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21 借金と手に職

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「やばいわ……」

 私の部屋で、侍女に用意してもらったお茶とお茶菓子により、私はリアとミアとゆったりとお茶の時間を過ごしていた。ちなみに、ロニーは今ここにはいない。私がすっかり元気になったことで、朝の足技の訓練の時間以外は、ロニーは従僕として屋敷内で働いている。

「奥様、どうされたのですか?」

 侍女のミアが首を傾げながら、私の独り言に答えている。

 実は、先日、騎士団の厨房を首になった。首になった、というのは語弊があるが、厨房の求人依頼に連絡があったようで、二人雇うことが決まったため、私とリアはお払い箱となった。

「暇なんだもの……」

 ミアの質問に答える。
 そう、私は暇なのだ。公爵夫人といえば、お茶会での情報収集が仕事になるかもしれないが、私はお茶会なんて誘われたこともなければ、社交界に友人もいない。

 先日の夫ルークとキス未遂事件以来、ルークとは会っていない。現在帝都にいるらしいが、今は気まずいのでちょうどいい。それはいいのだが、あのキス未遂以来、私も考えた。

 ルークには好きな人がいる。つまり、いずれは私とは離縁することになるのだろう。そうなると、私には借金が残る可能性がある。恐ろしい。

 私とルークの結婚で、兄曰く、アカリエル家から兄に支援金が渡っている。さすがに、結婚時の支援金は、私が離縁したからといって、返せ、となるとは思わない。あれは結婚に対する取り決めであり、結婚はしたのだから約束は守っているからだ。

 問題は、あれから兄がどうしているのか、だ。結婚時の支援金は、百歩譲って良しとしよう。その後、兄から、当然、私を心配する声は一切聞かないが、私に兄から連絡がないからといって、ルークに連絡がいっていないとは思えない。

 結婚以降、兄がルークにお金の無心をしている可能性が怖い。結婚時は別として、それ以外でお金のやり取りをしてもらっているとしたら、それは当然借金になるはずだからだ。もし借金をしていたとして、兄のことだ、それを自分で返す、などといった考えはないと思う。

 では、誰がその借金を返すのか。兄の中では、当然私だと思っていることだろう。
 そう考えると、せっかくのケーキが胃もたれするが、ここは飲み込む。まともな食事を得られなかった時期を考えると、今のこの生活は天国だ。お残しは許されません。

 ゴクゴクと勢いよく、ケーキと一緒に紅茶を流し込む。

 すでに兄が借金をした、と仮定して、現在、私に借金を返す充てはない。

 公爵夫人となって以降、私には毎月目玉が飛び出そうな予算が付いている。しかし、私はそれにほとんど手を付けていなかった。先日までの労働で西部騎士団の城に行った時以外で、私の行動範囲はこのアカリエル邸だけで、お金の使い道がないことがある。また、わざわざお金を使わずとも、必要なドレスや宝石、化粧品といったものは最初から用意されて揃っているし、むしろそれさえほとんど使っていない。離縁したとき、使っていないドレスや宝石なんかをお返しすれば、借金から天引き! とかいって、借金が減ったりしてくれないだろうか。

 とにかく、私が借金を返さなければならないなら、どうにか返す算段をつけなければならない。
 やはり考えうるのは、手に職をつけることだろうか。

 先日まで働いていたような厨房といった仕事は、私にもできそうだと思っている。ただ、兄がした借金がどれだけあるか分からないが、厨房の仕事で借金を返すのに、どれくらいかかるだろうか。一番いいのは、お金を持っていそうな貴族を相手にする仕事がよいだろう。

「……イーライを呼んでくれる?」
「承知しました」

 ミアにお願いすると、ミアは頷いてイーライを呼んだ。
 私の部屋にやってきたイーライは、私を見て言った。

「奥様、騎士団の厨房の仕事は終わったのですから、そのお仕着せはお脱ぎになったらいかがでしょう」
「これ、動きやすいのだもの」

 私はまだお仕着せを着ていた。騎士団に行く前までのように、屋敷内の窓を今日の午前中も磨いてきたのだ。暇だったのである。

「そんなことより、イーライに聞きたいことがあるの」
「何でしょう?」
「普段、貴族の夫人の仕事といったら、屋敷の管理や使用人の管理なんかは含まれるはずでしょう。わたくし、そういった仕事はしていないな、と今更ながらに気づいてしまって」
「奥様は体調がすぐれませんでしたから、お気になさらないでください」
「そうはいっても、わたくしも元気になったし、少しずつ、そういったことを勉強していきたいと思って」

