逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

文字の大きさ
上 下
83 / 132
最終章

83 冷や水

しおりを挟む
 今日は週末の休みである。今日は夕方に第三皇子宮へ商品の納品の予定があるのだが、流雨が昼過ぎまでデートしようと誘ってくれたため、私はデートの準備をして流雨を待っていた。

 化粧は死神業用のたれ目メイクとウィッグで、服装は最近春らしくなってきた気候に合わせてミントグリーンのワンピースにした。

 ウィザー家に迎えに来た流雨は、白シャツに黒のパンツ、容姿が目立たぬよう黒のフード付きローブを着て、私があげたカラーコンタクトで赤目をブラウンに変えていた。それから私が流雨の口の横に化粧でホクロを足す。今日もルーウェンの印象からは遠ざけた姿である。

「紗彩のワンピース、可愛いね。紗彩にすごく似合ってる」
「えへ! ありがとう、るー君!」

 すかさず褒めてくれる流雨に、ニマニマしてしまう。

「でも、今日もそのたれ目メイクなんだね。紗彩は素顔も可愛いから、たまにはいつもの紗彩の顔でデートしたいんだけれど」
「え!? いつものはねー、えっと……、ほら! 日本人の容姿だから! 帝国では一般受けはしないというか」
「紗彩はメイクをたれ目にしても、日本人の容姿だと思うんだけれど」

 確かに。盲点だった。このメイクの時は、日本人の容姿だからという言い訳は効かないのだと焦る。

「ほら、私って猫っぽいでしょ!? そういうのを消したいというか!」
「ふーん……」

 流雨は私のあごに手をいれて、私を上向かせた。

「るー君は、このメイクは嫌い?」
「そんなことはないよ。今のメイクも可愛い。ただ女の子はメイク次第でかなり変わるなぁと思っただけ。紗彩の印象からは、かけ離れてるから」
「ほんと!? それはよかった!」

 前世の夫に見られても、再び一目惚れなんてされないよう、かなりメイクの研究をしましたから。流雨の感想に満足である。

「……なるほど、紗彩は紗彩とバレないようにすることが目的なんだね」
「……ん?」
「誰か顔バレしたくない、特定の人物でもいるの?」
「い、いないよ!?」

 どうしてそんな結論に至ったんだ!? 図星を肯定するわけにもいかない。流雨がじーっと私を見るので、いたたまれなくて、つい視線を逸らしてしまう。

「……まあいいけど。紗彩は夕方は仕事なんだよね、時間が少ないから、出かけようか」
「うん」

 まだ流雨に追及されるかとドキドキしたけれど、流雨は諦めたようだ。流雨が手を出してきたので、流雨と手を繋いで家の裏口から出た。

 今日は帝都の街を歩いて散策する予定なのだ。流雨を連れて死神業の仕事のために街を歩き回ることはあっても、ゆっくり散策するのは初めてだった。

 春の季節で散策には気持ちがいい。お菓子屋、雑貨屋などを回り、花の咲いている公園も散策する。そしてレストランで昼食をして、おやつの時間には家に戻ってきた。

 流雨とは別れ、私は『モップ令嬢』の恰好に変更し、使用人のラルフを連れて納品物と一緒に第三皇子宮へ向かった。

 第三皇子宮にやってくると、納品物を運ぶことをラルフにお願いし、私は先にいつも通される応接室に向かっていた。その途中、前から知った人がやってくるのに気づいた。知っている人ではあるが、普段話すこともないので、すれ違いざまに会釈だけして去ろうとしたところ、その人物が立ち止まった。

「ウィザー伯爵令嬢、ごきげんよう」

 声を掛けられ、私も立ち止まる。

「ハイゼン侯爵令嬢、ごきげんよう」

 ユリア・ウォン・ハイゼン侯爵令嬢は前世では、私の夫だったルドルフの第二皇妃であった。そして、私の弟ユリウスの異母姉弟でもある。前世ではいつもクールで何を考えているのか分からない印象だったが、それは今も同じようで、私を見るユリアは無の表情だった。

