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30 夫の距離感がバグってる
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外套を着こみ、ルークと共に庭に出ると、目を見開いた。庭には等間隔に灯りが用意されていて、素敵な雰囲気だった。
「わぁ! 綺麗……」
自室から見える庭は、屋敷側には灯りがあるが、庭の奥はいつも暗い。ということは、今日は特別に灯りを付けているのだろう。庭全体が明るくて幻想的で綺麗だった。
ルークは私の横に立つと、私の手を握った。そして歩き出す。
「旦那様、これだけ明るいですし、支えてもらわずとも歩けます」
「夫は妻をエスコートするものだろう」
いやいや、これエスコートではないでしょう。手繋ぎと言うのですよ。
少し手を振ってみるが、ルークは離してくれそうにない。やはりルークは距離感がおかしい。仕方なく、慣れない手繋ぎのまま、庭を歩く。
少しひんやりするけれど、食事で体が温まっているので、体感的にちょうど良く気持ちいい。いつも歩く庭が、夜なだけで違った顔が見えるのも楽しい。
のんびりと歩くのは心地いいけれど、最近のルークが不慣れ過ぎて、逆に不安になるのは何故だろう。これから何か起こるのでは、と考えてしまうのは、私の考えすぎだろうか。ルークが何で急に私に愛想が良くなったのか、理由が分からない。
妻に愛想が良くなった理由。ルークは離縁を考えていると思っていたのだが、離縁を辞めようと思っているのだろうか。表向きの妻が、まだ必要ということだろうか。それならば、妻の機嫌を取ろうと、愛想が良くなるのも分かる。
ルークの愛人は、今のところ、帝都にいるのではないかと私は踏んでいる。騎士団の城に愛人を住まわせることは難しいし、政務館でも他の文官や騎士の目があって、噂にならずに愛人を囲むのは難しいと思う。となれば、必然的に帝都にいることになる。
もしかしたら、愛人が帝都を離れたがらなくて、だから、表向きの妻が必要なのかもしれない。
一度、その愛人と、会って話をしたほうがいいだろうか。もしかしたら、妻は私で愛人は今のまま愛人で、と役割分担ができるかもしれない。ルークに内緒で、一度会えたら、穏便に話し合いで私は敵ではないと言えたら。愛人とも仲良くできたら一番いいのではないだろうか。
「何か、考え事か?」
「……っ、いいえ。そういうわけではないのですが」
ぼうっとしすぎたらしい。慌てて否定し、私は口を開いた。
「イーライから、わたくしが帝都に行きたいとお願いしたことを聞かれましたか?」
「……そういえば、イーライが言っていたな」
一応、イーライは聞いてはくれていたようだ。
愛人と話し合いたい、ということはともかく、まだ離縁の可能性を捨てきれない今は、私の将来の計画も着々と進める必要がある。そのためには、人脈が欲しい。
「帝都か……」
悩んでいるルークは、私が愛人にばったり会うのでは、なんてことを考えているのかもしれない。
「帝都には、あいつがいる」
「……あいつとは?」
「ジョセ・ル・イェロン。俺の兄だ」
「あ……」
あいつが愛人かと思いきや、兄だった。しかも、ルークの兄といえば、ルークを暗殺しようとしてきた男だ。
「アリスがベッドの住人だという認識のはずだから、今まで俺にのみ暗殺の手を伸ばしていたが、アリスが元気になったと知ったら、アリスを利用しようとしてくるかもしれない」
「わたくしをですか!?」
「使えるものは使う奴だ。油断はできない」
ルークは立ち止まると、私と繋いでいない方の手を上げて、私の頬に手を伸ばした。私の頬をなぞりながら、何か思案している。そんなに触らないで欲しいのですが。
