上 下
16 / 51
未来的日常の章

16.彩の世界へ

しおりを挟む
時は2057年、未来の人たちが見る海の色は何色だろうか?
2020年に生きる私たちが見る海の色は青、マリンブルーだ。しかし、未来人の見る海の色は赤かもしれない。そもそも、色とは脳が感知する知覚情報だ。だからとても主観的なものだ。古代人が見る海の色は紫だ。そのような記述が『イリアス』『オデュッセイア」などに実際にある。
この色の見え方と才能の開花が関係しているとしたら、今回もそんなお話の続きである。妖精ポコーの言う才能開花の儀式、ここからが本番のようである。



ポコーは今度は羽を動かし始め、宙に浮いた。そして、池の蓮から蓮へと移動している。どうやら、蓮の花の蜜を集めているようだ。そして、その蜂蜜を透明の小瓶に入れて持ってきた。

ヘティス
「きゃー、蓮の蜂蜜!美味しそう!これ、くれるの?舐めてみていい?」
ポコー
「そうじゃないポコ、ちょっと待つポコよ」
「問題ポコ!今、蓮の蜜を採取したポコ。この新鮮な蜂蜜は何色か答えよポコ!」
ヘティス
「蜂蜜なんか黄色に決まってるでしょ?ほら、見たらわかるじゃない」
ポコー
「ぶっぶーポコ」
ヘティス
「えー、何でよ!」
頼人
「ヘティス、感覚を解放して見てみるんだ」
ヘティス
「ん~」



頼人の言う感覚とは、脳科学で言う共感覚である。天才と言われる人たちは共感覚者であるとされる。超能力者や気功師がオーラや気を見るのも、そうした共感覚が関係するのかもしれない。感覚・感性を解放することで、こうした能力が開花する。

朝日に照らされた蜂蜜が美しく輝き出す。それをぼんやりとヘティスは見つめる。変性意識状態となることで、動物時代の脳が賦活化し、様々な色彩が眼前に現れてくる。
凝視するのではなく、全体を丸く、均等に見るのである。そして、自分から感覚を対象物に延長し、その対象物と一体化するような感覚となる。
そうした状態でしばらく見つめていたヘティスは、そこで何かを感じたらしい。

ヘティス
「これは私の好きな色・・・緑だわ!とても綺麗な緑がみえるの!」
ポコー
「・・・あ、当たりポコ」
「これだけ当たると言うことはマグレではないポコ・・・」
頼人
「な、ポコー、ヘティスはスゴイだろ?」

共感覚とは主観が関係するので、実際は見え方がそれぞれ違う。これは個々の経験や感性が関係するからだと思われる。しかし、その経験などに左右されな「絶対感覚」なるものがあれば、絶対感覚者同士は同じ共感覚となる。実際、共感覚の統計も出され、それなりの共通性も確認されている。
ちなみに「緑の蜂蜜」の記述は『イリアス』『オデュッセイア』に出てくる。折ったばかりの枝も茶色ではなく「緑」と表現される。この緑は新鮮さを表す共感覚的表現だと思われる。牛は何色だろうか?黒や茶色ではない。「ワイン色」つまり「紫」と表現されるのだ。「紫」の牛を見たことがあるだろうか?そして、海も青ではなく「紫」である。紫とは緊張感のある色なので、荒れた海、暴れ牛は紫を感じさせるのであろう。このように、古代は共感覚の世界であったのだ。しかし、それでも、その共感覚を純粋なレベルで再現できるのは、一部の芸術家や詩人であったであろう。

どれくらい時間が経ったであろうか。
少しずつ、日は昇っていく。

ポコー
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ポコ」
「全問正解ポコ・・・」
ヘティス
「どう?妖精さん、スゴイでしょ」
ポコー
「もう、本気出すしかないポコね!」
ヘティス
「さあ、お次は何かしら?」
ポコー
「その余裕ぶった感じがムカつくポコ~!こうなったらポコ~!」

ポコは蓮の葉っぱで作った笛を吹き出した。

「ポコロロロロロロロ~!」

すると、どこからともなく大きな蛇が現れた。

ヘティス
「キャ!何?蛇?ここは海上都市よ!何で蛇がいるの!?」
ポコー
「オレに呼べないものはないポコ」
「さあ、この蛇の色を当てるポコ」
ヘティス
「こんな気持ちの悪いモノ、見たくないわよ!」
ポコー
「それならお前の負けで、オレの勝ちポコ」
ヘティス
「そ、それも悔しいわ!いいわ、当ててあげる!」

