逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

文字の大きさ
上 下
45 / 132
第1章

45 弟の父1

しおりを挟む
 第三皇子宮への納品が終わり、私はライナを連れて街へ出た。家に帰る予定だったが、ヴェルナーへの納品が少し早めに終わったので、買い物をしようと思ったのだ。
 私の洋服を数点購入し、その後男性用の店に入店した。ユリウスにも何か買って帰ろうと、腕時計コーナーにやってくる。そしてショーウィンドウの中の腕時計を見ていると、横に立つ男性に声をかけられた。

「サーヤ嬢ではありませんか?」

 ショーウィンドウから顔を上げると、東京の父くらいの年齢の男性が立っていた。

「そうですが……」
「おや、覚えておられませんかな。以前、ウィザー伯爵と一緒におられる時に話をしたことがあるのですが」
「……いえ、覚えております。リウ子爵」

 以前、確かに母と街に出かけた時に、リウ子爵と話をしたことがある。
 リウ子爵は満足げに頷く。

「実は先日新聞を拝見してね。サーヤ嬢は婚約を破棄したとか。まあ、男性側の気持ちも分からないではないが」

 リウ子爵は私の上から下までを不躾に見て言う。なんて失礼な男なんだ。

「次の婚約者探しにさぞ困っているのではないかと思ってね。それで提案なんだが、結婚相手に私はどうかね」
「……リウ子爵をですか? 子息ではなく?」
「息子にはもう婚約者がいるのでね。その点、私の妻は亡くなっているから、後妻を探していたのでちょうどいい。サーヤ嬢は見かけは良くはないが、まだ若い。若い妻なら友人にも自慢できるし、私が妻にしてあげてもいいと思っていたんだ。今日会うとは、我々は縁があるとは思わないか?」

 私には若さしかいいところがない、と馬鹿にされている。ライナが怒って手を出しそうなため、私が慌ててライナを抑えるけれど、私も怒りそうである。これはさすがにキレてもいい事案ではないだろうか。年下の、弱い立場の女性に何を言ってもいいと思っている勘違い男は、どこにでもいるのだ。

 悔しくて涙目になっているところに、後ろから声がした。

「これはこれは、サーヤ嬢ではないか。……そちらはリウ子爵か。彼女に何用か?」
「――っ、ハイゼン侯爵! いえ、私は彼女が困っていたようなので話しかけただけで! ……私は予定があるため、失礼します!」

 リウ子爵は、相手がハイゼン侯爵と知ると、そそくさと去っていった。ハイゼン侯爵を見て逃げるとは、自分より立場が強い相手には、決して強気にならない、リウ子爵はますます最低な男であったと思う。

「……ハイゼン侯爵、ありがとうございます」
「いやなに、私の息子の姉である令嬢には、いつでも助けの手は差し伸べると決めていてね」

 ハイゼン侯爵は、実はユリウスの血の繋がった父であった。ユリウスとそっくりの美形でダンディな紳士の姿である。ハイゼン侯爵は私にハンカチを差し出した。私の前髪が長くて目が見えなくとも、泣いているのだと思ったのだろう。

「お気遣いには感謝しますが、結構です。もう涙も引っ込みます」
「そうかね。ところで、さきほどサーヤ嬢が見ていた時計だが、ユリウスへの贈り物かね?」

 この人、いつから私を見ていたんだ。これは絶対リウ子爵に話しかけられる前から見ていたに違いない。少し呆れた顔で見てしまう。

「そうですけれど」
「だったら、私が買おう。君!」

 店員を呼ぶハイゼン侯爵に、私は慌てた。

「私が買います!」
「いや、私が買う。サーヤ嬢に渡すから、君からだと言ってユリウスに贈ってくれないか」
「そんなことをしたら、私がユリウスに怒られます!」

 ユリウスはハイゼン侯爵を無視することが多い。そんなユリウスを知っているから、ハイゼン侯爵は表立ってユリウスに話しかけることはしないが、実はいつもユリウスを気にしている。だからどこかで私を見かけると、ハイゼン侯爵は私に話しかけてくるのである。

「ユリウスに黙っていれば分からない」
「でも……」
「では、先ほどリウ子爵から解放してあげただろう。その見返りだと思ってくれていい」
「……先ほどいつでも助けの手は差し伸べると、おっしゃっていませんでした? 見返りを欲しがるのですか?」
「見返りがいらないとは言っていないだろう」

 この人、全然紳士じゃなかった。しかし、助けてもらったのは事実である。悔しいものの、ハイゼン侯爵の言う通りにするしかない。そう思って口を開きかけた時、ハイゼン侯爵の傍にハイゼン侯爵の部下らしき人が近寄り、こそこそと話をしている。

「ちょうどアテリア菓子店の席が取れたようだ。サーヤ嬢、行こうか」
「アテリア菓子店……」

 アテリア菓子店とは、予約が取れないと有名な、とってもとっても美味しいケーキが有名な店である。

「サーヤ嬢はアテリア菓子店が好きだろう。君をさきほど見かけた時に、すぐに席を取りに行かせたんだよ。ユリウスの話と引き換えに、サーヤ嬢を招待しよう」

 予約が取れない店なのに、どうやって席を取ったんだ。さすがハイゼン侯爵は大貴族である。
 そんなハイゼン侯爵に抵抗するのは諦めた。この人、定期的に私の前に現れては、ユリウスの話をいつも聞きたがるのである。どうせ抵抗しようと連れていかれるのだ。決してケーキに釣られたわけではない。

 私はハイゼン侯爵と共にアテリア菓子店へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...