「……いつまでも、このままではいられないことは分かっている。あいつも俺が仕掛けたものには気づいているだろう。今頃、腸が煮えくり返っている頃で、そのうち自らこちらへやってくるはずだ」
「……お兄様がやってこられたら、どうされるのですか?」
「そりゃあもちろん、殺し――」
ルークは、はっとした顔をして、慌てて続けた。
「――殺したいほど憎いが、たぶん罪を認めさせて、騎士団管轄の牢に入れることになるだろう」
「牢にですか?」
「騎士団にあるものではなくて、国境近くの特殊な牢だ。きっと甘い考えのあの男には、耐えられない場所になる」
ずっと兄に狙われていたルークは、早く兄をどうにかしたいだろう。
「お兄様には、旦那様が受けた辛さを、その牢でたくさん反省してもらいましょう!」
「ははっ、そうだな」
再び歩き出したルークと並びながら、私は口を開く。
「お兄様が帝都にいるならば、しばらくはわたくしは帝都へ行かないほうが良い、ということですね?」
「……いや、いつまでもアリスをこのまま本邸に閉じ込めておくわけにもいかないのは分かっている。春になると、社交シーズンが始まる。その時に、一緒に帝都に行こう」
「よいのですか!?」
「ああ。その代わり、アリスには俺の妻として、パーティーなんかには参加してもらうぞ?」
「わ、分かりました」
社交シーズンなので、それはそうか、と納得する。しかし、冬の間に、もう少しマナーや教養の勉強をする必要がありそうだ。でも、帝都に行けると約束してもらえたので、俄然やる気はある。
「それと、しばらくの間、本邸を出るときは、ロニーをアリスの護衛に付けよう。もうしばらく影に戻すのは無理だが、ロニーは動きは素早いし、護衛の役目はできる。アリスに懐いているようだから、護衛にも力が入るだろうし」
「ロニーは強いですし、嬉しいです。ありがとうございます」
「まだ足技の訓練はしているのか?」
「していますわ。なかなか上達しています。先日、実践でも上手くいきましたし!」
オキシパル伯爵に蹴りをお見舞いした話を報告すると、それは見たかった、とルークは笑いながら答え、その後、しばらく二人で庭を楽しく散歩するのだった。
「わぁ! 綺麗……」
自室から見える庭は、屋敷側には灯りがあるが、庭の奥はいつも暗い。ということは、今日は特別に灯りを付けているのだろう。庭全体が明るくて幻想的で綺麗だった。
ルークは私の横に立つと、私の手を握った。そして歩き出す。
「旦那様、これだけ明るいですし、支えてもらわずとも歩けます」
「夫は妻をエスコートするものだろう」
いやいや、これエスコートではないでしょう。手繋ぎと言うのですよ。
少し手を振ってみるが、ルークは離してくれそうにない。やはりルークは距離感がおかしい。仕方なく、慣れない手繋ぎのまま、庭を歩く。
少しひんやりするけれど、食事で体が温まっているので、体感的にちょうど良く気持ちいい。いつも歩く庭が、夜なだけで違った顔が見えるのも楽しい。
のんびりと歩くのは心地いいけれど、最近のルークが不慣れ過ぎて、逆に不安になるのは何故だろう。これから何か起こるのでは、と考えてしまうのは、私の考えすぎだろうか。ルークが何で急に私に愛想が良くなったのか、理由が分からない。
妻に愛想が良くなった理由。ルークは離縁を考えていると思っていたのだが、離縁を辞めようと思っているのだろうか。表向きの妻が、まだ必要ということだろうか。それならば、妻の機嫌を取ろうと、愛想が良くなるのも分かる。
ルークの愛人は、今のところ、帝都にいるのではないかと私は踏んでいる。騎士団の城に愛人を住まわせることは難しいし、政務館でも他の文官や騎士の目があって、噂にならずに愛人を囲むのは難しいと思う。となれば、必然的に帝都にいることになる。
もしかしたら、愛人が帝都を離れたがらなくて、だから、表向きの妻が必要なのかもしれない。
