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43 パーティー
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政務館のホールにて、パーティーが開始された。
領主夫妻の私たちのところに、次々と挨拶にやってくる客人たちに対応する。
その中には、ルークの兄であるイェロン伯爵もいた。イェロン伯爵よりもルークが上の立場のため、イェロン伯爵が挨拶に来た形ではあるものの、イェロン伯爵は礼を尽くす態度ではなかった。
私をじろじろと不躾に見て、その視線はまるで私を値踏みしているかのよう。さすがに気味が悪くて、ルークが私の腰を強く抱き寄せていなければ、私が逆にルークにしがみついていたかもしれない。
「私の紹介する令嬢を断って、迎えた妻がそれか。その細い体で、まともに後継など残せるのか?」
「無礼な口を開くな。俺を心配する素振りをする前に、己の心配をしてろ。いろいろと手詰まりで、事業がうまくいっていないと聞いているが? 今日もここに来る暇があるくらいなら、忙しく仕事に奔走したほうがいいのでは? ああ、それとも、俺に頭を下げて頼みたいことでもあるから来たのか?」
うーん、ルークったら、悪い顔をして言い返している。一方、イェロン伯爵は悔しそうな顔をして、踵を返した。
「そんなわけないだろう! ふん、せいぜい、今を楽しむんだな!」
イェロン伯爵が目の前からいなくなって、ほっと息をつく。まだルークはピリピリしてイェロン伯爵から目を離していないけれど。
それから、再び他の客とも挨拶をして、今度はオキシパル伯爵がやってきた。
「公爵夫人、お久しぶりです。相変わらずお綺麗です」
ルークへの挨拶はそこそこに、冷たい印象のオキシパル伯爵は、私に笑みを向けた。
「……ジョシュアン、お前笑えたのだな!? それに、女性を褒めることもできたのか!?」
「ルーク、何を言っている。当たり前だろう」
「いやいや、お前の賛美は甘味にしか向かなかっただろう!?」
「甘味と同じくらい、夫人は素晴らしいだろう。あの蹴りは良かった」
あら、蹴りが褒められました。
「ありがとうございます」
「アリス、礼を言うところが間違っている。そしてジョシュアン、お前の趣味は否定しないが、俺のアリスはやらない。しばらくアリスに近づくな」
「何を狭量なことを」
「普段は似てないくせに、そういうところはアダムと兄弟なんだなって思えるぞ。いいか、当分アリスに接近禁止だ」
冷え冷えとした視線同士で睨み合っていたルークとオキシパル伯爵だったが、息を吐いたのはオキシパル伯爵だった。私に向いて、オキシパル伯爵はいきなり私の手をすくってキスを落とす。私は驚いてしまって、それを阻止できなかった。
「ジョシュアン!」
「ただの挨拶だろう。公爵夫人、今日はこれにて退散します。また近々お会いしましょう」
「は、はい」
ルークに何を言われても、曲げないオキシパル伯爵は強い。去っていくオキシパル伯爵にイライラとするルークは、ハンカチを取り出してキスされた私の手の甲を拭きだした。
「ロニー」
「はい」
ずっと私とルークの後ろに影のように控えていたロニーは返事した。
「オキシパル兄弟をアリスの三メートル以内に近寄らせるな」
「承知しました」
それでいいのかとは思うものの、ルークの独占欲みたいなものが垣間見えて、くすぐったくて心温かくなるから、そのままにしておこう。
それから、再び他の客とも挨拶をして、ほとんどの客と挨拶は済んだころ、ずいぶん時間は経っていた。昼前に始まったパーティーは、すでにお茶の時間を過ぎている。
少し疲れて小腹が空いたので、ルークと会場の端に寄って軽食をいただく。
「このお肉美味しいですね」
「羊肉だな。柔らかくてうまい」
私はお菓子は好きだが、食べ物の中ではお肉が好きだった。これも筋肉になる、そんなことを思いながら、舌鼓を打つ。そして、なんとなく窓の外を見た。
