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05 死ぬ前に呼ばれたい名前
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彼女は飲み物を持って戻って来た。
「アイスレモンビールティーにした~!」
そんな名前の飲み物はこのカフェにはない。
冗談を言いながら彼女は機嫌よく椅子に座り、さっそくストローに口を付けている。横目で僕を見ると、ストローから口を離し、彼女は首を傾げた。
「……? どうかした?」
「……ごめん。ビニール袋の中身を少しだけ見た」
「――ああ、薬袋? いいよ、別に~。――あ、でも、薬の名称は見ちゃダメ」
「さすがに紙袋の中まで見てないよ。……名前がサヤじゃなかったんだけど。『森下日和』って書いてあった」
「あ~、バレちゃったかぁ~」
まったく悪びれもせずに彼女は笑っている。
「うん、まあねぇ、私は『森下日和』だよ。でもコウ君にはサヤって呼んで欲しいな。おばあちゃんにもサヤって呼ばれてるし」
「……そういえば、そう呼ばれていたね」
初めて会った日、彼女を祖母宅まで送った日を思い出した。
「え、じゃあサヤってあだ名?」
「うん、そんな感じ。別に『森下日和』っていう名前を隠してたわけじゃないよ。でも最後はサヤって呼ばれたいから」
最後、というのは死ぬまでの間を指しているのだろう。
「……分かった。サヤって呼ぶ」
「うん」
彼女は笑みを浮かべ、リュックから出したままの飴やらビニール袋やらを再びリュックに収納していく。
そして収納を終えると、今度はリュックのフロントポケットから何かを出した。
「じゃじゃーん! スマホ~!」
「あ、買ったんだ」
「うん、買ってもらった。ほら、私って未成年だから親の承諾とか面倒だし、機種は何でもいいから欲しいって言って東京から送ってもらったんだ。ちょっと怒られたけど。前のスマホ壊れて捨てた時に、新しいスマホ買おうかって言われたのに断っちゃってたんだよね。だから二度手間だぞって」
「ふーん。でも最新式のやつじゃん」
「ね、私にはもったいないよね~。でも、これでネット検索ができる。――ということで、さっそくコウ君、連絡先第一号になってくださいな~」
「うん」
連絡先の電話番号とチャットを交換する。
「名前はサヤで登録してね」
「はいはい」
「チャットしてね~」
「何か連絡があればね」
「連絡なくてもしてくれていいんだよ。日記でもいいよ」
「嫌だよ」
「じゃあ、『おはよう』とか『お休み』とかでもいいよ」
「……そういうのって恋人同士がするもんじゃないの?」
「そんなことないよ。友達でもするよ」
「ふーん。……気が向いたらね」
「うん」
本来、僕はマメなほうではないのに。面倒なことになったなぁ、と思いながらも、スマホをテーブルに置いて、今度はタブレットのロック画面を解除する。先ほどまで描いていた絵が現れた。
絵の続きを描き始めると、彼女は椅子を僕の椅子に近づけ、タブレットを覗く。
「……これってコウ君のお兄さん?」
「うん」
「スケッチブックの絵と種類が違うね。なんか漫画の絵っぽいテイスト」
確かに、スケッチブックは兄の肖像画を鉛筆で描いたもので、現在描いているのは漫画風イラストといえるかもしれない。
「兄ちゃんの絵を描くのが好きなんだ。漫画風である必要はないんだけど、例えばこういうのとか」
二頭身の可愛いイラストの兄と、スケッチブックに描いた絵に似た兄を描いてみる。
「え~、本当に上手だね。……へぇ、面白い。描いてるところって永遠に見ていられそう。……お兄さんって、亡くなったのはいつ?」
「半年前」
「……結構最近なんだね」
「うん」
「……ごめんね」
「……何でサヤが謝るの?」
「私も死ぬから。コウ君のトラウマにならなければいいなと思ってる」
「ならないよ」
死ぬ側が謝る必要なんてない。そう言おうと思って彼女を見てから眉を寄せた。
「その手は何?」
彼女は甲を上に両手を出して指を九十度に曲げるようなしぐさをしている。まるで、幽霊をイメージする手のような。
「せめて、死んだら幽霊になってコウ君の前には出ないようにするね!」
