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第1章
33 大好きな兄(仮)とのデート4
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昼食を終えてピザ店を出た私たちは、もう少し近くをブラブラしていたが、その後少し車で移動して水族館へやってきた。
また流雨と手を繋ぎ、水族館の中を移動していく。
魚を見て回り、ペンギンショー、イルカショーを楽しむ。海月の浮遊する様は、どれだけでも見ていられる。
その後、水族館を出て、近くの海の砂浜へ足を運んだ。流雨とゆっくり散歩する。
「海に来るの久しぶりだなぁ。あ、貝殻!」
小さくて綺麗な貝殻を見つけて、拾う。砂を落として手の平に乗せる。
「最後に海に来たのは、いつ?」
「うーん、小学生の高学年くらいの時? お兄様に連れてきてもらったのが最後かも」
「帝国は島国だと言ってなかった? 海があるでしょう?」
「海はあるけど、首都から遠いんだよー。だから行ったことない」
流雨には帝国の軽い情報だけしか話をしていない。流雨は帝国の話を聞きたがるが、聞いた話から帝国がどこなのか、地球上から探そうとするかもしれないし、探せないことに疑問を持たれるのも困るからだ。
綺麗な貝殻を見つけては拾い、最終的にそれをハンカチで包んだ。家に帰ったら、瓶に入れて今日の記念に飾ろうと思う。
その後、私たちは浜辺の階段に腰を下ろした。流雨は一段上に座り、私の体ごと流雨の太ももで私を囲んでいる。私は背中を流雨に預け、のんびりと海を眺めた。穏やかな時間になごむ。太陽が少しずつ海に近づいており、このまましばらく太陽が海に沈むまで眺めている予定だ。
「――紗彩は、帝国で好きな人とかいるの? 彼氏は?」
無言で海を眺めていたのに、流雨が急に口を開いた内容に少し驚いた。時々私が流雨に今彼女はいるのか、と聞くことはあっても、流雨がこういうことを聞いてくることはあまりなかった。騙そうとする男の人に気を付けろ、みたいなことは心配されて言われることはあったけれど。
「好きな人なんていないよ。彼氏だっているわけない。私モテないって言ったでしょう?」
「でも紗彩も十七歳だよ。好きな人がいてもおかしくないでしょう」
「確かに、東京の学校では、彼氏いる子多いなぁ」
友人の亜理紗にも彼氏はいる。
「でも、私はたとえ好きな人ができても、付き合うなんてことないよ。あとから別れる時、辛いでしょう?」
「……別れるって、どうして?」
「私、うちの跡取りでしょう。そのうち家と繋がりのある人と婚約することになるもの。そうなったら、彼氏にも婚約する人にも悪いでしょう?」
「婚約って……紗彩、そんな好きでもない人と婚約させられるの? 実海棠たちはそれを許してるの?」
流雨の怒ったような声がして、後ろを振り向いた。少し険しい顔をしていて、私は瞬きをする。
「えっと……るー君、なんか怒ってる? 別に無理やりな話じゃないんだよ? それに一条家は関係ない話だし」
「一条家は関係ない?」
「お母様の実家の話だもの。一条家は他家だから、口出しできないわ。たとえお兄様やパパでも、一条家の影響力はまったくないの」
異世界なのだから、一条家の持つ力は、一切影響されない。だから、私の婚約に関する話も、兄や父に情報として話はするし、アドバイスを聞いたりもするが、それだけだ。兄たちも婚約に関して大きく口出したりはしない。
「それにね、婚約するって言っても、本当に無理やりではないのよ。どちらかというと、こちらが選べる立場だもの」
ウィザー家は貴族で、運よく財産がある。事業もうまくいっている。だから、私の夫に名乗りを上げる人も複数いる。その中から選ぶことができる私は、選ぶこともできない人から見ると、幸運なのだろう。
「選べる立場だということは……東京の人でもいいの?」
「え? 東京の人はダメだよぉ」
「どうして? 紗彩のお母さんは実海棠のお父さんと結婚しているでしょう?」
