最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜

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45 離縁

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 捕まったイェロン伯爵は、現在、傍にいた男たちと一緒に牢の中。
 あれから調査が進み、いろいろと分かった。

 騎士団の城の方向で上がっていた煙は、タニア王国が攻め込んできた狼煙ではなかった。あれを仕掛けた黒幕はイェロン伯爵だった。

 以前、騎士団の厨房の一人が捕まっていたけれど、あの人がイェロン伯爵の回し者で、騎士団員の数名に接触を図っていた。そのうちの一人が、ずっと騎士団でイェロン伯爵の指示待ちをしていたらしい。イェロン伯爵の指示を受けた騎士は、ルークとやり取りができる天恵を持つ人の気を失わせ、狼煙のような煙を出した。

 煙は、私を誘拐するために、ルークを引き離そうとして煙を出したという。

 それにしても、ルークが執務館に戻って来るのが早いな、と思ったのだが、ルークにしか使えない技を使ったらしい。やはり念力で空も飛べるのだとか。いいな。ルークは自身が空を飛ぶのは好きではないみたいで、普段はしないと言っていた。空を飛ぶとき、顔面にいろんなゴミや埃みたいなものが飛んでくるようで、それが気持ち悪いらしい。目を守る物を用意していない時に必要に駆られて飛んだりすると、目にもゴミが入って痛いと言っていた。

 馬で騎士団の城へ戻る途中、ルークと分かって城へ行くのを邪魔する集団がいたらしい。嫌な予感がしたルークは、執務館から連れてきた騎士を、邪魔する集団の処理のためにそこに置いて、ルークだけ先に飛んで騎士団へ戻った。煙が出ているのは、すでに騎士団でも騒ぎになっていたようで、ルークが戻った時には、煙の原因を突き止めて煙を止めたばかりだった。煙を仕掛けた騎士も捕まっていたという。そして、気絶させられていた天恵を持っていた人を起こし、無事を確認して、ルークは再び飛んで執務館に戻ってきた。

 その時、大きくガラスが割れる音を聞いた。騎士を連れ、原因であろう執務室へやってくると、私が立っていた、というところだったらしい。イェロン伯爵が倒れていて、ルークには喜ばれたけれど、他の騎士から尊敬の目で見られた。なんでだろう。騎士たちの方が私より簡単に解決できるだろうに。

 一方、騎士団員で煙を起こした人物は、嫌々イェロン伯爵に従わされたのだった。イェロン伯爵の回し者だった厨房で捕まった人から指示されたのは、いずれ、何らかの方法で接触するから、それまで普段通りに動け、というものだった。そして、イェロン伯爵からパーティーの日に動くようにと命令が来た。やり方は任せるが、ルークが城に戻るよう騒ぎを起こせ、というものだったのだとか。

 なんでそんなことに加担したのかだが、厨房の人に接触されたとき、妹の髪の毛も渡され、言うことを聞かないなら、妹を殺すと脅されたらしい。イェロン伯爵、何という最低な人だ。それを聞き、その後、騎士団で妹は探し出され、今は無事に救出されている。

 そして、イェロン伯爵はまだしばらく余罪の調査に時間がかかるので執行は先だが、牢送りとなることが決まった。アカリエル騎士団の持つ、ちょっと特殊な地下牢なんだとか。その牢に入る人は、みな終身刑。

 アカリエル領やその近辺で重罪な犯罪を起こしている罪人が入るところで、ほとんどの人が気性の荒い罪人ばかり。嫌なことに、その人たちが狭い一つの部屋に過密な状態で入れられている。一人に与えられている床面積は、膝を抱えて座るくらいの広さ。普通に横になって寝ることもできない。

 五時間ごとに、罪人を三分割した人数が刑務作業で牢の外に出られるらしいけれど、その外も建物の中で、太陽の光なんて浴びることはできない。

 そんな過密状態であれば、他にも牢を増やした方がいいのではと思うのだが、罪人は増えるけれど、減りもするから、一定の人数から増えないのだという。終身刑なのに、減るとはどういうことなのだろう。

 罪人の中にも人間関係は存在する。どうやら、そういった人間関係を上手くやれない人が、ある日息を引き取って外に出ることになるとか。罪人の中も恐ろしい世界である。弱肉強食とはこういうことだ。

 イェロン伯爵はルークがもともと調べていた罪状があり、それとは別に、今回の私の誘拐未遂、結果的にタニア王国から攻められていると思わせる仕掛けをして、帝国を混乱に陥らせた、ということで、帝国からは死刑を提案された。もっともな話だが、ルークが牢送りに変更してもらったらしい。あそこはただ死ぬより恐ろしい世界だから、死ぬまで恐怖に震えていればいい、と。ルークは母も殺されているし、イェロン伯爵に同情の余地はない。

 そして、パーティーから五日後。
 毎日パーティーの日の騒ぎの処理に追われているルークだが、夜は毎日本邸に帰ってきている。夕食を一緒にとる時間はないけれど、私が寝る頃にはルークは帰ってきて、いつも私の部屋のベッドで一緒に寝るのだ。ちなみに、私とルークが共有で寝る部屋は、あと数日、工事に時間がかかるらしい。

 ずっとルークに話をしたいことがあった。イェロン伯爵に言われたことが気になっていたのだ。私は天恵を持っていないし、ルークとの間に、もし子供が生まれても、天恵を持つ子が生まれないかもしれない。私のところに生まれてきてくれる子は、私は普通の子でいいと思っている。でも、ルークが辛い思いをするのは嫌だった。早めに離縁したほうがいいのだろう。

 このことを話すのは、まだ初夜も迎えていない今がいい。ルークに話をしなければ。ずっとそう思いつつも、五日も怖くて言えなかった。

 私のベッドで今日の出来事を話して、寝る前にルークが口づけをしてくれる。今日こそ言わなければ。そう思っても嫌で言えずに、だんだん涙が滲む。口づけを続けるルークが、私の異変に気づいて、唇を離した。

「アリス? どうして泣いている?」

 慌てた声でルークは私の涙を拭った。

「わ、わたくしと……、……っ、離縁、してください」
「……は? ……絶対にしない。何でそんな話になる? ……誰かに何か言われたか? 前のようにバリー伯爵が何か言ってきたか?」

 今回は兄ではない。私は泣きながらイェロン伯爵に聞いた話をした。私が天恵を持っていないばかりに、ルークとの間に天恵を持つ子が生まれないかもしれないことを。

「あいつ……、最後まで余計なことを! やはり殺しておけばよかったな」

 怒りながら声を出すルークは、私の頬を撫でた。

「アリス、俺は将来で俺たちの間に生まれてくる子が、天恵を持っていようが持っていなかろうが、どっちでもいい。どちらでも、アリスとの子なら、間違いなく可愛いと思う」
「で、でも、それでも、ルークが回りに嫌なことを言われるかもしれなくて、子供もそんな風に言われたくないですし、わたくしも、後になってルークと離縁するのなら、今の内に……」
「何度も言うが、俺は離縁はしない。俺の家族のことで、何か言う奴がいるなら、俺が徹底的に言ったことを後悔させてやるから、アリスは堂々としていればいい」

 ルークは私の瞼にキスを落とす。

「それに、これまでアカリエル家の後継者は天恵を持つものばかりだったが、これがいつまでも続くはずがない。いつかは天恵を持たないものしかいない時代も来るだろう。そうなるまで、いつまでも天恵を持っていないからと後継者決めができないなら、アカリエル家は亡ぶ。だから、もし、俺たちの間に天恵を持つ子が生まれなくても、俺の代で後継選びを変えていけばいい」
「そ、そんなことをして、良いのでしょうか」
「何でいけないんだ。俺が当主なんだから、俺が決める。俺が決めたから、何も問題ない。逆らうやつは、俺が処理する」

 そして、ルークは口づけをした。そして口を離し、また口を開く。

「アリスは、俺と本当に離縁したいのか? アリス自身の気持ちはどうなんだ?」
「……っ、離縁したくありません! ルークと、一緒にいたいです! 好きだもの! 愛しているもの!」
「……っ、俺も、愛しているよ、アリス」

 ルークの深い口づけから、愛が伝わって来る。やはりこの愛だけは、私は手放せない。ルークが唇を離すと、じっと近距離で私を見た。

「もう子供の天恵のことで、離縁の話はなしだからな」
「……はい」
「……まあ、この話をここまでしておいて、今更なんだが、確率の高い話を一つしておく」
「……? なんでしょう」
「たぶん、アリスは天恵を持っているぞ」
「………………え」

 パチパチと、瞼を瞬いた。

「わたくし、念力や怪力は持っていません」
「アリスのはそれではないな。天恵も種類が多くてな。個性もあるから、一概には言えないところもある。天恵を検査する方法がまずない。例えば、薬や毒を検査するとき、この液体を入れて黒くなれば毒、のような、分かりやすい検査が天恵はできない。だから、アリスが天恵を持っているかどうか、確実ではないけれど、かなり高い確率で持っているだろうと見当を付けていたところだったんだ」
「ど、どんな天恵の確率が高いのですか?」
「目だな。そして、天恵の中では一番多くて、一番天恵だと発見しづらくて、一番役に立たない」
「……」

 役に立たない、なんて残念すぎる。

 ルークは目に特化した天恵について、ざっくりと説明してくれた。

 目の天恵といっても、種類は多く、個人個人で強弱もある。例えば、遠くが良く見えるだけ、近場の箱の中身が見えるような透視、遠くの対象を把握できる遠隔透視、未来予知、などなど。透視や未来予知ができる天恵遣いなんて、近年ほとんど生まれないらしいが、そういった能力なら、とても貴重らしい。ただ、私が持つと予想される天恵は、単純に遠くがよく見えるだけ、というもの。

 そう言われれば、私が見える遠くのものが、ルークが見えなかったりしたことは、今から考えれば何度かあった。

「パーティーの時、最初に煙に気づいたのはアリスだっただろう。その時、もしや、とは思ったんだ。その前にも、何度かアリスは目がいいと思ったことを思い出した。だから、天恵かもしれない、と思ってな。天恵を持つ子が生まれるのは、今はかなり少ない。天恵自体を知らない人も多いから、自分が天恵を持っていても、気づかずに一生を終える人もいる。その中でも、目がいい、というだけの天恵は、分かりづらいし、本人も気づきにくいからな。俺も、アリスが目の天恵を持っていそうだと思ったけれど、この件がなければ、わざわざアリスに言うつもりもなかった」
「役に立たないからですか?」
「う、いや、役に立たないとは言いすぎだったな。俺の場合、騎士の立場で考えてしまうから、業務としては天恵として活用のしどころが少ないってだけで、目が良いのはいいことだ。うん」

 誤魔化したな。

「とにかく、アリスは天恵を持っていると思う、という話だ。俺も目は良いが、目に関しては天恵を持っていないし、アリスが見るものが小さすぎて見えなかったしな」

 そうか、私は天恵を持っているのか。もう子供の天恵のことで離縁の話をしないと、ルークと話をした後でも、なんとなく天恵を持っていると分かって、ほっとした自分がいる。ルークは私を安心させたいと思って、言わずにいようと思っていたことを言ってくれたのだろう。

「教えて下さって、ありがとうございます」

 ルークの優しさに、感謝するのだった。
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