「な、なんで……っ」
急に恥ずかしさで顔が熱くなった。
「ほら、初めて会った日、私を幽霊だって思って怖がってたでしょ。コウ君って、見かけによらず怖がりなんだもん」
「別に怖がってなんか……」
「今度からコウ君を見かけたら、そっと近づいて『わっ!』て声かけてもいい?」
「止めてくれる!?」
「あはははは……!」
どうやら彼女には僕の正体がビビリだとバレていたようだ。くそう、と内心毒吐く。
「別に怖がりでもいいと思うけどな~。でも、どうするの? お盆」
「……? 何が?」
「お兄さんの初盆でしょ? きっとコウ君に会いに帰って来てくれると思うよ~」
「……そうかな」
「コウ君がお兄さんを見えるとは限らないけど、霊は浮遊してるかも」
「……できれば浮遊せずにはっきりとした姿で帰って来てくれるといいんだけど」
「あはははは……! お兄さんでさえ、足生えてないと怖いんだね!」
「怖いですけど、何か!?」
ぷくく、と笑う彼女にむっとする。
幽霊が怖いのと、兄に会いたいのは別問題なんだ。
彼女はニマっとして、こてっと首を傾げた。
「ねえ、コウ君って日曜日ひま?」
「……唐突に何?」
「この前話していたロープウェー、一緒に乗りに行こうよ」
「……えー、俺乗ったことあるし」
「また乗ってもいいじゃない。そうだ、軍資金は任せて! 私、死ぬまでに使い切りたいお金があるから奢る! 交通費とかも丸々出しますよ~」
「いいよ、そんなことしなくても」
「私がこう言ったのを覚えてる? 『死ぬまでに悪行の限りを尽くすぞ、オー!』」
「……それが何か?」
「私、人を脅すのって初めて。これも悪行の一つよね」
「……何の話?」
「コウ君が怖がりってみんな知ってるの?」
「……ちょお待て」
「幽霊が怖いって可愛いと思う! みんなに教えてあげなきゃ――」
「仕方ない。日曜にロープウェーだね」
「……! 交渉成立~!」
喜ぶ彼女の横で、僕はテーブルに肘を着いた手に額を乗せて盛大に溜息をついた。弱味を知られてはいけない人物にバレてはいけないことがバレているなんて。
しかし、楽しそうにスマホを見ながら計画を話す彼女を見ていて、まあいいかと思った。
「アイスレモンビールティーにした~!」
そんな名前の飲み物はこのカフェにはない。
冗談を言いながら彼女は機嫌よく椅子に座り、さっそくストローに口を付けている。横目で僕を見ると、ストローから口を離し、彼女は首を傾げた。
「……? どうかした?」
「……ごめん。ビニール袋の中身を少しだけ見た」
「――ああ、薬袋? いいよ、別に~。――あ、でも、薬の名称は見ちゃダメ」
「さすがに紙袋の中まで見てないよ。……名前がサヤじゃなかったんだけど。『森下日和』って書いてあった」
「あ~、バレちゃったかぁ~」
まったく悪びれもせずに彼女は笑っている。
「うん、まあねぇ、私は『森下日和』だよ。でもコウ君にはサヤって呼んで欲しいな。おばあちゃんにもサヤって呼ばれてるし」
「……そういえば、そう呼ばれていたね」
初めて会った日、彼女を祖母宅まで送った日を思い出した。
「え、じゃあサヤってあだ名?」
「うん、そんな感じ。別に『森下日和』っていう名前を隠してたわけじゃないよ。でも最後はサヤって呼ばれたいから」
最後、というのは死ぬまでの間を指しているのだろう。
「……分かった。サヤって呼ぶ」
「うん」
彼女は笑みを浮かべ、リュックから出したままの飴やらビニール袋やらを再びリュックに収納していく。
そして収納を終えると、今度はリュックのフロントポケットから何かを出した。
「じゃじゃーん! スマホ~!」
「あ、買ったんだ」
「うん、買ってもらった。ほら、私って未成年だから親の承諾とか面倒だし、機種は何でもいいから欲しいって言って東京から送ってもらったんだ。ちょっと怒られたけど。前のスマホ壊れて捨てた時に、新しいスマホ買おうかって言われたのに断っちゃってたんだよね。だから二度手間だぞって」
「ふーん。でも最新式のやつじゃん」
「ね、私にはもったいないよね~。でも、これでネット検索ができる。――ということで、さっそくコウ君、連絡先第一号になってくださいな~」
「うん」
