幻想神統記ロータジア(江戸時代編)

静風

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元禄編

5.破られし伝説

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一雲
「両者ともお見事」



小田切一雲と針ヶ谷夕雲の間に起きた相抜けは、相対したまま打ち込まずに剣を収めたものであった。しかし、蓮也と金子夢幻の相抜けは、両者が打ち込む前提で進み出た上での相抜けであり、その点が違った。
一雲と夕雲の相抜けは哲学レベルの相抜けであり、蓮也と夢幻の相抜けは実戦レベルの相抜けと言えるかもしれない。このことによって、相抜けは、伝説から実在する技として証明されたのであった。しかし、このことは歴史に記録はされなかった。
一雲・夢幻の二人は蓮也を南蛮人と思っていたため、南蛮人と相抜けしても信憑性がないと思われるだけだ、と思ったのであろうか。



蓮也
(勝負はつかなかった。打ち込む隙が互いにない以上、何度やっても同じであろう。しかし、得るものはあったから、よしとすべきではないだろうか)
「ヘティス、この時代の達人は後何人いる?」



ヘティスはスマートグラスで人物とレーティングを確認した。



ヘティス
「えーと、同時代でいけるのは後一人、とんでもないレーティングの持ち主よ」
「えっ・・・!10000ポイントを超えているわ」
「金子さんとあのおじいさんが9000ポイントだから」
蓮也
「更に上位レベルの人間がいるのか・・・信じられん」
ヘティス
「まぁ、AIが出したレーティングだから、どこまで合ってるかわかんないんだけどね」
蓮也
「よし、俺が会って、そいつの強さを調べてやる」
ヘティス
「ちょっと待ってよ、焦らないで!」
「達人は達人を知るって言うでしょ?結構、狭い業界かもしれないじゃない?」
「だから、あの人たちに聞いてみればいいと思うの」

と言ってヘティスは、一雲と夢幻に近づいて行った。

ヘティス
「ねぇねぇ、おじいさん、ちょっと聞きたいことがあるの」
一雲
「どうされた、娘さん」
ヘティス
「えっとね、ちょっと変わった名前の人なんだけど」
「これ、“まりや”って読むのかなぁ?」
「“まりやえんしろう”って人知っている?」

その名前を聞いて、一雲の顔色が変わった。

一雲
「円四郎を知っておるのか?」
ヘティス
「いいえ、知らないんだけど、えーと」
(何て言えば通じるかな?レーティングとか言ってもわかんないだろうし・・・)
「噂ではとっても強い人だって聞いているんです」
「“まりやえんしろう”さんを知ってますか?」
一雲
「知っとるも何も、円四郎はワシの弟子じゃ」
「ワシはもう剣の道から身を退いたので、元弟子と言った方がいいかのぅ」
夢幻
「お嬢さん、真里谷円四郎という方は、無住心剣術流三代目の継承者ですよ」
「一雲老師が二代目なのです」

ヘティスはスマートグラスで真里谷円四郎のデータを調べる。

ヘティス
(あ、調べてみたら、無住心剣術流三代目継承者って書いてあるわ。思い出した、リイエンが来た時に調べた人だ。千勝無敗・・・この人も相当なバケモノね)
(けど、このおじいさんも金子さんも普通のいい人だし、この円四郎って人も案外普通の人かもね)
(えっ!?この円四郎と一雲おじいさんは試合をして相抜けにならなかった、って書いてあるわ・・・。そして、円四郎が勝った・・・。私、マズいことを聞いちゃったかしら・・・)

すると、一雲は少し悲しげな目をして、口を開く。

一雲
「円四郎はワシから大事なものを奪っていった」
「先師から授かった無住心剣と相抜けの奥義を・・・」

無住心剣術の相抜けが破られるということは、無住心剣術の崩壊を意味する、その時の一雲は、そのように思ったのかもしれない。この後、一雲は剣を捨てて出家し、現在に到るのである。

ヘティス
「そうだったんですね・・・、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」
一雲
「いや、いいんじゃ。こうして、本日、相抜けをこの目で確認することが出来、それが証明されたのじゃからな」
「それに、ワシはあの時、円四郎に負けてショックを受けたが、同時に嬉しかったんじゃよ」

一雲の顔には、悲しみの表情に微笑みが混じる。
その表情から、気持ちの複雑さが感じ取れる。

一雲
「ワシを超えた成長した円四郎の姿が見れて、ワシは嬉しかった」

ヘティスは黙って真剣に一雲の話に耳を傾ける。
蓮也も、少し離れた距離から、その話を聴いている。

一雲
「しかし、円四郎はワシの下から去って行った」
「無住心剣術流ではなく、“夕雲流を継ぐ”と言って」
ヘティス
「え~、ひっどーい!負けたおじいさんが弟子を祝福して、その弟子は別のものを継ぐって言ってるんでしょ?なにそれ~?」
一雲
「いや、ワシが悪いのはわかっておる」
「嫡伝の折に優柔不断な態度をとってしまったのはワシじゃ」
「それと、相抜けを美化しすぎて語り過ぎてしまったところがある」
「円四郎は、そこに反発し、実力を以って証明したのじゃ」

