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番外編
夢の中の幽玄
しおりを挟む日本剣道史において古今独歩の名人と言われた金子夢幻。
彼は、大病を患い、一時の休息についていた。
夢幻
「ここはどこだ?」
声
「弥次右衛門、立派になったな」
夢幻
「先生・・・!確か、江戸城二の丸の能舞台で能を舞っている最中に倒れたと聞きましたが大丈夫でしたか・・・!?」
それは師・柳生宗矩の姿であった。
晩年の柳生宗矩は能三昧であったらしく、1642年の夏、連日の能三昧により、めまいを覚えて倒れてしまった。
宗矩
「私の心配は無用、武士たるもの死の準備はできておる。それより心の工夫はできたか?」
「常住死身の境地に達せねば、いくら剣をやっても進まぬぞ」
夢幻
「はい、先日、大病を患いまして」
「桜よりも梅は早く咲き、早く散ります」
「その梅の花が散る姿を見て、悟ることができました」
宗矩
「よいだろう」
「そして、もう一つ」
「剣と禅が一致するように、武と芸も一致する」
「弥次右衛門よ、これらを一つにせよ」
「そうすればお前は更に開悟するであろう」
夢幻
「武と芸を一致・・・」
宗矩
「これが最後の教えになろう」
宗矩は能を舞い出した。
その舞は寸分の隙もなく、それでいて美しかった。
その動きは正に剣術と芸能が一致した状態であった。
宗矩
「秘すれば花。夢々、忘れるなかれ」
すると、その姿は闇に消えていった。
夢幻
「先生・・・!」
しばらくすると、暗闇の彼方から美しい天女が現れた。
よく見ると男性である。
夢幻
「あなたは?」
幽玄斎
「私は幽玄斎と申します」
夢幻
「私に何の用でしょうか?」
幽玄斎
「私は貴殿に幽玄を伝えに来た」
夢幻
「幽玄?」
幽玄斎は舞い出した。
先ほど宗矩が舞ったものよりも、更にシンプルな動きであり、柔らかく、女性的であった。
漆黒の闇の中で、幽玄斎をほのかな光が照らし出し、天から赤と白の花弁が舞い降りる。
夢幻
「梅の花・・・?」
「そうだ、
幽玄斎
「自性・無極に入る時 幽玄美ぞ現れん」
「体用、正しかれば 幽玄美ぞ現れん」
夢幻
(何?身体が勝手に?)
夢幻の身体が意思とは別に動き出す。
夢幻
(我が身体が宇宙と一体化すれば、動きはかくの如く正しく純粋に、美しくなるというのか・・・!)
(正しさとは美しさ・・・)
(・・・師はこれを伝えんがためにやって来られたと言うのか!)
すると、天女は消え、今度は、巨大な毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)と荘厳に彩られた世界が現れた。
毘盧遮那仏
「金子夢幻よ」
夢幻
「・・・これは」
毘盧遮那仏
「この世は夢、幻の如く」
「全ては心が創り出す」
「心を見ると言うことは、全てを見ると言うことなり」
「三界唯心(さんがいゆいしん)と言うことを常に忘れるべからず」
夢幻
「この世の神羅万象は心が生み出すということは、相手を見るのではなく、己の心の本体を見ればよい、ということか」
毘盧遮那仏
「心の本体とは阿頼耶識なるぞ」
「夢々、外界に惑わされることなかれ。唯、阿頼耶識のみ観ることぞ」
夢幻
「そうすれば、相手の本心を知ることができ、即ち我、不敗の境地なり」
すると辺りは明るくなり、毘盧遮那仏は花弁と化し、夢幻の所へ舞い降りた。
それは、金子夢幻が開悟したことを祝福するようであった。
しばらくして、夢幻は目を開けた。
夢幻
「これは・・・、夢か」
「先生の霊と神仏が現れて、私を悟らせたのか・・・」
そして、ゆっくりと身を起こした。
夢幻
「病が平癒している・・・」
「いや、真の平癒とは、心の病が完全に消えたということか」
その時、高弟の沼上成雅が夢幻の宅に面会のために訪ねて来ていた。
成雅
「先生、お加減はいかがでしょうか?」
夢幻
「もう随分よくなったようだ」
「それよりも何やら感得したところがある故、今から試合をしよう」
成雅は大病であった夢幻を気遣い断ろうとしたが、師である夢幻が何度も言うため、試合を受けることとした。
夢幻
「まずは我が感得したものを見るがよい」
成雅は夢幻から少し離れ、膝をついて見ることとした。
