33 / 45
第三章 執着の行方
33 先行き
しおりを挟む
レティツィアがアシュワールドから帰国して、一ヶ月ほど経過していた。兄の言うように、オスカーからの婚約の打診は、国としてすでに断っている。
最近はめっきりと秋らしい日々となり、あと一ヶ月もすれば、レティツィアは誕生日を迎える。十八歳になれば、成人となるのだ。
プーマの第二王子だが、レティツィアがアシュワールドにいた間に、予定通り王立学園を卒業していた。そしてすぐにプーマ王国に帰国したと聞いていたが、最近再びヴォロネル王国へ戻ってきたという。もう戻ってこなければいいのにと、何度思ったことか。
アシュワールドから帰国してからというもの、レティツィアは今のところ第二王子とは接触していない。誘拐もされていない。それは、レティツィアがほとんど自室で過ごしているからだろう。もしかしたら、第二王子はあと少しで成人するレティツィアを、わざわざ今誘拐する必要はないと思っているのかもしれない。
つかの間の平穏。ただの嵐の前の静けさなのかもしれない。もうこのまま静かに過ごしたい。
そんなある日だった。レティツィアが両親と長兄アルノルドと夕食を共にしていた時、アルノルドが言った。
「今度のパーティーには、アシュワールド王自身が来られるそうだ」
「オスカー様が出席される?」
ヴォロネル王国では、王国が建国された秋の日に毎年パーティーが開かれる。国内だけでなく、毎年国外からも王侯貴族を招待している。ただ、いつもアシュワールドの王に招待状を送っていたが、毎年王ではなく王の代理人が出席していた。しかし、今年はオスカー自身が出席するという。
パーティーは半月後。もしかしたら、レティツィアに会いに来てくれるのだろうかと、期待してしまう。パーティーまでそわそわとして過ごしていたものの、だんだんと気持ちがしぼんでいく。
オスカーに似たくまのぬいぐるみを抱きしめる。
オスカーは、もうレティツィアのことを何とも思っていないかもしれない。ただ招待されたから、パーティーに出席するだけ。レティツィアはすでに婚約を断っている。だから、レティツィアの次のお見合い相手とお見合いをしている可能性もある。その女性と、すでに婚約の話が上がっているかもしれない。
第二王子に執着される面倒なレティツィアのことなど、戦争になるかもしれないことを考えれば、オスカーがレティツィアをいまだ好きでいてくれるなどと期待するレティツィアが馬鹿なのだ。
それに、レティツィアは自分自身のことばかり考えていてはいけない。戦争になるかもしれないというのは、ヴォロネル王国にも同じことが言えるのだ。例えレティツィアがオスカーと結婚しなくても、第二王子のものにならないなら、第二王子は言いがかりでも付けてヴォロネル王国に宣戦布告するかもしれない。
今レティツィアが第二王子のものになるなら、まだ戦争は免れるだろう。
アシュワールドでオスカーに求婚されるまで頭の中で考えていた、第二王子の求婚を受け入れると両親に告げようと思っていたこと。オスカーと結婚できると、思考の奥に追いやったその考えを、再び思い出すしかないのだ。
長兄アルノルドの『休憩係』のレティツィアは、アルノルドの膝の上で思いつめた顔で口を開いた。
「お兄様、わたくし、プーマ王国第二王子ディーノ様の求婚を受け入れるわ」
「……何を言っている?」
「今ならまだ、間に合うでしょう? 次にまた正式な求婚状が届いたら、婚約するわ。これ以上、もう争いも揉め事もしたくないの。戦争なんて起きる前に、争いの種を取っておきたいから」
「レティをあんな男にはやらない」
ぐぐぐ、とレティツィアは泣きそうになるのを我慢した。
「わたくしなら、大丈夫。今まで、お兄様たちに十分守ってもらったもの。もうすぐ成人するのだもの、もう大人よ。これからは自分で厄災に対処できるようにならないといけないわ」
「レティが俺たちにとって可愛くて甘えたな妹でも、本当は王女として大人な対応のできる子だというのは知っている。でも、あのような話の通じない、最低な男の対応など、大人なレティにもさせたくない。傷つくと分かっているのに、俺たちがレティにそんなことさせるわけないだろう」
「で、でも……」
「俺たちだって、何もしていないわけではない。第二王子を王太子になどさせるわけにはいかないから、裏で動いているんだ。プーマ王国には話の通じる第一王子ダリオがいる。第一王子が王太子となるよう、秘密裏に協力しているところだ」
そんなことになっているとは知らないレティツィアは、驚愕に目を見開いた。
「今のところ、五分五分といったところではあるが……、まだ悲観的になる必要はない。王太子が決まるまで、まだ時間は必要だろう。レティはそれまで俺たちに守られていればいいんだ」
本当に待っていれば良い方向へ進むのだろうか。未来がどうなるか分からないが、レティツィアはアルノルドの言葉に頷いた。
最近はめっきりと秋らしい日々となり、あと一ヶ月もすれば、レティツィアは誕生日を迎える。十八歳になれば、成人となるのだ。
プーマの第二王子だが、レティツィアがアシュワールドにいた間に、予定通り王立学園を卒業していた。そしてすぐにプーマ王国に帰国したと聞いていたが、最近再びヴォロネル王国へ戻ってきたという。もう戻ってこなければいいのにと、何度思ったことか。
