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27 彼女の悲しい願い事

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 次の日の日曜日、午前中に僕は近所の我が家の墓を訪れていた。昨日『サヤをよろしくって兄ちゃんに言っとく』と彼女と約束したので、さっそく彼女のことを兄に頼んだ。

「兄ちゃん、サヤって結構寂しがりだからさ、一緒にいてあげてよ。明るい子だから楽しいと思う。天国で親と妹から引き離して守ってあげて」

 その『明るい子』というのも、彼女が妹の演技を続けた結果なのかもしれないけれど、無理しているようには見えない。母の事さえなければ、彼女の本来も明るい子なのではないだろうか。

「……でもさ、まだ死なないで欲しいって、一年以上もっと生きて欲しいって言ったらサヤは困るよね?」

 ぐっと喉が鳴る。目から湿っぽいものが込み上げる。兄が死んだときに、泣き虫は卒業したはずなのに。僕を可愛がってくれていた兄はもういないのだから、兄が心配しなくていいようにしっかりしなければと。

 僕に言われずとも、彼女だって死にたくないはずだ。すでに未練などなさそうにみえるけれど、死ぬのが怖くないはずない。病気だから自分の意思で体調をコントロールできない彼女に、それを言ったら酷だと思う。

 せめて、何かやりたいことがあれば、それをするために生きる気力が出て来るかもしれない。病気に抵抗できる何かがあれば、彼女はもっと生きてくれるかもしれない。

 何かないだろうか。そう考えるけれど、彼女を無理させることはできないし、なかなか思いつかない。

 その後、少し心も落ち着いたので、午後は彼女の病室へ行った。

「お、コウ君、待ってたよ~。見て、午前中におばあちゃんが持ってきてくれた」

 彼女はスケッチブックとお絵描き帳、そして彼女が作ったふちに猫耳が付いたカップを見せてくれた。

「ベッドでもできる趣味っていいよね~。あ、コウ君はタブレットは机代わりにベッドに置いて描いて」

 彼女はベッドを少し横に移動した。

「え、邪魔じゃない?」
「全然邪魔じゃないよ。絵を描いてるところ見たいもん。あ、でもコウ君が描きにくいかな?」
「いや、大丈夫。……実は兄ちゃんの入院中も俺はベッドで描いてた」
「あは! なーんだ。考えることはみんな一緒だね~」

 医師が来た時だけ移動して、治療の邪魔さえしなければいいのだ。
 今日の化粧をしていない彼女は昨日より顔色が良いような気がした。点滴には繋がっているけれど。

 彼女はお絵描き帳に、僕はタブレットにさっそく絵を描き始める。

「今日は熱は?」
「平熱に戻りましたぁ。もう元気だよね。退院したいな~」
「退院の日は決まったの?」
「ううん、まだ」

 彼女が退院したら、また『桜ヶ丘珈琲』で並んで絵を描きたい。
 彼女は二頭身の僕、僕は彼女と兄と僕がカフェにいるところ描いていた。

 いつの間にか、彼女の手が止まっているのに気づき、彼女を見る。

 彼女は僕が描いているところを見ていた。僕が描いているところを彼女が見るのはいつものことなのだが、どこか考え込んだ顔をしている。
 引き続き、タブレットに描きながら口を開いた。

「……そういえば、今日お墓に行って来た。兄ちゃんにサヤを頼んできたよ」
「え……」
「だから天国に行っても大丈夫。親や妹といなくていいよ」
「……私は地獄に行くから」
「行かないって。サヤは天国に決まってるから。兄ちゃんが見張ってるから俺はすぐには行けないけど、八十年くらい待ってて」
「……」

 彼女の返事がなくなったので顔を上げると、彼女が目に一杯に涙を溜めていてギョっとした。

「え、な、何?」

 ぽたぽたと彼女は涙を流し、僕はサーっと血の気が引く。何か傷つけることを言ったのかもしれない。

「ご、ごめん……は、八十年っていうのが長すぎた?」
「ち、違……っ」

 彼女は横に顔を振り、自分の涙を拭っているけれど、後から後から涙が流れている。

「コ、コウ君が変なこと言うから……私も天国に行きたいって思っちゃって……。お兄さんもだけど、おじいちゃん大好きだから会いたいし、何年後か何十年後かに天国に行くおばあちゃんとかコウ君にも会いたい」
「う、うん、だから天国で会えるよ」

 彼女はまた顔を横に振った。

「地獄に行きたかったから、でも地獄に行けるか不安で……流れ星に願っちゃった」
「え……」
「地獄に行けますようにって願っちゃった……! ど、うしよう……っ……私、やっぱり天国に行きたいっ」
「……っ」

 なんてことだろう。流星群を見た時、彼女がそんな悲しい願いを唱えていたなんて。
 そして、僕は『サヤの願いが叶いますように』と願い、サヤの願いに追い打ちをかけてしまった。

 流れ星に願い事をする、なんてただの迷信。実際は願いが叶うとは限らない。でも、それが分かっていても願う。それが叶うことを願って。

 そして僕等は半分信じ半分疑っているそれを、頭ごなしに否定できない。

「……サヤ、落ち着こう。大丈夫、まだ流星群はあるはず」
「……え」
「前の願い事を打ち消せばいい。また流星群に願えばいいんだよ」

 スマホを取り出し、流星群の情報を確認する。

「……おうし座流星群がちょうど今日の日付変わったころだったんだ……あ、いや、今日の夜でも見られるみたいだけど……流星の数が少ないのか。次はしし座流星群……こっちは十一月十七日前後だけど、月が明るいみたいで見えるか微妙か。次は……あ、これいいんじゃないかな。ふたご座流星群。十二月十四日前後に見られて、一時間に三十個前後の流れ星が確認できるみたい」
「……お願いって打ち消せられるの?」
「打ち消せるに決まってる。願い事は変わるものだから。俺も一緒に願うし」
「……うん」

 彼女は泣きながら何度も頷いた。

 その後、気持ちが落ち着いた彼女と話し合い、確実に見られそうな『ふたご座流星群』を目標にすることにした。そのころなら彼女も退院しているだろうから。

 僕はその日、帰ってから父に一緒に流星群を見て欲しいと頼んだ。『おうし座流星群』が今日も見られる可能性があるからだが、彼女は入院中だし、僕は一人で野球の練習場に行く勇気がなかった。もしかして数が少なくて見られないかもしれないので、彼女には内緒だ。

 父は僕が怖がりなのを知っているので、了承してくれた。そしたら、私も行くと母も言ったので、結局三人で練習場へ行った。

 前回のように、段ボールやシートを持っていき、最近気温が冷えて来たために温かくして行った。彼女と『ふたご座流星群』を見るときは、寒さ対策を万全にしたほうがよさそうと思った。

 前回の『ペルセウス座流星群』ほどの数は見られなかったけれど、家族三人とも一時間で一人五個ほど見ることができた。両親は二人とも感動していた。僕も綺麗だと思ったけれど、彼女と見た『ペルセウス座流星群』の方がより綺麗に見えた気がしたのは、僕の気のせいだろうか。

 今度の僕の願いは『サヤが天国に行きますように』だ。しっかりお願いした。

 約一週間後の『しし座流星群』も両親と見に行ってみたけれど、こちらは月が明るすぎて一人あたり二つ程度の流星が限界だった。こちらも願いはしっかりと唱えた。
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