「でも、私の血縁上の父は、帝国の人だよ。それはるー君も知っているでしょう」
「……? それは、実海棠のお父さんと恋愛関係を解消したから、たまたまそうなっただけではないの?」
「……まあ、それはそうなんだけれど」
確かに、すでに父と母は恋愛関係にないから、母は帝国の私の血縁上の父と恋愛関係になった。それは間違いないのだが、もし母と次に恋愛関係になったのが帝国の人ではなく地球の人だったら、私は生まれていない。
ウィザー家の跡継ぎは、性別が女である必要がある。それは跡継ぎが必ず死神業の力を受け継ぐからで、なぜか男性には受け継がれないのだ。それは我が家に限った話ではなく、日本中にいる死神業を稼業としている家系は、全てが女系なのである。
そして、跡継ぎの父となる人間は、必ず異世界の人間でなければならない。つまり、ウィザー家の跡継ぎの場合、血縁上の父は帝国の人でなければ、死神業の力は受け継げないのだ。もし私の血縁上の父が東京の人で、麻彩の血縁上の父が帝国の人であったなら、死神業の跡継ぎは麻彩だっただろう。
そういうわけで、私が将来跡継ぎを生むのなら、その父候補は帝国の人でなければならないのだ。
「お母様のように、ただの恋人を作るということであれば東京の人でもいいのだけれど、結婚となると帝国の人としなければならないと思うの。強制ではないけれど、私は恋人は東京で作って、夫は帝国で作るなんて、器用なことできないもの」
死神業は、いろんな意味で辛い仕事だと思う。特に恋愛面では、ご先祖様方も苦労したようなのだ。
母は死神業の仕事で死人と接すると、負の感情を心に溜めてしまいがちである。死人からは、暴言を吐かれることは多々ある。死人の身の上話に、母は同情しすぎることもある。死神の仕事をしている内に溜めてしまった負の感情を、母は恋愛をすることで解消しているのだ。誰だって心の拠り所は欲しい。支えてくれる人がいるから、辛い仕事でも頑張れるのだ。母の辛さが理解できるからこそ、そんな母を責める気持ちはまったくない。
祖母は恋愛では辛い目にあっている。本当は東京に恋人がいたのだが、東京の人が相手では、死神業の力を継いでくれる跡継ぎはできない。だから祖母は泣く泣く、その東京の恋人とは別れて、帝国で夫を作り、母を産んだという。現在、祖母は東京で生きているが、どこにいるかは知らない。母に私という跡継ぎができ、祖母の肩の荷が降りたのだろう。帝国での夫が亡くなり、現在は東京で昔の恋人と一緒に生きているらしい。らしい、というのは、父方の祖母、つまり兄、実海棠の実の祖母しかその居所を知らないのだ。祖母同士は親友だから、今でも連絡は取り合っているのだ。
そんな事情を知っているからこそ、私は初めから帝国の人としか結婚しないと決めている。
「私は帝国で自分の家の後継者になるのだから、夫となる人は帝国の人がいいわ」
「……こんな若いうちから、そこまで決めなくていいんじゃないかな」
流雨が後ろから私を抱きしめた。
「今の内から理解だけはしておかないと、将来『こんなはずじゃなかった』って後悔することになるでしょう?」
「じゃあ、もう婚約する人を探していたりするの?」
「うん、ユリウスが候補を吟味してくれてる。でも、婚約するとしても、もう少し先よ。今すぐの話ではないわ」
先日婚約破棄したばかりだから、次の婚約者になる人を決めるのは、もう少し先にするとユリウスと話をしている。
「ユリウスはシスコンだったよね。じゃあ、姉の婚約者なんて、そう簡単に決めたりはしないか」
「そうなの……。この人はダメ、とか、ちょっと候補を見る目が厳しいのよね」
「そう……。俺もその方が安心」
やはり流雨はシスコンだから、私に婚約者ができるのは嫌なのかもしれない。私が流雨に彼女ができるのが嫌なように。愛されている気がして、少し嬉しいかもしれない。
「ふふふ、るー君は私に婚約者ができたら、やきもち焼いちゃいそうだね」
「何で笑ってるの? そんなもんじゃ済まないよ? 俺は相手を社会的に抹殺するかも」
「ええ?」
