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最終章
85 弟がシスコンな理由2 ※ユリウス視点
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次の日、姉からの指示で婚約の承諾の準備をしていたユリウスは、流雨がうちに来ていると聞いて、流雨がいるであろう部屋へ入室した。そこに姉はおらず、ジークと双子に流雨は勉強を教えていた。
流雨に何やら褒められて嬉しそうにしている双子の傍に、ユリウスは向かった。
「姉様はどこに?」
「紗彩なら、化粧品の店舗に用事があるからと出て行った」
「そうですか」
いつのまにかユリウスより姉の動向に詳しい流雨にムッとしつつ、ユリウスは椅子に座った。
「姉様をどうするつもりですか」
「……? 何の話?」
「姉様を好きなのでしょう」
「そういう話か。もちろん紗彩が好きだよ。俺は紗彩と結婚したい」
やっぱり。分かりきった答えだった。分かっていても、嫌すぎて顔が歪む。
「そういう顔をするな。麻彩みたいだな、ユリウスは」
勝手にユリウスを呼び捨てにしだしたこの男は、そのまま呼び捨てで定着してしまった。
「大事な姉を取られそうな、弟妹の無言の抗議だと甘んじて受けてください」
「無言か? ははは」
まあ、無言ではないけれど。こちらだって抵抗くらいはする。
「で? いつ、姉に思いを伝える気ですか」
「紗彩に微妙な距離感がある気がするんだよな。もう少し紗彩の様子をみたいと思うんだけど」
「親切で教えてあげますが、時間はありませんよ」
「どういう意味?」
「今いる婚約者候補の中から婚約すると、姉様に昨日言われました。今、婚約承諾の準備をしているところです」
「……は?」
ピリピリと空気が緊張感を持った。双子がビクっとして流雨を見ている。ユリウスの背中にもじんわりと汗が吹き出た。流雨は怒らせたらマズイ男かもしれない。しかし表向きユリウスは動揺を顔に出さないよう気を付けた。
「……それで? 相手は?」
婚約を承諾しようとしている相手と、その相手が駄目だった場合の二番手三番手の相手をユリウスは伝えた。
「ふーん、分かった」
「……どうされるつもりですか」
「もちろん、相手には断ってもらうよ。穏便に」
穏便という言葉を、この男は正しく理解しているのだろうか。いや、大丈夫なはずだ、ルーウェンの姿をしたこの男の中身はルーウェンではないのだから。
「どうして急に婚約承諾という話になった?」
「もともと、学年が上がる前までには、婚約者を決める予定だったんです。姉様はデビュタントまでには婚約者が必要だと口癖でしたから」
「デビュタントが期限になっているのは、なぜだ?」
「わかりません。そこは姉様がいつも隠す部分です。小さいころから、絶対に教えてくれません」
「小さいころから?」
流雨は思考する顔をした。
「僕に教えてくれないですが、兄様は姉様から聞いていると思うんです。流雨さんは兄様から何か聞いていませんか?」
「いや……。実海棠は帝国での紗彩ことをほとんど話してはくれなかったから」
やはり聞いていないか、とユリウスはがっかりする。動画の手紙で兄に訪ねても、兄はユリウスに答えをくれたことがない。
「流雨さんは、姉様が階段を怖がることは知っていますか」
「うん。大分克服はしているみたいだけれど、以前、階段で倒れそうになってる紗彩にも遭遇したことがある。階段を怖がる理由は知ってる?」
「……いいえ。流雨さんが知っているかと思って聞いてみたんですが、知らないのですね。僕が知る限りは、五歳くらいの姉様はすでに階段を怖がっていました」
「そんなに前から……」
痛ましそうな顔をする流雨を見て、流雨は本当に姉を思っているのだと感じる。
「この前紗彩と話をしていて、紗彩は誰か特定の人物に顔を見られたくないように思っているのではないかと感じた。デビュタントが期限というのは、そのあたりが関係しているのではないか? デビュタントの時には、さすがに素顔をさらすつもりなのだろう」
「それはそうですね。メイル学園に通う用の前髪の長いあのウィッグも、デビュタント時には取る予定です。たれ目の化粧も、あれは基本死神業用の化粧ですから、デビュタント時はたれ目ではなく普段の素顔にメイクを施すはずです」
「紗彩が現在避けている特定の人物はいるか?」
「たくさんいますよ。姉様は苦手な人が多いですから」
「……そうだった」
貴族の優雅な会話の裏に潜むドロドロとした感情と、姉はうまく付き合うことを苦手としている。貴族には強烈な人物も多い。母やユリウスは狸の化かし合いなど流せるが、姉はやればできる人ではあるが、きっと神経がすり減る。人は得手不得手があるから、姉の苦手な部分はユリウスが担当すればいいと思っている。
「紗彩が顔を見られたくないと思っている特定の人物を探すのは難しいかもしれないが、俺も紗彩から探ってみるけれど、ユリウスも注意して見てくれ。もしかしたら、階段を怖がる件も、何か関係があるかもしれない」
「分かりました」
返事をしておいて、ふと気づく。なぜ流雨の指示に頷いているんだ。上司でもあるまいし。