「ここで会うのは初めてですね。ヴェルナー殿下に御用かしら」
「はい。依頼されたものを納品に参りました」

 うちが商売をしていることは世に知られているため、特に隠さず答えた。納品内容までは言うつもりはないけれど。

「……そう、納品に。ヴェルナー殿下はお忙しい方ですから、配慮なさって行動されたほうがよいと思いますわ。では、ごきげんよう」
「……ごきげんよう」

 ユリアは去っていく。
 これはヴェルナーの時間を取り過ぎるなという忠告だろうか。もしかして、ユリアはヴェルナーの婚約者にでも決まったのだろうか。

 階段から私を落とした第一皇妃レベッカと違い、第二皇妃だったユリアに対し、怖いなどといった感情はない。かといって、ユリアと敵対するつもりもない。もしヴェルナーの婚約者に決まったのだとしても、私では恋敵にもなりえないし、ユリアは私を敵になりそうだと思ってもいないだろうが、やはりけん制はしておこう、ということだったのかもしれない。

 その後、私は応接室に通され、後から納品物と共にラルフもやってきた。ヴェルナーとヴェルナーの側近のアベルがいつものように連れ立ってやってくる。そしてポテトチップスを待ちきれなかったヴェルナーが、さっそく一つおやつ代わりに食べだした。

「そういえば、ハイゼン侯爵令嬢にお会いしましたよ」
「ああ、先ほど来ていたからね」
「ハイゼン侯爵令嬢は、もしかしてヴェルナー殿下の婚約者になられたのですか?」
「いいや。候補に上がっている程度だよ。まあ、彼女は候補の中でも優位な方ではあるけれど」

 あれ、てっきり決まったのかと思った。だったら、さっきのユリアは、私を本気で恋敵と勘違いしたけん制ではあるまいな。いや、それはないか。

「そうなんですね」
「今すぐは決めるつもりはないし、僕はもう少し様子見するよ。今後の情勢次第だな。そういうサーヤ嬢は婚約者ができたんでしょう」
「……え!? まだいませんが!?」
「そうなの? 上機嫌そうだから、好きな人と婚約できたのかと思ったんだけれど」
「……上機嫌そうですか?」
「うん。サーヤ嬢は表情が見えないけど、醸し出す雰囲気が明るいよ。毎日が楽しそうに見えるけど?」

 毎日が楽しそうとまで言われるとは。メイル学園でヴェルナーと話すことはないけれど、すれ違うことはある。そういう時に観察されたのだろうか。なんだか恥ずかしい。

「まあ、婚約はできてなくても、好きな人はいるでしょう」
「……いませんよ」

 なんだか、冷や水を浴びせられた気がした。私、何やっているのだろう。他人から好きな人がいるかもしれないと勘ぐられるくらい、浮かれていたなんて。流雨に対し兄妹以上の感情を持つのは止めるのではなかったのか。なのに、毎日会いに来る流雨に安心して、嬉しくて、ルーウェンの顔の流雨にも慣れてしまって、いつも通り流雨に甘えてしまっている。今日のデートも楽しかった。

 ただでさえ、東京にいるときから流雨を好きになってしまっていたのに、このままいけば、また流雨を好きになってしまうのではないだろうか。いや、すでに遅い気もする。

「……サーヤ嬢? 体調悪いのかな?」
「い、いいえ、大丈夫です」

 気分が沈むように頭がだんだんと下を向いていたようだ。前髪で顔が見えないと分かっていても、慌ててヴェルナーに笑顔を向ける。

 これ以上、流雨が可愛がってくれるからと甘えていてはいけない。流雨だってルーウェンとなった以上、リンケルト公爵家の後継者として生きていくのだ。いつかは、リンケルト家に相応しい人と結婚だってするだろう。そうなったとき、今の私では笑顔で祝えない。少しずつ、流雨と握った手を私から手放してあげなければ。

 ズキズキとする胸の痛みに、私は気づかないフリをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...