逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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第1章

44 皇子との出会い2

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 ヴェルナーを見て、誕生祝パーティーに来てすぐ挨拶した第三皇子だと気づいた私は、慌てて立ち上がった。

「皇子殿下、これは、そのう……」

 ハサミを持っているなんて、私はかなり怪しい存在だろう。しどろもどろに口をもごもごする。そんな私に怒る様子もなく、ヴェルナーは私がしゃがんでいた辺りに近づいた。

「何を切ろうとしていたの?」
「あの……これです」

 地面と似た色で地面に同化して分からないように浮いた紐である。ピンと張ったその紐は、知らずに進めば間違いなく人を転ばせることができる。

「危ないので、この紐を切ろうとしていました」
「……そっか。ありがとう。おかげで、怪我する人が出なくて済みそうだ」

 少し険しい顔をしたヴェルナーだが、私には笑顔を向ける。この顔は、誰がこんなことをしたのか、分かっている顔である。

「殿下は、誰がこんなことをしたのか、知っているんですね」
「……君も分かっていそうだね。ああ、いいよ、誰なのかは口に出さないで」

 地面にこんなワナを張った犯人は、おそらく第一皇子か第二皇子であろう。なぜそんなことが分かるかというと、前世で同じように第三皇子の誕生祝パーティーに参加し、私がこのワナに引っかかったからである。転んですごく痛かったし、怪我だってした。

 主催したパーティーで何か問題が起きる、すなわち、その相手の評判を落としたい。皇子同士のそういった争いが、こんな幼い内から水面下で行われていたのである。すでに皇子たちの後継者争いは始まっているのだ。

「こういう嫌がらせみたいなものは、よくあるんだ。他にもこういうワナがないか、すぐに確認させる」

 ヴェルナーは人を呼び、パーティー参加者たちに気づかれないように対処するよう指示を出していた。ちゃんと対処してくれそうだと確認し、私はパーティー会場の端でお茶菓子を楽しんでいた。すると、ヴェルナーがやってきて、同じテーブルの私の前に座った。

「さっきは、ありがとう。対処も終わったよ」
「それを聞いて安心しました。……あの、あちらへ行かなくてよいのですか?」

 今日の主役がこんな端にいなくても、と思う。ヴェルナーに近い年齢の子供たちが大勢呼ばれているのだ。その中央に行った方がいいだろうと思ったのだ。

「みんな好きに楽しんでくれているみたいだし、僕がいなくても問題ないよ」

 確かに子供たちは仲の良い子たちと集まり楽しんでいるようだ。

「……先ほど、嫌がらせが多いとおっしゃられていましたね。普段から周囲にお気をつけください。使用人も信用できる人とできない人は、きちんと見分けるのが大切です」
「……君、見てきたことのように言うんだね」

 すでに信用できない使用人でもいるのか、少し驚いた表情でヴェルナーは話す。私は第一皇子や第二皇子の手先の使用人がヴェルナーの近くにいそう、という想像で話をしているにすぎない。

「周囲を観察しておくのは、とても大事です。そういえば、皇子殿下は剣は使われますか?」
「うん、まあ少しは学んでいるけれど」
「最後に自分を守れるのは、自分だけですから! 頑張って剣の腕も磨いてくださいね! 私の弟も最近剣を学びだしまして、すごく頑張っているので、上達がすばらしいのです!」

 いつの間にか、その日初めて話したヴェルナーに弟自慢をする。永遠と弟に関する自慢を続ける私に、ヴェルナーはだんだんと呆れてた顔をしていくのだった。
 このころまでは、私も前髪は短かったので、ヴェルナーもこの時の私の素顔は知っている。

 それからというもの、皇宮にある貴族の子息用の剣の訓練にユリウスが学びに行っている間、私も付いていくことがあり、そこでヴェルナーと話すことが多くなった。ヴェルナーと仲良くなったので、このころから第四皇子ルドルフと仲良くするよう、ヴェルナーに少し遠まわしに言ったりもした。

 それから、ずいぶん長い間、ヴェルナーとは仲良くしていると思う。今では我が家の良いお客でもある。

 今回の納品物に関する話が終わると、私たちは他愛もない話を始めた。そして話題はヴェルナーの婚約者候補の話になった。候補が多いため、まだ婚約者を決めかねているらしい。

