23 / 48
23 夫の気持ち
しおりを挟む
アカリエル領の街を走る馬車の中から、現世で初めて大きな街を見た。小さな領地であるバリー領のみで過ごしていた私は、活気ある街を窓から興味津々で見物する。
そして馬車は政務館に到着し、馬車から出て、政務館を見て目を見張った。政務といえば、事務方になるので、地味な建造物を予想していたのに、どうみても豪奢な城だ。
「……素敵な城ね」
「ここもアカリエル公爵家の屋敷の一つですよ。奥様が住まわれている屋敷は本邸で、こちらは政務館とは言いますが、夜会や舞踏会も行ったりするので、こちらの方が見た目が派手です」
一緒に馬車から降りたライラの説明に頷く。本邸は大きくて広くて豪華な屋敷だが落ち着く雰囲気で、政務館は治安のよい街中にある建物なだけあり、人が集まりそうな目立つ雰囲気だ。
城の中をライラについて行き、ある部屋に入った。
「ここは経理部です。現在繁忙期なので、この有様です」
ライラの言うとおり、部屋の中の人たちは、ほとんど貫徹していそうな顔色の悪い人たちばかりで、血走った目で机に向かっている。
「ライラさん! 来てくれたんですね、助かります!」
同じく顔色の悪い人がライラの元に走ってきた。
「いつもの小部屋が開いているので、そちらにお願いします。……こちらは?」
「こちらは……」
ライラは応えようとして、言いよどんだ。きっと「公爵夫人です」と言おうとしたのだろうが、今、この部屋の顔色の悪い人たちにその言葉を言って、動揺を呼ぶ必要はない。だから、私は口を開いた。
「アリーです。詳しい自己紹介は後日させていただきます。今日はライラと一緒にお手伝いに参りました。イーライさんに許可も得ています」
「そうですか、イーライさんに。であれば、ライラさんと同じ部屋で仕事をお願いできますか」
「はい」
ライラと頷きあい、小部屋に入室した。
そして、ライラに仕事を教えてもらいながら、すぐに仕事に取り掛かる。
ちなみに、この部屋はライラが来た時専用の部屋らしい。どういうことかと思ったが、ライラは舌打ちでもしたそうな表情で「会いたくない奴がいるからです」と言うだけだった。そして、私もこの部屋から出ないほうがいい、と言うので、必要最低限のみ部屋の外に出ることにした。
実は食事なんかも、軽食を本邸から持参しているので、この小部屋でつまみながら仕事を進める。
その日は問題なく過ぎ、夕方になるとライラと共に本邸に帰宅した。
それから三日ほどは何事もなく過ぎ、四日目。
仕事をして、昼食にライラと共に軽食をつまみながら会話をしていると、アダムが小部屋に入ってきた。アダムは政務館へ来た初日と今日、政務館への行き来で護衛をしてくれているのだ。他の日はアダムではない人が交替で護衛をしてくれている。
政務館にも西部騎士団の騎士がいる。政務館のある敷地に騎士団用の建物があり、街での拠点になっているようだ。それだけでなく、騎士をやりながら政務館で文官のようなこともしている騎士もいる。
アダムは護衛とはいえ、私とライラが仕事をしている間は暇なので、別のところに行っていたのだ。アダムにも軽食を分けて、三人で食事を楽しむ。アダムが口を開いた。
「ライラさん、今回はまだあの人に会っていないようですね」
「このまま会わずに済むことを願います」
ライラの言う「会いたくない奴」の話だろう。これだけライラが毛嫌いする人物とはいったい? とはいえ、ライラが会いたくない人には、私も会いたくない。だから、何も聞かなかった。聞いても、どうせ顔が分からないのだから、避けようがない。
ライラは紅茶用のお湯を貰ってくると、小部屋を出て行った。経理部の部屋の端に給湯室のようなところがあるのだ。
「……それにしても、アリーさんが公爵夫人だとは、驚きでした」
アダムが苦笑いしながら、そう言った。イーライに他言無用だと言われて、私がアリーだと知ってから、私と話す機会がなかったのだ。
「アダムさんと初めて会ったときから、わたくしは侍女姿でしたものね。わたくしが公爵夫人と言ってしまうと、厨房の人が足りないと言っているのに、遠慮するのではないかと思って、侍女ということにしました。ですが、驚かせてしまいましたね。謝ります」
「いえ、そんな。厨房が足りておらず、大変助かりましたから」
アダムはそう言いながら、少し躊躇したような表情で口を開いた。
「こんなこと、夫人にお聞きすることではないとは分かっているのですが」
「……? なんでしょう。聞きますよ」
「……もしや、団長とはうまくいっておられないのですか?」
「え?」
「先日、団長がアリーさんを欲しいとは思っていないと言っていたので。もしや、団長は夫人を手放す気なのではないかと」
「……っ」
夫ルークは、アダムにはそんな話をしていたのかとショックだった。手放すということは、離縁ということだ。ルークはすでに離縁の準備を始めたのかもしれない。
ショックとはいえ、その動揺をアダムに見せたくなくて、私は無理矢理笑顔を向けた。
「旦那様が、そう決心されたのなら、わたくしはそれに従うまでです」
私には決定権なんてない。全てはルークの思うがまま。
そう話をしているところにライラが戻ってきて、ライラの用意したお湯で紅茶を飲み、私たちは仕事を再開した。動揺なんて、今は横に置いておく。仕事に集中することで、動揺を忘れることにした。
