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07 夫がおらずとも楽しい妻の生活2
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「毎日美味しい食事でお腹いっぱいになってもいいなんて、ここって天国だわ」
結婚して初めて、好きなだけ美味しい食事が食べられる贅沢に身を置いて、私は少し調子に乗っていたのかもしれない。少し肉が付いてきたとはいっても、まだ痩せているからと、食べることが趣味のようになってきた、ある日の夢。
――最近、太ってきたんじゃないか? 俺の妹がデブなんて許されるとでも?
前世で高校生になったころ、毎日友達と放課後に買い食いをしてから帰宅していたのが続いていた時に、そう兄に毒を吐かれた。デブだなんて、まだそこまでは、そう思いつつも、お腹や二の腕のプニプニを触って青くなったのだ。
完璧な兄は、自分にストイックな性格をしていて、普段から運動を欠かさなかったこともあり、筋肉もあるいい体をしていた。顔も身体も完璧な兄の横に立つと、本当に血の繋がった兄妹なのかと疑われることも多々あった。兄には、「俺の妹なら身だしなみには気を使え」と、服装髪型だけでなく、体形維持だって強制だった。
命令されれば、妹としては従うしかない、という小さい頃からの躾のもと、ぶつぶつと文句を言いながらも、私は健気に兄の指示に従っていた。
どうして、転生してまで、前世の兄の忌々しい言葉を夢に見なければならない。
しかし、夢から覚めて、そっとお腹の肉をつまむ。うん、まだ痩せている。でも、このまま今の調子で食事を続けるのは、マズイ気がする。
前世の兄に釘を刺されたようで悔しいが、今の調子で食べたいなら、運動して筋肉を付ける必要がありそう、そう思い直したのだ。
そして、筋トレを生活に取り入れた。前世の兄にデブと言われないために、必死に毎日行っていた筋トレ。それを思い出しながら腕、お腹、足を、毎日無理のない範囲で筋トレを続ける。
一人で筋トレは寂しいので、ロニーも巻き込んだのだが、ここでもロニーの驚異的な運動能力を知ることになった。私の横で加重の重りを自ら課して付けているのに、平気な顔で筋トレをしているのだ。
「ロニーって、もしかして、毎日運動とかしてる?」
「していますよ。運動というより、もっと鍛えることに特化した鍛錬ですが。僕、元は影なので」
「影?」
「影と言うのは――」
ロニーによると、アカリエル公爵家には、騎士とは違う、裏方の仕事をする影という職業の人がいるらしい。今は従僕のロニーは、つい半年ほど前まで影だったという。
「僕の左目、今は見えないんです。仕事で失敗してしまって、負傷してしまったから。だから、影から降ろされてしまいました」
ロニーは左目に眼帯をしている。一瞬泣きそうな表情をしたロニーは、苦笑した。
「鍛錬していれば、いつか影に戻してもらえるんじゃないかって思って、だから、毎日鍛錬はしています」
「……影に戻りたいのね」
「影にというか……公爵家から追い出されたくないんです。ここは僕の家みたいなものだから。でも役立たずは、捨てられるでしょう?」
「ええ!? ロニーは役立たずではないし、もちろん追い出したりしないわ」
ロニーはいつも優しくて、気も利いていて、私を助けてくれる、いい子だ。追い出すわけがない。
なぜロニーがこんなことを思うのかというと、ロニーは天恵と呼ばれる異能の力を持って生まれたかららしい。力が強いことが、それにあたるという。
「天恵……そういった力を持つ人がいると、初めて聞くわ」
「一般的には知られていない能力ですから、知らないのも無理はありません。でも、旦那様からお聞きになられなかったのですか? 僕のとは違いますが、旦那様も天恵をお持ちですよ」
「そうなの? 初耳だわ」
そもそも、夫のルークとは一度だけしか会ったことがないし、会話も一言だけだった。私は自分の夫のことを知らなすぎる。
「僕は怪力の天恵を持っています。だから、親に気味悪がられて捨てられました。そんな僕を拾ってくれたのが、旦那様なんです」
アカリエル公爵家は、天恵の専門知識のある一族なのだという。だから、部下に天恵を持つものが多数いて、ロニーのように親に捨てられたり路頭に迷ったりする天恵を持つ子が集まるらしい。
「僕は運よく影向きの身体能力をしていたので、影の仕事をさせてもらっていましたが、左目を負傷してからは外されてしまいました。まだ従僕として雇ってもらっていますが、これ以上役立たずになってしまったら、僕は捨てられて――」
「ロニー、わたくしを見て」
ロニーの顔を両手で包んだ。
「ロニーがここにいたいと思ってくれる限り、追い出すなんてことはしないわ。ロニーはいつも一生懸命仕事をしているし、わたくしを助けてくれるいい子だもの。ロニーがいい子で、仕事も一生懸命やってくれて、ロニーは自分で自分の存在意義を示しているわ。だから、影ができなくなっても従僕としていてほしいから、ロニーはここにいるの。不安にならなくていいの。堂々としていたらいいのよ。それにね、もしロニーを追い出すなんて言う人がいたら、わたくしが怒ってあげる」
「……奥様」
ぐぐぐ、と涙を浮かべたロニーは、急いで袖で涙を拭う。
「僕、奥様の役に立つよう、一生懸命頑張ります! 何でも言ってください! 何でもやりますから」
「ありがとう、ロニー。頼りにしているわ」
弟はいたことがないけれど、なんだか弟のようでロニーは可愛い。侍女たちもロニーを弟のように可愛がっていて、私たちは四人で家族のような関係になりつつある。
そして、私は毎日よく食べ、運動し、筋トレし、侍女たちとロニーと仲良く生活しながら、アカリエル公爵夫人となって、一年が経過した。
結婚して初めて、好きなだけ美味しい食事が食べられる贅沢に身を置いて、私は少し調子に乗っていたのかもしれない。少し肉が付いてきたとはいっても、まだ痩せているからと、食べることが趣味のようになってきた、ある日の夢。
――最近、太ってきたんじゃないか? 俺の妹がデブなんて許されるとでも?
