逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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第1章

7 東京の日常2

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 小さくブブブっとスマホが振動している。
 私はそれに気づくと、目覚まし代わりにしていたスマホのバイブレーションを止めた。そして大きく欠伸をする。
 現在、朝の六時。うっすらと窓のカーテンから日の光が漏れている。
 まだすやすやと熟睡している麻彩の、私に絡みついた手や腕をそっと除け、ベッドを抜け出した。

 洗面台で顔を洗い、キッチンへ向かう。
 昨夜、下準備したタケノコを使用し、朝食づくりを開始した。

「朝、BGM紗彩」

 音声認識で音楽が流れるよう設定している。歌なしの音楽が流れだす。

 今日の朝食メニューの予定は、タケノコご飯、タケノコ味噌汁、タケノコとザーサイ炒め、タケノコと牛肉の醤油炒めである。また、お弁当用につくねの照り焼き、ほうれん草とエビ炒めも作る。

 ちなみに、私がいない場合のこの家は、料理を作る人はいない。兄も麻彩も料理をしないのだ。
 今はこのビルが住まいだが、一条家には東京に別に本邸がある。そこに使用人がいて、週に一度、本邸で料理されたものを冷凍し、ここに持ってきて冷凍庫に入れてくれているのだ。だから普段の兄と麻彩はそれを食べている。私も料理しないときは食べるが、本邸の料理はプロが作っているので美味しい。だからわざわざ私が作る必要はないのだが、私の場合、料理は趣味というか気分転換のようなものなので、好きで作らせてもらっている。

 ある程度予定の料理を作ったところで時間を見ると、七時十分だった。
 麻彩の部屋へ行きドアを開けると、盛大に目覚ましが鳴っていた。七時に麻彩の目覚ましは鳴るはずだから、十分は鳴り続けているはずだが、麻彩は起きる気配がない。

「まーちゃん、起きて」

 麻彩に声を掛けつつ窓に近づき、カーテンを開ける。そしてベッドに近づいて、麻彩の肩をポンポンとする。

「まーちゃん、起きて」

 うんうん言いながら、麻彩はうっすらと目を開けた。麻彩はいつも可愛いが、寝起きも可愛い。まだ眠たそうにしている顔があどけない。

「朝ご飯できてるよ。今日はタケノコご飯」
「……うん。起きる」
「いい子ね」

 麻彩の顔へ近づき、頬にキスすると、麻彩は私の首に手をまわした。このまま起こせ、ということだろう。麻彩を引っ張るように麻彩ごと私の体を起こす。そして麻彩は首に回した手を解くと、私の頬にキスを返した。

「さ、顔洗って着替えておいで」
「うん」

 麻彩を置いて部屋を出ると、キッチンに戻った。そして、大皿ではなく、それぞれの料理を一人分の量で小皿に乗せ、テーブルに作った料理を並べていく。麻彩の分だけ用意したところで、中学校の制服を着た麻彩がやってきて、椅子に座った。

「美味しそう!」
「温かいうちに、食べてね」

 朝食を食べだした麻彩の後ろに立つ。そして梳かしただけの麻彩の髪に手を伸ばした。
 麻彩の髪は綺麗な黒のストレートだ。背中くらいまで長いが、いつもは結ばず、そのまま学校へ行っているようである。私がいるときは、私がいつも結わえてあげるのだ。
 今日はハーフアップ部分を編み込みし、残りの髪は流したままにした。お嬢様っぽくて可愛い。

「ん。まーちゃん可愛い」
「ありがと!」

 食事を進める麻彩のテーブルに、冷蔵庫からヨーグルトと缶詰の桃を和えたものを置いた。デザート代わりである。そして、温かいプーアル茶も置いた。麻彩はコーヒーが飲めないので、その代わりである。

 その時、時間を確認すると、七時四十五分だった。

 すぐにコーヒーメーカーの準備をして、コーヒーが作られ始めるのを確認すると、今度は兄の部屋へ向かった。兄の部屋に入ると、兄はちゃんと寝ていた。時々帰っていないこともあるのだが、昨日は帰ってきたようだ。流雨と何時まで飲んでいたのだろう。私が寝る時は、まだ兄は帰っていなかった。