「……あの煙はなんでしょう?」
「どれだ?」
遠くで小さくて細い煙が上がっているのが見える。
「あの遠くの方、あちらはどこの方角になるのかしら」
「……俺には見えないな。ただあっちは、騎士団の城の方角だ」
「え……」
騎士団の城の方角は所謂国境の方向、そして煙。この二つが揃うことに嫌な予感がする。
ルークが近くにいた騎士に指示を出し、政務館の最上階から確認してもらったところによると、確かに騎士団の城の方角で煙が上がっているらしい。
「もしや、タニア王国が……」
攻めてきたのか。最後まで口にしなかったけれど、ルークには通じたのだろう。
「そうとは限らない。あの煙は、騎士団で決めている合図とは違う」
あのあたりで、煙といえば、タニア王国が攻めてきた時に上げる狼煙がある。しかし、それではないらしい。
「それに、俺にも連絡がない」
タニア王国を見張る味方の中に、監視に向いている天恵遣いがいて、もし本当に攻めてきたなら、これまた天恵を使ってルークに報告が来ることになっているという。
煙がだんだんと大きくなってきており、パーティー会場でも何人か気づいた人がいるようだ。少しずつ、会場がざわつきだした。みな知っているのだ、あちら側で煙が上がることの、その可能性を。
「ルーク、どうされますか?」
「……大事にする必要はないと思いたいが、さっきから城側と連絡がつかない」
私には分からないけれど、念力以外にルークもいくつか天恵を持っているとは聞いていて、その中のどれかで味方と連絡を試みていたところらしい。そこが通じないというのは、どういうことなのか。
「……念のため、俺は一度ここを出る。ロニー、アリスの傍から離れるな」
「承知しました」
「アリス、ここの最上階に俺の執務室がある。そこで待っていてくれないか」
「分かりました」
パーティーは、今日はここでお開きになりそうだ。ルークは騎士を数名連れて、政務館を去っていく。私は、ルークの指示通り、ルークの執務室へ向かった。
領主夫妻の私たちのところに、次々と挨拶にやってくる客人たちに対応する。
その中には、ルークの兄であるイェロン伯爵もいた。イェロン伯爵よりもルークが上の立場のため、イェロン伯爵が挨拶に来た形ではあるものの、イェロン伯爵は礼を尽くす態度ではなかった。
私をじろじろと不躾に見て、その視線はまるで私を値踏みしているかのよう。さすがに気味が悪くて、ルークが私の腰を強く抱き寄せていなければ、私が逆にルークにしがみついていたかもしれない。
「私の紹介する令嬢を断って、迎えた妻がそれか。その細い体で、まともに後継など残せるのか?」
「無礼な口を開くな。俺を心配する素振りをする前に、己の心配をしてろ。いろいろと手詰まりで、事業がうまくいっていないと聞いているが? 今日もここに来る暇があるくらいなら、忙しく仕事に奔走したほうがいいのでは? ああ、それとも、俺に頭を下げて頼みたいことでもあるから来たのか?」
うーん、ルークったら、悪い顔をして言い返している。一方、イェロン伯爵は悔しそうな顔をして、踵を返した。
「そんなわけないだろう! ふん、せいぜい、今を楽しむんだな!」
イェロン伯爵が目の前からいなくなって、ほっと息をつく。まだルークはピリピリしてイェロン伯爵から目を離していないけれど。
それから、再び他の客とも挨拶をして、今度はオキシパル伯爵がやってきた。
「公爵夫人、お久しぶりです。相変わらずお綺麗です」
ルークへの挨拶はそこそこに、冷たい印象のオキシパル伯爵は、私に笑みを向けた。
「……ジョシュアン、お前笑えたのだな!? それに、女性を褒めることもできたのか!?」
「ルーク、何を言っている。当たり前だろう」
「いやいや、お前の賛美は甘味にしか向かなかっただろう!?」
「甘味と同じくらい、夫人は素晴らしいだろう。あの蹴りは良かった」
あら、蹴りが褒められました。