言葉は不穏だけれど、異世界である以上、社会的に抹殺なんてできないし、それより流雨の言葉が強い分、愛情を強く感じてニヤけてしまう。
「まだ笑ってる。そんな紗彩にはお仕置きするよ」
流雨は少し強めに私を抱きしめた。こんなのはお仕置きとは言わない。ただ私が嬉しいだけである。だから、クスクス笑ってしまう。
そんな私から流雨は体を離した。
「お仕置きなのに、楽しそうだね」
「だって、大好きなるー君にハグされたら、嬉しいだけでしょ?」
「……っ、これでモテないと言っているのが、信じられない……」
「え?」
「……紗彩が可愛すぎるって言ってるの」
「るー君に可愛いって言ってもらえるの、一番嬉しい」
夕日が少しずつ海に沈んでいく。また流雨に背中を預け、それを眺めていると流雨が口を開いた。
「今日は時間がないのに気づいたよ」
「時間って?」
「色々と試みないとね、っていう話」
「ん? 何の話?」
全然話が見えないと思い、後ろを振り向くと、流雨は私の頬にキスをした。
「……っ!?」
どうして急に頬にキス? 顔が熱くなるのを感じる。
「あれ? 紗彩はキスを返してくれないの?」
「え!? いや、だ、だって、なんで急にキス……」
「うーん、紗彩の顔、赤くなってるのかな? 夕日で分かりづらい」
「聞いてる!?」
「聞いてるよ。俺だって紗彩の兄なわけだから、キスしてもいいよね?」
「え、ど、どういう意味……」
「紗彩は実海棠や麻彩に、よくキスしてるじゃない」
「うん、してる! してるけど、あれは挨拶で……」
「俺にも同じ挨拶をしてほしいな」
いやいや、だって、今まで流雨にそんなことしたことないのに! 動揺してパニックになりつつある。顔も真っ赤だろう。
「ほら、キスを返して?」
「いや、で、でも」
「嫌なんだ……」
いや、って言ったけど、その『嫌』ではない。ただ動揺しているだけなのに、流雨のしゅんとした顔を見ると、私が悪いことをしている気がしてくる。
「嫌じゃないの! 嫌じゃないけど、恥ずかしいでしょ!?」
「……実海棠には、あんなにしてるのに?」
「お兄様とは、小さいころからの習慣だからぁ」
「じゃあ、俺とも習慣にしちゃえばいいよね」
頬を差し出してくる流雨を見つつ、兄たちには簡単にできることが、なんでこんなに恥ずかしいのか分からない。
「わ、私! 思春期だから!」
「……ん? 思春期?」
「それか反抗期!」
「……どういう意味?」
「最近、まーちゃん、お兄様やパパにキスしないの! きっと思春期か反抗期だからだと思うの! 私もついに反抗期突入したから、るー君にキスするのは恥ずかしいの!」
「――っあはは!」
流雨、大爆笑である。なんで。「反抗期、反抗期」と言いながら、流雨は震えている。おかしい。
「反抗期は大変だねっ……」
「全然大変そうに聞こえない……」
「あー、おっかしい。笑った……」
「るー君、別に面白いところ、なかったでしょ?」
「いや、面白いよ。麻彩が反抗期なんでしょ? 実海棠にキスしないなんて、実海棠に地味に効いてると思うと、今度実海棠に会ったとき、俺優しくなれそう」
兄と流雨は悪友のような感じだし、互いに悪態をついたり、いろいろ言い合える友人なのだ。
「まあ、麻彩が反抗期なのは別にいいとして、紗彩は反抗期じゃないでしょ。今日も実海棠と麻彩にキスしてきたでしょう?」
おっと、こっちに返ってきた。
「え、えっと、たった今、反抗期に……」
「紗彩、そんなに拒否されると、俺泣いちゃうよ?」
「泣かないでしょ!?」
流雨が泣くなんて、見たことないし想像できない。冗談だろうというのも分かる。しかし、これ以上は拒否できなさそうだった。また恥ずかしくて顔が赤くなってきているだろうが、夕日に顔が染まっていて助かった。少しは顔が赤いのを誤魔化せているだろう。
意を決して流雨を見ると、えいっ、と流雨の頬にキスをした。そして、恥ずかしくてすぐに顔を下に向ける。
「キスしたよ。これでいい?」
「……うん、ありがとう」
