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第1章
53 兄の回想3 ※実海棠(兄)視点
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実海棠が流雨と初めて出会ったのは、高校一年の入学式の日だった。一弥も含めて流雨とも同じクラスだった。実海棠は紗彩や麻彩とは違い、お嬢様学校のような幼稚舎から大学までエスカレーター式の学校ではなく、一般の学校に通っていた。高校は東京でも偏差値が上位の高校で、流雨はその中で特待生だった。
流雨の家は父が亡くなっておらず、母と流雨の二人家族。高校一年の時には、流雨はすでにパソコン一台で個人事業主として起業しており、学校にもいつもパソコンを持ってきていた。休み時間はほとんどパソコンに向き合っていた流雨だが、流雨はパソコンで仕事をしつつも同時に実海棠と話をしたりと、どちらも両立できる器用なタイプだった。学校としても、ある一定の成績を取っているなら、パソコンを持ってきているからと流雨に注意をすることもない自由な学校だった。
流雨は高校一年の時からモテていた。女生徒に「煩い」「邪魔」と笑いもせず毒を吐いても、むしろそれがクールだと影から流雨を見ている信者が増える一方。さらに信者が増えた極めつけは、教育実習にやってきた女子大生を抱きかかえ保健室へ連れて行ったことだった。雨の日の廊下で滑って転んだ教育実習生を目の前で見た流雨は、痛くて起き上がれない彼女を仕方なく『お姫様抱っこ』で保健室に運んだ。これが生徒の間で大騒ぎになった。
まあ、親しくもない女性を『お姫様抱っこ』なんてする経験がある人は少ないだろう。流雨の信者はさらに増え、仕舞いには『お姫様抱っこ』された教育実習生まで、流雨に告白をする始末。
流雨自身は仕事と学校が忙しいから彼女を作る気はなかったようだが、彼女がいないならいないで、流雨の彼女になりたい子達に囲まれ、「俺の時間が奪われる」とげんなりした流雨は、仕方なく彼女を作った。
それからというもの、流雨の彼女が代わるペースは速かった。
「あれ? 流雨がいる」
一弥の声に実海棠は教室の窓から下を覗くと、流雨が彼女と何か言い合いをしていた。彼女は怒っているようで、流雨に近づくと平手打ちをした。
「あらららら……」
一弥が苦笑しながら言う。一弥の横には、その時の一弥の彼女がいて口を開いた。
「長谷川くんの彼女って、浮気してるって噂があるから、それの件で揉めてるのかな?」
「あ、それ、私も聞いた。でも、それなら、長谷川くんが叩かれるのは、違くない?」
実海棠の横で、実海棠の当時の彼女が頷きながら答える。
そうこう会話しているうちに、流雨が教室に入ってきた。流雨は実海棠たちの傍の机に座ると、さっそくパソコンを開いて、何やら作業を始めた。
「さっき、派手にやられてたな?」
一弥がニヤニヤしながら流雨に突っ込む。流雨の頬は少し腫れていた。
「見てたんだ。なんで女って、すぐビンタすんの?」
「流雨の歴代の彼女がビンタする子が多いだけじゃない? 流雨に集まる子って、気が強い系が多いもんな」
「俺が引き付けてるみたいに言うの止めてくれる?」
流雨はげんなりと言うが、確かに流雨に集まる女の子は、自分アピールが激しい子と気が強い子が集まりがちだ。まあ、流雨に告白はできないけれど、遠くから見ているだけでも視線で物を言う子も多かったが。
「でも、なんでビンタされてたの? 彼女に浮気されてるって噂、ホント?」
「みたいだよ。さっき聞いたら白状した。俺が放っておくからだって、逆ギレされたけど」
「じゃあ、別れるんだ?」
「何で? 今せっかく付き合ってる期間更新してるんだから、別れないよ。彼女を変えるのも面倒な作業だから」
