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16 夫と散歩

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 さすが三尾、歩いているだけなのに、走る人間より速い気がする。お腹に回された腕と、背中に触れるルークの体温が気になって仕方ないけれど、ここはそんなものは横に置いて、三尾が歩くのを楽しまなければ損だ。

 三尾の歩くスピードが上がる。城の中の敷地を滑らかに揺れなく進む三尾に、自然と笑みが零れてしまう。

「このくらいの速さは怖くないか?」
「はい、大丈夫です。楽しいです!」
「ははっ、そうか。では、もう少し速度を上げよう」

 城の裏門を通り、城の外に出る。すると三尾はスピードを上げた。次々と景色が流れていく。

「すごく速いですね! 馬より速い気がします!」
「そうだな、今は馬より速さが出ている。……少しだけ身を低くしてくれ」
「えっ――」

 目の前に壁のような岩のある山が表れた。迂回するのかと思いきや、ルークは背中から私を抱きしめる力を強くして少し身を低くすると、三尾は私たちを乗せたまま、岩へジャンプした。すいすいとジャンプしていき、器用に岩を登っていく。

 三尾すごい! という気持ちと、完全に抱きしめられている状態の自分に、三尾に興奮すればいいのか、ルークに恥ずかしがればいいのか、わけが分からない。

 心臓がどきどきして、ルークに聞こえるのでは、と思った時、岩山ゾーンは脱出したようで、ルークの体が少し離れてほっとした。夫とはいえ、他人に等しい男性と近すぎるのは、前世を含めて男性免疫のない私にはハードルが高い。ロニーは抱き上げてくれていたけれど、ロニーに動揺したことなど一度もないし、ロニーは弟というか家族枠だからかもしれない。

 愛人がいる可能性の高いルークに、免疫がないからといちいちドキドキしていては、聞きたいことも聞けなくなってしまう。どこかで私の男性免疫を上げる練習の必要がありそうだ、と思っていると、三尾が草原のような場所に出た。

「わぁ! 綺麗!」

 夕焼けになりかけている太陽と、可愛らしい小さな花も咲く草原が綺麗だった。三尾がゆっくりと速度を落とし、歩みを止めた。そしてルークが三尾から降りると、三尾が伏せをした。ルークが手を差し出したので、そこに手を乗せて私も三尾から降りる。

 すると、まだスピードに乗っている感覚が抜けていないのか、よろよろと足が絡んでこけそうになったところ、ルークがとっさに支えてくれた。

「も、申し訳ありませんっ……」
「いや。大丈夫か?」
「だ、大丈夫で――」

 顔を上げると、ルークの顔が目の前にあった。

(わぁ! 近い! お約束!)

 急激に顔が熱くなり、急いでルークから離れる。これは助けてくれただけの、ただの親切心。ルークは妻には興味などない。夫を意識するなど、馬鹿のすることだ。

 私は誤魔化すように、ルークから背を向け、「三尾さん! 匂いを下さい!」と言って三尾に抱き付いた。三尾のお日さまのような香りを嗅いで、ここは落ち着かなければ。私の後ろでは、「匂い?」とルークが言いながら、笑っているのを感じる。

 いいではないか。アダムもだが、ルークもなぜ匂うことに反応するのだ。ここでは動物の匂いを嗅いだりする人はいないのだろうか。ヒーリング効果があるのに。

 そうやって三尾の香りで落ち着き、顔を上げた。

「三尾さん、ありがとう」

 私に顔を向ける三尾がイケメンだ。すごく癒されると思いながら、ルークにも顔を向ける。

「旦那様も、三尾に乗せてくださって、ありがとうございます」
「こんなことでいいなら、詫びと礼を兼ねて、また乗せてやろう」
「詫びと、礼、ですか?」
「先日の騒ぎの詫びと、厨房での礼だ」

 そう言って、ルークが笑いだした。

「旦那様?」
「いや、悪い。あの騒ぎを思い出すと、人間が地面に全身を打ち付けた音を一緒に思い出してしまってな」

 まあ、あれは私も綺麗に決まったな、とは思ったけれども。

「ロニーが足技を教えるのが上手で。あれはとっさにそれを応用したのです」
「ロニーと仲良くなったんだな。そのまま、あいつと親しくしてやってくれ」
「はい。……あの、ロニーって、以前は影だったとか」
「ああ。左目を怪我しているだろう。あれでは、左からの攻撃に気づけなかったりと危ないからな。慣れるまでは無理な仕事はさせられないから、しばらくは従僕をしてもらうと言ってある」

 やはり、ロニーの捨てられるかも、というのは、ロニーが心配し過ぎているだけだ。ルークはロニーに今後もアカリエル家で働いてほしいと思っているのを感じる。

「ロニーはすごく良い子なんですよ」
「そうだな、分かっている」

 この日、この後もルークと少し他愛もない話をして、再び三尾に乗って西部騎士団の城に戻るのだった。
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