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最終章
110 婚約者の力1
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リンケルト家の敷地の門を通り、馬車が屋敷の目の前に止まると、私を迎えに来て一緒に馬車に乗っていた流雨が先に降りた。その流雨にエスコートされつつ、馬車を降りた私は、リンケルト家の屋敷の大きさに改めて驚く。帝都には建物が多く人口が密集している地域に広い敷地を持ち、宮殿かと思われるくらい大きい屋敷。以前、流雨がルーウェンとなった時にも来たことはあったけれど、あの時は慌てていて屋敷をじっくり見る余裕などなかった。
今日は流雨にお呼ばれして、リンケルト家にやってきたのだ。というのも、遊びにおいでと言われても、びくびくして一向に遊びに行く気配のない私にしびれを切らした流雨に、ほぼ強制的に訪問日を決められてしまった。今日はリンケルト公爵とルーウェンの姉オリヴィアと昼食会をするのだ。公爵に会うのは緊張するが、姉オリヴィアと会うのも初めてなので緊張する。
出迎えた執事や使用人の横を通り、流雨に連れられ屋敷に入ると、公爵とオリヴィアが出迎えてくれた。
「我が家へようこそ、サーヤ。こちらはルーウェンの姉オリヴィアだ」
「サーヤ嬢、初めまして。オリヴィアです。気軽にオリヴィアとお呼びになってください」
「ありがとうございます、オリヴィア様。私のこともサーヤと呼んで下さると嬉しいです」
好意的な公爵とオリヴィアにほっとしていると、オリヴィアが私の両手を握った。
「弟が落ち着いてくれたのは、サーヤ様のおかげですわ。ずっとお礼を言いたいと思っていたのです。本当にありがとう! そして、弟をよろしくお願いしますね」
本物のルーウェンはもういないのだと、本当のことは言えないから罪悪感がある。だからと言って、もう流雨を私は手放せない。自分勝手だとは分かっているけれど、本当のことは言えない分、せめてルーウェン姿の流雨と、寄り添って生きて、公爵とオリヴィアを安心させたい。だから、頷いた。
「はい、もちろんです」
それから四人で昼食を楽しみ、私は流雨と部屋を出て廊下を歩いていた。
「緊張した?」
「したー。でも、公爵閣下もオリヴィア様も優しくてよかった」
「言ったでしょう、紗彩に悪いようにはしないよ」
全て流雨が私の事を好意的に伝えてくれているおかげだろう。
それから、流雨に案内され、流雨の執務室にやってきた。
「わぁ! 広いね!」
天井は三階くらいの高さはあり、部屋の片側の壁には本がずらりと並んでいる。そして横には階段があり、中二階あたりに壁のない部屋があった。一階から見えるその中二階のテーブルには、私が東京から持ってきたパソコンが置いてある。一階にはソファーセットと執務机が配置され、とにかく部屋が広くて豪華だ。さすがリンケルト家の執務室である。
「ルーウェンは後継者の勉強なんてしてなかったから、執務室がなかったんだ。だから、作ってもらうようお願いしたんだ。紗彩の部屋も作っているところだから、もう少し待ってて」
「私のも? ありがとう」
「当然でしょう。紗彩はいつでもこの部屋に来ていいから」
二人でソファーに移動した。
「今日は後で紗彩にあげたいものがあるんだけれど、その前に紗彩にお願いがあるんだ」
「なあに?」
「紗彩の血を数滴もらえないかな」
「血? いいよ」
「ありがとう。でも、素直なところが紗彩の良いところだけれど、他の人に言われても、血なんてあげてはダメだからね」
「あげないよ!?」
そんなこと言うわけないだろう。流雨は信用しているから、変なことには使わないだろうと思うからすぐに返事をしただけだ。
ルーウェンの部下アルベルトがやってきて、私の指に針を刺した。そしてグラスのような杯に血を数滴落とす。それから針を刺した指の手当をされたかと思うと、流雨は三十分くらい席を外すねと出て行ってしまった。