そして馬車は政務館に到着し、馬車から出て、政務館を見て目を見張った。政務といえば、事務方になるので、地味な建造物を予想していたのに、どうみても豪奢な城だ。
「……素敵な城ね」
「ここもアカリエル公爵家の屋敷の一つですよ。奥様が住まわれている屋敷は本邸で、こちらは政務館とは言いますが、夜会や舞踏会も行ったりするので、こちらの方が見た目が派手です」
一緒に馬車から降りたライラの説明に頷く。本邸は大きくて広くて豪華な屋敷だが落ち着く雰囲気で、政務館は治安のよい街中にある建物なだけあり、人が集まりそうな目立つ雰囲気だ。
城の中をライラについて行き、ある部屋に入った。
「ここは経理部です。現在繁忙期なので、この有様です」
ライラの言うとおり、部屋の中の人たちは、ほとんど貫徹していそうな顔色の悪い人たちばかりで、血走った目で机に向かっている。
「ライラさん! 来てくれたんですね、助かります!」
同じく顔色の悪い人がライラの元に走ってきた。
「いつもの小部屋が開いているので、そちらにお願いします。……こちらは?」
「こちらは……」
ライラは応えようとして、言いよどんだ。きっと「公爵夫人です」と言おうとしたのだろうが、今、この部屋の顔色の悪い人たちにその言葉を言って、動揺を呼ぶ必要はない。だから、私は口を開いた。
「アリーです。詳しい自己紹介は後日させていただきます。今日はライラと一緒にお手伝いに参りました。イーライさんに許可も得ています」
「そうですか、イーライさんに。であれば、ライラさんと同じ部屋で仕事をお願いできますか」
「はい」
ライラと頷きあい、小部屋に入室した。
そして、ライラに仕事を教えてもらいながら、すぐに仕事に取り掛かる。
ちなみに、この部屋はライラが来た時専用の部屋らしい。どういうことかと思ったが、ライラは舌打ちでもしたそうな表情で「会いたくない奴がいるからです」と言うだけだった。そして、私もこの部屋から出ないほうがいい、と言うので、必要最低限のみ部屋の外に出ることにした。
実は食事なんかも、軽食を本邸から持参しているので、この小部屋でつまみながら仕事を進める。
その日は問題なく過ぎ、夕方になるとライラと共に本邸に帰宅した。
それから三日ほどは何事もなく過ぎ、四日目。
仕事をして、昼食にライラと共に軽食をつまみながら会話をしていると、アダムが小部屋に入ってきた。アダムは政務館へ来た初日と今日、政務館への行き来で護衛をしてくれているのだ。他の日はアダムではない人が交替で護衛をしてくれている。
政務館にも西部騎士団の騎士がいる。政務館のある敷地に騎士団用の建物があり、街での拠点になっているようだ。それだけでなく、騎士をやりながら政務館で文官のようなこともしている騎士もいる。
アダムは護衛とはいえ、私とライラが仕事をしている間は暇なので、別のところに行っていたのだ。アダムにも軽食を分けて、三人で食事を楽しむ。アダムが口を開いた。
「ライラさん、今回はまだあの人に会っていないようですね」
「このまま会わずに済むことを願います」
ライラの言う「会いたくない奴」の話だろう。これだけライラが毛嫌いする人物とはいったい? とはいえ、ライラが会いたくない人には、私も会いたくない。だから、何も聞かなかった。聞いても、どうせ顔が分からないのだから、避けようがない。
ライラは紅茶用のお湯を貰ってくると、小部屋を出て行った。経理部の部屋の端に給湯室のようなところがあるのだ。
「……それにしても、アリーさんが公爵夫人だとは、驚きでした」
アダムが苦笑いしながら、そう言った。イーライに他言無用だと言われて、私がアリーだと知ってから、私と話す機会がなかったのだ。
「アダムさんと初めて会ったときから、わたくしは侍女姿でしたものね。わたくしが公爵夫人と言ってしまうと、厨房の人が足りないと言っているのに、遠慮するのではないかと思って、侍女ということにしました。ですが、驚かせてしまいましたね。謝ります」
「いえ、そんな。厨房が足りておらず、大変助かりましたから」
アダムはそう言いながら、少し躊躇したような表情で口を開いた。
「こんなこと、夫人にお聞きすることではないとは分かっているのですが」
「……? なんでしょう。聞きますよ」
「……もしや、団長とはうまくいっておられないのですか?」
「え?」
「先日、団長がアリーさんを欲しいとは思っていないと言っていたので。もしや、団長は夫人を手放す気なのではないかと」
「……っ」
夫ルークは、アダムにはそんな話をしていたのかとショックだった。手放すということは、離縁ということだ。ルークはすでに離縁の準備を始めたのかもしれない。
ショックとはいえ、その動揺をアダムに見せたくなくて、私は無理矢理笑顔を向けた。
「旦那様が、そう決心されたのなら、わたくしはそれに従うまでです」
私には決定権なんてない。全てはルークの思うがまま。
そう話をしているところにライラが戻ってきて、ライラの用意したお湯で紅茶を飲み、私たちは仕事を再開した。動揺なんて、今は横に置いておく。仕事に集中することで、動揺を忘れることにした。
1,443
お気に入りに追加
3,733
あなたにおすすめの小説
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる