逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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第1章

32 大好きな兄(仮)とのデート3

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 食べ歩きに満足した私と流雨は、昼食までに腹を空かせなければならない、ということで、今度は街歩きを楽しむことにした。
 道の先にある神社を訪れたり、雑貨屋さんを巡ったり、今の時期に咲いている花を楽しむ。途中、竹林で有名なところを見学して癒されたりもした。

 そうこう歩いているうちに、昼の時間となり、すごくお腹が空いているわけではないが、軽く昼食をしておこうという話になった。そこで、本格的なピザを焼いているお店を見つけ、そこに入店する。
 ピザとサイドメニューを少し注文した時、流雨のスマホが鳴った。

「あー……会社からだ」
「出ていいよ?」
「……ごめん、少し席外すね」

 流雨は席を立つと、お店の裏の方へ歩いて行った。お店の裏は庭になっていて、お客さんは自由に見学してください、と書いてある。
 流雨はあまり休日出勤はしないと言っているが、部下は休日出勤をしている人もいるのだろう。緊急で帰れ、という内容でなければいいな、と思っていると、私が座っているテーブルの隣のテーブルに、見たことある人が座った。今日流雨に話しかけていた、大学が一緒だったという女性二人である。
 彼女たちも私に気づいた。

「あら、偶然。長谷川くんは?」
「……電話で席を外しました」
「ふーん。あなた、まさか長谷川くんの彼女じゃないわよね?」
「違います。るー君は兄みたいなもので……」
「ということは、長谷川くん、子守をしてるってこと? 大変ね。ダメよ、お兄さんにわがまま言っちゃ」
「……」

 なんか嫌な感じだ。子守ではないはずだし、流雨はわがまま言って欲しいとよく言うから、甘えてもいいのだ。そのはずだ。

「今朝だって、あなたに遠慮して、私たちと一緒に行動しないって長谷川くん言っていたでしょう。あなたが気を利かせて私たちと一緒に行動したいって、長谷川くんに言ってあげなきゃいけないと思うの。同窓会をやりたそうに、私たちと話すのを懐かしがってたでしょう」
「……」

 そんなことはない、流雨は彼女たちには興味なさそうだったのは間違いない。けれど、それを言う勇気はなかった。

「ねぇ、それ、あなた髪を染めてるの? 派手な髪色」
「え? いや、これは……」
「長谷川くん、恥ずかしいんじゃないかしら。あなたみたいな髪色の子と歩くの。頭悪そうだわ」

 カカカと顔が熱くなる。急に恥ずかしくなって、なんだか、いたたまれない気持ちになり、左右の髪をぎゅっと握りしめた。

「あなたみたいな子と一緒にいると、長谷川くんの評価も下がるんだから、長谷川くんが優しいからって、ずうずうしく一緒にいちゃ駄目よ。遠慮なさい」

 やっぱり、この髪色恥ずかしい色なんだな。頻繁に染めると髪が傷むからと、今まで黒に染めてはいなかったが、染めたほうがいいかもしれない。
 日本で髪の色を指摘されることは、たびたびあった。だから、今更泣くようなことでもない。いつものことなのだから泣くもんかと、ぐぐぐっと心を落ち着かせていると、流雨がいつのまにか後ろに立っていた。戻ってきたようだ。

「ごめん、待たせたね」
「……ううん。おかえり」

 私は何もなかったかのように、笑って流雨を迎えた。その流雨は、隣のテーブルを見て、女性たちに笑いかけた。

「また会ったね」
「ええ、偶然! 私たち、縁があるわ」
「それはどうだろう」

 流雨は笑みを浮かべたまま、スマホにイヤホンを挿し、私の耳に装着した。

「え? るー君?」

 イヤホンから、なぜか聞き覚えのある音楽が流れだす。この歌は。『歌ってみた』に投稿されている私が歌っている音痴な歌。なんで急に!? 自分の歌なんて、聞きたくないんですけど!?
 流雨はイヤホンの上からさらに流雨の手で私の耳をふさいだ。もう音痴な歌しか聞こえない。

 そんな流雨は、笑みを崩さず口を動かしている。何かを女性二人に話しているようだが、内容がまったく分からない。しかし、女性二人は、流雨が話すにつれて、だんだんと青い顔になっていく。話を聞きたくて、流雨の口元を注視するが、音痴な歌が邪魔過ぎて内容が聞こえない。よく考えたら、流雨の口元を見ても、私読唇術使えないのだから分かるわけない。

 思ったよりも長い間、流雨は話していたように思う。私たちのテーブルに注文していたピザが置かれた時、流雨は私の耳から手を退けた。そしてイヤホンも取る。女性二人は、少し恐怖の顔で下を向いている。流雨に何を言われたのだろう。

「さ、ピザ食べようか。熱々だよ」
「う、うん。でも……」

 女性たちが気になって、女性たちと流雨を交互に見てしまう。

「るー君、何を言ったの?」
「ん? ちょっと五月蠅い口を閉じてねって言っただけ」

 ええ? それだけじゃないよね? 無言で流雨を見つめていると、流雨は困ったような表情をした。

「紗彩を怖がらせちゃったかな?」
「え!? ううん、るー君は怖くないよ」
「本当に?」

 もしかしたら流雨は、さきほど私が女性に言われていたことが聞こえていたのかもしれない。だから、きっと何か言い返してくれたんだろう。私のためにしてくれたことなのに、流雨を怖く思うわけない。勘違いさせているなら、怖いなんて思っていないと口に出して言わなければ。
 流雨の左右の頬を両手で包む。

「本当よ。るー君大好きだもの。全然怖くない」
「ありがとう」

 流雨が笑みを浮かべたので、伝わったと思い、流雨の頬から手を離すと、今度は流雨が私の頬を両手で包んだ。

「俺は紗彩の髪色、好きだからね。綺麗な色なんだから。染めたりしなくていい」

 少し驚いて目を大きくしてしまった。やはり流雨に会話が聞こえていたのだ。

「で、でも、やっぱり黒のほうが……」
「俺の言うこと、信じられない? 紗彩の髪色は綺麗だよ。紗彩自身がやりたくて、どうしても染めたいって言うなら止めないけど、無理して染めようとするなら、俺は止めたい。紗彩の髪色は本当に綺麗だから好きなんだ」

 流雨の綺麗と言ってくれるのは本心だろう。なんだか泣きそうだけど、ぐぐぐっと我慢する。流雨の言葉が嬉しいのだ。

「うん、黒に染めない。このままでいるね」
「ありがとう。そうしてくれると、俺も嬉しい」

 流雨は私の頬にあった手を退けると、ピザを取った。

「せっかくとろけてるチーズが固くなっちゃうよ。食べよう」
「うん」

 隣のテーブルで青い顔のままでいる女性たちを放置し、私たちは食事を開始するのだった。
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