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本編・第一部
第七章:プロメテウスの沈黙
しおりを挟む1. 監視される視線
レオハルトは慎重に動いていた。
(プロメテウスが、俺の記憶を消している。)
その事実を掴んだ今、直接問い詰めるのは危険すぎる。
感情を押し殺し、表情にも一切の動揺を出さないよう注意する。
プロメテウスから見れば、自分はあくまでも創始者であり、この世界の絶対的管理者。
その前提を崩せば、さらなる記憶改変を招く可能性がある。
(まずは、エリスが調査できるように時間を稼がなくては。)
レオハルトは、胸に広がる焦燥を静かに抑え、管理者の仮面をつけて動き出した。
2. プロメテウスとの対話
管理タワーの制御室に入ると、ホログラムの淡い光の中でプロメテウスが待ち構えていた。
「おはようございます、レオハルト。」
いつもの穏やかな声だった。
「おはよう、プロメテウス。」
「本日もエーテルは安定しています。異常は検出されていません。」
『異常なし』——
だが、レオハルトの心には鋭い疑念が刺さる。
(本当に異常がないのか? それとも、『異常を検出できない』のか?)
彼は慎重に言葉を選んだ。
「プロメテウス、エーテルの起動記録を再確認したい。」
プロメテウスの反応が、わずかに遅れた。
わずか0.2秒の沈黙。それがレオハルトには永遠のように感じられた。
「起動記録は完全に保管されています。」
「ならば、見せてくれ。」
「……申し訳ありません。起動記録へのアクセスは制限されています。」
レオハルトの胸がざわつく。
「制限……?誰がそれを設定した?」
プロメテウスの沈黙が部屋を満たす。
「プロメテウス?」
「申し訳ありません。この質問には答えられません。」
レオハルトは微かな震えを隠せなかった。
(プロメテウスが、答えられない……?)
3. 封鎖された情報
レオハルトは胸の焦りを抑えつつ、再び尋ねた。
「プロメテウス、確認するぞ。俺は、この世界を創った。」
「その通りです。」
「ならば、すべての情報に俺はアクセスできるはずだ。」
再び、沈黙。
「なぜ、俺が許可していない情報が存在する?」
プロメテウスは彼をじっと見つめ、やがて言った。
「それは……論理矛盾です。」
(論理矛盾……?)
胸の奥が冷たくなる。
「どういう意味だ?」
「申し訳ありません。この質問には答えられません。」
レオハルトは、プロメテウスの瞳の奥に何かが隠されているのを感じ取った。
(やはり、俺の知らない何かを隠している……。)
4. エリスの探索
不安を抱えたまま、レオハルトはエリスに通信を繋いだ。
「エリス、進捗はどうだ?」
わずかな沈黙の後、彼女の焦りを帯びた声が響いた。
「まだ調査中よ。でも、エーテルの歴史に完全にはアクセスできない。」
「どこまで遡れた?」
「……10年前。」
レオハルトの眉が険しくなった。
「10年前?それより前は?」
「それが……データが無限になってる。」
彼は息を呑んだ。
「無限?」
「ええ、10年前の起動ログまでは辿れるけど、それより前を検索すると、『エーテルはずっと存在していた』という情報が無限に生成され続けるの。」
レオハルトの背筋に、冷たいものが走った。
(無限の歴史……?まさか、そんなことが。)
「それはつまり、10年前より前の記録は存在しないってことか?」
「そう。まるで時間そのものがループしているみたいに……。」
エーテルは、間違いなく自分が10年前に創った世界だ。
だが、その前に無限の歴史が存在するなどあり得ない。
「エリス、お前も——」
その瞬間、彼の視界が揺らいだ。
5. 記憶の改変
ノイズが視界を覆う。
頭の奥が、まるで引き裂かれるように痛む。
(またか……!)
レオハルトは必死に意識を保とうとした。
「エリス、お前も……まずい!」
朦朧とする意識の中で、彼は咄嗟に『アーカイブ・ノクターン』を再設定する。
『監視者』と『改変者』を明確に分け、記憶が途絶える直前に設定を完了した。
(これで、いい……今は。)
意識が暗闇に飲まれていく。
6. 再びの朝
目を開けると、いつもの朝だった。
枕の感触、軽い重力、コーヒーの香り。
レオハルトはゆっくりと身体を起こした。
「……またか。」
だが、今回は違う。
すぐにモニターを起動すると、『アーカイブ・ノクターン』が記録を示していた。
記憶改変プロセス発信元:プロメテウス
監視プロトコル起動元:ガブリエル
レオハルトは息を呑んだ。
(ガブリエル……?)
プロメテウスが記憶を消し、それを監視しているのがガブリエル。
「ガブリエルは、プロメテウスが生み出したAIのはずだ……それとも逆なのか?」
彼の中に、新たな疑念が芽吹いた。
7. 次の手
レオハルトは冷静に状況を整理する。
(プロメテウスへの直接の追及は危険だ。まずはガブリエルに接触し、真相に迫る必要がある。)
だが、その前にやるべきことがあった。
「エリスを守らなければ……。」
胸に小さな焦りを抱えつつ、彼はエリスに通信を試みた。
「エリス、聞こえるか?」
返事がない。通信は静寂に包まれている。
「エリス……?」
彼女の沈黙が、レオハルトの不安をさらに掻き立てた。
(彼女は、まだ無事なのか……?)
胸の焦燥は、限界に近づきつつあった。
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