一度、その愛人と、会って話をしたほうがいいだろうか。もしかしたら、妻は私で愛人は今のまま愛人で、と役割分担ができるかもしれない。ルークに内緒で、一度会えたら、穏便に話し合いで私は敵ではないと言えたら。愛人とも仲良くできたら一番いいのではないだろうか。
「何か、考え事か?」
「……っ、いいえ。そういうわけではないのですが」
ぼうっとしすぎたらしい。慌てて否定し、私は口を開いた。
「イーライから、わたくしが帝都に行きたいとお願いしたことを聞かれましたか?」
「……そういえば、イーライが言っていたな」
一応、イーライは聞いてはくれていたようだ。
愛人と話し合いたい、ということはともかく、まだ離縁の可能性を捨てきれない今は、私の将来の計画も着々と進める必要がある。そのためには、人脈が欲しい。
「帝都か……」
悩んでいるルークは、私が愛人にばったり会うのでは、なんてことを考えているのかもしれない。
「帝都には、あいつがいる」
「……あいつとは?」
「ジョセ・ル・イェロン。俺の兄だ」
「あ……」
あいつが愛人かと思いきや、兄だった。しかも、ルークの兄といえば、ルークを暗殺しようとしてきた男だ。
「アリスがベッドの住人だという認識のはずだから、今まで俺にのみ暗殺の手を伸ばしていたが、アリスが元気になったと知ったら、アリスを利用しようとしてくるかもしれない」
「わたくしをですか!?」
「使えるものは使う奴だ。油断はできない」
ルークは立ち止まると、私と繋いでいない方の手を上げて、私の頬に手を伸ばした。私の頬をなぞりながら、何か思案している。そんなに触らないで欲しいのですが。
「……いつまでも、このままではいられないことは分かっている。あいつも俺が仕掛けたものには気づいているだろう。今頃、腸が煮えくり返っている頃で、そのうち自らこちらへやってくるはずだ」
「……お兄様がやってこられたら、どうされるのですか?」
「そりゃあもちろん、殺し――」
ルークは、はっとした顔をして、慌てて続けた。
「――殺したいほど憎いが、たぶん罪を認めさせて、騎士団管轄の牢に入れることになるだろう」
「牢にですか?」
「騎士団にあるものではなくて、国境近くの特殊な牢だ。きっと甘い考えのあの男には、耐えられない場所になる」
ずっと兄に狙われていたルークは、早く兄をどうにかしたいだろう。
「お兄様には、旦那様が受けた辛さを、その牢でたくさん反省してもらいましょう!」
「ははっ、そうだな」
再び歩き出したルークと並びながら、私は口を開く。
「お兄様が帝都にいるならば、しばらくはわたくしは帝都へ行かないほうが良い、ということですね?」
「……いや、いつまでもアリスをこのまま本邸に閉じ込めておくわけにもいかないのは分かっている。春になると、社交シーズンが始まる。その時に、一緒に帝都に行こう」
「よいのですか!?」
「ああ。その代わり、アリスには俺の妻として、パーティーなんかには参加してもらうぞ?」
「わ、分かりました」
社交シーズンなので、それはそうか、と納得する。しかし、冬の間に、もう少しマナーや教養の勉強をする必要がありそうだ。でも、帝都に行けると約束してもらえたので、俄然やる気はある。
「それと、しばらくの間、本邸を出るときは、ロニーをアリスの護衛に付けよう。もうしばらく影に戻すのは無理だが、ロニーは動きは素早いし、護衛の役目はできる。アリスに懐いているようだから、護衛にも力が入るだろうし」
「ロニーは強いですし、嬉しいです。ありがとうございます」
「まだ足技の訓練はしているのか?」
「していますわ。なかなか上達しています。先日、実践でも上手くいきましたし!」
オキシパル伯爵に蹴りをお見舞いした話を報告すると、それは見たかった、とルークは笑いながら答え、その後、しばらく二人で庭を楽しく散歩するのだった。
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