逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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第1章

11 異世界の学校は問題児ばかり

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 月曜日。

 眼鏡で顔を隠し、『モップ令嬢』の代名詞である、うねった髪と長い前髪のウィッグを装着し、メイル学園高等部の制服を着た。
 うちは馬車を持っていないので、使用人にタクシー替わりの辻馬車を呼んでもらう。その辻馬車に乗り、私とユリウスは学園に向かった。
 うちが馬車を持っていない理由だが、馬車を止めるための場所を確保していないからである。ようは駐車場を持っていない、ということだ。帝都は土地が高い上に空いている土地が少なく、馬車を持ち続けると維持費がかかる。うちは街中にあるため、買い物や用事は歩いて行けるし、そこまで馬車を必要としていないから、今のところ馬車は持っていないのだ。

 辻馬車が学園に到着する。ユリウスが差し伸べた手に自分の手を乗せ、エスコートしてもらいながら学園に入った。
 ああ、好奇の目が私たちに向いている。前髪が長くて私の表情は見えないだろうが、私は嫌な汗をかいていた。
 ユリウスとは一学年違うため途中で分かれると、私は自分の教室に向かう。
 私は高等部の二年生で、全部で三クラスある。私は自分の所属する一クラスの教室に入室した。

 私は一クラスで仲のいい友人がいない。だから話しかけてくる人はいなかったが、みんな私を見てこそこそと噂話しているのは見ていれば分かる。『人の噂も七十五日』というが、こんな状態を七十五日も我慢なんて、とうていできない。

 しかし私が好奇の目で見られるのは、教室ではここまでだった。新しく教室に入ってきた人物に気づくと、一瞬シン……と静かになり、誰もがその人を見ないように視線を反らした。

 その人物は、ルーウェン・ウォン・リンケルト公爵令息である。黒髪赤瞳、容姿端麗。しかしかなりの問題児の荒くれものである。暴力沙汰は日常茶飯事、その相手が老若男女誰であろうが関係なし。彼と平然と話せるのは、彼と一緒に入ってきたアルベルト・ウォン・シラー伯爵令息くらいだろう。シラー伯爵家はリンケルト公爵家の家門であり、アルベルトはルーウェン付部下らしい。聞いたところによると、アルベルトはルーウェンのストッパー役らしいが、その役目がうまくいっているところなど見たことがない。つまりルーウェンは暴れ放題ということである。『触らぬ神に祟りなし』という日本のことわざを知っている人がいるわけないが、みな、それを実践していることは間違いない。まあ、私も右に同じ状態である。とにかく関わらない。これに限る。

 授業を受け、昼食の時間になったため教室を抜け出す。本来なら食堂に行きたいが、今日は弁当持参なので屋上に向かう。屋上へはいくつか階段を上る必要があるのだが、私は手すりのない階段は登れない。なので、少し遠回りになるが、手すりのある階段を使って屋上へ行く。
 私が手すりのない階段が登れないのは、一度目の人生の死に際に関係する。階段から突き落とされたからね。そら恐怖抱くでしょう、というね。これでも大分マシにはなったのだ。小さい頃は階段は一切使えなかった。それからかなり克服し、今では手すりがあれば、階段は登れる。時々冷や汗はかくけれど、それだけで済むのは御の字だ。

 屋上に到着すると、先客がいた。屋上にはテーブルと椅子と日除けパラソル、これが数セット用意されている。その一つに友人が座っていた。

「デニス、ここ座っていい?」
「サーヤ、もちろんいいよ」

 本を読んでいたデニスが顔を上げて笑った。
 彼はデニス・ウォン・アデルトン子爵令息で、実は回帰前の人生で元婚約者だった。私が第三皇妃になる前の話である。もちろん今の彼はそんなことは知らないし、二度目の人生では私の婚約者になったことはない。今はただの友人である。

「食事はした? 多めに持ってきているから、よければサンドイッチはいかが?」
「え、いいの? 嬉しいよ。一つ前の授業に出なかったから、食堂行くかどうか迷ってたんだ」

 なるほど、サボっていたのですね。私もよくサボるので、何も言えません。彼は同じ二年生だが二クラスで私とはクラスが違うのだ。
 二人で他愛もない話をしながら、サンドイッチを食べ、食後のデザート代わりのクッキーを楽しんでいると、大きい音を立てて屋上のドアが開いた。

「いた! サーヤ!」

 そこに立っていたのは、友人のリリー・ウォン・レインブルク侯爵令嬢とティアナ・ウォン・ライム伯爵令嬢である。二人とも同じ二年生で三クラス、私とはクラスが違う。
 足音がしそうな勢いでやってきた二人は、心配そうな顔をしていた。

