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第二章 王との見合い

12 作戦

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「アシュワールド王の婚約者候補ぉ!?」

 レティツィアの自室では、レティツィアの乳母の息子カルロの驚愕の声が響いた。

「うん。明後日出発なの」
「いつのまに、どうしてそうなった……」
「それがね――」

 レティツィアは隣に座るカルロに経緯を話すと、カルロは驚きつつ頷いた。

「なるほどね。まあ、いいかもな。レティにも気分転換は必要だ。アイツも十日もすれば卒業だし、国に帰ればいいけど、どうなるか分からないしな。身動き取れなくなる前に、少し息抜きしてくればいいよ」

 カルロは良い子良い子とレティツィアの頭を撫でる。

「うん、ありがとう。それでね? こんな機密事項をカルロに話した理由だけど――」
「ちょっと待て、機密事項?」
「うん、だって、第二王子にバレないように出国するのだもの。学園で第二王子にバラしちゃだめよ?」
「レティ……、俺にも言っちゃダメだろ……」

 ポキポキ、とレティツィアの後ろで音がした。後ろを振り返ると、カルロの姉でレティツィアの侍女のマリアが、自身の手の骨を鳴らしていた。

「カルロ、聞いたわね? レティツィア殿下の機密事項よ。もしあなたから漏れてごらんなさい、レティツィア殿下の誘拐の片棒を担いだとして打ち首に――」
「待て待て、言わない! 言わないから!」

 カルロはかいてもいない汗を拭きながら、「年々狂暴になっていく」とぼそっと小さく呟いている。

「それで? 俺に何か相談ってことだろ?」
「そうなの。相談というか作戦というか。一応男性のカルロに話を聞いておきたくて」
「俺の性別が男だと、一応知っててくれてありがとう。てか、作戦って何」

 マリアに用意してもらった紅茶を一口含む。

「お兄様の言葉が気になって。アシュワールド王が、わたくしの可愛さに衝撃を受けて、婚約したいと言ってきたら、どうしましょう?」
「それは自意識過剰すぎやしないか?」
「わたくしだって、お兄様の考えすぎだと分かっているの。でも、一度あることは二度あるかもしれないでしょう?」
「……ああ、前例があるものな」

 迷惑なプーマ王国の第二王子のことである。あれは完全にレティツィアに一目惚れだったのだ。つまり、レティツィアの容姿が気に入った、ということである。

「一目惚れって、落ちてしまったら終わりなのでしょう? そこから、どうやって嫌われたらいいのかと思って」
「嫌われる?」
「嫌われるというか、『この子はナイな』って思ってもらえたら、いいなと思って。わたくしの目的は、息抜きというか、旅行でしょう。婚約者候補として、わたくしが十二番目だというから、きっと向こうもわたくしに対して重きをおいていないとは思うの。でもほら、もし、もしだけれど、わたくしを好きになってしまったら、申し訳ないでしょう。こちらは婚約する気はないのだもの」

 こちらに事情があるとはいえ、アシュワールド王に好きになってもらって振るというのは、心苦しいのだ。

「だから、万が一、一目惚れされたとして、でも『この子はナイな』って思うことがあったら、容姿が気に入っても婚約したいとは思わないでしょう? それに、もし一目惚れされない場合でも、できれば滞在する一週間の間、アシュワールド王に『この子はナイな』と思ってもらえれば、最終日にはっきりと『婚約しない』って言ってもらえると思うの。だから、『この子はナイな』って思ってもらえるように、頑張りたいって思って!」
「変な方向に振り切ったな……」

 呆れたようにカルロは呟き、ふむっと考える表情をした。

「『この子はナイな』って言うけど、例えばどんな?」
「わたくしがそれをカルロに相談しているのですけれど?」
「あ、そういうこと……」

 カルロがしばらく無言で考えている。その間、レティツィアは用意されている茶菓子のチョコレートを口に含んだ。うん、美味しい。甘くて幸せになれる味である。

「……要は、初対面や親しくない相手に嫌われそうな行動、ということだよな?」
「うん、たぶんそう」
「……だったら、やっぱり『わがままな女性』や『図々しい女性』じゃないかな。よく知らない相手にされると、まあまあイラっとしそう。というか、俺ならイラっとする」
「なるほど! 分かったわ! わがままで図々しい女性ね。やってみる。……ところで、わがままって、どういったことがわがまま?」
「そこから!? 女性のわがままって言ったら、やっぱりアレだろ。『あれ買ってー』『これ買ってー』ってやつ。宝石でも買ってもらえば?」
「ええ? さすがに、王にいきなり『宝石買って』は言えないわ」
「……それもそうだな。うーん、レティができるわがままってことかー、ちと難題だなー」

 カルロは頭を抱えてうんうん言っている。そしてじーっとレティツィアを見ながら、ぽんと手を叩いた。

「この手があった! レティがいつもやってるわがままをすればいいじゃん! 兄殿下たちに言ってるやつ!」
「どれ?」
「『抱っこして』とか『一緒にいて』とか『抱きしめて』とか」
「最近はそんなに言っていないわ!」
「兄殿下たちが、言わなくてもするようになったからだろ。小さい頃のレティは、しょっちゅう言ってたぞ?」
「う……」

 確かに言っていた、いや、今でもたまーに言ったりする。

「ほぼ初対面の相手に言われたら、『何言ってんだろう、この人』ってはなると思うよ。俺なら思うね。頭のネジが飛んでるって」

 ががん、とレティツィアはショックを受ける。

「……それって、わがままだったの? お兄様たち、本当は嫌がってた?」

 一瞬でウルウルと泣き出したレティツィアに、カルロはギョッとする。

「話聞いてた!? 初対面や親しくない相手って話しただろ!? 痛っ」
「カルロ? どうしてレティツィア殿下を泣かしているの? この口がいけないのかしら。縫い付けてあげるわよ?」
「痛い痛い痛い、姉上、頬を引っ張るな! レティ、兄殿下たちが、レティにそんなことを思うわけないって! 口にしなくても兄殿下から『レティ可愛い』って漏れ出てんのに」
「ほ、本当?」
「本当本当。ったく、何で泣くかな。俺が殺されるから泣かないでくれる?」

 カルロはレティツィアの涙を拭きながら、チラチラとマリアを見ている。

「いいか、よく聞け。兄殿下たちは、レティのわがままなんて『可愛い』としか思ってない。それは小さいころからレティを見てるからだ。レティが生まれてからずっと『兄』をやってる兄殿下たちだよ。むしろレティのわがままなんて、率先して聞いてくれると思う。ここで重要なのは、『人』と『一緒にいた時間』だ」

 カルロは急にレティツィアの頭を撫でだした。

「俺がこうしたら、レティはどう思う?」
「……良い子良い子されてるなー、嬉しい! ……って感じかしら」
「おう。レティは可愛いよ、まったく。まあ、そういうことだ。じゃあさ、これが俺じゃなくて、初めて会った人がレティの頭を撫でたら? 想像してみ?」

 レティツィアは想像して、ぶわっと鳥肌が立った。それを見て、カルロが苦笑した。

「レティ、想像力豊かだな。まあ、こういうこと。分かっただろ? 同じ『頭を撫でる』でも、出てくる感想が違う。やる人間によって、思うことが違うわけ」

 レティツィアは頷いた。

「つまり、お兄様にとってわがままと思わないことでも、親しくない相手なら『わがまま』と思ってしまう、ということね」
「そう。そういうことの積み重ねがあれば、アシュワールド王も『この子はナイな』って思ってくれるんじゃないか?」

 納得いった。レティツィアはカルロの両手を握る。

「ありがとう、カルロ! なんとかいけそうな気がする! わたくし、頑張るわ!」
「おー、頑張れー」

『この子はナイな』作戦。本人はいたって真面目に頑張る気であった。
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