ちらっと流雨を見ると、嬉しそうに微笑んでいたので、こちらまで嬉しくなった。すごく恥ずかしかったけれど、流雨が喜んでくれたから、キスしてよかったと思う。その気持ちのまま、流雨の首に手をまわして抱き付いた。なんだか胸が温かい気持ちだった。
また流雨と手を繋ぎ、水族館の中を移動していく。
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その後、水族館を出て、近くの海の砂浜へ足を運んだ。流雨とゆっくり散歩する。
「海に来るの久しぶりだなぁ。あ、貝殻!」
小さくて綺麗な貝殻を見つけて、拾う。砂を落として手の平に乗せる。
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「海はあるけど、首都から遠いんだよー。だから行ったことない」
流雨には帝国の軽い情報だけしか話をしていない。流雨は帝国の話を聞きたがるが、聞いた話から帝国がどこなのか、地球上から探そうとするかもしれないし、探せないことに疑問を持たれるのも困るからだ。
綺麗な貝殻を見つけては拾い、最終的にそれをハンカチで包んだ。家に帰ったら、瓶に入れて今日の記念に飾ろうと思う。
その後、私たちは浜辺の階段に腰を下ろした。流雨は一段上に座り、私の体ごと流雨の太ももで私を囲んでいる。私は背中を流雨に預け、のんびりと海を眺めた。穏やかな時間になごむ。太陽が少しずつ海に近づいており、このまましばらく太陽が海に沈むまで眺めている予定だ。
「――紗彩は、帝国で好きな人とかいるの? 彼氏は?」
無言で海を眺めていたのに、流雨が急に口を開いた内容に少し驚いた。時々私が流雨に今彼女はいるのか、と聞くことはあっても、流雨がこういうことを聞いてくることはあまりなかった。騙そうとする男の人に気を付けろ、みたいなことは心配されて言われることはあったけれど。
「好きな人なんていないよ。彼氏だっているわけない。私モテないって言ったでしょう?」
「でも紗彩も十七歳だよ。好きな人がいてもおかしくないでしょう」
「確かに、東京の学校では、彼氏いる子多いなぁ」
友人の亜理紗にも彼氏はいる。
「でも、私はたとえ好きな人ができても、付き合うなんてことないよ。あとから別れる時、辛いでしょう?」
「……別れるって、どうして?」
「私、うちの跡取りでしょう。そのうち家と繋がりのある人と婚約することになるもの。そうなったら、彼氏にも婚約する人にも悪いでしょう?」
「婚約って……紗彩、そんな好きでもない人と婚約させられるの? 実海棠たちはそれを許してるの?」
流雨の怒ったような声がして、後ろを振り向いた。少し険しい顔をしていて、私は瞬きをする。
「えっと……るー君、なんか怒ってる? 別に無理やりな話じゃないんだよ? それに一条家は関係ない話だし」
「一条家は関係ない?」
「お母様の実家の話だもの。一条家は他家だから、口出しできないわ。たとえお兄様やパパでも、一条家の影響力はまったくないの」
異世界なのだから、一条家の持つ力は、一切影響されない。だから、私の婚約に関する話も、兄や父に情報として話はするし、アドバイスを聞いたりもするが、それだけだ。兄たちも婚約に関して大きく口出したりはしない。
「それにね、婚約するって言っても、本当に無理やりではないのよ。どちらかというと、こちらが選べる立場だもの」
ウィザー家は貴族で、運よく財産がある。事業もうまくいっている。だから、私の夫に名乗りを上げる人も複数いる。その中から選ぶことができる私は、選ぶこともできない人から見ると、幸運なのだろう。
「選べる立場だということは……東京の人でもいいの?」
「え? 東京の人はダメだよぉ」
「どうして? 紗彩のお母さんは実海棠のお父さんと結婚しているでしょう?」
「でも、私の血縁上の父は、帝国の人だよ。それはるー君も知っているでしょう」
「……? それは、実海棠のお父さんと恋愛関係を解消したから、たまたまそうなっただけではないの?」
「……まあ、それはそうなんだけれど」