「お兄様、起きて」

 兄に声を掛けながら、窓に近づきカーテンを開ける。そして兄のベッドに近づくと、麻彩とは違い、兄はすでに目を開けていた。眠そうではあるが。

「おはよう、お兄様」
「…………ょ」

 声が小さすぎて聞こえないが、挨拶はしてくれたようだ。兄が体を起こしたところで、スマホの目覚ましが鳴り始める。

「ごめん、ちょっと早く起こしちゃったね。フライングしちゃった」
「……いいよ」

 ベッドに座り、目覚ましを止めた兄の頬にキスをする。そして頬を差し出した。

「……ああ」

 まだ思考が寝ぼけているようだが、私が何待ちなのかに気づいたようだ。頬にキスを返してくれる。

「顔洗ってきて。今日はタケノコご飯だよ」
「……分かった」

 のろのろと動き出す兄を置いて、キッチンへ向かう。麻彩はすでにデザートに手を伸ばしていた。

「ご飯足りた? 何かお代わりする?」
「うん。タケノコとザーサイのやつ。これ美味しい」

 ザーサイ好きな麻彩は、炒め物がお気に召したようだ。所望のタケノコとザーサイ炒めをテーブルに置き、今度はお弁当箱にタケノコ料理を詰めていく。弁当用に作ったつくねの照り焼きとほうれん草とエビ炒めも入れる。ほうれん草があるから、かろうじて茶色の弁当ではなくなって、ほっとする。
 そこで兄が部屋に入ってきたので、まずはテーブルに最初に兄が飲むコーヒーを置いた。そして、麻彩の時と同様、料理を一人分の量で小皿に乗せ、兄の分と私の分を用意する。

 その頃には、麻彩はテーブルを立ち、歯磨きするために部屋を出て行った。その間に弁当箱を準備し終える。そして弁当箱を小さいバッグに入れ、私は部屋を出た。
 歯磨きを終えた麻彩がバッグを持って部屋を出てきた。食事をしている兄に「行ってくるね」と声をかけて玄関へやってくる。

「はい、お弁当」
「ありがとう、さーちゃん」
「気を付けてね」
「うん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 麻彩を見送り、食事をするために部屋へ戻ってきた。ちなみに、うちはキッチンとダイニングとリビングは、一つの広い部屋にまとまっている。
 テーブルで先に朝食をしていた兄の隣に座ると、私も朝食を開始した。私が大食いになるのは、帝国と行き来した後だけなので、この朝食の食事量は普通の量である。

「うん、タケノコ美味しい」
「そうだな。美味しいよ」

 東京に戻ってくると、こういう和風のものを食べたくなるのは何故だろう。帝国でもタケノコ食べたいな、と脳内のお土産リストに記入する。

「お兄様、今日の夜のスケジュールは?」
「会食がある」
「オッケー。じゃあ、まーちゃんと夕ご飯食べておくね」
「ああ。そういえば昨日の話以外に、何か報告事項はあるか?」

 昨日の話とは、婚約破棄のことだろう。

「ううん、特出してはないかな。帝国での事業関係のいつもの報告は、あとでデータを送るね」
「分かった」
「あ、あとユリウスからいつものUSBメモリ預かってる。あとで渡すね」
「ああ」

 麻彩にも預かっているのだった。今日の夜渡そう。
 ユリウスと兄と麻彩は、互いに行き来できない。ゆえに、この三人は血のつながった兄弟にも関わらず、一度も直で会ったことがない。だから、いつも動画を撮ってUSBメモリに保存して、やり取りをしているのだ。どんなことを話しているのかは、私も内容までは知らないが。

 それから、他愛もない話をしながら食事を済ませ、コーヒータイムで少しのんびりする。そして私用に弁当に料理を詰める。兄は今日はいらないと言っていた。
 八時半を過ぎると、私も兄も仕事へ行く準備をした。
 ちなみに、私が出社する先は二十九階だが、兄が出社する先は二十八階である。二十八階に兄の会社の社長室があるのだ。

 兄が九時前に出ていくのを確認し、私もパタパタと家を出るのだった。
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