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第三章 執着の行方
38 急転 ※カルロ視点
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「アシュワールド王と婚約したぁ!?」
レティツィアの自室では、レティツィアの乳母の息子カルロの驚愕の声が響いた。
「うん。それで、わたくしは明後日アシュワールドに出発するの」
「いつのまに、どうしてそうなった……」
いつか聞いたような会話を繰り広げるカルロは、前回とは違い、レティツィアの部屋にいる異様な存在のオスカーをちらっと見た。そのオスカーは、ソファーに座り、隣のレティツィアを右手で抱き寄せ、レティツィアの腰に手を置いたまま優雅に紅茶を飲んでいる。
本日のカルロは、いつものようにレティツィアの様子を見に来ただけだった。
レティツィアがアシュワールドにお見合いに行ったことも、アシュワールド王に婚約の申し込みをされたことも、それを国として断りを入れたことも知っていた。レティツィアがそれで落ち込んでいることも知っていて、心配なので最近頻繁にレティツィアを訪問して様子を見ていたところだったのだ。
レティツィアに会ってみれば、なぜかアシュワールド王という大物が部屋にいるし、なぜか王がカルロと会いたいと言ったからと、王にカルロは紹介されるし、婚約したなどと聞くし、大混乱中である。
「オスカー様との婚約の契約は、昨日終えたの。でも、明後日ここを出発する日までは機密事項なのよ。内緒にしてね」
「またそれか……。第二王子は大丈夫なのか?」
「これから大丈夫になる予定なの」
「それも機密事項なんだろ? 俺には細かいことは言わなくていいから」
どうやら、何かが起こる予定らしいと察したカルロは、ちらっとオスカーを見る。そのオスカーが口を開いた。
「俺に結婚を申し込まれないために、レティツィアにその方法を伝授したとか。レティツィアは君をかなり信用しているようだね」
「伝授などと、とんでもない! レティに相談されたので、こういう方法はどうかと言ったまでで――」
「レティ、と呼んでいるんだね」
前から見えないカルロの背中に、だらだらと汗が伝い流れる。
「レティツィア、兄上たちも『レティ』と呼んでいたけれど、愛称なのかな」
「はい。お兄様たちと、従姉妹のレベッカとラウル、そしてカルロがそう呼びます。昔はマリアもそう呼んでいたのですが、わたくしの侍女になってからは『レティツィア殿下』となってしまって」
レティツィアがしゅんとしてマリアを見るが、カルロはそれどころではない。マリア自身は、少し離れて控えているところから「他の使用人に示しがつきませんから」と返事をしている。
「なるほど。レティツィア、俺も近しい人間しかいない時には、『レティ』と呼んでもいいですか?」
「はい! もちろんです!」
嬉しそうに微笑むレティツィアに、オスカーが額にキスをする。なんとも婚約したばかりの恋人たちの甘々空気なのだが、カルロだけは蛇に睨まれたカエル状態である。オスカーはカルロに再び顔を向ける。
「君には感謝しているんだ。君に伝授されて、レティが兄上たちに接するように普段通りでいてくれたお陰で、俺は最愛の女性を見つけることができた」
「お、恐れ入ります……」
「これからもレティのために力になってあげてほしい」
「……承知しました」
「二度とレティと親しく呼ぶな」「レティと今まで通り慣れ合うことは禁じる」というようなことを言われるかと身構えていたカルロは、意外にも拍子抜けな言葉に力が抜ける。
レティツィアと仲の良い男だと、オスカーがカルロを視線でけん制しているのは間違いない。それでも、レティツィアのために親しい仲を邪魔することはしたくないのだろう。
こういうところは、第二王子とは全然違う。レティツィアの意思など関係ないと、自分の気持ちだけを押し付け、果てには権力や武力で押し負かそうとしていた。仮にも好きな相手に、よくそこまで強引に迫れるものだ。しかもレティツィアに執着していたわりには、寄って来る女性にも手を出していた。レティツィアに執着しているのは国内では有名な話なのに、それでも良いと寄っていく女性も女性だが、第二王子も都合の良い女性として扱っていた。あんな男にレティツィアが嫁に行くことにならずに済んで安心である。
アシュワールド王は、王としてかなりのやり手だと聞いている。カルロが見る限り、レティツィアに相当惚れているようだし、きっとレティツィアを大事にしてくれるだろう。
「カルロ、それでね、結婚式にはアシュワールドまで来て欲しいの。わたくしの誕生日の日なのだけれど」
「……はぁ!? もう十日ちょっとしか日にちがないじゃないか! ……あれ、今度ではなくて、来年の話?」
「ううん、今度の誕生日よ」
「………………」
普通、王侯貴族の婚約期間は一年以上は設けるものだ。なのに、レティツィアの婚約期間は十日ちょっとしかない。明らかに異常だけれど、きっと両陛下も兄上殿下たちも承知している話なのだろう。カルロが口出しするべきではない。
「分かった。もちろん参加させていただく」
「ありがとう!」