「え? 浮気されているのに?」
「別に浮気ぐらいいいよ。好きにしたらいい。ただ、俺に近寄って来る他の子の相手だけはしてほしいんだよね。あれこそ、時間の無駄だから」
「あー、なるほど、そっちかー」
流雨の彼女になりたい子は、流雨が今の彼女と別れるのを今か今かと待ちわびている。その中には、彼女がいても構わず、今の彼女より自分の方がいいとアピールする子もいる。流雨はとにかくそういった面倒ごとに巻き込まれるのが嫌なのだ。特にパソコンで仕事をしているときに邪魔されるのを、もっとも嫌う。
そして流雨が他の女の子に奪われるのは、当然今の彼女は気に入らず、流雨が言わずとも勝手に面倒な女の子たちの相手をしてくれる。裏では、彼女たちが口で喧嘩していたりするらしい。流雨の彼女になるということは、そういった面倒を引き受けなければならないということだ。今のところ、流雨の歴代の彼女は気が強い系が多く、流雨に近寄る女の子たちをバッサバッサと率先してなぎ倒しているが。
流雨は自分の時間を邪魔されるのは嫌いだし、彼女より実海棠たちと遊ぶ方を優先する。時々彼女の相手もしてはいるようだが、特別大事にしていることもなさそうだった。はっきりいって、流雨は彼氏としておススメのタイプではない。この時はそう思っていた。
高校一年の冬だっただろうか、実海棠は夕食を流雨と一弥と三人で外食をする約束をした。ところが、外食に向かうために家を出ようとした時、紗彩が帝国から帰ってきた。紗彩は実海棠と一緒に外食に付いていくと言って聞かず、そうなると麻彩まで一緒に行くと駄々をこねた。妹二人と攻防して勝てるわけがなく、実海棠は仕方なく妹二人も連れて外食へ向かった。
その外食先で、流雨は初めて会った麻彩と紗彩に興味を示した。特に紗彩から視線を外さなかった。
流雨は昔、弟か妹ができるはずだったらしく、結局生まれなかったけれど、生まれていれば紗彩と年齢が同じだったらしい。だからか、紗彩に対し、疑似妹のような認識を持ったようだった。それだけでなく、本気で妹にしたいと思ったようで、「紗彩を持って帰っていい?」とよく聞かれた。当然断ったけれど、それからというもの、紗彩と一緒に食事をするときは呼んでくれ、と懇願された。
ただ、紗彩と会って最初の一年くらいは、流雨はすごく紗彩に嫌われていたのだが、それでも流雨はめげずに紗彩に話しかけていた。むしろそれさえ楽しそうにしていた。
紗彩への対応は流雨の彼女に対する対応と全然違う。まさか流雨はロリコンだろうか、と最初は疑ったが、紗彩に対する可愛がりが特別なだけだった。麻彩に対しては、可愛がりはするものの、いたって普通のものだったのだ。
紗彩が流雨の可愛がりを受け入れだすと、さらに流雨は紗彩に夢中になった。このころはまだ紗彩に対し流雨は恋愛といった感情ではなく、ただ重めのシスコンといった体だった。しかし、流雨が大学生になり、大学中に事業を法人化すると、大学と仕事以外の時間を紗彩以外に割くのは時間のムダだと思ったらしく、すっかり彼女は作らなくなった。
そして大学も卒業し、去年紗彩が高校生になったあたりになって、流雨は実海棠にこう言った。
「紗彩と結婚したいんだけど」
その時一弥も一緒に酒を飲んでいて、一弥は流雨の言葉にむせつつも「いつか言うと思った!」と言った。実海棠も、流雨はいつか言うと思っていたから驚きはしないが、思っていたよりも言うのは早いとは思った。そもそも、流雨と紗彩は付き合ってもいない。まだ兄妹(?)の関係。
ここ一年、流雨は「紗彩は見るたびに可愛くなっていく」「帝国でさぞモテてるだろうと思うと気が気じゃない」と言い、いつの間にかシスコンだったはずが恋愛感情に変わっていたのは知っていた。
「紗彩が流雨と結婚してもいい、って言うなら、してもいいぞ。俺は反対しない」