「家柄で決めかねておられるなら、お好きな方を選べばよいのでは? 好みの方はおられないのですか?」

 皇族の結婚は単純な好みで決められるものではないが、候補の中で家柄や能力など、一定以上超えている方が多数いるなら、好みで決めても良いと思うのだ。

「好みね。僕はあまり好きな女性のタイプというものが、ないみたいなんだ。一般的に、人は何を見て、好きだと言っているんだ? 目? 鼻? 口? 多少大きさや造形は違うだろうけど、みんな同じものを持っているんだ。好みが分かれるほど違いがあるように見えない。そりゃあ、バターしょうゆ味がするとかピザ味がするとか、味に違いがあるなら僕も真剣に悩むけど」

 ただの例えだろうが、ヴェルナーが何か変なこと言い出したぞ。皇子であり、美形のヴェルナーは女性にすごく人気がある。あれだけモテておいて、まさか恋愛未経験者のようなことを言い出すとは思わなかった。少し苦笑気味に私は口を開く。

「容姿の好みがないというなら、性格の好みはいかがです? 苦手な性格の方とか、合わない性格の方とか、そういった方法で候補を減らして、残った方を婚約者にされる、という方法もありますよ」
「性格ねぇ。みな猫被ってるからね。猫被っていても合わない女性はいるから、そういった子は最初から除外しているし、これ以上除外する方法がないな」

 ごもっともである。そりゃあ、皇子に対し猫を被らない女性は少数派だろう。

「サーヤ嬢はどうなの。婚約破棄した後は。次は決まったの?」

 やはりヴェルナーも私の婚約破棄は知っていたか。

「いいえ。次の婚約者を決めるまで、少し間を空けるつもりです」
「そう。……あ、そうだ、アベルなんかどう? 僕の側近だし、将来有望だよ」
「え!? 殿下、何を言っておられるのです!?」

 私が声を発する前に声を出したのは、顔を真っ赤にしたヴェルナーの側近アベルだった。納品リストの照合が終わったようで、ヴェルナーの横に控えるために戻ってきたばかりだった。
 アベルはいつもヴェルナーにそっと寄り添っている側近で、ヴェルナーに突進する令嬢たちをうまく捌く出来た側近だ。令嬢たちにこっそり『ヴェルナーの壁』とあだ名を付けられていたりする。いつも顔色変えないので、何があっても動じない鉄壁タイプかと思っていたが、顔が赤いのを見ると、そうでもないようである。

「僕は殿下の婚約者が決まるまで、自分の婚約者など決める予定はありません! サーヤ嬢! 殿下の冗談ですからね!」

 顔を赤くしているから、てっきり照れているのかと思っていたが、ただ私が嫌がられているだけだろうか。全力で拒否されているようで、傷つくんですけれど。

「……そんなに私が嫌いですか?」
「え!? いやいやいや、そうではありません! サーヤ嬢は僕にはもったいないほどで!」
「……なるほど、そういう体で断られていると」
「違いますよ!? 殿下!? 何笑っているんです!? サーヤ嬢が勘違いされていますよ!?」

 ヴェルナーは腹を抱えて笑っている。何がそんなに面白いんだ。

「いや、サーヤ嬢、ごめん! こう見えて、アベルは奥手でさ! 僕にまとわりつく女性は軽く捌くくせに、自分のことになると、尻込みするヤツなんだ。アベルをからかっただけだから!」

 なるほど、ちょっと女性とくっつけられそうになるだけで、赤くなるほど奥手だと言いたいのだろう。確かにアベルは私と目を合わせられないで横を向き、顔は真っ赤である。

「分かりました。アベルさま、そんなに焦らなくても、私の勘違いは解けましたから、いつもの冷静なアベルさまに戻ってください」
「うっ……はい」

 顔が熱いのか、アベルは顔を手で仰いでいる。

「ヴェルナー殿下、部下をからかうものではありませんよ」
「ははは、ごめん」

 まだ笑っているヴェルナーに、私はため息を付くのだった。
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