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最終章

107 デビュタント1

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 ウィザー家のアパルトマンの表の入り口。普段ならありえないが、リンケルト家の馬車が一台緩やかに停車した。そして中から出てきたのは、ルーウェン・ウォン・リンケルト、つまり流雨である。ウィザー家の入口が開き、流雨が玄関に入った時、目を大きく開いた。

「……紗彩、すごく綺麗だ」
「ありがとう、るー君。……るー君も、とっても素敵」

 今日は私のデビュタントである。私はAラインのロングドレスで、銀糸で一部刺繍されている、今日の主役らしいドレスである。そして流雨に貰った指輪を左手薬指に装着して、髪は編み込みんで可愛いイメージにした。そして何と言っても、顔は素顔が見えている。皆に見られるとすでに緊張していた。

 一方、流雨も正装していて、カッコいい。前髪まで上げて、麗しさが際立っている。そんな流雨が私の手を上げて、手の甲に口づけした。

「……っるー君! 色気ダダ洩れは禁止です!」
「なにそれ」

 くすくす笑う流雨は、じっと私を見た。

「デビュタントは白が決まりというけれど、なんだかウェディングドレスみたいだね」
「今日のデビュタントの子は、みんな白だよ。そしてデビュタントの日は、他の女性は白は来てはいけない暗黙のルールがあるの」
「紗彩が綺麗すぎて、他の子は霞んでしまうと思うよ」

 それはないと思うが、流雨は本気でそう思っているのだろう。私が一番可愛いと言ってくれる流雨が嬉しいので、笑みを返した。まあ、間違いなく、私よりも今日の注目は流雨だと思う。パーティーに参加しないルーウェンが参加するのだから。

 私たちは、リンケルト家の馬車に乗り込んだ。ユリウスは別で先に宮殿に向かっている。

 馬車に揺れながら、流雨が口を開いた。

「本当は馬車ではなくて、車で迎えに来たかったんだけれど」
「え? 車? 無理じゃないかな?」
「うん、無理だった。法整備がされていない」

 一応帝国にも車はある。でも今ある車はスピードが遅いし、運転が難しい。それに帝国は馬車が主流なため、道路が車仕様にできていない。帝室や資産のある貴族、平民でも富豪は持っているというが、公道ではなく私道や領地で乗るくらいしか使用していないはずだ。流雨が言うように、普及していないから法整備もされていない。

 それにしても、流雨は車は平気なんだなと内心思う。流雨は東京で死んだのが車の事故だったから、トラウマになっていなければいいと思っていたのだが、この様子だと大丈夫なようだ。

「リンケルト家には、車あるんだね」
「帝都の屋敷にあったんだ。乗ってみたら、乗れた。けれど、あれはまだ改良が必要そうだ。ちょっと扱いが難しい。将来的には、大公石を動力源とした車を作ってもいいかもしれないな」

 流雨は学生と石の実験と後継者の勉強に加え、いろんな仕事に手を付け始めている。忙しくて時間はないはずなのに、私の家に会いに来てくれるから嬉しい。ちなみに、リンケルト家は国の西に広い領地を持っている。現在領地には公爵夫人が住んでいるらしい。帝都の屋敷には、公爵とルーウェンの姉と、流雨が三人住んでいる状態だ。

「それにしても、今日までにダンスができるようになってよかったよ」
「ふふ、るー君、頑張っていたものね。私のために、ありがとう」

 この一ヶ月、流雨はダンスの練習に励んでいた。私もダンスの練習の相手をした。我がアパルトマンはダンスホールはないため、談話室の家具を横へ移動させ、レコードをかけてダンスの練習をしたのだ。流雨は覚えがよく、めきめき上達した。

「今日はレコードではなくって生演奏だけれど、練習してきた曲ではないかも。でも、るー君リズム感あるから、大丈夫だと思うよ」
「生歌もあるのかな」
「最初はないと思う」

 生歌がある時は、劇場から歌姫が呼ばれたりするのだ。しかしデビュタントのダンスでは、歌は無く、オーケストラのような生演奏だけが一般的なのだ。その日にデビュタントを迎える女性たちの時間が終わると、一般的なパーティーの時間になるので、そのあたりから生歌もあるかもしれない。

 急に私の手を握る流雨の手に力が入った。

「……皇帝への挨拶の時、きっと第四皇子もいると思う。紗彩は第四皇子と視線を合わせないでくれる? もし一目惚れされても、紗彩は気づいていないということにしておきたいから。第四皇子の反応は俺が見ておく」
「……うん」

 そう、今日は現世で初めて第四皇子に素顔を見られるのだ。どんな反応をされるのか、すごく怖い。

 実は、私と流雨が婚約したと今日の朝の新聞に載った。もちろん私たちがリークしたのだ。今頃、社交界ではこの話で持ち切りのはずである。

「……紗彩、顔が強張っているよ」

 流雨にそう言われ、はっとする。

「うー……前髪がないと、不安。やっぱり、私の表情って、読みやすい?」
「読みやすいねぇ」

 死神業の仕事をしているとき以外、常に前髪で顔を隠した生活をしていたから、油断していた。驚いたり怖かったり躊躇したり、といった感情が顔に出やすい私は、前髪で表情が見えないからと全て顔に出す生活をしていた。社交が必要な場合はユリウスに頼んでいたし、楽していたのが今頃ツケとして回ってきている。表情に感情が現れないよう練習しておくべきだった。

「大丈夫、俺がサポートするから。無理に笑う必要もない。ずっと俺が傍にいるから、もしどうしようってなったら、俺を見て」
「ありがとう、るー君。頼りにしてる」

 流雨が頷いて、柔らかく笑った。大丈夫、私には流雨がいるのだから。

 馬車が宮殿の前に止まるのだった。
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