12 / 38
成長の章
ゼイソンの魔法教室・エンチャント
しおりを挟むプロローグ
インムナーマ王国の王都タイミョンにある魔術師ギルド。
城塞都市としては珍しい、庭付きの敷地を持つ大きな施設である。直径約五〇マーロン(約六二メートル五〇センチほど)の石造りの塔で、高さは一般の家屋なら六階相当の高さである。
城塞都市の庶民が暮らす区画にあっては、狭いながらも珍しい庭のある敷地を所有している。高い壁に囲まれた庭は魔術の試験場となっており、頻繁に轟音や火柱などが立ちのぼり、周囲の住人を恐怖させていた。
次世代の育成を目的とした学園を兼ねている魔術師ギルドの西半分は、所属している魔術師たちの宿舎を兼ねている。
東半分の下層は学園と図書館、上層はギルドとしての運営を担っている。
その下層にある研究区画の一室に、なにやら慌てている中年の魔術師が訪れた。
「エリザベートはいるか!?」
いきなり木製のドアを開けた黒いローブの魔術師は、忙しく室内を見回した。
左側には木製の机、正面には壁にある小さな窓を挟むように、空になった本棚が二つ並んでいた。三マーロン(約三メートル七五センチ)四方の部屋の中央に、荷物や紐で束ねられた書物が山積みになっているが、人影は見当たらなかった。
「エリザベート!」
「うるさいわね。そんなに大声を出さなくても、聞こえている――ます!」
左側にあるドアの向こう側から、まだ少女と思しき声が返っていた。
魔術師がホッとしていると、ドアが開いて赤いローブに身を包んだ少女が現れた。
腰まである豊かな金髪を後頭部で二つに束ね、大きなグリーンアイから勝ち気な気配が漂っていた。
年の頃は、《白翼騎士団》に所属したリリアーンナと同じくらい。ローブの右胸には第二七一期生主席の印、三角形の魔方陣が刻印されたブローチをつけていた。
エリザベート・ハーキンは工具を収めた木箱を抱えながら、魔術師へと近寄った。
「なにか御用ですか? こっちは居なくなった、タムラン修練生の私物を片づけている最中なんですけど」
「ああ……タムランか。どこでなにをしているやら……いや、それどころではない。おまえは一体、なにをしたのだ。おまえに会いたいと、王城からキティラーシア姫様が来られたのだ」
「キティラーシア姫様が!? ちょっと、それを先に言いなさいよ!」
魔術師の言葉に礼儀作法が吹き飛んでしまったエリザベートは、目を大きく見広げた。
「姫様はどこにいるんです!?」
「あ、ああ……応接の間に――」
「わかりました! これ、捨てておいて下さい!!」
エリザベートは木箱を魔術師に押しつけると、廊下を駆け出した。
「あ――お、おい、エリザベート!? これは誰のものなんだ?」
魔術師の声が廊下に響き渡ったが、それに応じる者はいなかった。
エリザベートは一階まで階段を駆け下りると、玄関の近くにある応接の間の真ん前で急停止した。
呼吸や乱れた髪、それにローブの皺を整えると、背筋を伸ばしてドアをノックした。
「二七一期生主席! エリザベート・ハーキンで御座います」
「うむ――入れ」
返ってきた声は、ギルド長――学園長も兼ねている――のものだ。ギルド長が直々に対応していることで、先ほど聞いた来客への真実味が増した。
期待と心地良い緊張に身を包んだエリザベートは、ドアを開けた。ギルド内部で一番装飾が施された応接の間には、低いテーブルを挟むように、向かい合わせになった二つのソファが並んでいた。
向かって左側には、白髪で白髭の老人――ギルド長が。そして右側には、見目麗しい女性が座っていた。
蜂蜜のように艶やかな金髪をシニヨンという髪型に纏め、薄水色のドレスに身を包んでいるのは、インムナーマ王国の王女、キティラーシア・ハイントである。
彼女の後ろには、仏頂面の騎士が立っていた。
姫君の美しさに目を奪われそうになりなながら、エリザベートは僅かに膝を曲げた。
「キティラーシア姫様、ここまでおいで下さいまして、恐悦至極に御座います。わたくしが、エリザベート・ハーキンで御座います」
「はい。初めまして、エリザベート。わたくしも、貴女に会えて嬉しいわ。今日はね、あなたの要望が通ったことをお伝えに来たの」
「わたくしの要望……それは、本当で――いえ、身に余る光栄で御座います。それを教えて頂くために、姫様自らおいで下さったこと、わたくしの生涯において、最高の誉れとなりましょう」
「そんなに大袈裟に捉えないで下さいな」
キティラーシアは苦笑してから、エリザベートに座るよう促した。
エリザベートがギルド長の隣に座ると、キティラーシアはおっとりと口を開いた。
「最近は、どこぞやの領地の河川が氾濫しただの、山賊が国内に入ってきただの、逃亡兵が出たから対応してくれだの……父上から面倒を押しつけられてしまって。丁度いい息抜きになりますもの」
「姫様……それでその、わたくしは本当に騎士団に採用をされたのでしょうか?」
「あら、ごめんなさい。その様子では、もう待ちきれないみたいですわね」
口元に手を添えて微笑むキティラーシアの真正面では、ギルド長がエリザベートを一瞥してから、僅かに渋い顔をした。
そんなギルド長の視線には気付かぬエリザベートに、キティラーシアは横に置いていた羊皮紙の書簡を差し出した。
「あなたの《白翼騎士団》への赴任が、決定しましたわ。これを受け取ったときから、あなたは騎士団への赴任を受領したことになります。これが最後の機会となりますから、慎重に考えて下さいね」
「その必要はありません」
エリザベートは躊躇なく、両手で書簡を受け取った。
大きく息を吐いたギルド長は、キティラーシアに目礼をした。このあとの話は、エリザベートとキティラーシアの二人だけで――という意志が見え隠れした顔だった。
キティラーシアは悟られないよう僅かに肩を竦めると、目を輝かせながら書簡の封蝋を見つめるエリザベートに声をかけた。
「それでは騎士団付きの魔術師として、エリザベートに命じます。《白翼騎士団》が駐在しているメイオール村へは、三日後に出発となります。こちらにいるコウ家の騎士が同行することになりますので、以後は彼の指示に従うように」
「畏まりました」
立ち上がって腰を折るエリザベートを、キティラーシアの背後にいた騎士――ザルード・コウは無感情に眺めていた。
(このような小娘が騎士団付きの魔術師とはな――やはり、《白翼騎士団》では、武勲は立てられぬようだな)
ザルードは冷静さを装いながら、ある決断を下した。
(騎士になったとはいえ――やはり娘は我が家のため、別の騎士団に移すしかあるまい)
---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回のアップは夜になるかも――と書いた記憶もありますが、別にそんなことはなかったです。
やはりプロローグは、引きの回収とか考えなくていので楽ですね。
と、余裕ぶっこいてますが、実はプロットは三章の途中までしかできてません(汗
一章の1、2回は大丈夫ですが……
急いで完成させなきゃですね(滝汗
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
0
お読みいただきありがとうございました。お気に入り登録して応援いただけると嬉しいです☆
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる