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15 コロコロ変わる彼女の表情

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 左手にペンを戻した彼女は、先ほどまでよりやりやすそうに絵を描いている。
 僕は僕でタブレットの新しいキャンパスに兄の絵を描いていく。

 それから一時間ほど経過した頃、彼女が僕のタブレットを覗き込んで言った。

「それ、お兄さんがカフェで働いているところ?」
「うん。入院してた兄ちゃんが退院した後、体調がいい時はここで働いてたから。楽しかったみたい」
「うん、分かる。お兄さんが生き生きしてる」

 兄は病気で野球ができなくなって学校も行かなくなって、時々『桜ヶ丘珈琲』のバルコニーに僕と来ていた時に叔父が「やってみるか?」と言ったのだ。病気になってもまだやれることはある。兄はそれが嬉しそうだった。

「サヤにもお姉さんいたんだよね。描いてみたら?」
「え……」
「上手でなくてもいいから。お姉さんを思い出しつつ少しずつ描いてみればいい」
「……」

 彼女は戸惑いの表情になって、ゆっくりと口を開いた。

「お姉ちゃん……、思い出せない。……どんなだったかな。ちゃんと見てなかったから」
「……一緒に住んでなかったとか?」
「ううん。ずっと一緒に住んでた。一緒にいた。でも……思い出せなくて。私と顔は似てるって言われてたけど」

 彼女はお絵描き帳に顔の輪郭だけ描いた。

「お姉ちゃんは……地味で暗いって、印象に残らないって言われてた。友達もいなくて……ママはお姉ちゃんにみっともないって言ってて……」

 彼女は顔の輪郭の上に顔のパーツを描こうとするけど、ペンは進まない。

「……サヤはお姉さんをどう思ってたの?」
「……私は苦しいと思った。でもそれしか残ってない。お姉ちゃんが死んで三年、ずっと思い出さないようにしてたから。……でも思い出さなきゃね」

 彼女は本当に思い出せないと思っているような表情で眉を寄せながら、ペンを動かしては止めるを繰り返す。

 彼女は家族に色々と複雑な思いを抱えてるようだ。今日はこれ以上深入りすると彼女を追い詰める気がした。

「お姉さんを思い出すのはゆっくりでいいよ。今日は好きに描こうか」
「……うん」

 彼女はほっとした様子で頷いた。


 ● ● ●


 夏休みに入り、僕はほぼ毎日『桜ヶ丘珈琲』に入り浸っている。夏休みの宿題は早めにやりきりたいタイプなので、午前中から夕方までは宿題をしていた。

 従兄弟の海斗はバスケ部の練習で学校へ行ったり、休みの日はプールや海に行っているので夏休み早々にこんがりしている。彼は宿題は最後にやるタイプ、というかほぼ僕の丸写しを狙っている様子だが、叔父に「海斗に丸写しさせるなよ」と釘を刺されているので、ほどほどに写させる程度にしようと思っている。

 ということを話しの流れで彼女に言ったら「コウ君って結構甘いよね」と言われた。

 彼女は一日おき程で『桜ヶ丘珈琲』に来ている。昼前にやってきてカフェでランチをしてから、僕が宿題をやっている横でお絵描きしていた。

 そんな日が一週間ほど過ぎた時、彼女が「思い出した!」と言って顔を上げた。彼女のこういう声は面倒なお誘いの場合が多いので、嫌な予感がする。

「……聞きたくないけど、聞いてあげるよ」
「あのね、桜ヶ丘でお祭りがあるみたいなの! 一緒に行こうよ!」
「……ああ、毎年八月の終わり頃にやるやつね」

 桜ヶ丘の小さい神社で開かれるこじんまりとしたお祭りだ。花火はなく、屋台が出るだけだけど、桜ヶ丘の人だけでなく近くに住む人も来たりするので、人の出入りは祭りの規模にしては多い。なんだかんだ僕も毎年兄や海斗たちと行っていた。

「いいけど、屋台があるだけだよ。花火とかないけど」
「屋台に行きたいの~。食べ歩き好き!」
「まあ、屋台の食べ物は美味しいよね。たまに食べたくなるのは分かる」
「花火は手持ち花火を買ってしよ!」
「花火もする気なんだ。まあいいけど。……そういえば、花火大会が湖の方で毎年やってるよ。今年もやるんじゃないかな。お盆の後で、かつ、桜ヶ丘の祭りの前くらいの時期だと思う。僕はここのバルコニーで見るけど、サヤも来る?」
「……! うん! ここで見られるの?」
「見られるよ。特等席だよ、ここ。人込みに行かなくていいし、飲み物でもゆっくり飲みながら花火を見られる」
「それ最高! やったぁ~! 八月は色々楽しいことあるね! 流星群でしょ、花火でしょ、お祭りでしょ! 困ったなぁ~、忙しいなぁ~! ――あ、花火の日付調べよ。予定を手帳に書かなきゃだもんね!」

 彼女は上機嫌にスマホで検索をかけている。
 僕自身は今回は変な誘いでなくて、ほっとしている。毎年やってることへ彼女が加わるだけだ。

 彼女はその日一日機嫌がよく、「明日もここに来ようかな~」と言って帰って行ったのだが。

 次の日の七月の最終日、彼女は昼前に現れたけれど、なぜか昨日と打って変わって表情が暗かった。
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