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第三章 執着の行方

41 <暗闇>

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 アミュットの街の離宮に泊って一日が開けた。
 この日、レティツィアは朝早くに起き、朝からオスカーに諜報部隊<暗闇>のメンバーを紹介された。

「クレアです。王女殿下の役をやらせていただきます」
「ロビンです。陛下の役です」

 クレアとロビンは、レティツィアとオスカーの影武者なのである。彼らの本来の顔はレティツィアとオスカーには似ていないが、髪や服装は真似ているし、容姿を化粧で近づけている。よほど近くで見ない限り、本人ではないと分からないだろう。ましてや、レティツィアとオスカーの顔を知っているのは第二王子だけだ。雇った殺し屋や傭兵は、本人と確認のしようがない。

「よろしくお願いしますね。……ですが、クレア、その恰好で大丈夫かしら? 誰かが襲ってきたら、対応しづらいのではなくて?」

 レティツィアが普段着るようなドレス姿で大変美しいが、殺し屋たちが襲ってきたら戦えないのではと心配になる。

「心配されないでください。ほら、ここに見えないように切れ込みがあります」

 クレアがドレスのスカートを大胆に巻き上げると、スカートに少なくとも四つほど縦にスカートが切れている。そして、スカートの中にはボトムスの長いパンツも穿いている。

「まあ! 分からなかったわ!」
「なので……」

 クレアがちょいちょいと、近くにいた別の<暗闇>のメンバーと思われる人物を指で呼び、嫌そうな表情のそのメンバーが近寄ると、足技を繰り出した。足蹴りや足回しでメンバーを軽く攻撃する。

「このように、足による攻撃もお手の物です」
「すごいのね!」

 パチパチと喜んで拍手を送るレティツィアに、クレアは演技かかった礼をして、最後に片目をパチンとウインクした。なんとも明るい女性である。

「とはいえ、第二王子はあくまでも王女殿下のことは誘拐することを目論んでいるはずです。なので、私よりも危険なのは陛下を演じるロビンの方と思われます。確実に殺しに来るはずですので」

 危ない目に合わせて申し訳ない、と眉を寄せるレティツィアの肩を、オスカーが抱き寄せる。

「レティを怖がらせるんじゃない。レティ、諜報部隊とはいえ、<暗闇>は荒事に慣れています。それに、<暗闇>の一員なら、これくらいは朝飯前の仕事です。狙われていると分かっている上で対処すればいいのですから。敵が分からない状態とは状況が違います。そうだよな?」
「あはは、もちろんですー」
「当然です。ったく、お前が余計なこと言うから」

 オスカーの質問に、クレアはへらっと笑って答え、ロビンはそのクレアにぶつぶつと文句を言っている。

 舞台は整った。
 レティツィアはあと二日はここにいることになっている。その情報は漏らしているから、その間に、きっと第二王子は行動を起こすだろう。

 その日は夜になっても何も動きがなく、一日が終え、その次の日。

 闇に紛れて、王宮に比べて警備の薄い離宮の敷地に侵入者が十名ほどいた。事前に離宮の敷地を調べていたのか、警備に見つかることなく離宮の屋内へ侵入した。

 夜のこの時間は、王と婚約者の王女は食事中だと調べていた通りだった。部屋の明かりを落とし、あちこちにキャンドルが揺らめき、恋人たちの甘やかな食事時間といった雰囲気の部屋に、侵入者が入り込んだ。

 先に侵入者に気づいた王が立ち上がり、それを追うように婚約者の王女が立ち上がり小さく恐怖の声を上げた。

 複数名、殺意を持った男たちが王を攻撃した。そして侵入者の男の一人が王女を後ろから捕まえようとしたとき、王女が一瞬で腰を低くして男の足を払った。その後、豪快に転倒した男が両手で鼻を抑えてよろよろと起き上がろうとしたところ、王女は男の顔目掛けて拳をいれた。男はそのまま床へ。

「ありゃ。綺麗に決まっちゃった」

 王女は「しまった」と言いたげな声を出す。多少は防御されるかと思っていたので、まさか、ここまで完璧に決まると思っていなかったのだ。男は完全に失神していた。

 そして、王女を捕まえようとした男以外の男たちも、次々に王と王の部下と思われる人たちに捕まえられた。

「逃げようとしていたやつがいたぞー」

 経験からか、形勢が不利なのを悟ったのだろう。逃げた侵入者を捕らえた部下が、廊下から室内に入ってきた。

「これで全員か?」

 決して無事とは言えない侵入者たちは、ところどころに赤色をにじませている。その中で意識がないのは、王女が対応した侵入者のみである。

「敷地を囲む柵から入った侵入者の数と一致する。全員で間違いなさそうだ」
「というか、クレア、ああいう大ぶりな技は使うな。普通は避けられて逆に攻撃されるだろ」
「だって、これが執着クズ王子でしょ? 雇ったプロじゃないし、あんなに綺麗にひっくり返られて、殴ってくれって顔を上げるんだもん、こんな簡単に寝ちゃうと思わないし。ちょっと予想外に決まり過ぎちゃったけど」

 王女に似せた恰好と化粧、そしてキャンドルの明かりくらいしか周りを照らしていないため、第二王子はクレアを王女だと思い込んでいたのだ。その王女に攻撃され、思考が付いていかないうちに意識を飛ばすはめになっている。

 そして、その後、離宮に侵入する者が複数いて、全員捕らえたとレティツィアとオスカーに連絡があったのである。

 この二日間、秘密裏にレティツィアは離宮の敷地外の宿でオスカーと待機していた。連絡を聞き、オスカーと共に離宮に入る。

 捕らえられた侵入者は、やはり第二王子であった。第二王子と一緒にいた侵入者も全て捕らえられ、彼らと第二王子は別の牢に捕らえられていた。

 コツコツと足音と立てて現れたレティツィアを見て、第二王子は叫んだ。

「レティツィア! 俺をここから出せ! 俺にこんなことをしていいと思っているのか!」
「俺を殺そうと狙っていた男を、簡単に牢から出すと思うか?」
「アシュワールド王! お前ぇ! レティツィアを返せ! 俺のだぞ!」
「違う。レティは俺のだ」

 憎悪を込めてオスカーを睨み、牢の柵をガンガンと蹴る第二王子に、レティツィアはビクっと震える。そんなレティツィアをオスカーが抱きしめた。

「お前は、もう二度とレティに会うことは叶わない。レティを長い間苦しめたことを反省するんだな。許すことはないが」
「レティツィアに触るな! 俺の物だ! 早くここから出せ! いいか、覚えてろよ、国に帰ったら、何倍にも返してやるからな!」

 まだ第二王子はぎゃあぎゃあと叫んでいたが、オスカーは第二王子から離すようにレティツィア連れて牢を出た。悪意に悪酔いしたのか、レティツィアはフラフラと足元が危い。オスカーはレティツィアを抱き上げた。

「大丈夫、悪夢はもう終わりです。ここからは俺がうまく対処しますから」
「……はい。宜しくお願いします」

 青い顔で縋るようにオスカーに抱き付くレティツィアは、オスカーの温かい体温に、やっと少しほっとするのだった。
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