夢幻
「法心流・無極の構え」
成雅
(これは・・・!先生の構えが変化している。気配が全くと言っていいほど感じられない・・・)
夢幻は柄を持つ手の距離は無くし、歩幅も極限まで小さくした。そして、上段に構えて歩み出し、中段へとゆっくりと下ろした。その師の動きを見た成雅は、斬らずに斬り、突かずに突いた、と思った。
夢幻
「法心流・幽玄梅華の構え」
今度は、天女が舞い降りたかのように美しく立ち、女性のような柔らかい動作で歩み、太刀を動かした。
成雅
(今度は、女性のように柔らかく、そして美しさが感じる・・・)
そして、夢幻は成雅に相対すように命じた。
するとしばらくして成雅は竹刀を下げた。
夢幻
「どうした?」
成雅
「参りました・・・」
夢幻
「・・・そうか。まあ、いい。で、どうであったか?」
成雅
「はい、以前は先生に打ち込んでやられておりました。しかし、今の先生へは打ち込むことすらできませぬ」
夢幻
「ほぅ、なぜだ?」
成雅
「気配なく捉え所がなく、こちらが撃ち込もうとすると、先生は我が心がわかるかのように気を一瞬発せられます。私が、どのようにしようと、全て応じられ、こちらは気力を消耗するのみです」
夢幻
「よろしい、それだけ理解できたなら開悟したも同然。貴殿を法心流二代目として認可を与える」
唐突の認可に、成雅は驚きのあまり言葉が出なかった。
金子夢幻も大病を患ったため、道統の引継ぎをせねばと思っていたこともある。しかし、夢幻の身を以って伝えたいことを成雅は正確に理解したと判断したからであった。
外には梅の花が咲いており、成雅を、その側に呼び、夢幻は念珠を取り出して拝した。
すると、夢幻と成雅の上に梅の花弁が降り注いだ。それは、まるで継承を祝福しているようであった。
こうして、法心流は六代まで続くのであった。
【解説】
金子夢幻(1636-1704)が夢の中で極意を得るという架空の話。「夢幻」という神秘的な名前から、そのようなエピソードを添えたかった。
『金子範任伝』によると、金子夢幻は柳生但馬守、真木新平、木下淡路守(淡路流槍術祖)、加藤遠江守(加藤家伝流槍術祖)等と交流があったと記されている。しかし、柳生宗矩は1646年に没しているので、夢幻は10歳となる。年齢差が大きいので、ここでは師弟関係としてみた。
『葉隠』では大剛に兵法なしという宗矩のエピソードがある。「今に死ぬることを何とも存ぜず候」と言った旗本某に対して「拙者目がね少しも違ひ申さず候」とうなずき、その場で印可した。作中では、宗矩の安否を心配する夢幻に対し、宗矩は死の克服を述べているのは、そのためである。梅の花は、桜よりも早く散るため、というのは創作である。
宗矩は晩年、能三昧をしており、72歳の時は舞の最中に倒れた。その時のことを書いている。宗矩著『兵法家伝書』には、世阿弥の『至花道』の「能に体用のことを知るべし」とあり(例えば、花は体、香りは用)、能の影響があると思われる。そうした晩年の剣と能の一致の完成を夢幻に引き継がせてみた、という架空の話である。
夢幻著『梅華集』から、梅の花を象徴とする表現を用いた。
私見では、「金子夢幻」という美しい名前に中性的な男性、女性的な男性を感じる。そのため、柔和で美しい女性の姿こそ極意である、としてみた。正しけば、美しい、これは真・善・美にも通じ、身・禅・美とも言えるであろう。
『梅華集』の中には華厳経の思想が入っているため、華厳思想や盧舎那仏を登場させた。そして、三界唯心であるならば、敵を忘れ、我が心の本体を見ろ、と盧舎那仏に説かせた。心の本体とは、阿頼耶識であり、それが相手を映し出す鏡のようなものである。
夢幻は無住心剣の小田切一雲と交流があり、そのため、最初は、無住心剣に近い「嬰児、戯れの如く」のような剣術にしようと思ったが、そうした柔和拍子を継承しつつ、女性的な剣術として描くことで、夢幻の魅力を引き出してみたが、如何であろう。
【参考文献】
渡辺誠『禅と武士道』KKベストセラーズ
長尾進『1600年代後半における剣術心法論に関する一考察 : 金子夢幻と『梅華集』』
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