何をするのか分からないが、私はぼーっと部屋を見渡す。三階付近にある窓から入る陽の光が気持ちいい。冬に向かいつつある今、少し寒くなってきたから、陽の温度が温かい。
ぼーっとする中、思い出すのは先日の出来事である。
第三皇子ヴェルナーに第一皇女の接触に気を付けろと言われた後、本当に皇女の遣いがやってきたのである。会って話がしたいとのことで、一度目は普通に断った。ところが、その数日後また遣いがやってきて、皇女が化粧品のことで会いたいと言っているからと言われ、私ではなく従業員を送りますと答えた。ところが、また遣いがやってきた。
その三度目の遣いがやってきた時、たまたま流雨がうちにいた。一緒に遣いの話を聞いていた。
「皇女殿下が最新の化粧品についてお話をしたいとのことで、従業員ではなく、ウィザー伯爵令嬢とぜひ直接お会いしたいと申されております。ウィザー伯爵令嬢につきましても、皇女殿下と親しくなれば、今後便宜を図っていただくこともできるかと――」
「不要だ」
「……はい?」
流雨は見せつけるかのように私を引き寄せて、口を開いた。
「紗彩は知っての通り、俺の婚約者。女性でも男性でも、これ以上俺と紗彩が二人でいる時間を邪魔されるのは我慢ならない。だから紗彩と直接会うのは諦めるよう、皇女殿下にそう伝えてくれ」
「で、ですが――」
「これは俺からの警告と受け取ってくれて構わない。紗彩に直接会いたいなどとの招待は不要。今回が三度目の招待らしいが、俺に同じことを言わせるな。二度目はない」
皇女の遣いは青い顔で慌てて帰っていった。ちらっと流雨を見ると、流雨から笑顔が返ってきた。
「ルーウェンなら、もっと激しく暴力的に言うと思うけれど……でも、ちょっとルーウェンっぽかったかも」
「少しルーウェンを意識して返してみたからね。でもルーウェンにしては、優しい言い方だったと思うよ」
ただ、あれでも十分伝わっただろう。ルーウェンを怒らせたら、どうなるか分からない。それがたとえ帝国の皇女だったとしても。ルーウェンを怒らせてでも私と会いたいのか。それは次に皇女の遣いが接触してくるまで分からないが、今のところあれから接触してくる気配はない。
今日は流雨にお呼ばれして、リンケルト家にやってきたのだ。というのも、遊びにおいでと言われても、びくびくして一向に遊びに行く気配のない私にしびれを切らした流雨に、ほぼ強制的に訪問日を決められてしまった。今日はリンケルト公爵とルーウェンの姉オリヴィアと昼食会をするのだ。公爵に会うのは緊張するが、姉オリヴィアと会うのも初めてなので緊張する。
出迎えた執事や使用人の横を通り、流雨に連れられ屋敷に入ると、公爵とオリヴィアが出迎えてくれた。
「我が家へようこそ、サーヤ。こちらはルーウェンの姉オリヴィアだ」
「サーヤ嬢、初めまして。オリヴィアです。気軽にオリヴィアとお呼びになってください」
「ありがとうございます、オリヴィア様。私のこともサーヤと呼んで下さると嬉しいです」
好意的な公爵とオリヴィアにほっとしていると、オリヴィアが私の両手を握った。
「弟が落ち着いてくれたのは、サーヤ様のおかげですわ。ずっとお礼を言いたいと思っていたのです。本当にありがとう! そして、弟をよろしくお願いしますね」
本物のルーウェンはもういないのだと、本当のことは言えないから罪悪感がある。だからと言って、もう流雨を私は手放せない。自分勝手だとは分かっているけれど、本当のことは言えない分、せめてルーウェン姿の流雨と、寄り添って生きて、公爵とオリヴィアを安心させたい。だから、頷いた。
「はい、もちろんです」
それから四人で昼食を楽しみ、私は流雨と部屋を出て廊下を歩いていた。
「緊張した?」
「したー。でも、公爵閣下もオリヴィア様も優しくてよかった」
「言ったでしょう、紗彩に悪いようにはしないよ」
