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第1章
74 さようなら
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昨日、ルーウェンの体に入った流雨に会った。会うかもしれないとは思っていたし会うのが怖かった。実際に流雨に会ってしまえば、例えルーウェンの体だとしても流雨に会えたことが嬉しい。しかし魂を回収しなければならない、もう二度と会えなくなることを考えると、辛すぎてすぐに流雨の魂を回収するとは言えなかった。
心を落ち着かせる時間が欲しかった。流雨と別れる覚悟が欲しかった。しかし、そう簡単に覚悟なんてできるはずもない。結局次の日はメイル学園にも行かず、サボってしまった。
そしてラーメン店にやってきた。流雨の魂を回収するために。
しかし流雨は時間になってもやってこなかった。魂を回収しなくてはならないのに、流雨が来ないことに、どこかほっとしている自分がいる。
そしてさらに次の日。その日は週末の休みで、実は東京に帰る予定だったのだが、帰らずにいた。今日ならば、夕方、流雨がラーメン店にやってくるかもしれない。そんな時だった。ユリウスが新聞を手にして、慌てて私の部屋にやってきた。
「姉様! ルーウェン・ウォン・リンケルトが道端で刺されたと新聞に載っています!」
「えっ……!」
それは小さな会社の新聞だった。普段であればこういったリンケルト公爵家の話題は、リンケルト公爵家の力で握りつぶされるはずだ。これは正しい情報なのか、真偽が定かではない。しかし、道端で刺されたという日付が、私と会った日になっていて、これは正しい情報で、流雨に何かがあったから昨日来られなかったのではないかと青くなる。
「リンケルト公爵家へ行ってみましょう」
ユリウスには、一昨日あったことを全て話をしているから、ルーウェンの中身が流雨だと知っているのだ。
「でも……」
「僕も一緒に行きます。姉様は彼が気になるのですよね?」
「……うん」
私とユリウスはリンケルト公爵家へやってきた。私は死神業の姿、ユリウスは変装はしていない。リンケルト公爵家では、さすがに訪問すると告げていなかったため、門番に止められた。
「昨日、ルーウェン様と会う約束をしていた紗彩と言います。ルーウェン様が昨日会いに来られず、傷を負われたと聞いてやってきたのです。アルベルト・ウォン・シラー伯爵令息に聞いていただければ真実だと分かっていただけるはず! どうか、ルーウェン様に会わせていただけませんか?」
普通はこう言っても通してもらえるはずはないのだが、門番が確認をしてくると、私とユリウスはそこを通された。そしてルーウェンの部屋に案内される。ルーウェンの部屋のベッドには、起きて座っているルーウェンがいた。そばにはアルベルトが控えている。
「紗彩」
その一言で、まだ流雨がここにいると確信できた。走って流雨に抱き付く。涙が止まらない。
「良かったぁ! るー君、刺されたって、もう生きてないかと……!」
「ごめん。刺されたんだけれどね、生きてる。まあ、俺は死んでるから生きてると言っていいのか分からないけれど」
「……本当に刺されたの? ルーウェン・ウォン・リンケルトって不死身?」
「そういうわけじゃないんだけどね……うーん、何ていえばいいかな」
流雨はアルベルトと目で何か会話しているようだ。なんだろう、私に言えないような出来事があったのか。それなら、無理やり聞くわけにもいかない、と思ったとき、ふと合点がいった。
「あ! そうか、リンケルト公爵家だから、石の力が効いたのね!」
前世の夫ルドルフから聞いた、石の力。家門によって力の種類が違うとは聞いたけれど、少なくとも再生力や治癒力に関しては、多少の効き方に違いはあれど、建国貴族ならばその力は使えると聞いたことがある。
流雨は驚きと共に、私を見た。
「紗彩、石の力の事、知っていたのか」
「あ! そ、その、そういう話をちらっと聞いたことがあるような……」
私はまた余計なことを言った。これはたまたまルドルフの妻だったから知ったことで、建国貴族に石の力はあれど、力の詳しい話は他家が知らないのが普通なのに。
「そう。まあ、そういうことだよ。だから俺は助かったということ」
「そうなのね……」
「心配かけてごめん。昨日はさすがにまだ起きられなくてね。石の力を使うとは言っても、治癒は制限があるし時間がかかるから」
「いいの。るー君が無事だと分かったから」
流雨は私の涙を拭う。そして流雨は口を開いた。
