最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜

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35 罪な男

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 社交シーズンということで、この時期はいろんなところでパーティーが行われている。ルークと共に、いくつかパーティーに参加していた。その中で、やはり令嬢や夫人から嫉妬の視線をよく受ける。私はそういう視線は流しながら、その中にルークに内緒で愛人がいないか探っていた。

 まだ愛人が貴族の令嬢なのか、はたまた不倫でどこかの夫人なのか、もしくは高級娼婦なのか、何も分かっていない。

 ルークはパーティー以外の時間、仕事で外出することがある。仕事と言いつつ、もしかしたら愛人に会いに行っているのかもしれない。こっそりルークをつけるなどして、ルークの愛人を探っていたなどと、ルークにバレるのは避けたいので、していない。

 だから同じ貴族だということに賭けて、パーティーで探ってはいるのだが、まだこれと言って成果がない。

 そんなある日、夜のパーティーがない日、ダルディエ公爵夫人のフローリアから、昼間に有名カフェでお茶をしようと誘われた。誘われて行ってみれば、私とフローリアとの二人だった。

 最初は「ダルディエ公爵夫人、アカリエル公爵夫人」と言って挨拶したけれど、その後はすぐに互いに笑みを浮かべて、親しく名を呼ぶ。

「お誘いありがとうございます、フローリア様」
「急なお誘いでしたのに、来てくださって嬉しいです、アリス様。せっかく良い席が取れたのに、夫に急な仕事が入ってしまって。付き合ってくださって嬉しいですわ」

 急な夫の仕事、とは言っているが、フローリアは私を気遣ってそう言っているだけだろう。たぶん最初から私と二人の予定だったのだと思った。お茶会の話題の内容は、どこの夫人は情報通だの、どこの夫人は慈善活動に力を入れているだの、社交界で夫人として生きていく上での、大事な情報を親切に教えてくれていた。先輩夫人として後輩夫人への親切に感動する。フローリア、優しくていい人すぎる。

 他の話題としては、今までのルークの人気ぶりなんかを聞くことができた。ルークには聞きづらいので、ありがたい。ルークは学校に通っていた頃からすさまじい人気だったと噂で聞いているが、学校を卒業してからも人気があるのは、パーティーに参加していると自然と分かる。

 フローリアは、ルークの噂はたくさんあるけれど、と前置きをしつつも、噂は事実とは限らないからと、ルークやダルディエ公爵などと集まって仲良く話したりする時に思い出話として上がった、という話を教えてくれた。

 昔、まだ学校に通っていたルークは、たまたま怪我した女生徒に遭遇し、ハンカチを渡して、これで怪我を押さえるように、とハンカチをあげた。ところが、いつの間にやらハンカチを貰ったことを特別扱いされたのだと、その女生徒は噂を流した。なぜか婚約寸前、とまで噂が広がり、ルークはハンカチをたくさん用意して、女生徒に配った。つまり、特別扱いしたわけではない、という火消しの意味合いである。

 他にも、学校の行事でルークと一緒に行動することになった女生徒に対し、嫉妬で他の生徒がその女生徒に嫌がらせをするようになった。ただ、それを利用して、みんなが思っている以上にルークと仲が良いのだと女生徒は裏でアピールするようになり、仕舞には、嫌がらせを受けている、とルークに悲劇のヒロイン如く泣いて訴えた。

 たぶん、女生徒からすれば、みんなの前でルークに庇ってもらうことで、親密度を見せつけようとしたのだろうが、それを聞いて、ルークはみんなの前で女生徒のことを「行事を一緒にすることになっただけで、婚約もしていないし、特別な関係でもなく、これからもそうなる予定はない」と親切心からきっぱり言ったのだとか。

 女生徒からすれば、彼女に手を出すな、とルークに言ってもらうことで、さらにルークと親密になる予定だったのだろうが、きっぱり違う方向に庇ってもらうことになり、当然ルークとの仲はそれ以上進まず。ルークはルークで、意図的にそうしたわけでなく、自分との仲を誤解させると女生徒が可哀想、ということで、親切心でみんなに言ったにすぎないのだとか。

 そういう話は学生の頃からたくさんあるらしく、陛下やダルディエ公爵たちと仲の良い人たちと集まって話す時の、ルークをからかうネタのようになっているようだった。

 ルーク本人には聞きにくい話なので、私は話を聞けることにありがたく思いながら、いろいろと質問して、最後に自然な形で聞きたいと思ったことを口にした。

「そういえば、男性のみがよく行くところって、どういう場所がありますか?」
「男性がよく行くところですか? そうですね、普通は男性のみが入れる紳士クラブなんかが一般的かしら。あとは、大きい声では言えませんけれど、娼館に熱中する男性もいると聞いたことがあります。ただ、アカリエル公爵は、そういった場所には行かないと思いますわ」

 私の質問の思惑がバレている。恥ずかしい。全然自然な形ではなかった。

「ふふふ、わたくしから見て、アカリエル公爵が熱中しているのは、アリス様にですわ。アカリエル公爵は仕事熱心ですし、外出されるというなら、仕事関係だと思います」

 そうだといいのだけれど。
 フローリアとはたくさん話をして、気づいたら夕方になっていた。楽しい時間は過ぎるのが早い。

「今日はありがとうございました、フローリア様」
「こちらこそ、楽しい時間でしたわ、アリス様。もうわたくしたちはお友達でしょう。また気楽にお話をしましょう」
「……っ、ありがとうございます。わたくし、お友達がいないので、そう言っていただけて嬉しいです」
「まあ! わたくしがお友達の一人目ということですね。光栄ですわ」

