最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜

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23 夫の気持ち

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 アカリエル領の街を走る馬車の中から、現世で初めて大きな街を見た。小さな領地であるバリー領のみで過ごしていた私は、活気ある街を窓から興味津々で見物する。

 そして馬車は政務館に到着し、馬車から出て、政務館を見て目を見張った。政務といえば、事務方になるので、地味な建造物を予想していたのに、どうみても豪奢な城だ。

「……素敵な城ね」
「ここもアカリエル公爵家の屋敷の一つですよ。奥様が住まわれている屋敷は本邸で、こちらは政務館とは言いますが、夜会や舞踏会も行ったりするので、こちらの方が見た目が派手です」

 一緒に馬車から降りたライラの説明に頷く。本邸は大きくて広くて豪華な屋敷だが落ち着く雰囲気で、政務館は治安のよい街中にある建物なだけあり、人が集まりそうな目立つ雰囲気だ。

 城の中をライラについて行き、ある部屋に入った。

「ここは経理部です。現在繁忙期なので、この有様です」

 ライラの言うとおり、部屋の中の人たちは、ほとんど貫徹していそうな顔色の悪い人たちばかりで、血走った目で机に向かっている。

「ライラさん! 来てくれたんですね、助かります!」

 同じく顔色の悪い人がライラの元に走ってきた。

「いつもの小部屋が開いているので、そちらにお願いします。……こちらは?」
「こちらは……」

 ライラは応えようとして、言いよどんだ。きっと「公爵夫人です」と言おうとしたのだろうが、今、この部屋の顔色の悪い人たちにその言葉を言って、動揺を呼ぶ必要はない。だから、私は口を開いた。

「アリーです。詳しい自己紹介は後日させていただきます。今日はライラと一緒にお手伝いに参りました。イーライさんに許可も得ています」
「そうですか、イーライさんに。であれば、ライラさんと同じ部屋で仕事をお願いできますか」
「はい」

 ライラと頷きあい、小部屋に入室した。
 そして、ライラに仕事を教えてもらいながら、すぐに仕事に取り掛かる。

 ちなみに、この部屋はライラが来た時専用の部屋らしい。どういうことかと思ったが、ライラは舌打ちでもしたそうな表情で「会いたくない奴がいるからです」と言うだけだった。そして、私もこの部屋から出ないほうがいい、と言うので、必要最低限のみ部屋の外に出ることにした。

 実は食事なんかも、軽食を本邸から持参しているので、この小部屋でつまみながら仕事を進める。

 その日は問題なく過ぎ、夕方になるとライラと共に本邸に帰宅した。

 それから三日ほどは何事もなく過ぎ、四日目。

 仕事をして、昼食にライラと共に軽食をつまみながら会話をしていると、アダムが小部屋に入ってきた。アダムは政務館へ来た初日と今日、政務館への行き来で護衛をしてくれているのだ。他の日はアダムではない人が交替で護衛をしてくれている。

 政務館にも西部騎士団の騎士がいる。政務館のある敷地に騎士団用の建物があり、街での拠点になっているようだ。それだけでなく、騎士をやりながら政務館で文官のようなこともしている騎士もいる。

 アダムは護衛とはいえ、私とライラが仕事をしている間は暇なので、別のところに行っていたのだ。アダムにも軽食を分けて、三人で食事を楽しむ。アダムが口を開いた。

「ライラさん、今回はまだあの人に会っていないようですね」
「このまま会わずに済むことを願います」

 ライラの言う「会いたくない奴」の話だろう。これだけライラが毛嫌いする人物とはいったい? とはいえ、ライラが会いたくない人には、私も会いたくない。だから、何も聞かなかった。聞いても、どうせ顔が分からないのだから、避けようがない。

 ライラは紅茶用のお湯を貰ってくると、小部屋を出て行った。経理部の部屋の端に給湯室のようなところがあるのだ。

「……それにしても、アリーさんが公爵夫人だとは、驚きでした」

 アダムが苦笑いしながら、そう言った。イーライに他言無用だと言われて、私がアリーだと知ってから、私と話す機会がなかったのだ。

「アダムさんと初めて会ったときから、わたくしは侍女姿でしたものね。わたくしが公爵夫人と言ってしまうと、厨房の人が足りないと言っているのに、遠慮するのではないかと思って、侍女ということにしました。ですが、驚かせてしまいましたね。謝ります」
「いえ、そんな。厨房が足りておらず、大変助かりましたから」

 アダムはそう言いながら、少し躊躇したような表情で口を開いた。

「こんなこと、夫人にお聞きすることではないとは分かっているのですが」
「……? なんでしょう。聞きますよ」
「……もしや、団長とはうまくいっておられないのですか?」
「え?」
「先日、団長がアリーさんを欲しいとは思っていないと言っていたので。もしや、団長は夫人を手放す気なのではないかと」
「……っ」

 夫ルークは、アダムにはそんな話をしていたのかとショックだった。手放すということは、離縁ということだ。ルークはすでに離縁の準備を始めたのかもしれない。

 ショックとはいえ、その動揺をアダムに見せたくなくて、私は無理矢理笑顔を向けた。

「旦那様が、そう決心されたのなら、わたくしはそれに従うまでです」

 私には決定権なんてない。全てはルークの思うがまま。

 そう話をしているところにライラが戻ってきて、ライラの用意したお湯で紅茶を飲み、私たちは仕事を再開した。動揺なんて、今は横に置いておく。仕事に集中することで、動揺を忘れることにした。
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