 夫が外で事業をするような外向きの仕事ではないとはいえ、大きい家ともなると管理は大変だ。予算もあって、予算内でやりくりだって必要である。下手すると赤字になり、夫に怒られる、なんていう夫人もいると聞く。

 私はそこに目を付けた。学園に通っていたり、家庭教師を雇っている家庭では、勉強のできる令嬢もいるだろうが、そういった夫人が全て、管理が上手とは限らない。管理を苦手としている夫人は、執事などに丸投げか、管理用に人を雇うこともあるらしい。その雇われる人であれば、貴族の管理専用使用人にあたり、給料も高いと思うのだ。専門職になるのだから。

 つまりは、ルークに離縁されたら、私はどこかの貴族に雇われれば、早めに借金を返せるのではないか、とうことだ。

 そのためには、どう管理すればよいのか、勉強が必要である。

「そういうことでしたら……管理を任している者を、ご紹介しましょう」
「ありがとう!」

 よしよし、幸先よいのではないか? 少し気分が上がりながら、ふと、今、答えが聞けたら聞いておきたい、ということをイーライに質問してみる。

「ところで……、わたくしの結婚の時に、バリー家に支援金が渡っていると聞いているのだけれど、いかほどか聞いてもいいかしら? それとも、それを聞くには、旦那様の許可が必要?」
「いいえ、お伝え出来ますよ」

 イーライは侍女の前なので金額を口にはできないのか、手元の紙に何かを書いて私に渡した。私はそれに書かれた数字を見て、眩暈がした。

「ちょっと待って、これは間違いないのかしら?」
「間違いありません」

 公爵夫人としての私の高額な月額の予算の十倍はある。つまり、兄が一年で散財する額の十倍である。アカリエル家としては大した額ではないのかもしれないが、バリー家としては高額過ぎる金額だ。

 少し気持ち悪くなりながらも、少なくともこの支援金は返さなくていいお金なんだと、ほっとしていいのか分からないが、少しほっとする。とはいえ。

「……もう一つ聞きたいのだけれど、私が結婚して以降、お兄様から連絡は? 例えば、援助してほしい、とか、そういった類のもので」

 正直、兄から金の無心の連絡はあったはずだと確信している。あの兄がしないわけがない。ただ、希望的観測としては、できれば、私の月額予算の一ヶ月分くらいであると嬉しい。

「ございます」

 ああ、やっぱり、とイーライの返事に頷きながら、イーライが再び手元の紙にメモしたものを受け取る。

「ええっと? この左の数字は?」
「バリー伯爵に一回に渡した金額です」
「……その隣にある、三という数字は?」
「同じ金額を三回お渡ししております」
「………………一番下の日付は?」
「返済期限です」
「……」

 ばかやろう! なんということをしてくれたんだ。私の二か月分の予算の金額を三回、返済期限は三年後である。返済ということは、返さなくてもいい贈与の援助ではなく、ただの借金。きっと借用書だって作られているはずだ。

「……この手の借金は、お兄様から旦那様に連絡が?」
「はい。ただ、処理の方は私の方で行っております」
「つまり、イーライに権限が与えられている、ということね?」
「そのとおりでございます。旦那様からは、奥様のお兄様にお渡ししていい額も伺っています」
「……それは、まだ貸せる金額に余裕があると」
「はい。あと今年は二回ほどはいけるかと」

 いけるとかそういう問題ではない。しかも「今年は」だなんて恐ろしい。どれだけ借金を増やす気なんだ。

「……最後にお兄様にお金を渡して、その後連絡は?」
「今のところ、まだ来ておりません」
「だったら、もうお金はお兄様に貸さないで」
「……よろしいのですか?」
「いいの。お兄様には、潰れてもらいましょう」

 私は笑みをイーライに向けた。そろそろ兄を見限ってもいいと思う。私は十分我慢した。

 兄がいるからお家断絶なんてわけではないが、兄に貴族なんていう身分は不相応だと思う。領地民だって、バリー伯爵家が領主では不幸である。

「ですが……」
「借金返済のことなら、これから考えます。とりあえず、兄から次に連絡があったら、お金は貸さないで下さい」
「承知しました」

 イーライには、兄が潰れては借金が返ってこない、という心配はあるだろうが、今回のことまでは連帯責任として、私も返済を手伝うし、必ずや兄にも働いてもらって返済させる。

 兄に対する怒りが、やる気を起こさせる。とにかく、手に職だ。借金を返すにしても、それがなければどうしようもないのだから。
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