 本当にフローリアが友達と言ってくれて嬉しかった。侍女のリアやミアとは仲がいいけれど、やはり使用人と主人という間柄で話せないこともある。だから、色々と話ができる友達が欲しかったのだ。

 帰って夕食をルークと一緒にしながら、今日の楽しかった話をして、その日は楽しく終わった。

 数日後、夜会にルークと参加した。着々と私の人脈は広がりつつある。いろんな人と会話しながら、相変わらず愛人を探す日々だが、まだ成果はない。

 お化粧直しのためにルークから離れて、用事を済ませてルークの元へ帰っている時だった。令嬢三人が私の前にやってきた。

「アカリエル公爵夫人、ごきげんよう。先日のパーティーでは、お話できて嬉しかったです」
「……ごきげんよう。こちらこそ、お話できてよかったです」
「実は、ここ数年での一番の幸運の女性は、きっと公爵夫人でしょうと、今お話していたところだったのです。そこに公爵夫人が通りかかられたので、話しかけてしまいましたわ」
「……そうですか」

 先日確かに挨拶をした、どこかの伯爵令嬢だった。ルークの見ていないところで、私を睨みつけていた。私に嫉妬の感情を向ける令嬢の一人だが、今まで視線で私を殺すような勢いの令嬢たちも、私に直接話しかける人はいなかった。ルークがいない今なら、と話しかけてきたのかもしれない。

 この伯爵令嬢も、ルークの愛人ではないと確信している。だから、私には関係なさそうな令嬢なので、とりあえずここから早く去りたい。

「ずっと公爵夫人は病弱でベッドから動けないと聞いていましたわ。病弱では公爵閣下の役には立たないでしょう? なのに、あんな素敵な方を夫にできるなど、なんて幸運なんだと、みなさん言っていましたわ」
「そうですか」
「病弱だからということを理由に、公爵閣下の優しさを利用して夫人の座を得たというのは本当ですか?」

 それは兄がやらかしたやつだ。

「貧乏令嬢ともなると、使える技は何でもお使いになるのね。公爵閣下の優しさをどこまで利用するおつもりですの? 元気になったのなら、公爵閣下を解放して差し上げるべきでは?」
「わたくしが夫を解放したとしても、その後に伯爵令嬢が夫に選ばれることはありませんよ」
「なっ!?」

 令嬢は余裕の笑みを崩した。
 私が例えルークと離縁したとしても、ルークは愛人と一緒になるはずだ。

「元が貧乏令嬢のくせに! わたくしは公爵閣下とは、テイラー学園で仲良くさせていただいた間柄なのです! わたくしに優しくしてくださる公爵閣下のために、わたくしは婚約破棄までしましたの! あとは公爵閣下が求婚してくださるのを待つだけでしたのに、貧乏令嬢ごときが公爵閣下の優しさにつけこむせいで!」
「きっと夫のことですから、どの令嬢にも平等に優しくされていたのでしょうね」
「わ、わたくしには、他の令嬢より、もっと優しかったですわ!」
「恋は盲目と言いますわ。夫に恋をしていた令嬢は、みな伯爵令嬢と同じようなことを思っていたでしょう」

 どれだけの令嬢に優しくしてきたんだろう。みな平等とは聞こえはいいが、それで令嬢たちを夢中にさせてしまうルークは、己というものをもっと知った方がいいと思う。罪な男すぎる。

「なによ! 聞いていた話と違うわ! あなた、ベッドから起き上がれなくて、死ぬ寸前だと聞いたのに! 死にぞこないが、わたくしに言い返すなんて!」
「……誰がわたくしが死ぬ寸前だと言っていたのですか?」
「バリー伯爵よ!」

 おのれ、バカ兄。自分の妹の不愉快な噂をばらまくんじゃない。

 私はニコリと笑って、伯爵令嬢を見た。

「そのとおりですわ、伯爵令嬢。わたくしは死にぞこない。こんな話は聞いたことあります? 死にかけている人のベッドの傍に、白い薔薇を置いておくと、朝になったら白い薔薇がいつのまにか黒い薔薇に変容するのです。あら不思議、死にかけた人は元気になってしまいました。では死の気配はどこにいってしまったのでしょうね? そうだわ、伯爵令嬢のお屋敷を教えて下さる? わたくしの部屋に綺麗な黒い薔薇があるのです。それをぜひ贈って――」
「け、け、結構です!」

 伯爵令嬢は、横にいた二人の令嬢を連れて、「死がうつる!」とか言いながら青い顔で去っていった。残念、綺麗な黒薔薇はただの薔薇なのに。夢見がちな令嬢には、冗談の話が本当に聞こえたようだ。

 面倒な令嬢、いっちょ上がり。
 こんなことで退散してくれる令嬢なら、まだ可愛いものだ。裏で画策するタイプではなく、友人という味方を引き連れて口撃で堂々と邪魔をしようとするタイプは、あしらうのは難しくない。こういうのは前世の言いがかりのほうが巧妙で陰湿だったなぁ、と思いながら、ルークの元に戻るのだった。
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