確かに、すでに父と母は恋愛関係にないから、母は帝国の私の血縁上の父と恋愛関係になった。それは間違いないのだが、もし母と次に恋愛関係になったのが帝国の人ではなく地球の人だったら、私は生まれていない。
ウィザー家の跡継ぎは、性別が女である必要がある。それは跡継ぎが必ず死神業の力を受け継ぐからで、なぜか男性には受け継がれないのだ。それは我が家に限った話ではなく、日本中にいる死神業を稼業としている家系は、全てが女系なのである。
そして、跡継ぎの父となる人間は、必ず異世界の人間でなければならない。つまり、ウィザー家の跡継ぎの場合、血縁上の父は帝国の人でなければ、死神業の力は受け継げないのだ。もし私の血縁上の父が東京の人で、麻彩の血縁上の父が帝国の人であったなら、死神業の跡継ぎは麻彩だっただろう。
そういうわけで、私が将来跡継ぎを生むのなら、その父候補は帝国の人でなければならないのだ。
「お母様のように、ただの恋人を作るということであれば東京の人でもいいのだけれど、結婚となると帝国の人としなければならないと思うの。強制ではないけれど、私は恋人は東京で作って、夫は帝国で作るなんて、器用なことできないもの」
死神業は、いろんな意味で辛い仕事だと思う。特に恋愛面では、ご先祖様方も苦労したようなのだ。
母は死神業の仕事で死人と接すると、負の感情を心に溜めてしまいがちである。死人からは、暴言を吐かれることは多々ある。死人の身の上話に、母は同情しすぎることもある。死神の仕事をしている内に溜めてしまった負の感情を、母は恋愛をすることで解消しているのだ。誰だって心の拠り所は欲しい。支えてくれる人がいるから、辛い仕事でも頑張れるのだ。母の辛さが理解できるからこそ、そんな母を責める気持ちはまったくない。
祖母は恋愛では辛い目にあっている。本当は東京に恋人がいたのだが、東京の人が相手では、死神業の力を継いでくれる跡継ぎはできない。だから祖母は泣く泣く、その東京の恋人とは別れて、帝国で夫を作り、母を産んだという。現在、祖母は東京で生きているが、どこにいるかは知らない。母に私という跡継ぎができ、祖母の肩の荷が降りたのだろう。帝国での夫が亡くなり、現在は東京で昔の恋人と一緒に生きているらしい。らしい、というのは、父方の祖母、つまり兄、実海棠の実の祖母しかその居所を知らないのだ。祖母同士は親友だから、今でも連絡は取り合っているのだ。
そんな事情を知っているからこそ、私は初めから帝国の人としか結婚しないと決めている。
「私は帝国で自分の家の後継者になるのだから、夫となる人は帝国の人がいいわ」
「……こんな若いうちから、そこまで決めなくていいんじゃないかな」
流雨が後ろから私を抱きしめた。
「今の内から理解だけはしておかないと、将来『こんなはずじゃなかった』って後悔することになるでしょう?」
「じゃあ、もう婚約する人を探していたりするの?」
「うん、ユリウスが候補を吟味してくれてる。でも、婚約するとしても、もう少し先よ。今すぐの話ではないわ」
先日婚約破棄したばかりだから、次の婚約者になる人を決めるのは、もう少し先にするとユリウスと話をしている。
「ユリウスはシスコンだったよね。じゃあ、姉の婚約者なんて、そう簡単に決めたりはしないか」
「そうなの……。この人はダメ、とか、ちょっと候補を見る目が厳しいのよね」
「そう……。俺もその方が安心」
やはり流雨はシスコンだから、私に婚約者ができるのは嫌なのかもしれない。私が流雨に彼女ができるのが嫌なように。愛されている気がして、少し嬉しいかもしれない。
「ふふふ、るー君は私に婚約者ができたら、やきもち焼いちゃいそうだね」
「何で笑ってるの? そんなもんじゃ済まないよ? 俺は相手を社会的に抹殺するかも」
「ええ?」
言葉は不穏だけれど、異世界である以上、社会的に抹殺なんてできないし、それより流雨の言葉が強い分、愛情を強く感じてニヤけてしまう。
「まだ笑ってる。そんな紗彩にはお仕置きするよ」
流雨は少し強めに私を抱きしめた。こんなのはお仕置きとは言わない。ただ私が嬉しいだけである。だから、クスクス笑ってしまう。
そんな私から流雨は体を離した。
「お仕置きなのに、楽しそうだね」
「だって、大好きなるー君にハグされたら、嬉しいだけでしょ?」
「……っ、これでモテないと言っているのが、信じられない……」
「え?」
「……紗彩が可愛すぎるって言ってるの」
「るー君に可愛いって言ってもらえるの、一番嬉しい」
夕日が少しずつ海に沈んでいく。また流雨に背中を預け、それを眺めていると流雨が口を開いた。
「今日は時間がないのに気づいたよ」
「時間って?」
「色々と試みないとね、っていう話」
「ん? 何の話?」
全然話が見えないと思い、後ろを振り向くと、流雨は私の頬にキスをした。
「……っ!?」
どうして急に頬にキス? 顔が熱くなるのを感じる。
「あれ? 紗彩はキスを返してくれないの?」
「え!? いや、だ、だって、なんで急にキス……」
「うーん、紗彩の顔、赤くなってるのかな? 夕日で分かりづらい」
「聞いてる!?」
「聞いてるよ。俺だって紗彩の兄なわけだから、キスしてもいいよね?」
「え、ど、どういう意味……」
「紗彩は実海棠や麻彩に、よくキスしてるじゃない」
「うん、してる! してるけど、あれは挨拶で……」
「俺にも同じ挨拶をしてほしいな」
いやいや、だって、今まで流雨にそんなことしたことないのに! 動揺してパニックになりつつある。顔も真っ赤だろう。
「ほら、キスを返して?」
「いや、で、でも」
「嫌なんだ……」
いや、って言ったけど、その『嫌』ではない。ただ動揺しているだけなのに、流雨のしゅんとした顔を見ると、私が悪いことをしている気がしてくる。
「嫌じゃないの! 嫌じゃないけど、恥ずかしいでしょ!?」
「……実海棠には、あんなにしてるのに?」
「お兄様とは、小さいころからの習慣だからぁ」
「じゃあ、俺とも習慣にしちゃえばいいよね」
頬を差し出してくる流雨を見つつ、兄たちには簡単にできることが、なんでこんなに恥ずかしいのか分からない。
「わ、私! 思春期だから!」
「……ん? 思春期?」
「それか反抗期!」
「……どういう意味?」
「最近、まーちゃん、お兄様やパパにキスしないの! きっと思春期か反抗期だからだと思うの! 私もついに反抗期突入したから、るー君にキスするのは恥ずかしいの!」
「――っあはは!」
流雨、大爆笑である。なんで。「反抗期、反抗期」と言いながら、流雨は震えている。おかしい。
「反抗期は大変だねっ……」
「全然大変そうに聞こえない……」
「あー、おっかしい。笑った……」
「るー君、別に面白いところ、なかったでしょ?」
「いや、面白いよ。麻彩が反抗期なんでしょ? 実海棠にキスしないなんて、実海棠に地味に効いてると思うと、今度実海棠に会ったとき、俺優しくなれそう」
兄と流雨は悪友のような感じだし、互いに悪態をついたり、いろいろ言い合える友人なのだ。
「まあ、麻彩が反抗期なのは別にいいとして、紗彩は反抗期じゃないでしょ。今日も実海棠と麻彩にキスしてきたでしょう?」
おっと、こっちに返ってきた。
「え、えっと、たった今、反抗期に……」
「紗彩、そんなに拒否されると、俺泣いちゃうよ?」
「泣かないでしょ!?」
流雨が泣くなんて、見たことないし想像できない。冗談だろうというのも分かる。しかし、これ以上は拒否できなさそうだった。また恥ずかしくて顔が赤くなってきているだろうが、夕日に顔が染まっていて助かった。少しは顔が赤いのを誤魔化せているだろう。
意を決して流雨を見ると、えいっ、と流雨の頬にキスをした。そして、恥ずかしくてすぐに顔を下に向ける。
「キスしたよ。これでいい?」
「……うん、ありがとう」
ちらっと流雨を見ると、嬉しそうに微笑んでいたので、こちらまで嬉しくなった。すごく恥ずかしかったけれど、流雨が喜んでくれたから、キスしてよかったと思う。その気持ちのまま、流雨の首に手をまわして抱き付いた。なんだか胸が温かい気持ちだった。
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