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最終章
113 弟の決意
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「お母様、お疲れ様です。お茶とお菓子用意してるから、休んで」
「ありがとう」
今日は東京から帰ってきている母が、死神業で魂の回収をしてくれていた。母が死神業を再開することになり、月に数度は帝国に帰ってきてくれている。母のおかげで、私が一日に二人の回収をすることが減り、私の眠気が急に現れることも少なくなってきた。
ちょうど流雨もうちに遊びに来ていて、三人でお茶とお菓子とおしゃべりを楽しんでいると、ユリウスが部屋に入室してきた。
「ユリウスもおやつにしましょう」
「はい」
着席するユリウスに、マリアがお茶とお菓子を用意してくれる。それからマリアが退出すると、ユリウスが口を開いた。
「今日はみんなに話があります」
ユリウスが真剣な顔で改まっている。
「姉様には前に話したことがありますが、ハイゼン侯爵から後継者にならないかと誘われていました。その話をお受けしようと思います」
「……え?」
確かに、ハイゼン侯爵の家の子にならないかと誘われているのは知っているけれど、それをユリウスが受けるとは思わなかった。
「ま、待って、ユリウス。ハイゼン侯爵の後継者だなんて……テオバルト・ウォン・ハイゼンがいるのに、どうしてユリウスが……」
「侯爵が言うには、テオバルトは器ではないとか。次期侯爵には僕を推すそうです。そういう機会を与えられるなら、やってみたいと思いました」
「………………」
躊躇なく話をするユリウスに焦ってしまう。どうしよう、ユリウスがすでに決意の表情をしている。母が思考しながら言った。
「……彼がユリウスを推すというなら、侯爵夫人が反対しても、ユリウスが後継者になれる可能性は高いはず。ユリウスがどうしてもハイゼン家の後継者になりたいのなら、やってみるといいわ」
「お母様!?」
子に反対することが少ない母は、母らしくユリウスにやってみろという。私は嫌で、じわじわと目に涙が溢れてきた。
「や、やだ! ユリウスはうちの子でしょう!? ハイゼン家では、侯爵以外、ユリウスを歓迎する人はいないと思うの! ユリウスがどんな仕打ちを受けるか!」
「僕は覚悟の上ですから、姉様心配しないでください」
心配するに決まっている。ただでさえ、テオバルトに嫌がらせを受けているのに、これ以上ユリウスが嫌な目に合うのは嫌なのだ。しかし、ユリウスの人生はユリウスのもので、私が必要以上に束縛するのもよくないのは分かっている。
どうしたらいいのか分からなくて、私がぐずぐず泣いている間も、ユリウスが口を開いた。
「僕の仕事は、誰かに引き受けてもらう必要があります。ライナやラルフが僕の仕事を見てきているので、引き継げる部分はあると思いますが、追加で人を雇い入れる必要があります。流雨さん、できれば、そのあたり助力いただきたいのですが」
「引き受けよう」
「引き受けないでぇぇ! 私が全部するからぁ」
「駄目です」
「駄目だよ」
ユリウスも流雨も却下が早い。母が死神業を再開したことで、私の仕事が減ったから、もっと増やしてもいいのに。それからも、涙が止まらない私の横で、ユリウスと流雨が話を詰めてしまう。もう私が何を言っても、ユリウスの決意は固いのだと、思わずにはいられなかった。
「すみません、姉様。本当は、ずっと姉様の近くにいたいのですが、僕にもやりたいことができてしまいました」
私は首を振った。
「分かってる……ユリウスの人生だもの。やりたいことをやってほしい。でも、時々は帰ってきて。ユリウスはいつまでも、私の可愛い弟なの。私たちは、ずっと家族でしょう?」
「もちろんです。帰ってきますよ」
そして流雨が思案していた顔を上げた。
「この際だから、紗彩はリンケルト家に引っ越そう」
「……? どうして?」
「ユリウスが家にいなくなって、紗彩がこの家に一人になるのは心配だから。どちらにしても、結婚したら紗彩は引っ越しをするでしょう?」
「………………」