連絡先の電話番号とチャットを交換する。
「名前はサヤで登録してね」
「はいはい」
「チャットしてね~」
「何か連絡があればね」
「連絡なくてもしてくれていいんだよ。日記でもいいよ」
「嫌だよ」
「じゃあ、『おはよう』とか『お休み』とかでもいいよ」
「……そういうのって恋人同士がするもんじゃないの?」
「そんなことないよ。友達でもするよ」
「ふーん。……気が向いたらね」
「うん」
本来、僕はマメなほうではないのに。面倒なことになったなぁ、と思いながらも、スマホをテーブルに置いて、今度はタブレットのロック画面を解除する。先ほどまで描いていた絵が現れた。
絵の続きを描き始めると、彼女は椅子を僕の椅子に近づけ、タブレットを覗く。
「……これってコウ君のお兄さん?」
「うん」
「スケッチブックの絵と種類が違うね。なんか漫画の絵っぽいテイスト」
確かに、スケッチブックは兄の肖像画を鉛筆で描いたもので、現在描いているのは漫画風イラストといえるかもしれない。
「兄ちゃんの絵を描くのが好きなんだ。漫画風である必要はないんだけど、例えばこういうのとか」
二頭身の可愛いイラストの兄と、スケッチブックに描いた絵に似た兄を描いてみる。
「え~、本当に上手だね。……へぇ、面白い。描いてるところって永遠に見ていられそう。……お兄さんって、亡くなったのはいつ?」
「半年前」
「……結構最近なんだね」
「うん」
「……ごめんね」
「……何でサヤが謝るの?」
「私も死ぬから。コウ君のトラウマにならなければいいなと思ってる」
「ならないよ」
死ぬ側が謝る必要なんてない。そう言おうと思って彼女を見てから眉を寄せた。
「その手は何?」
彼女は甲を上に両手を出して指を九十度に曲げるようなしぐさをしている。まるで、幽霊をイメージする手のような。
「せめて、死んだら幽霊になってコウ君の前には出ないようにするね!」
「な、なんで……っ」
急に恥ずかしさで顔が熱くなった。
「ほら、初めて会った日、私を幽霊だって思って怖がってたでしょ。コウ君って、見かけによらず怖がりなんだもん」
「別に怖がってなんか……」
「今度からコウ君を見かけたら、そっと近づいて『わっ!』て声かけてもいい?」
「止めてくれる!?」
「あはははは……!」
どうやら彼女には僕の正体がビビリだとバレていたようだ。くそう、と内心毒吐く。
「別に怖がりでもいいと思うけどな~。でも、どうするの? お盆」
「……? 何が?」
「お兄さんの初盆でしょ? きっとコウ君に会いに帰って来てくれると思うよ~」
「……そうかな」
「コウ君がお兄さんを見えるとは限らないけど、霊は浮遊してるかも」
「……できれば浮遊せずにはっきりとした姿で帰って来てくれるといいんだけど」
「あはははは……! お兄さんでさえ、足生えてないと怖いんだね!」
「怖いですけど、何か!?」
ぷくく、と笑う彼女にむっとする。
幽霊が怖いのと、兄に会いたいのは別問題なんだ。
彼女はニマっとして、こてっと首を傾げた。
「ねえ、コウ君って日曜日ひま?」
「……唐突に何?」
「この前話していたロープウェー、一緒に乗りに行こうよ」
「……えー、俺乗ったことあるし」
「また乗ってもいいじゃない。そうだ、軍資金は任せて! 私、死ぬまでに使い切りたいお金があるから奢る! 交通費とかも丸々出しますよ~」
「いいよ、そんなことしなくても」
「私がこう言ったのを覚えてる? 『死ぬまでに悪行の限りを尽くすぞ、オー!』」
「……それが何か?」
「私、人を脅すのって初めて。これも悪行の一つよね」
「……何の話?」
「コウ君が怖がりってみんな知ってるの?」
「……ちょお待て」
「幽霊が怖いって可愛いと思う! みんなに教えてあげなきゃ――」
「仕方ない。日曜にロープウェーだね」
「……! 交渉成立~!」
喜ぶ彼女の横で、僕はテーブルに肘を着いた手に額を乗せて盛大に溜息をついた。弱味を知られてはいけない人物にバレてはいけないことがバレているなんて。
しかし、楽しそうにスマホを見ながら計画を話す彼女を見ていて、まあいいかと思った。
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