「ありがとうございます」
「アリス、礼を言うところが間違っている。そしてジョシュアン、お前の趣味は否定しないが、俺のアリスはやらない。しばらくアリスに近づくな」
「何を狭量なことを」
「普段は似てないくせに、そういうところはアダムと兄弟なんだなって思えるぞ。いいか、当分アリスに接近禁止だ」
冷え冷えとした視線同士で睨み合っていたルークとオキシパル伯爵だったが、息を吐いたのはオキシパル伯爵だった。私に向いて、オキシパル伯爵はいきなり私の手をすくってキスを落とす。私は驚いてしまって、それを阻止できなかった。
「ジョシュアン!」
「ただの挨拶だろう。公爵夫人、今日はこれにて退散します。また近々お会いしましょう」
「は、はい」
ルークに何を言われても、曲げないオキシパル伯爵は強い。去っていくオキシパル伯爵にイライラとするルークは、ハンカチを取り出してキスされた私の手の甲を拭きだした。
「ロニー」
「はい」
ずっと私とルークの後ろに影のように控えていたロニーは返事した。
「オキシパル兄弟をアリスの三メートル以内に近寄らせるな」
「承知しました」
それでいいのかとは思うものの、ルークの独占欲みたいなものが垣間見えて、くすぐったくて心温かくなるから、そのままにしておこう。
それから、再び他の客とも挨拶をして、ほとんどの客と挨拶は済んだころ、ずいぶん時間は経っていた。昼前に始まったパーティーは、すでにお茶の時間を過ぎている。
少し疲れて小腹が空いたので、ルークと会場の端に寄って軽食をいただく。
「このお肉美味しいですね」
「羊肉だな。柔らかくてうまい」
私はお菓子は好きだが、食べ物の中ではお肉が好きだった。これも筋肉になる、そんなことを思いながら、舌鼓を打つ。そして、なんとなく窓の外を見た。
「……あの煙はなんでしょう?」
「どれだ?」
遠くで小さくて細い煙が上がっているのが見える。
「あの遠くの方、あちらはどこの方角になるのかしら」
「……俺には見えないな。ただあっちは、騎士団の城の方角だ」
「え……」
騎士団の城の方角は所謂国境の方向、そして煙。この二つが揃うことに嫌な予感がする。
ルークが近くにいた騎士に指示を出し、政務館の最上階から確認してもらったところによると、確かに騎士団の城の方角で煙が上がっているらしい。
「もしや、タニア王国が……」
攻めてきたのか。最後まで口にしなかったけれど、ルークには通じたのだろう。
「そうとは限らない。あの煙は、騎士団で決めている合図とは違う」
あのあたりで、煙といえば、タニア王国が攻めてきた時に上げる狼煙がある。しかし、それではないらしい。
「それに、俺にも連絡がない」
タニア王国を見張る味方の中に、監視に向いている天恵遣いがいて、もし本当に攻めてきたなら、これまた天恵を使ってルークに報告が来ることになっているという。
煙がだんだんと大きくなってきており、パーティー会場でも何人か気づいた人がいるようだ。少しずつ、会場がざわつきだした。みな知っているのだ、あちら側で煙が上がることの、その可能性を。
「ルーク、どうされますか?」
「……大事にする必要はないと思いたいが、さっきから城側と連絡がつかない」
私には分からないけれど、念力以外にルークもいくつか天恵を持っているとは聞いていて、その中のどれかで味方と連絡を試みていたところらしい。そこが通じないというのは、どういうことなのか。
「……念のため、俺は一度ここを出る。ロニー、アリスの傍から離れるな」
「承知しました」
「アリス、ここの最上階に俺の執務室がある。そこで待っていてくれないか」
「分かりました」
パーティーは、今日はここでお開きになりそうだ。ルークは騎士を数名連れて、政務館を去っていく。私は、ルークの指示通り、ルークの執務室へ向かった。
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