流雨と細かい部分まで話し合ってはいなかったけれど、確かに結婚したら私はリンケルト家に住むのだろうと、漠然と思っていた。ウィザー家のアパートメントは近いし、仕事もあるから、リンケルト家から通えばいいと思っていた。しかし、ウィザー家のアパートメントにユリウスがいなくなってしまう。そして私までいなくなったら。
「結婚しても、引っ越しはしない」
「……え?」
「リンケルト家は近いもの。大丈夫、私一人といっても、マリアたちや咲たちも住んでいるのだし、何も心配することはないわ」
本当は流雨と住みたいのに、私、何言っているのだろう。泣きたくないのに、意思に反し、また涙が溢れる。
「……紗彩、言っていることと表情が合ってないよ」
流雨が席を立ち、私の前の床に両膝を立てた。そして、私の両頬を手で包む。
「大丈夫、引っ越しはウィザー家ごとだよ。紗彩だけじゃない。予定より早いから、まだ工事が終わっていない部分もあるけれど、リンケルト家の屋敷の西側を丸々ウィザー家にするつもりだから」
「……え?」
「紗彩が気にしているのは、ユリウスが帰る場所でしょう? ユリウスの部屋も作っているから、大丈夫」
「ぼ、僕の部屋もですか!?」
「結婚後に、紗彩がウィザー家と行き来するのは、時間の無駄だと思って。俺が紗彩といる時間が減る。それより、ウィザー家ごと引っ越しした方が早い」
「………………」
私とユリウスが唖然とする。私の部屋を作っているとは聞いていたけれど、まさかウィザー家丸ごととは思っていなかった。
「ユリウスがハイゼン家に行くのは予想外だったけれど、ユリウスの部屋はそのまま残しておく。いつでも紗彩に会いに帰ってくればいいし、時々住んでもいい」
「ほ、本当に? ユリウスも帰って来られる?」
「帰って来られるよ」
「……あ、りがとう、るー君っ」
号泣する私の涙を、流雨が指で拭う。
ユリウスがハイゼン家に行ったとしても、もし嫌になってウィザー家に帰りたくなったら、いつでも帰れるのだと、ユリウスの逃げ道になる場所が欲しかったのだ。帰ってきたら、私が抱きしめてあげたい。なのに、私もいないとなると、ユリウスには逃げる場所がなくなってしまう。
だから、私がずっとウィザー家に住めばいいと思ったのだけれど、流雨にはお見通しだったようだ。
ユリウスが帰る場所も作ってくれた流雨の優しさが、すごく嬉しかった。
「ありがとう」
今日は東京から帰ってきている母が、死神業で魂の回収をしてくれていた。母が死神業を再開することになり、月に数度は帝国に帰ってきてくれている。母のおかげで、私が一日に二人の回収をすることが減り、私の眠気が急に現れることも少なくなってきた。
ちょうど流雨もうちに遊びに来ていて、三人でお茶とお菓子とおしゃべりを楽しんでいると、ユリウスが部屋に入室してきた。
「ユリウスもおやつにしましょう」
「はい」
着席するユリウスに、マリアがお茶とお菓子を用意してくれる。それからマリアが退出すると、ユリウスが口を開いた。
「今日はみんなに話があります」
ユリウスが真剣な顔で改まっている。
「姉様には前に話したことがありますが、ハイゼン侯爵から後継者にならないかと誘われていました。その話をお受けしようと思います」
「……え?」
確かに、ハイゼン侯爵の家の子にならないかと誘われているのは知っているけれど、それをユリウスが受けるとは思わなかった。
「ま、待って、ユリウス。ハイゼン侯爵の後継者だなんて……テオバルト・ウォン・ハイゼンがいるのに、どうしてユリウスが……」
「侯爵が言うには、テオバルトは器ではないとか。次期侯爵には僕を推すそうです。そういう機会を与えられるなら、やってみたいと思いました」
「………………」
躊躇なく話をするユリウスに焦ってしまう。どうしよう、ユリウスがすでに決意の表情をしている。母が思考しながら言った。
「……彼がユリウスを推すというなら、侯爵夫人が反対しても、ユリウスが後継者になれる可能性は高いはず。ユリウスがどうしてもハイゼン家の後継者になりたいのなら、やってみるといいわ」
「お母様!?」
子に反対することが少ない母は、母らしくユリウスにやってみろという。私は嫌で、じわじわと目に涙が溢れてきた。
「や、やだ! ユリウスはうちの子でしょう!? ハイゼン家では、侯爵以外、ユリウスを歓迎する人はいないと思うの! ユリウスがどんな仕打ちを受けるか!」