紗彩は逆行して以降、恋愛は諦めている。むしろ帝国の人物と愛のない結婚をして、死神業を継いでくれる後継者を作ることができれば、自分の人生のやるべきことは達成だと思っている。それだと、祖母と同じではないか。死神業の後継者が必要なため、泣く泣く恋人と別れ、帝国の人と結婚して後継者を作らなければならなかった祖母。父親の違う子ばかりいる母のように恋に奔放になれとは言わないが、紗彩にも好きな人と連れ添う願いくらい叶えさせてやりたい。
紗彩の流雨に対する気持ちは、まだ恋愛とは言わないものの、かなり恋愛方面に傾いてきていると思う。紗彩はまだそれに気づいておらず、流雨のことがかなり好きだけれど、いまだそれは兄に対する感情だと思っている。しかし、紗彩の矢印が完全に流雨に向くかどうかは流雨次第。どうやら流雨は紗彩の気持ちを自分に向けさせることにエンジンを掛けだした。
実海棠は流雨の気持ちが本気だと分かっているし、高校生の流雨ではなく今の流雨なら、紗彩を任せてもいいと思っている。だから、紗彩が流雨と結婚したい、という気持ちになるなら、実海棠は賛成するし、障害があるならそれを省く助力も惜しまない。
実海棠はこれからの流雨と紗彩の行く先を、見守っていくのだ。
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まあ、親しくもない女性を『お姫様抱っこ』なんてする経験がある人は少ないだろう。流雨の信者はさらに増え、仕舞いには『お姫様抱っこ』された教育実習生まで、流雨に告白をする始末。
流雨自身は仕事と学校が忙しいから彼女を作る気はなかったようだが、彼女がいないならいないで、流雨の彼女になりたい子達に囲まれ、「俺の時間が奪われる」とげんなりした流雨は、仕方なく彼女を作った。
それからというもの、流雨の彼女が代わるペースは速かった。
「あれ? 流雨がいる」
一弥の声に実海棠は教室の窓から下を覗くと、流雨が彼女と何か言い合いをしていた。彼女は怒っているようで、流雨に近づくと平手打ちをした。
「あらららら……」
一弥が苦笑しながら言う。一弥の横には、その時の一弥の彼女がいて口を開いた。
「長谷川くんの彼女って、浮気してるって噂があるから、それの件で揉めてるのかな?」
「あ、それ、私も聞いた。でも、それなら、長谷川くんが叩かれるのは、違くない?」
実海棠の横で、実海棠の当時の彼女が頷きながら答える。
そうこう会話しているうちに、流雨が教室に入ってきた。流雨は実海棠たちの傍の机に座ると、さっそくパソコンを開いて、何やら作業を始めた。
「さっき、派手にやられてたな?」
一弥がニヤニヤしながら流雨に突っ込む。流雨の頬は少し腫れていた。
「見てたんだ。なんで女って、すぐビンタすんの?」
「流雨の歴代の彼女がビンタする子が多いだけじゃない? 流雨に集まる子って、気が強い系が多いもんな」
「俺が引き付けてるみたいに言うの止めてくれる?」
流雨はげんなりと言うが、確かに流雨に集まる女の子は、自分アピールが激しい子と気が強い子が集まりがちだ。まあ、流雨に告白はできないけれど、遠くから見ているだけでも視線で物を言う子も多かったが。
「でも、なんでビンタされてたの? 彼女に浮気されてるって噂、ホント?」
「みたいだよ。さっき聞いたら白状した。俺が放っておくからだって、逆ギレされたけど」
「じゃあ、別れるんだ?」
「何で? 今せっかく付き合ってる期間更新してるんだから、別れないよ。彼女を変えるのも面倒な作業だから」
「え? 浮気されているのに?」
「別に浮気ぐらいいいよ。好きにしたらいい。ただ、俺に近寄って来る他の子の相手だけはしてほしいんだよね。あれこそ、時間の無駄だから」
