるとこそばゆいんだな!」
「笑ってる! 面白いか、そうかー」
(や、やめて! 首とか脇とか弱いんだから! 面白いから笑っているんじゃないの! というか、こんな小さな赤ん坊にくすぐりはまだダメでしょ!)
右脇をくすぐられて、そちらへ反応しながら笑う妹を見ると、つられ笑いが出るらしい。双子はクスクス笑いながら、面白がってさらに私をくすぐるという悪循環。
(そ、そろそろやめてくれないかしら、この悪ガキども……)
「なんだかミリィの顔、真っ赤になってない? そろそろ止めたら」
双子の上から妹をのぞいて声をかけたのは、シオンだ。双子とは一つしか年が変わらないからか、二人にとっては兄というより友だちに近いように見える。
「あれま、本当だ」
「首と脇はもうやめておく? 足の裏ならどう」
(だから止めれって! このバカ双子!)
さすがに妹が怒っていることを感知したのか、それ以上くすぐられることはなかった。
シオンが私の脇をかかえて、立ち上がる。
「重くなったな。首が据わったことだし、少しは散歩に連れ出してもいいかな」
「さっき母上に同じこと聞いたら、まだダメだって言ってた」
「まだダメなのか」
シオンは器用に片眉を上げる。
私の兄たちは、全員が父譲りの綺麗な金髪だ。ただ瞳の色については、シオンだけは母譲りのオパールのように輝く緑色である。他の兄たちは、瞳も父譲りの青目だ。
私は、シオンの綺麗な瞳をじっと見るのが趣味だった。
兄弟の中ではシオンが一番パパ似で、椿の好みドストライクだったこともあり、シオンの顔をガン見するのはもはや日課となっていた。シオンは現在七歳と幼いながらも、その鋭い瞳は将来パパに似たアブナイ美貌の青年になってくれるのではないかと、期待大である。
(……イケメン)
内心つぶやきながら、うっとりとシオンを眺めていた私は、続くシオンの言葉に固まった。
「いけめん? いけめんって何?」
――え? 今、何と?
そんな内心の焦りはおくびにも出さず、私はきょとんとした表情をシオンに向ける。
「何いけめんって?」
「いや、今ミリィがそう言ったから」
「言ってないよ」
「言ったんだって」
「は? 赤ちゃんだよ、言えないよ」
「でも言ったし」
「……まさか心の声の話? 聴こえたの?」
「うん。ほら、ミリィ、もう一回『いけめん』って言ってみて」
いやいやいや、そんな、この状況で言うわけないでしょう!
私は必死に無心を心掛け、根性できょとん顔を貫いた。
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