アシュワールドから帰国してからというもの、レティツィアは今のところ第二王子とは接触していない。誘拐もされていない。それは、レティツィアがほとんど自室で過ごしているからだろう。もしかしたら、第二王子はあと少しで成人するレティツィアを、わざわざ今誘拐する必要はないと思っているのかもしれない。
つかの間の平穏。ただの嵐の前の静けさなのかもしれない。もうこのまま静かに過ごしたい。
そんなある日だった。レティツィアが両親と長兄アルノルドと夕食を共にしていた時、アルノルドが言った。
「今度のパーティーには、アシュワールド王自身が来られるそうだ」
「オスカー様が出席される?」
ヴォロネル王国では、王国が建国された秋の日に毎年パーティーが開かれる。国内だけでなく、毎年国外からも王侯貴族を招待している。ただ、いつもアシュワールドの王に招待状を送っていたが、毎年王ではなく王の代理人が出席していた。しかし、今年はオスカー自身が出席するという。
パーティーは半月後。もしかしたら、レティツィアに会いに来てくれるのだろうかと、期待してしまう。パーティーまでそわそわとして過ごしていたものの、だんだんと気持ちがしぼんでいく。
オスカーに似たくまのぬいぐるみを抱きしめる。
オスカーは、もうレティツィアのことを何とも思っていないかもしれない。ただ招待されたから、パーティーに出席するだけ。レティツィアはすでに婚約を断っている。だから、レティツィアの次のお見合い相手とお見合いをしている可能性もある。その女性と、すでに婚約の話が上がっているかもしれない。
第二王子に執着される面倒なレティツィアのことなど、戦争になるかもしれないことを考えれば、オスカーがレティツィアをいまだ好きでいてくれるなどと期待するレティツィアが馬鹿なのだ。
それに、レティツィアは自分自身のことばかり考えていてはいけない。戦争になるかもしれないというのは、ヴォロネル王国にも同じことが言えるのだ。例えレティツィアがオスカーと結婚しなくても、第二王子のものにならないなら、第二王子は言いがかりでも付けてヴォロネル王国に宣戦布告するかもしれない。
今レティツィアが第二王子のものになるなら、まだ戦争は免れるだろう。
アシュワールドでオスカーに求婚されるまで頭の中で考えていた、第二王子の求婚を受け入れると両親に告げようと思っていたこと。オスカーと結婚できると、思考の奥に追いやったその考えを、再び思い出すしかないのだ。
長兄アルノルドの『休憩係』のレティツィアは、アルノルドの膝の上で思いつめた顔で口を開いた。
「お兄様、わたくし、プーマ王国第二王子ディーノ様の求婚を受け入れるわ」
「……何を言っている?」
「今ならまだ、間に合うでしょう? 次にまた正式な求婚状が届いたら、婚約するわ。これ以上、もう争いも揉め事もしたくないの。戦争なんて起きる前に、争いの種を取っておきたいから」
「レティをあんな男にはやらない」
ぐぐぐ、とレティツィアは泣きそうになるのを我慢した。
「わたくしなら、大丈夫。今まで、お兄様たちに十分守ってもらったもの。もうすぐ成人するのだもの、もう大人よ。これからは自分で厄災に対処できるようにならないといけないわ」
「レティが俺たちにとって可愛くて甘えたな妹でも、本当は王女として大人な対応のできる子だというのは知っている。でも、あのような話の通じない、最低な男の対応など、大人なレティにもさせたくない。傷つくと分かっているのに、俺たちがレティにそんなことさせるわけないだろう」
「で、でも……」
「俺たちだって、何もしていないわけではない。第二王子を王太子になどさせるわけにはいかないから、裏で動いているんだ。プーマ王国には話の通じる第一王子ダリオがいる。第一王子が王太子となるよう、秘密裏に協力しているところだ」
そんなことになっているとは知らないレティツィアは、驚愕に目を見開いた。
「今のところ、五分五分といったところではあるが……、まだ悲観的になる必要はない。王太子が決まるまで、まだ時間は必要だろう。レティはそれまで俺たちに守られていればいいんだ」
本当に待っていれば良い方向へ進むのだろうか。未来がどうなるか分からないが、レティツィアはアルノルドの言葉に頷いた。
12
お気に入りに追加
608
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

「契約結婚だって言ったよな?」「そもそも結婚って契約でしょ?」~魔術師令嬢の契約結婚~
神田柊子
恋愛
王立魔術院に勤めるジェシカは、爵位を継ぐために結婚相手を探していた。
そこで、大きな商会の支店長ユーグに見合いを申し込む。
魔力の相性がいいことだけが結婚相手の条件というジェシカ。ユーグとジェシカの魔力の相性は良く、結婚を進めたいと思う。
ユーグは子どもを作らない条件なら結婚してもいいと言う。
「契約結婚ってわけだ」
「契約結婚? そもそも結婚って契約でしょ?」
……という二人の結婚生活の話。
-----
西洋風異世界。電気はないけど魔道具があるって感じの世界観。
魔術あり。政治的な話なし。戦いなし。転移・転生なし。
三人称。視点は予告なく変わります。
※本作は2021年10月から2024年12月まで公開していた作品を修正したものです。旧題「魔術師令嬢の契約結婚」
-----
※小説家になろう様にも掲載中。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる