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第1章
75 急転、そして
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流雨に抱き付いていた私を、実は私の後ろに控えていたユリウスが抱き上げた。
「もういいでしょう、姉様。魂が回収できないなら、何度やっても同じでしょう」
「え? でも、こんなこと、今までなかった――」
「ですから、ティカさまに聞いてみては?」
「あっ――そうね!」
さすがユリウス。わけが分からなくて混乱している私を、戻してくれた。
「ティカさま! ティカさまー! 緊急事態です!」
空を向く必要はないけれど、なんとなく、空に向かって叫ぶ私に、流雨が口を開いた。
「ティカさまって?」
「神の部下なの」
「神の部下……叫んだら来てくれるんだ」
「ちょっと時間が必要かもしれないけれど、たぶん来てくれるんじゃないかな。実は呼び出しは初で、やったことないの。でも監視人が伝えてくれるはずだから」
「監視人?」
私は説明するために口を開いた。
私たちは、死んだあとは神の審判を受ける。生きていた頃の行いは、その時に全てを知られている。というのも、私たち人間には見えないけれど、普段から生きている一人一人に記録する目が向けられているからである。人一人に対し、専属の監視カメラが付いているイメージだ。もちろん今も。つまり、ずっと私たちは神の世界から見られていて、それを記録されているのである。それを行うのは、私たち死神業が監視人と呼ぶ『何か』である。私たちも見たことはないが、ティカからそういうのがいるとは聞いている。
もちろん、私たち死神業の人間も監視されているので、死神業として、してはいけないことをしてしまうとペナルティを喰らうのは、監視人に見られているから後にバレるというわけだ。
基本、神の部下であるティカとは、一ヶ月に一度、報告の時にしか会わないことになっているが、緊急事態の時は、ティカを呼べば来てくれることになっている。
「なるほどね……」
私の説明に流雨はそう返事しながら、なぜかユリウスを見ている。ユリウスもなぜか流雨を見ている。どうした? なんだか視線がバチバチしていないか?
「ユリウス? もう私を下ろしていいよ? 重いでしょ?」
「重くないので、このままでいます」
なんで。さすがにずっと抱き上げているのは重いと思う。
「君がユリウスか。紗彩に聞いてるよ。紗彩を助けてくれているそうだね、ありがとう」
「流雨さんですよね。僕も姉様に聞いています。姉様をすごく可愛がってくださったとか。ありがとうございます」
お礼を言いあっているだけだよね? なんでピリッとしているんだ。
その時、私の視界の上から髪の毛がそろそろと降りてきた。
「みゃっ! ――ティカさま! 普通に来てくれませんか!? 幽霊かと思いました!」
胡坐をかいたまま、空中を逆さまにゆっくりと降りてくるティカに本気でビビってしまってユリウスにぎゅうぎゅうにくっつく。私以外もギョッとした顔をしている。
「いやあ、取込み中だったみたいだからさぁ。驚かせないようにそっと降りたつもりだったんだけれど」
「せめて逆さまは止めてくれませんか!?」
重力に逆らえない逆さの髪の毛がホラーだ。ゆっくりと逆さま状態から体を戻したティカは、胡坐も解いてそっと地に足を付けた。私もユリウスに地面に下ろしてもらう。ティカは流雨とアルベルトを見て言った。
「知らない顔がいるねぇ。それで? 緊急事態というのは?」
やはりティカが来てくれたということは、監視人がいる証明だなぁ、と思いながら、私は流雨の魂の回収ができない件を話した。ティカがじっと流雨を見る。
「……確かに、この体には魂が一つしかないね。体の本当の魂じゃないから、体と魂が少しずれているし。こういう異常な状態は、久々に見るね」
「久々ということは、今までもあったということですか?」
「何度かね。これって、いつからこの状態?」
「えっと……たぶんですが、一昨日?」
私と会った日から、こうなっているのではなかろうか。流雨が刺された日。
「一昨日かぁ、もしかしたら手遅れかも。ちょっと見てくるから、待ってて」
ティカがパッと消え、私は慌ててユリウスを見た。
「て、手遅れって!?」
「……分かりません」
互いに疑問の顔を合わせながらも、アルベルトの勧めで私たちはベッドの傍に椅子を置いて座った。そのアルベルトは、さきほどのティカが衝撃だったのか、「天使っているんだ……しかもいつも空から監視されてる」とぶつぶつ言っている。まあ、ティカって羽あるしね。驚くよね。
私は『手遅れ』の中身が怖くてドキドキしていた。これ以上、流雨に悪いことが起こらなければいいのだが。
そして、再びティカが何もない空中に現れて、そっと足を床に付けた。
「あはは、手遅れだった! あと一日早かったらね! 仕方ないね!」
「何がです!?」
「調べたら、その体、一昨日死んでるみたいなんだ。でもほら、魂が二つあったじゃない? 死んだから本来の魂は抜けたんだけれど、君の魂が残ったままだった。で、この国のなんだっけ、石の力? 使ったよね。その時に体は回復したから生き返っちゃったわけ。んー、生き返るという言い方はおかしいか。もともとギリギリ生きてたんだよ、魂は死んだと勘違いして抜けちゃったけど。で、体は元気になり、別の魂だけ残っていると。ここまでは分かった?」
ティカの声に全員が頷く。
「それで肝心の抜けた方の魂だけど、あっちはもう神の裁判を昨日受けちゃったんだよね。魂の洗浄に入っていたから、もう戻れないや。諦めて」
「……諦めてとは?」
「だから、元の魂を戻したいってことじゃないの? 違うの?」
「……えっと」
「あ、歯切れ悪いねぇ、違うんだ。じゃあ、手遅れってわけではなかったんだね。その体、また死ぬまで君が貰っていいよ」
ティカは流雨を指さした。
「一応、人間の肉体が死ぬまでは一つ魂を入れておく決まりなんだよね。だから、誰でもいいから、その体に魂は入れておく必要があるわけ。君の本来の体は死んでるんでしょ? だったら、ちょうどいいね。次にその肉体が死ぬまで、その体にいてよ。まあ、ボクなら君の魂を無理やり剥がすことはできるけど、他の魂を連れてくる必要があるから、それはそれで面倒だしね。ボク忙しいし」
みな驚愕して何の返事もできずにいると、ティカはそれを了承と思ったのか、「じゃあね」と言って消えていった。
「えっと……るー君って、ルーウェン・ウォン・リンケルトになっちゃうってこと?」
「……そういうことのようだね」
呆然と流雨が返事をし、その後みな思考に耽り、しばらく黙っているのだった。
「もういいでしょう、姉様。魂が回収できないなら、何度やっても同じでしょう」
「え? でも、こんなこと、今までなかった――」
「ですから、ティカさまに聞いてみては?」
「あっ――そうね!」
さすがユリウス。わけが分からなくて混乱している私を、戻してくれた。
「ティカさま! ティカさまー! 緊急事態です!」
空を向く必要はないけれど、なんとなく、空に向かって叫ぶ私に、流雨が口を開いた。
「ティカさまって?」
「神の部下なの」
「神の部下……叫んだら来てくれるんだ」
「ちょっと時間が必要かもしれないけれど、たぶん来てくれるんじゃないかな。実は呼び出しは初で、やったことないの。でも監視人が伝えてくれるはずだから」
「監視人?」
私は説明するために口を開いた。
私たちは、死んだあとは神の審判を受ける。生きていた頃の行いは、その時に全てを知られている。というのも、私たち人間には見えないけれど、普段から生きている一人一人に記録する目が向けられているからである。人一人に対し、専属の監視カメラが付いているイメージだ。もちろん今も。つまり、ずっと私たちは神の世界から見られていて、それを記録されているのである。それを行うのは、私たち死神業が監視人と呼ぶ『何か』である。私たちも見たことはないが、ティカからそういうのがいるとは聞いている。
もちろん、私たち死神業の人間も監視されているので、死神業として、してはいけないことをしてしまうとペナルティを喰らうのは、監視人に見られているから後にバレるというわけだ。
基本、神の部下であるティカとは、一ヶ月に一度、報告の時にしか会わないことになっているが、緊急事態の時は、ティカを呼べば来てくれることになっている。
「なるほどね……」
私の説明に流雨はそう返事しながら、なぜかユリウスを見ている。ユリウスもなぜか流雨を見ている。どうした? なんだか視線がバチバチしていないか?
