上 下
13 / 45
第二章 王との見合い

13 王1 ※オスカー視点

しおりを挟む
 アシュワールドの王オスカーは、現在二十三歳の若き王だが、即位したのが十七歳という若さだったため、すでに王歴六年が経過していた。

 王となったオスカーが初めに着手したのは、先代の王であった兄と側近たちのせいで腐敗した世を正すこと。

 愚兄を見て育ったオスカーは、反対に賢弟と有名であった。頭脳明晰、眉目秀麗はオスカーのためにある言葉だと噂され、いずれは大公として愚兄の王を支えるのだと思われていた。実際そうなるはずだったオスカーは、女、酒、薬に溺れ若い頃の面影などなくなった巨漢の愚王が急死すると、王として君臨した。兄が側近に任せきっていた腐敗した王政を粛清するのに二年、同時に王政を正常化させるのに三年、そして王位六年が経過した現在、王オスカーの世は安定期に入っていた。

 アシュワールドの王の執務室では、王オスカーと側近で伯爵でもあるシリルが対面していた。

「他に急ぎの確認事項は?」
「今サイン頂いた事項で終わりです。他にはありません」
「急ぎの事項でなくてもいい。今から確認するから、持ってこい」
「もうありません」
「……無いわけないだろう」
「今日はもうないんですよ! 朝から書類仕事はやり終えて、重要会議も出て、急ぎも平常業務も全てこなし終わってるんです! もう捻出のしようがないんです! いい加減、休んでくださいませんか!? というか、私を休ませてください!」

 シリルは最後は半泣きで叫んでいる。

「陛下、ご自分の処理能力が化け物レベルなの、知っているでしょう! 陛下が王となって、文官を総入れ替えしたのは良いですが、処理能力が高い人物ばかり集まってしまって、陛下のような仕事中毒者続出ですよ! 何日も平気で家に帰らず風呂も入らない男たちが多くて、女官や女中から臭いと苦情が入っているの、知っていますか!?」
「風呂は入れ」
「私に言わないでください! それに私は入ってますから! というか、論点はそこではないんです! 仕事はないと言っているのだから、仕事を探すのを止めてくださいませんか? 陛下が仕事を止めないから、陛下を慕う文官たちも真似してしまいますし、このままじゃ花形花婿候補の職業の文官たちが、異例の嫁のきてがない職業になってしまいます!」
「大げさな。それに俺のせいではない」

 肩をすくめたオスカーは、シリルの小言を無視して口を開けた。

「そろそろ<暗闇>から定期連絡はないか?」

 <暗闇>とは、王直属の諜報部隊である。国内外に散らばっている。

「い、急ぎのものはありません」
「急ぎでないものは?」

 このまま仕事を終了にしたかったのだろう、抵抗気味な顔をしたシリルだが、嫌々ながら口を開いた。

「プーマ王国に放っている<暗闇>から定期連絡がありました。現在の第一王子を支持する貴族一派の割合は三割ほど。微増というところですね。中立派の根回しが上手くいっていない様子です。ただ国民からの支持は第一王子の方が断然高いです。そろそろ第二王子が留学先から卒業して帰国する予定なので、本格的に後継者争いが始まるかと」
「ふーん」
「国境の監視を強化しますか?」
「すでに平常時より一割増ししているだろう。まだそのままでいい。お前は、ダリオがこのまま負けると思うか?」

 ダリオとはプーマ王国第一王子である。ダリオは昔アシュワールドの王立学園に留学していた時期があり、同じ年齢のオスカーとシリルと同じ教室で勉学に励んだ旧友でもあった。

「現状ではそうなる確率が高いかと。陛下がもう少し支援されるなら、話は別ですが」
「旧友とはいえ、これ以上の支援は過剰だ。ダリオにはすでに相当の貸しがある。それも、あいつが死ねば、一切返ってこない貸しだ。俺に貸したい理由でも発生しない限り、今後は傍観するのみ」

 プーマ王国の第二王子を支持する者の中には、戦争に好意的な過激な一派がいる。第一王子が後継者争いに負ければ、多少なりともアシュワールドにとって影響はあるが、未来はどう転ぶか分からない。アシュワールドとしては、どちらに転んでも対応できるよう、すでに準備を進めている。

「他の<暗闇>からの定期報告は?」
「ありません」
「緊急のものでもいいが」
「もう本当にありません! お願いですから、休んでくださいませんか? 陛下が王となって、一度も一日の休暇など取っていないでしょう。久しぶりに街にお忍びで出かけてみてはいかがですか? もうすぐ夕方ですから、そろそろ酒の営業も始まるでしょうし」
「酒は自室で飲むからいい」
「この仕事中毒者!」
「仕事は趣味なんだ」
「ええ、ええ、分かってます。これまで王としての仕事が忙しくて、陛下が麻痺しているのは分かってます。仕事がないと暇なんですよね? ですが、陛下のせいで、私も休めないんです! 新婚の妻に愛想を尽かされて捨てられたら、私はどうすればいいんですか!?」
「妻に捨てられても残るのが仕事だろう。仕事があってよかったな」
「この薄情者ー!」

 シリルは本格的に泣きだした。

「陛下のお陰で妻と結婚できたからか、仕事と言えば妻は快く送り出してくれるんです! でも、そんなのいらない! 陛下と私どっちが大切? とか聞かれたい! 家に帰っても妻の寝顔しか見られないし、もう妻不足で辛くて辛くて」
「俺のお陰なら、もっと敬意を払って仕事しろ」
「してるでしょう! 身を粉にして働いてますよ! でも、そろそろ陛下の暇の相手は限界なんです! それに、陛下にも妻を持つ幸せを味わっていただきたいのに、いっこうに婚約してくださらないし!」

 今から一年ほど前から、王に結婚してもらおうと、側近たちが動いた。舞踏会、夜会といったパーティーに、妙齢の令嬢たちを放ち、王オスカーの周りにハンターの目をした令嬢たちが集まった。ところが、令嬢同士の足の引っ張り合いが発生し、争いが勃発。職業が王、しかも眉目秀麗とあっては、他を蹴落としてでも得たい最高級の旦那候補なのだろう。

 しかし、さすがに王の婚約者の座を得ようとする目的で殺人事件でも起きたら問題である。王をハンター令嬢たちの前に出すのは中止し、方向性を変えることとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」 異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。 体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。 そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。 ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー 基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください イラスト:八色いんこ様 この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

処理中です...