「紗彩をこれ以上心配させるのは忍びないからね、紗彩には、今から魂を回収してもらおうと思ってる」
ぐっと私の体が揺れた。流雨の表情は、もう決心していた。私はまた涙があふれる。
「だから紗彩、最後に抱きしめさせて。そしたら、魂を回収していいから」
私は頷いて流雨に抱き付いた。ルーウェンの体だから、流雨とは感触が違う。けれど優しい流雨は、流雨のままだ。抱きしめてもらえるのは、これで最後なのだ。互いに顔は見ずに、流雨は抱く力を強くした。
「さよなら、紗彩」
「……っ、さよなら、るー君」
私はぎゅっと目を瞑った。そして流雨を抱きしめたまま、いつものように魂を回収するイメージをしながら手に集中する。
さよなら。ずっとずっと大好きな流雨。
魂を回収し、悲しくて泣きじゃくっていると、声を掛けられた。
「紗彩? 魂は回収しないの?」
「……?」
がばっとルーウェンの体から体を離す。
「……るー君?」
「うん」
「………………あれぇ?」
魂回収したよね? いつも通り、回収するイメージで流雨に触れた。これで回収されないはずないのに。自分の手を見ながら首を傾げる。
「……紗彩、失敗したの?」
「失敗!? 失敗ってあるの!?」
「どうなんだろう。魂回収については、紗彩に分からないことは、俺にもさすがに分からないよ?」
その通り。おかしい、と思いながら、私はもう一度手に集中した。
「も、もう一度いくね?」
「うん」
伸ばした手を流雨に付けた。そして魂を回収するイメージをする。
「どお? 魂回収された?」
「俺に聞く? されてないと思うよ」
おかしい。今度は流雨の頬を包む。
「温かいなー、とかある?」
「……? 紗彩の手の温度は温かいけど?」
「そういうのじゃないの。あれぇ?」
わけが分からない。流雨のいろんなところをぽんぽんと触りながら、魂を回収するイメージをするが、まったく効果がないようで。
「紗彩……そんなにぽんぽんされると、早く俺を死の世界に送りたくて仕方がないように見えて、悲しいんだけど」
「ち、違うよ!? そんなつもりはなかったの!」
ただ、頭の中がハテナだらけになっているだけで!
「そういえば……」
流雨に抱き付いた。流雨ではないルーウェンの香りだと思われる匂いしかしない。
「死人の魂の匂いがしない」
「匂い?」
「いつも死人の魂からする匂い。木を焚いたお香のような香りなんだけれど、この前るー君と会った時も、るー君から死人の匂いはしてた。でも、今はしない。……どうして?」
首を傾げる私に、流雨は困った顔をしていた。
心を落ち着かせる時間が欲しかった。流雨と別れる覚悟が欲しかった。しかし、そう簡単に覚悟なんてできるはずもない。結局次の日はメイル学園にも行かず、サボってしまった。
そしてラーメン店にやってきた。流雨の魂を回収するために。
しかし流雨は時間になってもやってこなかった。魂を回収しなくてはならないのに、流雨が来ないことに、どこかほっとしている自分がいる。
そしてさらに次の日。その日は週末の休みで、実は東京に帰る予定だったのだが、帰らずにいた。今日ならば、夕方、流雨がラーメン店にやってくるかもしれない。そんな時だった。ユリウスが新聞を手にして、慌てて私の部屋にやってきた。
「姉様! ルーウェン・ウォン・リンケルトが道端で刺されたと新聞に載っています!」
「えっ……!」
それは小さな会社の新聞だった。普段であればこういったリンケルト公爵家の話題は、リンケルト公爵家の力で握りつぶされるはずだ。これは正しい情報なのか、真偽が定かではない。しかし、道端で刺されたという日付が、私と会った日になっていて、これは正しい情報で、流雨に何かがあったから昨日来られなかったのではないかと青くなる。
「リンケルト公爵家へ行ってみましょう」
ユリウスには、一昨日あったことを全て話をしているから、ルーウェンの中身が流雨だと知っているのだ。
「でも……」
「僕も一緒に行きます。姉様は彼が気になるのですよね?」
「……うん」
私とユリウスはリンケルト公爵家へやってきた。私は死神業の姿、ユリウスは変装はしていない。リンケルト公爵家では、さすがに訪問すると告げていなかったため、門番に止められた。
「昨日、ルーウェン様と会う約束をしていた紗彩と言います。ルーウェン様が昨日会いに来られず、傷を負われたと聞いてやってきたのです。アルベルト・ウォン・シラー伯爵令息に聞いていただければ真実だと分かっていただけるはず! どうか、ルーウェン様に会わせていただけませんか?」
普通はこう言っても通してもらえるはずはないのだが、門番が確認をしてくると、私とユリウスはそこを通された。そしてルーウェンの部屋に案内される。ルーウェンの部屋のベッドには、起きて座っているルーウェンがいた。そばにはアルベルトが控えている。
「紗彩」
その一言で、まだ流雨がここにいると確信できた。走って流雨に抱き付く。涙が止まらない。
「良かったぁ! るー君、刺されたって、もう生きてないかと……!」
「ごめん。刺されたんだけれどね、生きてる。まあ、俺は死んでるから生きてると言っていいのか分からないけれど」
「……本当に刺されたの? ルーウェン・ウォン・リンケルトって不死身?」
「そういうわけじゃないんだけどね……うーん、何ていえばいいかな」
流雨はアルベルトと目で何か会話しているようだ。なんだろう、私に言えないような出来事があったのか。それなら、無理やり聞くわけにもいかない、と思ったとき、ふと合点がいった。
「あ! そうか、リンケルト公爵家だから、石の力が効いたのね!」
前世の夫ルドルフから聞いた、石の力。家門によって力の種類が違うとは聞いたけれど、少なくとも再生力や治癒力に関しては、多少の効き方に違いはあれど、建国貴族ならばその力は使えると聞いたことがある。
流雨は驚きと共に、私を見た。
「紗彩、石の力の事、知っていたのか」
「あ! そ、その、そういう話をちらっと聞いたことがあるような……」
私はまた余計なことを言った。これはたまたまルドルフの妻だったから知ったことで、建国貴族に石の力はあれど、力の詳しい話は他家が知らないのが普通なのに。
「そう。まあ、そういうことだよ。だから俺は助かったということ」
「そうなのね……」
「心配かけてごめん。昨日はさすがにまだ起きられなくてね。石の力を使うとは言っても、治癒は制限があるし時間がかかるから」
「いいの。るー君が無事だと分かったから」
流雨は私の涙を拭う。そして流雨は口を開いた。
「紗彩をこれ以上心配させるのは忍びないからね、紗彩には、今から魂を回収してもらおうと思ってる」
ぐっと私の体が揺れた。流雨の表情は、もう決心していた。私はまた涙があふれる。
「だから紗彩、最後に抱きしめさせて。そしたら、魂を回収していいから」
私は頷いて流雨に抱き付いた。ルーウェンの体だから、流雨とは感触が違う。けれど優しい流雨は、流雨のままだ。抱きしめてもらえるのは、これで最後なのだ。互いに顔は見ずに、流雨は抱く力を強くした。
「さよなら、紗彩」
「……っ、さよなら、るー君」
私はぎゅっと目を瞑った。そして流雨を抱きしめたまま、いつものように魂を回収するイメージをしながら手に集中する。
さよなら。ずっとずっと大好きな流雨。
魂を回収し、悲しくて泣きじゃくっていると、声を掛けられた。
「紗彩? 魂は回収しないの?」
「……?」
がばっとルーウェンの体から体を離す。
「……るー君?」
「うん」
「………………あれぇ?」
魂回収したよね? いつも通り、回収するイメージで流雨に触れた。これで回収されないはずないのに。自分の手を見ながら首を傾げる。
「……紗彩、失敗したの?」
「失敗!? 失敗ってあるの!?」
「どうなんだろう。魂回収については、紗彩に分からないことは、俺にもさすがに分からないよ?」
その通り。おかしい、と思いながら、私はもう一度手に集中した。
「も、もう一度いくね?」
「うん」
伸ばした手を流雨に付けた。そして魂を回収するイメージをする。
「どお? 魂回収された?」
「俺に聞く? されてないと思うよ」
おかしい。今度は流雨の頬を包む。
「温かいなー、とかある?」
「……? 紗彩の手の温度は温かいけど?」
「そういうのじゃないの。あれぇ?」
わけが分からない。流雨のいろんなところをぽんぽんと触りながら、魂を回収するイメージをするが、まったく効果がないようで。
「紗彩……そんなにぽんぽんされると、早く俺を死の世界に送りたくて仕方がないように見えて、悲しいんだけど」
「ち、違うよ!? そんなつもりはなかったの!」
ただ、頭の中がハテナだらけになっているだけで!
「そういえば……」
流雨に抱き付いた。流雨ではないルーウェンの香りだと思われる匂いしかしない。
「死人の魂の匂いがしない」
「匂い?」
「いつも死人の魂からする匂い。木を焚いたお香のような香りなんだけれど、この前るー君と会った時も、るー君から死人の匂いはしてた。でも、今はしない。……どうして?」
首を傾げる私に、流雨は困った顔をしていた。
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