涙ぐんでいる一雲老人にヘティスのペットである犬のブーバと猫のキキが擦り寄る。
この二匹は、以前、心理学の研究所で飼われていたものを、そこの所長が亡くなったためにヘティスの家が引き取ったと言う経緯がある。そのためか、心に悲しみを持つ人を癒そうとする習性がある。

一雲
「ほぃほぃ、なんじゃ、なんじゃ」

ブーバとキキは一雲老人に身体をすり寄せる。二匹なりの癒しの行為なのであろう。
ヘティスは思った。漫画でよくボーイズラブがあるが、師弟ラブもあるのかもと。一雲老人の言葉と表情からは、円四郎への恋愛とも思えるような、不思議なものを感じた。
そこで、ヘティスは一雲から円四郎への嫡伝問題について、スマートグラスで調べてみた。

ヘティス
(この一雲おじいさんの話ぶりから、相当、円四郎さんのことラブね。けど、この円四郎さん、すごいわ。20代で継承しちゃうなんて超天才ね。そりゃ、レーティングが10000超えとかチート級になるわけよね)
(・・・けど、そうなると周りのお弟子さんは円四郎さんに嫉妬しちゃうわよね。一雲おじいさんのラブを独り占めしちゃうんだから。そうなると円四郎さんは、自分の実力を示さないといけなくなっちゃうんじゃ・・・?単なる贔屓ではなく実力で道統を継承するんだということを・・・。)
(ということで、私の分析では、師弟ラブの拗れね、これは・・・!)

ヘティスの独特の分析がどこまで合っているかはわからない。しかし、ここにはいくつもの問題が重なって、複雑化しているのであった。
天才という人種は風変わりな人も多い。円四郎もそうした中の一人であったに違いない。空気を読んで相抜けになれば問題なかったかもしれないが、空気を読まない発言が彼の伝書には見受けられる。恐らく、この江戸時代という保守的な時代には生き難かったであろうし、儒教的な礼を重んじる師弟関係という小さな社会にも適応し難かったのだと思われる。

ヘティス
(一雲おじいさんの円四郎さんへの気持ちってのはわかったわ。けど、そんな感じで出て行った円四郎さんは、どう思ってるのかしら?一雲おじいさんの片思いだったら、可哀想よね~)

すると、一雲の表情が少し険しくなった。

一雲
「こうやってアンタらがここに来たのも何かの縁と思っての。頼みたいことがあるのじゃ」
ヘティス
「頼みたいこと?」
一雲
「円四郎に試合を申し込み、負かしてほしいのじゃ」
ヘティス
「え?」
一雲
「そちらの蓮也さんなら、もしかしたら、それができるかもしれぬ」

と言って、一雲は蓮也を見る。
蓮也も何を話しているか、理解している。

一雲
「実は、それを金子さんに頼もうと思っておったのじゃ」
夢幻
「いやー、私は病み上がりですし、私ももう若くありませんので」
「けど、適任者が見つかってよかったですね」
ヘティス
「けど、何でおじいさんは円四郎さんを倒してほしいと思っているの?」
一雲
「円四郎はまだ若い。彼には、これからまだまだ成長の可能性がある。しかし、恐らく、彼を倒す者は誰もいないのが現状じゃ。そうすると、自己の修練を怠ってしまい、成長が止まる」
「この世には、まだまだ強い人間がいる、上には上がいることを教えたかった。しかし、ワシの力ではそれが敵わなかったのじゃ」
「それが、ワシの唯一の心残りじゃ」
ヘティス
「そうなのね、わかったわ!」
「それに、私たちの目的とも一致しているし」
「ねぇ、蓮也?」
蓮也
「任せろ。その真里谷円四郎を倒してやるから、場所を教えろ」
ヘティス
「蓮也~、アンタって本当に自信過剰ね。もう勝った気でいるんだから!」
蓮也
「俺も、今まで負けたことがないからな」
ヘティス
「アンタこそ、一回負けて、もう少し謙虚になった方がよくない?」
夢幻
「不敗対不敗、これは楽しみですな」
ヘティス
「・・・ん?」

ヘティスが周りを見ると、門や垣根に女性たちが群がっている。

ヘティス
「おじいさん、あれの女の人たちは?」
一雲
「あの女子(おなご)らは金子さんのファンたちじゃよ」
「毎日、恋文もよく届く」
「いつの間にか、この寺にイケメンのお侍さんが来ているという噂が立ってのぅ」
夢幻
「いやぁ、困ります。私は妻子もいますし、もう年ですし」
ヘティス
「なるほど、金子さん、紳士だし、優しいし、カッコいいしね~」
「誰かさんとは大違いだわ!」
女性
「あの銀髪のお侍様も素敵」
女性
「南蛮の方かしら?イケメンよね~」
ヘティス
「ん!?」
「・・・蓮也、場所を聞いてすぐ行くわよ!」
蓮也
「どうしたんだ、急に」
一雲
「ほっほっほ」

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