「僕は覚悟の上ですから、姉様心配しないでください」
心配するに決まっている。ただでさえ、テオバルトに嫌がらせを受けているのに、これ以上ユリウスが嫌な目に合うのは嫌なのだ。しかし、ユリウスの人生はユリウスのもので、私が必要以上に束縛するのもよくないのは分かっている。
どうしたらいいのか分からなくて、私がぐずぐず泣いている間も、ユリウスが口を開いた。
「僕の仕事は、誰かに引き受けてもらう必要があります。ライナやラルフが僕の仕事を見てきているので、引き継げる部分はあると思いますが、追加で人を雇い入れる必要があります。流雨さん、できれば、そのあたり助力いただきたいのですが」
「引き受けよう」
「引き受けないでぇぇ! 私が全部するからぁ」
「駄目です」
「駄目だよ」
ユリウスも流雨も却下が早い。母が死神業を再開したことで、私の仕事が減ったから、もっと増やしてもいいのに。それからも、涙が止まらない私の横で、ユリウスと流雨が話を詰めてしまう。もう私が何を言っても、ユリウスの決意は固いのだと、思わずにはいられなかった。
「すみません、姉様。本当は、ずっと姉様の近くにいたいのですが、僕にもやりたいことができてしまいました」
私は首を振った。
「分かってる……ユリウスの人生だもの。やりたいことをやってほしい。でも、時々は帰ってきて。ユリウスはいつまでも、私の可愛い弟なの。私たちは、ずっと家族でしょう?」
「もちろんです。帰ってきますよ」
そして流雨が思案していた顔を上げた。
「この際だから、紗彩はリンケルト家に引っ越そう」
「……? どうして?」
「ユリウスが家にいなくなって、紗彩がこの家に一人になるのは心配だから。どちらにしても、結婚したら紗彩は引っ越しをするでしょう?」
「………………」
流雨と細かい部分まで話し合ってはいなかったけれど、確かに結婚したら私はリンケルト家に住むのだろうと、漠然と思っていた。ウィザー家のアパートメントは近いし、仕事もあるから、リンケルト家から通えばいいと思っていた。しかし、ウィザー家のアパートメントにユリウスがいなくなってしまう。そして私までいなくなったら。
「結婚しても、引っ越しはしない」
「……え?」
「リンケルト家は近いもの。大丈夫、私一人といっても、マリアたちや咲たちも住んでいるのだし、何も心配することはないわ」
本当は流雨と住みたいのに、私、何言っているのだろう。泣きたくないのに、意思に反し、また涙が溢れる。
「……紗彩、言っていることと表情が合ってないよ」
流雨が席を立ち、私の前の床に両膝を立てた。そして、私の両頬を手で包む。
「大丈夫、引っ越しはウィザー家ごとだよ。紗彩だけじゃない。予定より早いから、まだ工事が終わっていない部分もあるけれど、リンケルト家の屋敷の西側を丸々ウィザー家にするつもりだから」
「……え?」
「紗彩が気にしているのは、ユリウスが帰る場所でしょう? ユリウスの部屋も作っているから、大丈夫」
「ぼ、僕の部屋もですか!?」
「結婚後に、紗彩がウィザー家と行き来するのは、時間の無駄だと思って。俺が紗彩といる時間が減る。それより、ウィザー家ごと引っ越しした方が早い」
「………………」
私とユリウスが唖然とする。私の部屋を作っているとは聞いていたけれど、まさかウィザー家丸ごととは思っていなかった。
「ユリウスがハイゼン家に行くのは予想外だったけれど、ユリウスの部屋はそのまま残しておく。いつでも紗彩に会いに帰ってくればいいし、時々住んでもいい」
「ほ、本当に? ユリウスも帰って来られる?」
「帰って来られるよ」
「……あ、りがとう、るー君っ」
号泣する私の涙を、流雨が指で拭う。
ユリウスがハイゼン家に行ったとしても、もし嫌になってウィザー家に帰りたくなったら、いつでも帰れるのだと、ユリウスの逃げ道になる場所が欲しかったのだ。帰ってきたら、私が抱きしめてあげたい。なのに、私もいないとなると、ユリウスには逃げる場所がなくなってしまう。
だから、私がずっとウィザー家に住めばいいと思ったのだけれど、流雨にはお見通しだったようだ。
ユリウスが帰る場所も作ってくれた流雨の優しさが、すごく嬉しかった。
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