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最終章
121 思わぬところで1
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三月末のメイル学園の卒業を前に、東京に戻ってきた。
本当であれば、東京の高校も卒業なのだが、卒業式は出る予定だったのに、皇帝の崩御でバタバタしていたため、東京の高校の卒業式には出ることができなかった。その代わりに、本日卒業証書を取りに行った。一応、無事に高校を卒業することができたのだ。
大学は行こうか迷ったけれど、行かないことにした。すでに会社は経営しているし、大学に行ってまで勉強したい目的もないからである。
数日後に控えるメイル学園の卒業式には出る予定なので、東京の今回の滞在は明日までである。
次の日、予定していた死神業の九州地区担当の如月親子と会うため、大阪にやってきていた。待ち合わせ場所で待っていると、弥生の娘の葉月がやってきた。
「こんにちは、紗彩さん。お久しぶりです」
「葉月ちゃん、こんにちは。弥生さんは?」
「すみません、母は新しく大阪に出すオフィスの打ち合わせが長引いていて、遅れます。新しいオフィスの近くで食事の予約を取っているので、紗彩さん、一度オフィスに母を迎えに一緒に行っていただけませんか?」
「うん、いいよ」
如月家が日本で営む事業は大きいが、大阪にもオフィスを出すとは経営がうまくいっているようである。
相変わらずの人見知りな葉月は、ほとんど会話が続かない。最後には私も無言になりながら葉月に付いて行き、大きいビルに入った。エレベーターを上がり、エレベーターの扉が開くと、すごく広いフロアが現れた。電気は付いていて、まだリフォーム中なのか、機材などがあるけれど、オフィス用具さえ入れれば、すぐにでもオフィスとして使えそうである。
フロアはとにかく広くて、百人分以上の机を入れられそうだ。オフィスに来ていいと言っていたのだから、見て回ってもいいということだろうと判断し、オフィス用具のないフロアを小走りで中央付近まで進んだ。
「すごいね、葉月ちゃん! このフロアだけで軽い運動ができそう!」
さすがに広すぎるから、もしかしたらこれからパーテーションの壁くらい設置するのかもしれない。流雨が経営していた会社のように、透明のガラスの壁もいいかも、と思いながら葉月を振り返る。その時、まだエレベーターの前にいた葉月は、バッグから棒のようなものを出した。
「……葉月ちゃん?」
葉月は手に持った棒のようなものを包んでいた布を取った。中から出てきたのは、料理人が使うような鋭利な包丁。どうしてそんなものを出すのだろう。ドクドクと心臓がやけに大きく響く。
「……葉月ちゃん、弥生さんはどこにいるの?」
葉月は私の質問には答えず、ゆっくりと前に足を進めだしながら口を開いた。
「ずっと神に贔屓されているのは、誰なんだろうと思っていたんです。私ではないから、私以外の誰か。貧乏くじを引かされる私は、その誰かにまた頼るしかない」
「な、何を言っているの?」
足が震える。それでも、淡々と語る葉月から逃げなくてはと、後ろに後退する。
「ずっと探していたんです。死神業の誰かに違いないから。でも、探すのは簡単じゃなかった。母に隠れて探っていたんです。でも、まさか紗彩さんとは思っていなかったな」
「何が!?」
「紗彩さんも死んだことがありますよね?」
驚いて目を見開いた。私もということは。
「私も一度死んで、気づいたら時間が巻き戻っていた。でも、私以外、誰も時間が巻き戻ったなんて知っている人はいなかった。記憶があった人はいないんです。きっとあの時死神業の中で死んでいた人だけが、記憶があるんですね。前世が不幸だった私は、現世では幸せになれるよう頑張ったんです。でもダメだった」
「待って、葉月ちゃん! お願い、近寄らないで」
「また時間を巻き戻さなきゃ。神に贔屓されているの、紗彩さんですよね」
「近寄らないでよぉ!」
「前に言ってましたよね。有名な歌を聞いて、『女の子みたいな男の子が歌っていた』って。それって、前世の話ですよ。現世では歌っているのは女の子です。あれを聞いて、記憶があるのが紗彩さんだと知れた」
私が余計なことを口走ったせいで、こんな目に合っているのか。自分の迂闊さ加減に泣けてくる。
「紗彩さんには恨みはありませんが、死んでもらえますか? そして神にお願いしてください。また時間を戻してと」
「私じゃないの!」
時間を戻してと願ったのは、私ではない。
「すみません、包丁なんかで殺されるのは嫌かもしれませんが、我慢してください。日本では魔法が使えなくて不便です。周りにバレずに、確実に殺す方法って、少ないんですよね」
葉月は私の話を全然聞いてくれない。歩みのスピードを上げた葉月に、私は焦る一方だが、壁が遠い。なぜ私はこんなフロアの中心まで走ってきてしまったんだ。壁があれば、帝国に逃げることもできるのに。
(るー君、るー君、るー君!)