しかし、互いに姉のことを心配しているのは間違いない。姉を守ることにかけては、流雨と共同戦線を張るのは仕方ない、と思うことにした。
流雨に何やら褒められて嬉しそうにしている双子の傍に、ユリウスは向かった。
「姉様はどこに?」
「紗彩なら、化粧品の店舗に用事があるからと出て行った」
「そうですか」
いつのまにかユリウスより姉の動向に詳しい流雨にムッとしつつ、ユリウスは椅子に座った。
「姉様をどうするつもりですか」
「……? 何の話?」
「姉様を好きなのでしょう」
「そういう話か。もちろん紗彩が好きだよ。俺は紗彩と結婚したい」
やっぱり。分かりきった答えだった。分かっていても、嫌すぎて顔が歪む。
「そういう顔をするな。麻彩みたいだな、ユリウスは」
勝手にユリウスを呼び捨てにしだしたこの男は、そのまま呼び捨てで定着してしまった。
「大事な姉を取られそうな、弟妹の無言の抗議だと甘んじて受けてください」
「無言か? ははは」
まあ、無言ではないけれど。こちらだって抵抗くらいはする。
「で? いつ、姉に思いを伝える気ですか」
「紗彩に微妙な距離感がある気がするんだよな。もう少し紗彩の様子をみたいと思うんだけど」
「親切で教えてあげますが、時間はありませんよ」
「どういう意味?」
「今いる婚約者候補の中から婚約すると、姉様に昨日言われました。今、婚約承諾の準備をしているところです」
「……は?」
ピリピリと空気が緊張感を持った。双子がビクっとして流雨を見ている。ユリウスの背中にもじんわりと汗が吹き出た。流雨は怒らせたらマズイ男かもしれない。しかし表向きユリウスは動揺を顔に出さないよう気を付けた。
「……それで? 相手は?」
婚約を承諾しようとしている相手と、その相手が駄目だった場合の二番手三番手の相手をユリウスは伝えた。
「ふーん、分かった」
「……どうされるつもりですか」
「もちろん、相手には断ってもらうよ。穏便に」
穏便という言葉を、この男は正しく理解しているのだろうか。いや、大丈夫なはずだ、ルーウェンの姿をしたこの男の中身はルーウェンではないのだから。
「どうして急に婚約承諾という話になった?」
「もともと、学年が上がる前までには、婚約者を決める予定だったんです。姉様はデビュタントまでには婚約者が必要だと口癖でしたから」
「デビュタントが期限になっているのは、なぜだ?」
「わかりません。そこは姉様がいつも隠す部分です。小さいころから、絶対に教えてくれません」
「小さいころから?」
流雨は思考する顔をした。
「僕に教えてくれないですが、兄様は姉様から聞いていると思うんです。流雨さんは兄様から何か聞いていませんか?」
「いや……。実海棠は帝国での紗彩ことをほとんど話してはくれなかったから」
やはり聞いていないか、とユリウスはがっかりする。動画の手紙で兄に訪ねても、兄はユリウスに答えをくれたことがない。
「流雨さんは、姉様が階段を怖がることは知っていますか」
「うん。大分克服はしているみたいだけれど、以前、階段で倒れそうになってる紗彩にも遭遇したことがある。階段を怖がる理由は知ってる?」
「……いいえ。流雨さんが知っているかと思って聞いてみたんですが、知らないのですね。僕が知る限りは、五歳くらいの姉様はすでに階段を怖がっていました」
「そんなに前から……」
痛ましそうな顔をする流雨を見て、流雨は本当に姉を思っているのだと感じる。
「この前紗彩と話をしていて、紗彩は誰か特定の人物に顔を見られたくないように思っているのではないかと感じた。デビュタントが期限というのは、そのあたりが関係しているのではないか? デビュタントの時には、さすがに素顔をさらすつもりなのだろう」
「それはそうですね。メイル学園に通う用の前髪の長いあのウィッグも、デビュタント時には取る予定です。たれ目の化粧も、あれは基本死神業用の化粧ですから、デビュタント時はたれ目ではなく普段の素顔にメイクを施すはずです」
「紗彩が現在避けている特定の人物はいるか?」
「たくさんいますよ。姉様は苦手な人が多いですから」
「……そうだった」
貴族の優雅な会話の裏に潜むドロドロとした感情と、姉はうまく付き合うことを苦手としている。貴族には強烈な人物も多い。母やユリウスは狸の化かし合いなど流せるが、姉はやればできる人ではあるが、きっと神経がすり減る。人は得手不得手があるから、姉の苦手な部分はユリウスが担当すればいいと思っている。
「紗彩が顔を見られたくないと思っている特定の人物を探すのは難しいかもしれないが、俺も紗彩から探ってみるけれど、ユリウスも注意して見てくれ。もしかしたら、階段を怖がる件も、何か関係があるかもしれない」
「分かりました」
返事をしておいて、ふと気づく。なぜ流雨の指示に頷いているんだ。上司でもあるまいし。
しかし、互いに姉のことを心配しているのは間違いない。姉を守ることにかけては、流雨と共同戦線を張るのは仕方ない、と思うことにした。
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