逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

文字の大きさ
上 下
52 / 132
第1章

52 兄の回想2 ※実海棠(兄)視点

しおりを挟む
 十二歳の実海棠は、一条家の本家に住んでいた。東京にある一条家の本家の敷地には、祖父や祖母や父が住まう洋館、実海棠と麻彩が住まう和館、そして離れが三軒建っている。洋館は一条グループの会社の関係者や政界の偉い方が行き来して騒がしいため、実海棠は静かな和館に好んで住んでいたのだ。

 母は帝国から帰ってきたら洋館に住んでいたが、紗彩は和館の二階に部屋を持っていたため、普段はその自室にいた。ところがその日、祖父と祖母から実海棠たちに洋館へ来るよう連絡があった。

 実海棠はまだ二歳だった麻彩を抱き、紗彩を連れて洋館へ行こうとした時、階段前で紗彩が行かないと言い出した。紗彩は青い顔をしているとは思ったが、実海棠はそれを深くは気にせず、紗彩の手を引っ張って階段を降りようとした。ところが、紗彩は悲鳴を上げて、そのまま気絶したのである。

 何事かと思った。すぐに医師を呼び診てもらったが、悪いところはないという。しかし、目が覚めた紗彩は震え、泣いていた。「階段が怖い」と。

 そして実海棠は紗彩から告白を受けた。
 紗彩は時間を遡っていて、二度目の紗彩という人生を生きていると。時間が遡る前は第三皇妃だったこと、階段から突き落とされて死んだこと、今後夫だった男と関わってはいけないことなど、神とのやり取りも全てを聞いた。借金の代わりに結婚しなければならない、というのは、可能性の話ではなく、逆行前の事実だったわけだ。

 なんて哀れな妹。もう二度と幸せになるなと言っているような、そんな冷酷な約束をさせる神に怒りが沸いた。ただでさえ、死神業というタダ働きをさせておいて、さらに無慈悲な仕打ち。
 神というものは、ただの傍観者であり、何もしてくれない残酷な存在なのだと、改めて思った。

 しかし紗彩は、健気に神の指示に従っている。真面目な紗彩は、小さな体でくたくたになるまで死神業も頑張っていた。そんな紗彩を、実海棠は全力で助けようと思った。大人になったとき、紗彩に今回は幸せになれたと思わせて見せると誓った。

 ところで、紗彩の告白を聞いて、少しだけ気になったことがあった。
 紗彩が逆行する前に死んだという年齢は二十三歳だった。現在は五歳だが、実は二十三歳ということになるのだろうか。今の実海棠よりずいぶん年上だけれど、時間を遡ったと告白を受けるまでに一緒に過ごした時間の紗彩は、どうみても精神年齢も五歳である。
 言い方は悪いが、母のように考えることは苦手のようで、理解力が良くない。ぽやんとしているし、よく泣く。どうやら、逆行前は難しく考えたりする環境がなかったようで、また、よく泣くのは夫だった男に甘やかされたせいだと分かった。

 よし、もう二十三歳だということは忘れて、紗彩は見た目通り五歳だということにして接しよう。そう決心した。理解力は今から頑張らせれば、どうにでもなる。よく泣くのは、母とは違い可愛いから良しとした。母は泣き真似をするから、イラっとするし可愛くないのだ。

 それからというもの、より一層、紗彩を貧乏から脱出させるために考え抜いた。
 そもそもだが、死神業というタダ働きの職業がある以上、神から何も報酬がないのは許せなかった。質問状を作り、神の部下だというティカへ、質問状を紗彩に渡してもらった。そこから色々と分かってきた。

 神からの報酬などない。ただし、死神業で使用する力を利用するのは自由ということ。しかも、ウィザー家以外の他の死神業の一家たちは、それを理解していて、ちゃんと死神業の力を利用していることも分かった。

 どういうことかというと、死神業の一家は、異世界と日本を行き来できる。つまり、日本のものを異世界へ持っていき、それを商売の道具にしていい、ということである。それを神からの報酬代わりにしていると聞き、頭にきた。

 何も知らなかったのは、ウィザー家だけである。代々のウィザー家は、何をしていたんだ。他の死神業の一家は、自分たちで神か神の部下から情報を聞いて、自分たちで商売するなど工夫していたのに。いくら考えることが苦手と言っても、限度があるだろう。少なくとも、損をしないくらいについては考えることもしてほしかった。

 ただ、死神業の力を利用すると言っても、限界はあるという。そこについてはティカも多くは教えてくれなかったが、分かっているのは、死神業に関して多くの人に吹聴してはいけない、ということだ。まあ、それはそうだろう。死神業のことを知るのは、関係者と家族などの少人数に留めておいたほうがいい、ということくらいは誰でも分かる。『多くの人』がどのレベルなのかは分かっていないが、過去にペナルティを受けた一族がいるらしい。他にもペナルティを受ける事項はあるらしいが、ティカも多くは語ってくれないため、それはおいおい探っていくしかない。

 とにかく、死神業の力を使って商売をしていい、というなら、やり方は色々とある。
 まずは赤字しか生まない領地は国に返還することにした。借金は残るが、帝国の法律を駆使し、借金は最低限になるよう動いた。それから化粧品店と飲食店も開店した。
 ウィザー家の貧乏脱出は、思っているよりも早い段階で成功した。

 ところでだ、紗彩が階段を怖がることが分かってからというもの、実海棠と麻彩と紗彩は住処を和館から離れの一軒に移した。その離れは一階建てということもあり、紗彩が帝国から帰ってきても好きに動きやすいからだ。紗彩はいずれは階段も登れるようになりたいとは言っていたが、それは徐々に慣らしていくほうがいい。

 実海棠と会話するようになった紗彩は、麻彩とも会話するようになった。麻彩も母に放っておかれ、実海棠もあまり相手はしておらず、麻彩の相手は家政婦やベビーシッターばかり。それも麻彩の世話をする意味合いで、可愛がられていたわけではなかった。そんな中に、紗彩が麻彩を猫可愛がりするようになったものだから、麻彩が紗彩にべったりになった。

 麻彩は起きて一言目には「さーちゃん」と言い、帝国に紗彩が帰る時はギャン泣き。どうやら帝国ではユリウスを猫可愛がりしているようで、それを知って麻彩はユリウスを敵視するようになるし、麻彩に八つ当たりされる実海棠は、いつも大変だった。

 しかし、紗彩が絡んでくるようになるまで兄妹仲は希薄で、いろいろと面倒はあるけれど、それでも今の仲の良い兄妹の関係は、実海棠は気に入っていた。弟妹はみんな可愛いし、実海棠が守ってやりたいと思う存在だ。特に紗彩はウィザー家の後継者、死神業、他にも背負わされているものが多い。だから実海棠は弟妹がそれぞれ幸せだと思えるよう、これからも手助けは惜しまないのだと改めて思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...