ヘティスは蛇を見つめた。
最初は気持ち悪いと思っていた蛇の存在であったが、朝日に照らされた蛇からは神聖なオーラが放たれていた。

ヘティス
「私の見間違いかしら、この蛇はとても神聖な輝きを放って見えるの。それは・・・」
「・・・シルバーな感じよ」
ポコー
「・・・・・・」
「・・・正解ポコ」

その瞬間、ヘティスの身体の中心にエネルギーが貫いた。大地から天へと、シルバーのエネルギーが突き抜けて行った。神秘思想では、人間の仙骨の中には「クンダリニー」という三回半とぐろを巻く白銀の蛇が居るとされる。そのクンダリニーエネルギーの一部が解放されたのかもしれない。そして、ポコーの見せた蛇とは、白銀の蛇であるクンダリニーエネルギーであったのかもしれない。

すると、目の前の景色、特に、自然の緑や空の青さ、水に反射する光などが、がキラキラと輝くように見えてきた。

ヘティス
「世界ってこんなに綺麗だったのね!」
ポコー
「そうだぽこ、お前たち人間はこの綺麗な世界を人工的に変えすぎたポコ。まあ、お前たちも生きていかないといけないから、多少のことは大目に見てもいいポコ。しかし、これややりすぎポコ」
ヘティス
「私がやったんじゃないけど、そう言われれば、そうね」
ポコー
「だから、自然を大切するポコ」
ヘティス
「わかったわ、私が大人になったら、自然と人間が調和することを考えるわ。だって、私、緑が好きだから」
ポコー
「ということで、俺は忙しいから帰るポコ」

そういってポコーは一瞬で姿を消した。

ヘティス
「妖怪、じゃない、妖精にもお仕事があるのかしら?」

数日間、ヘティスは頭がぼんやりとしていた。ある意識で世界を見ると、世界は様々な色彩に溢れていた。
不思議なことは、学校の成績が上がったことだ。その理由の一つは、ゲームで培った論理力を技術転用したことである。問題の構造を読み解き、四択問題を見ると、作り手の考え方がわかるようになったのである。つまり、テスト問題はわざと間違えさせるように作られている、だから、その不自然な選択肢を選ばなければいい。更に、その選択肢を見ると、正解の選択肢が浮かんで見えたり、光り輝くのだ。これが共感覚の覚醒である。
何はともあれ、そうしたきっかけで少しづつ成績が上がって来たので、テストが楽しくなり、テスト勉強はするように変化した。
そして、重要なことも学んだ。

再び、公園で頼人と出会い、そうした会話をしていた。

ヘティス
「嫌いなことでも、人生ってやらないといけないことってあると思うの。それを私は嫌いだと思い込んでいて、避けて来た気がするの。だったら、それを面白くするように考えればいいと思うの」
頼人
「ヘティス、成長したね。好き嫌いで物事を判断する、確かにあるところでは大事なんだけど、その相対性を超えた思考が重要なんだ」
ヘティス
「けど、頼人兄ちゃんが言ってることって、少し難しくってわかんないのよね~」
頼人
「まぁ、キミたちの世界では、昔、高杉晋作って言う英雄がこんな歌を残したんだ」
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
ヘティス
「幕末のゲームで出てくるから名前はよく知ってるわ」
頼人
「歌には続きがあってね。下の句は別の人が詠んだんだけどね」
「すみなすもの 心なりけり」
ヘティス
「心持ち次第で人生って辛くも楽しくなるのね」
頼人
「そうだね、彼は死ぬ間際にこの歌を詠んだから、この歌がポジティブなものかどうかはわからないけど、ボクたちは豊かな心を持つことで、世界や自分の人生をクリエイトしていける存在なんだ。それが人間に与えられた偉大な力だね」
ヘティス
「ところで、頼人兄ちゃんは、いつも“キミたちの世界では”っていうけど、違う世界の人なの?」
頼人
「この世には様々な世界があると思うけど、基本的には一つだと思うな」

ヘティスの質問に対して、回答になっていないような回答を残して頼人は去って行った。
その後、ヘティスはこの野間頼人という青年に会うことはなかった。

・・・この世界では。


しおりを挟む

処理中です...