「ユリウス? もう私を下ろしていいよ? 重いでしょ?」
「重くないので、このままでいます」
なんで。さすがにずっと抱き上げているのは重いと思う。
「君がユリウスか。紗彩に聞いてるよ。紗彩を助けてくれているそうだね、ありがとう」
「流雨さんですよね。僕も姉様に聞いています。姉様をすごく可愛がってくださったとか。ありがとうございます」
お礼を言いあっているだけだよね? なんでピリッとしているんだ。
その時、私の視界の上から髪の毛がそろそろと降りてきた。
「みゃっ! ――ティカさま! 普通に来てくれませんか!? 幽霊かと思いました!」
胡坐をかいたまま、空中を逆さまにゆっくりと降りてくるティカに本気でビビってしまってユリウスにぎゅうぎゅうにくっつく。私以外もギョッとした顔をしている。
「いやあ、取込み中だったみたいだからさぁ。驚かせないようにそっと降りたつもりだったんだけれど」
「せめて逆さまは止めてくれませんか!?」
重力に逆らえない逆さの髪の毛がホラーだ。ゆっくりと逆さま状態から体を戻したティカは、胡坐も解いてそっと地に足を付けた。私もユリウスに地面に下ろしてもらう。ティカは流雨とアルベルトを見て言った。
「知らない顔がいるねぇ。それで? 緊急事態というのは?」
やはりティカが来てくれたということは、監視人がいる証明だなぁ、と思いながら、私は流雨の魂の回収ができない件を話した。ティカがじっと流雨を見る。
「……確かに、この体には魂が一つしかないね。体の本当の魂じゃないから、体と魂が少しずれているし。こういう異常な状態は、久々に見るね」
「久々ということは、今までもあったということですか?」
「何度かね。これって、いつからこの状態?」
「えっと……たぶんですが、一昨日?」
私と会った日から、こうなっているのではなかろうか。流雨が刺された日。
「一昨日かぁ、もしかしたら手遅れかも。ちょっと見てくるから、待ってて」
ティカがパッと消え、私は慌ててユリウスを見た。
「て、手遅れって!?」
「……分かりません」
互いに疑問の顔を合わせながらも、アルベルトの勧めで私たちはベッドの傍に椅子を置いて座った。そのアルベルトは、さきほどのティカが衝撃だったのか、「天使っているんだ……しかもいつも空から監視されてる」とぶつぶつ言っている。まあ、ティカって羽あるしね。驚くよね。
私は『手遅れ』の中身が怖くてドキドキしていた。これ以上、流雨に悪いことが起こらなければいいのだが。
そして、再びティカが何もない空中に現れて、そっと足を床に付けた。
「あはは、手遅れだった! あと一日早かったらね! 仕方ないね!」
「何がです!?」
「調べたら、その体、一昨日死んでるみたいなんだ。でもほら、魂が二つあったじゃない? 死んだから本来の魂は抜けたんだけれど、君の魂が残ったままだった。で、この国のなんだっけ、石の力? 使ったよね。その時に体は回復したから生き返っちゃったわけ。んー、生き返るという言い方はおかしいか。もともとギリギリ生きてたんだよ、魂は死んだと勘違いして抜けちゃったけど。で、体は元気になり、別の魂だけ残っていると。ここまでは分かった?」
ティカの声に全員が頷く。
「それで肝心の抜けた方の魂だけど、あっちはもう神の裁判を昨日受けちゃったんだよね。魂の洗浄に入っていたから、もう戻れないや。諦めて」
「……諦めてとは?」
「だから、元の魂を戻したいってことじゃないの? 違うの?」
「……えっと」
「あ、歯切れ悪いねぇ、違うんだ。じゃあ、手遅れってわけではなかったんだね。その体、また死ぬまで君が貰っていいよ」
ティカは流雨を指さした。
「一応、人間の肉体が死ぬまでは一つ魂を入れておく決まりなんだよね。だから、誰でもいいから、その体に魂は入れておく必要があるわけ。君の本来の体は死んでるんでしょ? だったら、ちょうどいいね。次にその肉体が死ぬまで、その体にいてよ。まあ、ボクなら君の魂を無理やり剥がすことはできるけど、他の魂を連れてくる必要があるから、それはそれで面倒だしね。ボク忙しいし」
みな驚愕して何の返事もできずにいると、ティカはそれを了承と思ったのか、「じゃあね」と言って消えていった。
「えっと……るー君って、ルーウェン・ウォン・リンケルトになっちゃうってこと?」
「……そういうことのようだね」
呆然と流雨が返事をし、その後みな思考に耽り、しばらく黙っているのだった。
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