全て流雨が私の事を好意的に伝えてくれているおかげだろう。
それから、流雨に案内され、流雨の執務室にやってきた。
「わぁ! 広いね!」
天井は三階くらいの高さはあり、部屋の片側の壁には本がずらりと並んでいる。そして横には階段があり、中二階あたりに壁のない部屋があった。一階から見えるその中二階のテーブルには、私が東京から持ってきたパソコンが置いてある。一階にはソファーセットと執務机が配置され、とにかく部屋が広くて豪華だ。さすがリンケルト家の執務室である。
「ルーウェンは後継者の勉強なんてしてなかったから、執務室がなかったんだ。だから、作ってもらうようお願いしたんだ。紗彩の部屋も作っているところだから、もう少し待ってて」
「私のも? ありがとう」
「当然でしょう。紗彩はいつでもこの部屋に来ていいから」
二人でソファーに移動した。
「今日は後で紗彩にあげたいものがあるんだけれど、その前に紗彩にお願いがあるんだ」
「なあに?」
「紗彩の血を数滴もらえないかな」
「血? いいよ」
「ありがとう。でも、素直なところが紗彩の良いところだけれど、他の人に言われても、血なんてあげてはダメだからね」
「あげないよ!?」
そんなこと言うわけないだろう。流雨は信用しているから、変なことには使わないだろうと思うからすぐに返事をしただけだ。
ルーウェンの部下アルベルトがやってきて、私の指に針を刺した。そしてグラスのような杯に血を数滴落とす。それから針を刺した指の手当をされたかと思うと、流雨は三十分くらい席を外すねと出て行ってしまった。
何をするのか分からないが、私はぼーっと部屋を見渡す。三階付近にある窓から入る陽の光が気持ちいい。冬に向かいつつある今、少し寒くなってきたから、陽の温度が温かい。
ぼーっとする中、思い出すのは先日の出来事である。
第三皇子ヴェルナーに第一皇女の接触に気を付けろと言われた後、本当に皇女の遣いがやってきたのである。会って話がしたいとのことで、一度目は普通に断った。ところが、その数日後また遣いがやってきて、皇女が化粧品のことで会いたいと言っているからと言われ、私ではなく従業員を送りますと答えた。ところが、また遣いがやってきた。
その三度目の遣いがやってきた時、たまたま流雨がうちにいた。一緒に遣いの話を聞いていた。
「皇女殿下が最新の化粧品についてお話をしたいとのことで、従業員ではなく、ウィザー伯爵令嬢とぜひ直接お会いしたいと申されております。ウィザー伯爵令嬢につきましても、皇女殿下と親しくなれば、今後便宜を図っていただくこともできるかと――」
「不要だ」
「……はい?」
流雨は見せつけるかのように私を引き寄せて、口を開いた。
「紗彩は知っての通り、俺の婚約者。女性でも男性でも、これ以上俺と紗彩が二人でいる時間を邪魔されるのは我慢ならない。だから紗彩と直接会うのは諦めるよう、皇女殿下にそう伝えてくれ」
「で、ですが――」
「これは俺からの警告と受け取ってくれて構わない。紗彩に直接会いたいなどとの招待は不要。今回が三度目の招待らしいが、俺に同じことを言わせるな。二度目はない」
皇女の遣いは青い顔で慌てて帰っていった。ちらっと流雨を見ると、流雨から笑顔が返ってきた。
「ルーウェンなら、もっと激しく暴力的に言うと思うけれど……でも、ちょっとルーウェンっぽかったかも」
「少しルーウェンを意識して返してみたからね。でもルーウェンにしては、優しい言い方だったと思うよ」
ただ、あれでも十分伝わっただろう。ルーウェンを怒らせたら、どうなるか分からない。それがたとえ帝国の皇女だったとしても。ルーウェンを怒らせてでも私と会いたいのか。それは次に皇女の遣いが接触してくるまで分からないが、今のところあれから接触してくる気配はない。
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