涙目で、無理と分かっていても流雨に助けを求めてしまう。そして流雨に貰ったピアスである石の存在を思い出した。合言葉があった。
(浮け! 戻れ! 止まれ!)
今のこの場に、どの合言葉が正しいのかパニックで分からず、全て唱えてみるが、何も起こらない。石の力は、遠隔で流雨の力を利用すると言っていた。やはり、ここは帝国ではないから、石の力も対象外なのだろう。
もうだめだ、すぐそばまで葉月が迫っている。また私は殺されて死ぬのだ。そして、今度は絶対に時間は巻き戻らない。
「るー君、ごめん……」
一緒に生きると約束したのに。ずっと傍で生きると、八十年は一緒にいられると思っていたのに。
葉月が三メートル前まで迫ったとき、私は一か八かの行動に出た。ここで死ぬくらいなら、最後は流雨の傍にいたい。いつもは壁に向かって帝国の倉庫を思い浮かべる感覚を、足に集中した。流雨の執務室へ――。
「――っ、しまった!」
床に沈みゆく私に気づいた葉月が、慌てて足を速めるのを視界に映したのを最後に、私は帝国へ行くのだった。
本当であれば、東京の高校も卒業なのだが、卒業式は出る予定だったのに、皇帝の崩御でバタバタしていたため、東京の高校の卒業式には出ることができなかった。その代わりに、本日卒業証書を取りに行った。一応、無事に高校を卒業することができたのだ。
大学は行こうか迷ったけれど、行かないことにした。すでに会社は経営しているし、大学に行ってまで勉強したい目的もないからである。
数日後に控えるメイル学園の卒業式には出る予定なので、東京の今回の滞在は明日までである。
次の日、予定していた死神業の九州地区担当の如月親子と会うため、大阪にやってきていた。待ち合わせ場所で待っていると、弥生の娘の葉月がやってきた。
「こんにちは、紗彩さん。お久しぶりです」
「葉月ちゃん、こんにちは。弥生さんは?」
「すみません、母は新しく大阪に出すオフィスの打ち合わせが長引いていて、遅れます。新しいオフィスの近くで食事の予約を取っているので、紗彩さん、一度オフィスに母を迎えに一緒に行っていただけませんか?」
「うん、いいよ」
如月家が日本で営む事業は大きいが、大阪にもオフィスを出すとは経営がうまくいっているようである。
相変わらずの人見知りな葉月は、ほとんど会話が続かない。最後には私も無言になりながら葉月に付いて行き、大きいビルに入った。エレベーターを上がり、エレベーターの扉が開くと、すごく広いフロアが現れた。電気は付いていて、まだリフォーム中なのか、機材などがあるけれど、オフィス用具さえ入れれば、すぐにでもオフィスとして使えそうである。
フロアはとにかく広くて、百人分以上の机を入れられそうだ。オフィスに来ていいと言っていたのだから、見て回ってもいいということだろうと判断し、オフィス用具のないフロアを小走りで中央付近まで進んだ。
「すごいね、葉月ちゃん! このフロアだけで軽い運動ができそう!」
さすがに広すぎるから、もしかしたらこれからパーテーションの壁くらい設置するのかもしれない。流雨が経営していた会社のように、透明のガラスの壁もいいかも、と思いながら葉月を振り返る。その時、まだエレベーターの前にいた葉月は、バッグから棒のようなものを出した。
「……葉月ちゃん?」
葉月は手に持った棒のようなものを包んでいた布を取った。中から出てきたのは、料理人が使うような鋭利な包丁。どうしてそんなものを出すのだろう。ドクドクと心臓がやけに大きく響く。
「……葉月ちゃん、弥生さんはどこにいるの?」
葉月は私の質問には答えず、ゆっくりと前に足を進めだしながら口を開いた。
「ずっと神に贔屓されているのは、誰なんだろうと思っていたんです。私ではないから、私以外の誰か。貧乏くじを引かされる私は、その誰かにまた頼るしかない」
「な、何を言っているの?」
足が震える。それでも、淡々と語る葉月から逃げなくてはと、後ろに後退する。
「ずっと探していたんです。死神業の誰かに違いないから。でも、探すのは簡単じゃなかった。母に隠れて探っていたんです。でも、まさか紗彩さんとは思っていなかったな」
「何が!?」
「紗彩さんも死んだことがありますよね?」
驚いて目を見開いた。私もということは。
「私も一度死んで、気づいたら時間が巻き戻っていた。でも、私以外、誰も時間が巻き戻ったなんて知っている人はいなかった。記憶があった人はいないんです。きっとあの時死神業の中で死んでいた人だけが、記憶があるんですね。前世が不幸だった私は、現世では幸せになれるよう頑張ったんです。でもダメだった」
「待って、葉月ちゃん! お願い、近寄らないで」
「また時間を巻き戻さなきゃ。神に贔屓されているの、紗彩さんですよね」
「近寄らないでよぉ!」
「前に言ってましたよね。有名な歌を聞いて、『女の子みたいな男の子が歌っていた』って。それって、前世の話ですよ。現世では歌っているのは女の子です。あれを聞いて、記憶があるのが紗彩さんだと知れた」
私が余計なことを口走ったせいで、こんな目に合っているのか。自分の迂闊さ加減に泣けてくる。
「紗彩さんには恨みはありませんが、死んでもらえますか? そして神にお願いしてください。また時間を戻してと」
「私じゃないの!」
時間を戻してと願ったのは、私ではない。
「すみません、包丁なんかで殺されるのは嫌かもしれませんが、我慢してください。日本では魔法が使えなくて不便です。周りにバレずに、確実に殺す方法って、少ないんですよね」
葉月は私の話を全然聞いてくれない。歩みのスピードを上げた葉月に、私は焦る一方だが、壁が遠い。なぜ私はこんなフロアの中心まで走ってきてしまったんだ。壁があれば、帝国に逃げることもできるのに。
(るー君、るー君、るー君!)
涙目で、無理と分かっていても流雨に助けを求めてしまう。そして流雨に貰ったピアスである石の存在を思い出した。合言葉があった。
(浮け! 戻れ! 止まれ!)
今のこの場に、どの合言葉が正しいのかパニックで分からず、全て唱えてみるが、何も起こらない。石の力は、遠隔で流雨の力を利用すると言っていた。やはり、ここは帝国ではないから、石の力も対象外なのだろう。
もうだめだ、すぐそばまで葉月が迫っている。また私は殺されて死ぬのだ。そして、今度は絶対に時間は巻き戻らない。
「るー君、ごめん……」
一緒に生きると約束したのに。ずっと傍で生きると、八十年は一緒にいられると思っていたのに。
葉月が三メートル前まで迫ったとき、私は一か八かの行動に出た。ここで死ぬくらいなら、最後は流雨の傍にいたい。いつもは壁に向かって帝国の倉庫を思い浮かべる感覚を、足に集中した。流雨の執務室へ――。
「――っ、しまった!」
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