上 下
39 / 45
第三章 執着の行方

39 噂1

しおりを挟む
 建国パーティーが行われた三日後の朝、ヴォロネル王国で驚くべきニュースが流れた。

『レティツィア王女とアシュワールド王、ご婚約!』

 その突然のニュースは、紙に印刷され街で大量に配られたため、王都の街中ですぐに喜ばしいと噂が広まった。

 そして、さらに驚くべきことに、その日の午前中にはアシュワールドから華々しく多くの騎士たちが現れた。彼らは、アシュワールドに戻る王とその婚約者を護衛する重要な役割があるらしい。しかしその騎士たちと一緒に来た豪華な馬車は、護衛という言葉が霞むくらい豪華絢爛で、国民は単にお祝い事として捉えただけだった。

「元気でいるのですよ。結婚式で、無事なあなたの顔を見せて頂戴」
「はい、お母様」

 両親と兄たちと別れの挨拶と抱擁を済ませて、レティツィアはオスカーと三兄シルヴィオと共に豪華絢爛な馬車に乗り込む。

 レティツィアを乗せた馬車とアシュワールドの騎士たち、そしてヴォロネル王国からもたくさんの騎士を出し、レティツィア一行の行列は、喜ばしい婚約行列であったと、後世まで語り継がれることになる。

 王国中にこんな噂話が流れた。

「アシュワールド王は王女に一目惚れして、今すぐ婚約したいと王に告げたそうだ」
「早く結婚したいと、婚約期間を短くして王女の誕生日に結婚式をされるそうよ」
「結婚式まで一時も王女と離れたくないと、アシュワールド王は王女をすぐに連れ帰られることにしたそうだ」
「兄王子は王女を心配して、アシュワールドに入国するまでお見送りをするそうよ。たいそう仲の良い兄妹だったというから、それは心配でしょうねぇ」
「だが、アシュワールド王は王女にたいそう惚れていて、結婚式前にアシュワールドで宝石の有名な土地に立ち寄るそうだよ。王女に宝石をプレゼントしたいらしい」
「さすが、我が国の王女だ、愛されているな!」

 人は他人の恋の話は大好きなものである。その噂はその日の内に国中に広がった。

 それらの噂は当然、オスカーの計画通りに広めた噂である。情報操作された噂は、どこかで多少は変化するだろうが、第二王子にその噂が届けばいいだけだ。あとはオスカーの思惑通り、第二王子が踊ってくれればいい。

 豪華な行列が王都を抜けた。馬車の中から国民たちに笑顔で手を振っていたレティツィアは、今のところ心配していた第二王子の襲撃もなく、ほっと息を付く。噂が出た当日に出発したので、どんなに早くその噂を第二王子が知ったとしても、すぐに妨害はできないだろうとは思っていた。しかし、それでもドキドキしていたレティツィアの心配は杞憂だったらしい。

「レティ、少し落ち着いたらいい。第二王子がヴォロネル王国で動かせる手駒は多くない。プーマ王国に戻って作った騎士団を呼ぶにしても、もう少し時間がかかるから。ずっと気を張っていたら疲れてしまうよ」

 三兄シルヴィオが隣に座るレティツィアを右手で抱き寄せ、レティツィアの顔を覗き込んだ。

「……そうよね。つい心配してしまって。少し落ち着かなきゃね」

 レティツィアはシルヴィオの左手を握り、何度か深呼吸をする。そうやって落ち着いてから、ふと前を見ると、オスカーがニコっと笑みをレティツィアに向けた。

「レティ、俺の隣に来て欲しいな」
「レティは俺の隣でいいんです。アシュワールドに行けば、ずっとレティを独り占めする気でしょう。あと一日くらい我慢できないのですか?」
「俺の婚約者ですし」
「俺の妹です」

 ここ数日、三兄シルヴィオとオスカーは、どうしてかこの調子なのである。

「レティ、アシュワールド王は独占欲の強い男だよ! 止めておいた方がいい。今なら、まだ引き返せる! 婚約破棄してもいいんだ!」
「え!? やだ……オスカー様と結婚したいもの。それに、独占してもらえるのは嬉しいし……」
「あああ、レティがすっかり毒されている……」

 シルヴィオはショックの顔でレティツィアを抱きしめる。一方、レティツィアの言葉を聞いたオスカーは機嫌が良い。

「だいたい、こんな突然横から出てきた男に可愛いレティを渡すつもりで、レティを大事に育てたわけではなかったのに……」
「そこは感謝しますよ。レティがこんなに可愛いのは、兄上たちのお陰でしょうね」
「兄上など呼ばないでいただきたい。俺より年上ですよね」
「ですが、レティの兄上ですし」

 あはは、とレティツィアは苦笑いするしかない。

「ああ、心配だな。レティをこの男に嫁がせるなんて。レティ、俺も兄上たちもいないからね、この男にいじめられたら、すぐに手紙を送るんだ。俺が飛んで行くから」
「うん……」

 オスカーにいじめられるとは思っていないが、シルヴィオの言葉で兄たちがいない生活の現実に寂しく思ってしまう。

「お兄様、オスカー様がね、お兄様たちには甘えていいって言ってくれたの。ね、オスカー様」

 アシュワールドでオスカーが言ってくれた言葉。それを確認すると、オスカーは一瞬無言になったあと、少しして口を開いた。

「……そうだね」

 ニコニコと嬉しくて笑ったレティツィアは、シルヴィオに口を開く。

「だから、たまには……時々……少し多く、わたくしに会いにアシュワールドに来て?」
「もちろん、行くよ! レティがちゃんと幸せにしているか確認しないとね。そしてたくさん甘やかしてあげる」
「うん!」

 オスカーが笑顔で固まっているとは知らず、レティツィアは嬉しくてシルヴィオに抱きつくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」 異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。 体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。 そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。 ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー 基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください イラスト:八色いんこ様 この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

処理中です...