前世で高校生になったころ、毎日友達と放課後に買い食いをしてから帰宅していたのが続いていた時に、そう兄に毒を吐かれた。デブだなんて、まだそこまでは、そう思いつつも、お腹や二の腕のプニプニを触って青くなったのだ。
完璧な兄は、自分にストイックな性格をしていて、普段から運動を欠かさなかったこともあり、筋肉もあるいい体をしていた。顔も身体も完璧な兄の横に立つと、本当に血の繋がった兄妹なのかと疑われることも多々あった。兄には、「俺の妹なら身だしなみには気を使え」と、服装髪型だけでなく、体形維持だって強制だった。
命令されれば、妹としては従うしかない、という小さい頃からの躾のもと、ぶつぶつと文句を言いながらも、私は健気に兄の指示に従っていた。
どうして、転生してまで、前世の兄の忌々しい言葉を夢に見なければならない。
しかし、夢から覚めて、そっとお腹の肉をつまむ。うん、まだ痩せている。でも、このまま今の調子で食事を続けるのは、マズイ気がする。
前世の兄に釘を刺されたようで悔しいが、今の調子で食べたいなら、運動して筋肉を付ける必要がありそう、そう思い直したのだ。
そして、筋トレを生活に取り入れた。前世の兄にデブと言われないために、必死に毎日行っていた筋トレ。それを思い出しながら腕、お腹、足を、毎日無理のない範囲で筋トレを続ける。
一人で筋トレは寂しいので、ロニーも巻き込んだのだが、ここでもロニーの驚異的な運動能力を知ることになった。私の横で加重の重りを自ら課して付けているのに、平気な顔で筋トレをしているのだ。
「ロニーって、もしかして、毎日運動とかしてる?」
「していますよ。運動というより、もっと鍛えることに特化した鍛錬ですが。僕、元は影なので」
「影?」
「影と言うのは――」
ロニーによると、アカリエル公爵家には、騎士とは違う、裏方の仕事をする影という職業の人がいるらしい。今は従僕のロニーは、つい半年ほど前まで影だったという。
「僕の左目、今は見えないんです。仕事で失敗してしまって、負傷してしまったから。だから、影から降ろされてしまいました」
ロニーは左目に眼帯をしている。一瞬泣きそうな表情をしたロニーは、苦笑した。
「鍛錬していれば、いつか影に戻してもらえるんじゃないかって思って、だから、毎日鍛錬はしています」
「……影に戻りたいのね」
「影にというか……公爵家から追い出されたくないんです。ここは僕の家みたいなものだから。でも役立たずは、捨てられるでしょう?」
「ええ!? ロニーは役立たずではないし、もちろん追い出したりしないわ」
ロニーはいつも優しくて、気も利いていて、私を助けてくれる、いい子だ。追い出すわけがない。
なぜロニーがこんなことを思うのかというと、ロニーは天恵と呼ばれる異能の力を持って生まれたかららしい。力が強いことが、それにあたるという。
「天恵……そういった力を持つ人がいると、初めて聞くわ」
「一般的には知られていない能力ですから、知らないのも無理はありません。でも、旦那様からお聞きになられなかったのですか? 僕のとは違いますが、旦那様も天恵をお持ちですよ」
「そうなの? 初耳だわ」
そもそも、夫のルークとは一度だけしか会ったことがないし、会話も一言だけだった。私は自分の夫のことを知らなすぎる。
「僕は怪力の天恵を持っています。だから、親に気味悪がられて捨てられました。そんな僕を拾ってくれたのが、旦那様なんです」
アカリエル公爵家は、天恵の専門知識のある一族なのだという。だから、部下に天恵を持つものが多数いて、ロニーのように親に捨てられたり路頭に迷ったりする天恵を持つ子が集まるらしい。
「僕は運よく影向きの身体能力をしていたので、影の仕事をさせてもらっていましたが、左目を負傷してからは外されてしまいました。まだ従僕として雇ってもらっていますが、これ以上役立たずになってしまったら、僕は捨てられて――」
「ロニー、わたくしを見て」
ロニーの顔を両手で包んだ。
「ロニーがここにいたいと思ってくれる限り、追い出すなんてことはしないわ。ロニーはいつも一生懸命仕事をしているし、わたくしを助けてくれるいい子だもの。ロニーがいい子で、仕事も一生懸命やってくれて、ロニーは自分で自分の存在意義を示しているわ。だから、影ができなくなっても従僕としていてほしいから、ロニーはここにいるの。不安にならなくていいの。堂々としていたらいいのよ。それにね、もしロニーを追い出すなんて言う人がいたら、わたくしが怒ってあげる」
「……奥様」
ぐぐぐ、と涙を浮かべたロニーは、急いで袖で涙を拭う。
「僕、奥様の役に立つよう、一生懸命頑張ります! 何でも言ってください! 何でもやりますから」
「ありがとう、ロニー。頼りにしているわ」
弟はいたことがないけれど、なんだか弟のようでロニーは可愛い。侍女たちもロニーを弟のように可愛がっていて、私たちは四人で家族のような関係になりつつある。
そして、私は毎日よく食べ、運動し、筋トレし、侍女たちとロニーと仲良く生活しながら、アカリエル公爵夫人となって、一年が経過した。
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