「大丈夫なの!? 泣いてない!?」

 リリーの言葉に、何の話だ、と言いたいが、間違いなく婚約破棄の話であろう。心配かけているのは分かる。

「大丈夫よ。泣いてないわ。もう気にしてないから」
「……あいつの舌を引っこ抜いてこようか?」
「止めてくれる!?」

 急に物騒な話にしないでほしい。リリーは父が海軍の元帥であり、自身も剣術などが得意なため、少し思考が過激なのだ。

「本当にもういいの。今日はちょっと視線が気まずくて食堂には行かなかったけれど、婚約破棄のことは気にしていないの。早く噂が消えればいいな、って思っているだけ」
「そう?……もし気が向いたら、私に言ってね? 引っこ抜いてくるから」
「わ、分かった」

 引っこ抜いてどうするつもりなんだろう。私に渡されても困るので、一生気が向くことなどないだろう。

「サーヤ、気分転換しに行くなら、付き合うわ。買い物でもなんでも」

 ティアナが私の手を握って言った。

「ありがとう。どうしても辛くなったら、お願いするね」

 それから、リリーとティアナも加えて、クッキーを食べながら話をする。
 デニスも婚約破棄のことは知っていただろうが、何も聞いては来ないし、聞くことで私を傷つけるとでも思っているのかもしれない。デニスもリリーもティアナもいい友人である。一度目の人生では友人がいたことなかったので、二度目の人生は友人がいることだけでも良い人生だと思う。

 昼食の時間が過ぎ、午後の授業を受ける。一つ授業が終わり、次は移動教室なので教科書を持って廊下に出た。私が使える手すりのある階段を上ったりしつつ、途中でふと廊下の窓から中庭が見えた。そこに知った顔がいたため、さっと窓から離れる。ドキドキと動悸がする胸を抑えた。
 そこにいたのは、ルドルフ・ウォン・リフヴェルゲン。ヴォルフォルデン帝国の第四皇子であり、私の一度目の人生で夫だった。そう、ヴォルフォルデン帝国の皇帝だった男。二度目の人生では、まだただの第四皇子でしかない。
 彼こそ、私がウィッグを装着してまで顔を隠している原因だった。二度目の人生では、絶対に関わってはいけない。だから変装のようなことまでして彼からいつも逃げているので、今まで面と向かって会ったことは一度もない。なのに、遠くにいるのを見かけるだけで、いつも動揺してしまう。彼の妻だった頃の記憶が、甦ってしまう。もう二度と繰り返さないと誓ったはずの、幸せな記憶。あんなものは、もう起きない幻なのに。

 記憶など振り払うように首を振った。忘れなければ。
 私は逃げるように足早に目的の教室へ向かった。

 次の授業はまったく身が入らなかった。ため息つきながら、自分の教室に戻ろうと席を立つ。
 途中、廊下でルドルフの兄とすれ違った。彼はヴェルナー・ウォン・リフヴェルゲンといい、ヴォルフォルデン帝国の第三皇子である。
 帝国の現皇帝の子は三人である。第三皇子、第四皇子、第一皇女である。全員が母が違うが同じ年で私と学年も一緒だ。三人とも三クラスなため、クラスが違う私は胸をなでおろしている。昔は第一皇子と第二皇子もいたのだが、死亡により今はいない。

 私の学年は要注意人物が多くて嫌になる。
 私はユリウスによく言い聞かせていることが一つある。ブラックリストの人物には近づくな、ということだ。
 私が勝手に付けているブラックリストがある。要は、『関わりあうな』リスト。
 その中には、第四皇子ルドルフ、第一皇女リーゼ、そして私と同じクラスのリンケルト公爵令息ルーウェンが入っている。第四皇子は私の元夫ということで言わずもがな、ルーウェンは問題児なのでこれも言わずもがな。では第一皇女はどうなのか。彼女はかなりの美女だからか、男性はみんな自分のものと思っている節がある。そういう意味で、彼女もかなりの問題児である。性格も難あり。私の友人ティアナはその被害者であるし、権力を最大限に使用してくる。とにかく関わるな、が一番の最善策である。

 その三人の共通点といえば、始祖貴族であることかもしれない。
 帝国の貴族は大きく分けると二パターンある。
 一つ目は建国に関わった人たちである始祖貴族。一般的には建国貴族という言葉を使うが、彼らは隠された力を血で受け継いでいく貴族である。
 ヴォルフォルデン帝国は石の加工技術が発展した国であるが、その中でも建国貴族は石に関係する特別な力を受け継ぐと言われている。
 二つ目は新興貴族。簡単にいうなら、建国貴族ではない貴族。帝国の大半の貴族はこちら側であるし、我がウィザー伯爵家も新興貴族だ。
 新興というほど新しくもないし、我が家の貴族としての歴史も長いが、昔から何故かそういわれるのだ。

 建国貴族であっても、まともな人も多いので、私が三人をブラックリストに上げるのは失礼な話だが、厄介ごとに巻き込まれたくないと考えてしまうのは、おかしい話でもないだろう。別に私が攻撃するわけでなし、ただ関わりあいたくないだけだ。

 私が自分の教室の前まで行くと、廊下にはユリウスが待っていた。

「帰りますよね」
「うん。すぐに用意するね」

 ユリウスと家に帰るべく、急いで帰り支度をするのだった。
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