上 下
37 / 45
第三章 執着の行方

37 賭け2

しおりを挟む
「レティ、それはただの脅しだ! レティは気にする必要はない」
「でも……」

 ただの脅しではなかったら? 怖い想像が頭をよぎる。そんなレティツィアをオスカーが抱き寄せた。

「レティツィア、兄上の言う通り、気にする必要はない。それに、レティツィアは俺と結婚するのでしょう? あのような男になど渡さない」
「え……ですが、婚約の申し込みはこの前お断りを――」
「うん。だから、再びレティツィアに婚約を申し込む。第二王子と同じことをしていることに不快に感じるかもしれないが」

 不快などあるわけない。むしろ嬉しいと思ってしまう。同じ再度の求婚でも、人が違うだけでこうも違うとは。
 オスカーは両親と兄たちを向いた。

「俺はレティツィアを愛しています。レティツィアを大事にしますから、レティツィアを俺にください。俺と結婚させてほしい」

 一度婚約の話が上っていたとはいえ、両親も兄たちも驚愕である。一番早くに反応したのは、三兄シルヴィオだった。

「ちょっと待ってください! レティの気持ちも聞かず――」
「レティツィア、俺の事、好きだと言っていましたよね?」
「……はい。好きです」

 恥ずかしくて一瞬息が止まったが、レティツィアは素直な気持ちを告げる。オスカーが微笑み、兄たちに顔を向けた。

「レティツィアの気持ちも俺にあるようです」
「ぐっ……!」

 シルヴィオが悔しそうな声を出すのを横目に、長兄アルノルドが冷静な顔で口を開いた。

「愛だけで結婚できる立場ではないはずです。レティツィアの話を聞いたでしょう。第二王子は戦争に躊躇しない意見の持ち主です。騎士団一つ作ったくらいで戦争など無理でしょうが、あの男が王になどなれば、将来的に戦争の可能性はありえる。あなたがレティツィアを娶れば、第二王子は黙っていない。そうなれば、アシュワールドだって平和ではいられないかもしれないのですよ?」
「ええ、そうですね」

 そんなこと、最初から分かっているとでも言うように、オスカーは頷いた。レティツィアは俯く。平和ではいられないと分かっているのに、それでもレティツィアと結婚したいと言ってくれているのだということは分かるが、オスカーが治めるアシュワールドも危険な目に合わせたくはない。レティツィアとオスカーは結婚するべきではないのだ。そう思っていたが、次にオスカーが言ったことに顔を上げた。

「第二王子が王になれば、その可能性もあります。ただ、第二王子を王にはさせない」
「……どういう意味でしょう」

 アルノルドの声に笑みを浮かべたオスカーが、急にレティツィアを抱き上げ膝に乗せた。どうして突然!? と混乱するレティツィアの腰に手を回し、膝から落ちないように支える。そして驚愕している両親と兄たちに向けて口を開いた。

「第二王子がレティツィアに強引に無体を働くのを見て、あの男の下種具合は治らないだろうと確信しました。あの男は周りにとって害でしかない。もう二度とレティツィアに触れさせはしません」

 レティツィアはパチパチと目を瞬いた。笑っているが、オスカーはどうやら怒っている。第二王子から、冷静に助けてくれたと思っていたのだが、違うのかもしれない。実は怒り心頭だったのかもしれない。

「俺にはプーマ王国第一王子という友人がいます。友人とはいえ、互いに立場はあるので、彼が王位に付く手助けはほどほどにしていたのですが、考えが変わりました。友人ですから、大きく手助けすることにします。彼には王太子になってもらう。ただ、それには、あなた方の協力も必要ですが」

 オスカーは説明をする。これからの計画について。その内容を聞いて、次兄ロメオが眉を寄せた。

「その計画は、レティツィアとアシュワールド王も危険な可能性があるのでは?」
「俺たちが餌なので、多少は危険の可能性があります。ですが、約束しましょう。レティツィアは絶対に傷一つ付けさせません」

 まだ考えている兄たちに、レティツィアは口を開いた。

「お兄様、わたくしは今まで第二王子にずっと危険な目に合わされてきたわ。でも、うまくいくなら、第二王子絡みの危険はこれが最後になるはず。わたくしは賭けてみたいです」

 レティツィアの言葉に、みな意見は一致したようだ。

「わかりました。その計画に乗りましょう」

 アルノルドの言葉に、レティツィアは嬉しくてオスカーに抱き付いた。母が後ろで嬉しそうな声を出す。

「まあまあ、よかったわね、レティツィア! 娘が好きな人と結婚なんて、わたくしも嬉しいわ!」

 そう、この計画には、レティツィアとオスカーの婚約と結婚も含まれている。皆の同意も得られたため、レティツィアは正式にオスカーと婚約することになるのだ。

 諦めていた、好きな人と結婚。感極まってオスカーの頬にキスをするレティツィアの後ろでは――。

「やあねぇ、娘の結婚が決まったというめでたい時に、なんですの? この暗い雰囲気は」

 王妃は夫と息子たちを呆れたように見て、それから夫の頬に指でツンツンしている。

「あなた、最初の挨拶以降、ほとんど声を出していないでしょう。途中から結婚の道筋が見えてしまって、現実逃避をしていらしたの?」
「……私の可愛い娘が、突然結婚しそうとなれば、そうなるだろう」
「まったくもう。息子三人なんて、屍のようではないの」

 三人の兄たちは全員片手で目を覆って下を向いている。
 王妃は娘に顔を向けた。ずっと第二王子に狙われていた娘が、心の底から嬉しそうに未来の夫と会話している。重要な計画はこれからだ。しかし、今はもう少し嬉しそうな顔の娘を眺めていたいと思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

処理中です...