逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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最終章

126 やっとつかんだ幸せは手放せない2

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 葉月がいる部屋を後にし、別室に流雨と入室した。流雨の魂を回収できなかった時のように、ティカを呼ぶ。すると数分後、ティカが空中に現れた。

「また呼び出し? ボクが忙しいって知っているよね? サーヤのことだから、また例外的な何かが起きたということだろうけれどさ」

 ゆっくりと床に足を付けたティカが、窓の外を見た。

「あれ、今って夜? じゃあ、おやつの時間ではないのかな……」
「……お菓子をご用意します。ですが、先に話を聞いていただいてもよろしいですか?」

 東京で葉月に襲われたこと、異世界への扉を通って葉月がこの世界にやってきたこと、私が殺されそうになったこと、葉月の目的は時間の巻き戻しなどをティカに説明した。

「そういえば、九州地区は、前回の結果連絡の場に誰も現れなかったとテラに聞いたね」

 ティカは九州地区担当の上司ではない。テラというのが九州地区の天使仲間なのだろう。警告と同じで、結果連絡は一度欠席までは問題ないが、二回連続欠席だとアウトになる。

「葉月は今どこ?」

 ティカに葉月の居場所を教えると、ティカは消えた。そして五分ほどで私たちの前に戻ってきた。

「いったんボクは天界に戻るね。状況を確認してくる。一時間くらいは戻るのにかかるかもしれないから、その間におやつの用意はよろしくね」

 再びティカが消える。葉月はどうなるのだろうか。弥生は今どうしているのだろうか。
 ふと、ソファーの隣に座る流雨を見る。流雨は今は私を片時も離したくはないようで、ずっと私の腰を抱き寄せていた。

「るー君、今日は助けてくれてありがとう」
「当然のことだよ。俺が守るのは紗彩だけだから。紗彩が撃たれていたらと思うと、今でもぞっとする。あの子は早くこの家から出したい」

 私もこんな目にあうとは思っていなかった。二度も葉月から襲われるなんて。無傷で生きていられたことに、助けてくれた流雨には感謝するばかりだ。

「自分の身を守るだけではなくて、石の力は紗彩を守れるから、石の力を訓練しておいて本当によかったと思うよ」
「せっかく、るー君が石のピアスくれたのに、私ってば力を使えなかったな」
「突然だったから仕方ない。危機的状況ですぐに反応するなんて、普通は難しいから、紗彩は気にしなくていい。外では俺かエマが必ず傍にいるようにするから大丈夫だよ」

 流雨は安心させるように微笑み、私の唇に軽くキスを落とした。私は流雨に抱き付く。私より帝国歴が短い流雨なのに、私より順応している。私の将来の旦那さまは、頼りがいもあって素敵だなと思う。

 そうやって、流雨と二人の時間を過ごしていると、声がかかった。

「サーヤたちって、そういう関係なんだ」
「みゃっ」

 驚いた。いつの間にか目の前にティカが立っていた。

「おど、驚かせないでください!」
「勝手に驚いたんでしょう。ねえ、そこに用意してあるお菓子、食べていいんだよね?」

 料理長に用意をお願いしていたものが届いて、テーブルに置いてもらっていたケーキやクッキーなどのお菓子を指してティカが言う。

「あ、はい。どうぞ……」

 いそいそとソファーに座ったティカは、どれにしようかなと目を輝かせながら、ケーキを一つ取ってペロリと食べた。それから三つほど皿を空にすると、少し満足したのか口を開いた。

「テラと状況を調べた。弥生が死んでいたね」
「……え?」

 いつも天から監視人に見られている、いわゆる監視カメラみたいなもの。当然弥生たちも見られている。それを確認してきたらしい。

 ティカによると、如月家の行き来のある異世界で、家族親戚間での権力争いが何年も続いていて、そのせいで一ヶ月と少し前に弥生が命を落とした。そして弥生だけでなく葉月の婚約者も一緒に命を落とした。そのため、現在の如月家の当主は葉月となったわけだが、弥生と葉月の婚約者が亡くなったことに葉月は耐えられなかった。私から見ても、弥生と葉月は仲の良い親子だった。そのため、時間を遡ってやり直しをしたかったらしい。

 前世で私の時間が遡った時、私と同じように葉月も死んでいたという。その時も家族親戚間での権力争いがあったけれど、その時命を落としたのは葉月だった。そうならないように今回は動いたのに、今度は弥生たちが死んでしまった。

 葉月と同じように前世の記憶がある私が、神に贔屓されていて、私が死ねば時間が遡ると信じて疑わなかった葉月の行動は、死神業者のタブーに引っかかるとティカは言う。

「死神業者同士の殺し合いはご法度だよ。葉月は死神業者の親殺しがご法度なだけと思っていたみたいだけれどね」

 私と弥生が情報交換していた際、親殺しはダメだという話をしたのを、葉月は親殺しだけがダメだと勘違いしたのだろう。

「九州地区の如月家の死神業は廃業。これから次代は選ぶ予定。葉月は自分でこの世界に来たから、元の世界には帰れない」
「……え!? 葉月ちゃんは日本に帰れないんですか!?」
「自分でここに来たんでしょう。特別扱いはしない。異世界へ偶然迷い込んだ人間も特別に戻してあげるなんてしないのに、葉月だけ特別とするわけないでしょう」

 では、葉月は今後どうするのだろうか。私が面倒を見るのだろうか。命を狙われたことを考えると、咲のように異世界へ来てしまったからと面倒を見る気にはなれない。私の心が狭いのだろうか。そう思っていると、流雨が不機嫌な顔で口を開いた。

「死神業の廃業だけで葉月の処分は終わりですか? 紗彩が殺されそうになったのに」
「サーヤは死んでないしね。本来なら、死神業のどちらかが死んでから、罰を下すものだよ。ただ、葉月はこの世界に住んでもらうけれど、ここから遠い違う国に移動させるから心配しないで」
「……違う国に?」
「またサーヤを狙うとは思いたくないけれど、念のための処置だよ。サーヤは死神業として優秀だからね、いなくなられてはこちらも困る。あと、おまけだけれど、葉月がこちらに飛んできた異世界への扉は、閉じることにしたから。葉月で四人目だよ。少し多すぎるからね」
「四人目!?」

 佐藤真理と葉月だけではないのか。

「佐藤真理と葉月、それに百年位前に一度と、百五十年くらい前に一度。言っておくけれど、異世界の扉なんて言っているけれど、あれって自然現象だからね。ボクらが気まぐれに開けたわけではない。時空や次元の歪みって、時々勝手に発生するんだ。そういうのを扉って名付けているだけ。だけど、あの場所は人間の移動が多すぎる。だから閉じることになった。閉じるのも面倒なんだからね。色々と上にお伺いを立てないといけないんだ。だから、あの場所だけだよ。他の扉は閉じないからね」

 咲がこちらにやってきた扉は別の扉だから、閉じないと言いたいのだろう。

 お菓子を全て食べきったティカは満足げだった。

「じゃあ、今から葉月はボクが引き取る。サーヤ、最後に葉月に言いたいことがあるなら、言ってもいいけれど」
「……いいえ」
「そう。じゃあ、またね」

 ティカは消えた。これから見知らぬ土地で過ごさなければならない葉月に、胸は痛くなるが何も言うことはない。もう死んでしまった弥生にも会えないのだ。自分勝手な行動を起こした葉月だけれど、十分な罰だろう。

 ティカのいなくなった空間をぼーっと眺める私を、流雨が抱きしめるのだった。
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