「あー、なるほど、そっちかー」
流雨の彼女になりたい子は、流雨が今の彼女と別れるのを今か今かと待ちわびている。その中には、彼女がいても構わず、今の彼女より自分の方がいいとアピールする子もいる。流雨はとにかくそういった面倒ごとに巻き込まれるのが嫌なのだ。特にパソコンで仕事をしているときに邪魔されるのを、もっとも嫌う。
そして流雨が他の女の子に奪われるのは、当然今の彼女は気に入らず、流雨が言わずとも勝手に面倒な女の子たちの相手をしてくれる。裏では、彼女たちが口で喧嘩していたりするらしい。流雨の彼女になるということは、そういった面倒を引き受けなければならないということだ。今のところ、流雨の歴代の彼女は気が強い系が多く、流雨に近寄る女の子たちをバッサバッサと率先してなぎ倒しているが。
流雨は自分の時間を邪魔されるのは嫌いだし、彼女より実海棠たちと遊ぶ方を優先する。時々彼女の相手もしてはいるようだが、特別大事にしていることもなさそうだった。はっきりいって、流雨は彼氏としておススメのタイプではない。この時はそう思っていた。
高校一年の冬だっただろうか、実海棠は夕食を流雨と一弥と三人で外食をする約束をした。ところが、外食に向かうために家を出ようとした時、紗彩が帝国から帰ってきた。紗彩は実海棠と一緒に外食に付いていくと言って聞かず、そうなると麻彩まで一緒に行くと駄々をこねた。妹二人と攻防して勝てるわけがなく、実海棠は仕方なく妹二人も連れて外食へ向かった。
その外食先で、流雨は初めて会った麻彩と紗彩に興味を示した。特に紗彩から視線を外さなかった。
流雨は昔、弟か妹ができるはずだったらしく、結局生まれなかったけれど、生まれていれば紗彩と年齢が同じだったらしい。だからか、紗彩に対し、疑似妹のような認識を持ったようだった。それだけでなく、本気で妹にしたいと思ったようで、「紗彩を持って帰っていい?」とよく聞かれた。当然断ったけれど、それからというもの、紗彩と一緒に食事をするときは呼んでくれ、と懇願された。
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紗彩が流雨の可愛がりを受け入れだすと、さらに流雨は紗彩に夢中になった。このころはまだ紗彩に対し流雨は恋愛といった感情ではなく、ただ重めのシスコンといった体だった。しかし、流雨が大学生になり、大学中に事業を法人化すると、大学と仕事以外の時間を紗彩以外に割くのは時間のムダだと思ったらしく、すっかり彼女は作らなくなった。
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「紗彩が流雨と結婚してもいい、って言うなら、してもいいぞ。俺は反対しない」
紗彩は逆行して以降、恋愛は諦めている。むしろ帝国の人物と愛のない結婚をして、死神業を継いでくれる後継者を作ることができれば、自分の人生のやるべきことは達成だと思っている。それだと、祖母と同じではないか。死神業の後継者が必要なため、泣く泣く恋人と別れ、帝国の人と結婚して後継者を作らなければならなかった祖母。父親の違う子ばかりいる母のように恋に奔放になれとは言わないが、紗彩にも好きな人と連れ添う願いくらい叶えさせてやりたい。
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実海棠は流雨の気持ちが本気だと分かっているし、高校生の流雨ではなく今の流雨なら、紗彩を任せてもいいと思っている。だから、紗彩が流雨と結婚したい、という気持ちになるなら、実海棠は賛成するし、障害があるならそれを省く助力も惜しまない。
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