上 下
35 / 45
第三章 執着の行方

35 逃げられない2

しおりを挟む
「俺はできることなら、穏便に妻を迎えたい。妻の親族にも祝ってもらえるほうが、妻も嬉しいだろう。だから、数日後にレティツィアに正式に求婚状を送る」
「……きっと、その求婚はまた断られると――」
「言っておくが、これは最終通告だ。よく考えたほうがいい」

 レティツィアは怪訝な顔をする。それはどういう意味なのだろう。次も断れば、また誘拐するという意味なのだろうか。

「先日、帰国したときに俺専用の騎士団を立ち上げた」
「……騎士団ですか?」
「剣術に長けたものがたくさん集まった。血気盛んなものも多く、俺の命令一つで、喜んで武力を行使するだろう」
「………………」

 レティツィアは青くなった。第二王子は、すぐにでもヴォロネル王国を侵略しようとしているのだろうか。戦争という話題を先日したばかりだ。でもそれは、すぐすぐの話ではないと思っていた。騎士団というが、さすがに一つの騎士団くらいでは、ヴォロネル王国に攻め入ることはできまい。ただ、第二王子が作った騎士団以外も攻撃に加わるのなら? 王でも王太子でもない、ただの王子の命令に動く軍が多いとしたら。

「レティツィア、レティツィアの父たちを説得するんだな。レティツィアは可愛がられているだろう。娘が俺と結婚することを願っていると分かれば、可愛い娘の願いは叶えてくれるはずだ」

 戦争をしたくないのなら、自ら妻になると父に言え。暗にそう告げる第二王子に、レティツィアはもう抵抗する気は失せた。レティツィアは第二王子から逃げられない。

「……父に、お願いしてみます」

 表情の抜けた顔で告げるレティツィアに、第二王子は満足そうな笑みを向けた。そして第二王子は、片手でレティツィアの顎を上向かせると、レティツィアの唇に自身の唇を近づける。

「ぐぇ!?」

 傍まで迫った唇が急に離れたと思うと、第二王子はカエルのような声を出してバルコニーの床に投げ出された。

 そこにいたのはオスカーだった。第二王子の首元の服を引っ張ったらしい。げほげほと咳き込んだ第二王子が叫んだ。

「誰だ、お前! 俺を誰だと思ってる!」
「プーマ王国の第二王子だろう。王子が、女性に無体を強いるのを見たなら、止めに入るのが紳士というものだ」
「お前には関係ない――」
「ああ、それと、俺はアシュワールドの王だ。一介の王子風情には、口の利き方を教えてあげた方がいいか?」
「アシュワールド王!?」

 くっと表情を歪め、第二王子は舌打ちして立ち上がった。そしてレティツィアに「説得を忘れるなよ!」と捨て台詞を吐いて去っていく。

 オスカーがレティツィアに近づき、レティツィアを抱きしめた。

「遅くなりました。あの男に何かされましたか?」

 レティツィアから体を離して、顔を覗き込むオスカーにレティツィアは顔を振る。心配そうな顔を向けるオスカーは、レティツィアの唇を親指で触った。

「……キスされてしまいましたか?」

 レティツィアが首を振ると、オスカーはほっとした顔で、またレティツィアを抱きしめる。

「少し前に、令嬢たちと一緒にいるレティツィアに気づいたのですが、俺が他国の知人に話しかけられてしまって。レティツィアがいないのに気づいて慌てて探したのですが、ここにいることに気づくのが遅れて悪かったです。怖かったでしょう」

 ほっとして、じわじわと涙が溢れるが、レティツィアは泣いてはいけないと、ぐっと我慢をする。レティツィアを離したオスカーが、レティツィアを見て口を開く。

「泣くのを我慢しなくてもいいですよ」

 レティツィアは首を振る。この後、ホールを移動するなら、王女としての顔を招待客が見ることになる。泣いていたとバレるわけにはいかない。しかし、口を開いてしまえば、泣き出してしまいそうなので、口を開くこともできない。

 そんなレティツィアの心の内が分かるのか、再びオスカーはレティツィアを抱きしめた。レティツィアを落ち着かせるように強く抱きしめる。そうするうちに、レティツィアもだんだんと落ち着いてきた。

「……オスカー様、助けていただき、ありがとうございます」

 レティツィアを離したオスカーは、ほっとした顔をした。

「落ち着きましたか」
「はい」

 会いたかったオスカーは、離れた日と何も変わっていないように見える。レティツィアの好きな、オスカーのままだ。「会いたかった」と言いたいけれど、オスカーの婚約を断ってしまっているため、それを口にするのは憚れた。しかし、どうやらレティツィアの気持ちは伝わってしまっているらしい。

「俺に会いたかったですか?」
「………………はい。会いたかったです」

 笑みを浮かべたオスカーは、レティツィアの頬にキスをする。顔が熱い。でもキスは嬉しくて、思わずオスカーに抱き付く。やはりオスカーが好きだと思っている時に、はっとした。

「マリーナ様!」

 レティツィアのせいで人質になっていたマリーナの存在を思い出す。

「レティツィア、大丈夫。バルコニーの扉の前にいた令嬢は、俺の部下が助けているから」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

 オスカーと共にバルコニーから中に入ると、オスカーの部下という男性と一緒にいた、不安そうにしていたマリーナがレティツィアを見てほっとした顔をした。マリーナはケガなどはなく、レティツィアも安心した。

 しかも、マリーナを人質にしていた男と第二王子はおらず、騒ぎにもなっていない。オスカーの部下はアシュワールドの侯爵令息とのことだった。青い顔でじっとしているマリーナに気づき、ナイフでマリーナを脅していた男を静かに対処したらしい。素晴らしい手腕である。

 お陰で、レティツィアたちに起きたことを客の誰も気づいていないようだ。騒ぎにしたくないレティツィアは、胸をなでおろす。

 レティツィアたちは、ひとまず長兄アルノルドの元へ向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」 異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。 体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。 そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。 ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー 基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください イラスト:八色いんこ様 この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

処理中です...