ニコニコと幸せそうなレティツィアを見れば、もうなんだっていいと思う。やっと訪れる、妹のような可愛いレティツィアの幸せを、カルロは喜んで願うのだった。
レティツィアの自室では、レティツィアの乳母の息子カルロの驚愕の声が響いた。
「うん。それで、わたくしは明後日アシュワールドに出発するの」
「いつのまに、どうしてそうなった……」
いつか聞いたような会話を繰り広げるカルロは、前回とは違い、レティツィアの部屋にいる異様な存在のオスカーをちらっと見た。そのオスカーは、ソファーに座り、隣のレティツィアを右手で抱き寄せ、レティツィアの腰に手を置いたまま優雅に紅茶を飲んでいる。
本日のカルロは、いつものようにレティツィアの様子を見に来ただけだった。
レティツィアがアシュワールドにお見合いに行ったことも、アシュワールド王に婚約の申し込みをされたことも、それを国として断りを入れたことも知っていた。レティツィアがそれで落ち込んでいることも知っていて、心配なので最近頻繁にレティツィアを訪問して様子を見ていたところだったのだ。
レティツィアに会ってみれば、なぜかアシュワールド王という大物が部屋にいるし、なぜか王がカルロと会いたいと言ったからと、王にカルロは紹介されるし、婚約したなどと聞くし、大混乱中である。
「オスカー様との婚約の契約は、昨日終えたの。でも、明後日ここを出発する日までは機密事項なのよ。内緒にしてね」
「またそれか……。第二王子は大丈夫なのか?」
「これから大丈夫になる予定なの」
「それも機密事項なんだろ? 俺には細かいことは言わなくていいから」
どうやら、何かが起こる予定らしいと察したカルロは、ちらっとオスカーを見る。そのオスカーが口を開いた。
「俺に結婚を申し込まれないために、レティツィアにその方法を伝授したとか。レティツィアは君をかなり信用しているようだね」
「伝授などと、とんでもない! レティに相談されたので、こういう方法はどうかと言ったまでで――」
「レティ、と呼んでいるんだね」
前から見えないカルロの背中に、だらだらと汗が伝い流れる。
「レティツィア、兄上たちも『レティ』と呼んでいたけれど、愛称なのかな」
「はい。お兄様たちと、従姉妹のレベッカとラウル、そしてカルロがそう呼びます。昔はマリアもそう呼んでいたのですが、わたくしの侍女になってからは『レティツィア殿下』となってしまって」
レティツィアがしゅんとしてマリアを見るが、カルロはそれどころではない。マリア自身は、少し離れて控えているところから「他の使用人に示しがつきませんから」と返事をしている。
「なるほど。レティツィア、俺も近しい人間しかいない時には、『レティ』と呼んでもいいですか?」
「はい! もちろんです!」
嬉しそうに微笑むレティツィアに、オスカーが額にキスをする。なんとも婚約したばかりの恋人たちの甘々空気なのだが、カルロだけは蛇に睨まれたカエル状態である。オスカーはカルロに再び顔を向ける。
「君には感謝しているんだ。君に伝授されて、レティが兄上たちに接するように普段通りでいてくれたお陰で、俺は最愛の女性を見つけることができた」
「お、恐れ入ります……」
「これからもレティのために力になってあげてほしい」
「……承知しました」
「二度とレティと親しく呼ぶな」「レティと今まで通り慣れ合うことは禁じる」というようなことを言われるかと身構えていたカルロは、意外にも拍子抜けな言葉に力が抜ける。
レティツィアと仲の良い男だと、オスカーがカルロを視線でけん制しているのは間違いない。それでも、レティツィアのために親しい仲を邪魔することはしたくないのだろう。
こういうところは、第二王子とは全然違う。レティツィアの意思など関係ないと、自分の気持ちだけを押し付け、果てには権力や武力で押し負かそうとしていた。仮にも好きな相手に、よくそこまで強引に迫れるものだ。しかもレティツィアに執着していたわりには、寄って来る女性にも手を出していた。レティツィアに執着しているのは国内では有名な話なのに、それでも良いと寄っていく女性も女性だが、第二王子も都合の良い女性として扱っていた。あんな男にレティツィアが嫁に行くことにならずに済んで安心である。
アシュワールド王は、王としてかなりのやり手だと聞いている。カルロが見る限り、レティツィアに相当惚れているようだし、きっとレティツィアを大事にしてくれるだろう。
「カルロ、それでね、結婚式にはアシュワールドまで来て欲しいの。わたくしの誕生日の日なのだけれど」
「……はぁ!? もう十日ちょっとしか日にちがないじゃないか! ……あれ、今度ではなくて、来年の話?」
「ううん、今度の誕生日よ」
「………………」
普通、王侯貴族の婚約期間は一年以上は設けるものだ。なのに、レティツィアの婚約期間は十日ちょっとしかない。明らかに異常だけれど、きっと両陛下も兄上殿下たちも承知している話なのだろう。カルロが口出しするべきではない。
「分かった。もちろん参加させていただく」
「ありがとう!」
ニコニコと幸せそうなレティツィアを見れば、もうなんだっていいと思う。やっと訪れる、妹のような可愛いレティツィアの幸せを、カルロは喜んで願うのだった。
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