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16話 彼の一生
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周囲の気温も上がり薄っすら汗をかく。夏になったのだろうか?上着を脱ごうか考えていると、肌を掠め通り抜ける風が心地いい。
「きゃはは!こっちきなよー!」
「待ってよー!」
その広場に二人の子供がはしゃぎながら入ってくる。二人とも10歳くらいだろうか、一人は白の半袖に黒の短パンの男の子、もう一人はベージュのワンピースを着ていた。二人とも生まれてくる時代を間違えたんじゃないかと思える衣装の二人だった。
周囲の家の感じや子供たちの恰好からして昔に来たと思ってしまう。
「なんか昔に来たみたいだね」
「何を言っている。ここは彼の記憶の中、つまり過去の実際にあった風景だよ。そうだろ?」
「あ・・・ああ、そうだ。ここだ。ここで儂は初めてばあさんと出会った。あの二人は・・・儂とばあさんだ」
私はバッと広場で遊んでいる二人を見る。よくよく目を凝らして見ると祖父母の面影が見えないこともないようなあるような。
そう思って見ていたらいつの間にか二人は成長していた。成長といっても中学生くらいで高校生の私から見たらまだまだ子供だったけれど。学生服はダボダボでその内大きくなるからと大きめのを変われた事が明らかだ。
女の子の方も女子用の制服を着ているが、こちらは男の子ほど大きくはない。髪型はおかっぱでやはり時代を感じる。
「ああ、ばあさんもこの時から可愛かったのだなぁ」
「そう・・・」
あんまり知らない祖父の惚気話は少し辛いものがある。
そう思っていると次の風景はがらりと変わり秋ごろになったようだ。木々は紅葉し綺麗な葉を舞わせている。そして外の景色も徐々に変化していて、コンクリートの建物もどんどん大きくなったりカラフルになっていく。街の景色を早送りで見ているようだ。
それに合わせて周囲の温度もガクッと下がり寒くなる。上着を着たままで良かった。
そこに現れる二人組も別の人達になる。男子といっても同年代だが、学生服に身を包み女子の手を握っている。その女子は祖母ではなく、全く見たこともない人だった。さっき見た祖母よりも美しいと言った感じの人だろうか。
二人は楽しそうに仲良く話していて、何もない広場なのにずっとそこに居られるようだった。
「あれは儂が高校生の時に付き合っていた子じゃな。今はどうしておるのか・・・」
「そう・・・」
気にはなるがいざ祖父の口から言われると違う、と思ってしまう自分がいた。
次は気温が更に下がり歯が鳴りそうだ。ここまで寒いのは冬なのか?と思うと風景もその様に変化していた。
風景は一面が真っ白になる。東京では珍しい雪が積もった日だ。その中で二人が向か合って泣いている。顔をくしゃくしゃにして目を真っ赤にして泣いていた。それは祖父母だった。
「この時は儂が丁度付き合っていた人に振られてしまってな。それでここに来たらばあさんも来て話を聞いたら振られとって・・・思わず運命を感じてしまった」
「そうなんだ・・・」
むず痒い。
景色は変わり男子は男性になり女子は女性になっていた。このころには顔には祖父母の面影がハッキリと出ており、ああ、祖父母なんだなと理解できた。二人は仲良く手を繋いでいたと思ったら、男性が顔を真っ赤にしながら女性に青い箱ををさし出している。そこの中には銀色に輝く輪っかが二つあった。
そして女性は箱ごと受け取ると男性につき返し烈火のごとく怒り始めた。曰くムードがない、曰くタイミングが良くない。曰く心の準備をさせて、等々である。
「この時は驚いた。ここがばあさんと最初に出会った場所だったから一番ロマンチックだと思っていたら感性が合っていなくてな。断られたときは儂は人生が終わったとすら思ったぞ」
「そんなに惚れてたの?」
「ああ、ぞっこんじゃった」
「・・・」
景色が変わると次にはまたピンク色に染まり桜が咲いて広場は公園になっていた。公園によくあるブランコや滑り台、ジャングルジムに砂場等、色々な物があった。
若い祖父母は30歳くらいだろうか、一人の赤子をベビーカーに乗せて楽しそうに歩いている。母に兄弟がいるとは聞いていないので母かもしれない。
「あれがお前の母さんじゃな。近くによって見てみ、可愛いぞ」
祖父はしっかりとした足取りで進みぶつかるんじゃないかってくらいに3人に近づく。そしてベビーカーに並走しながら中を覗き込んでいる。
景色はまた移り変わり日差しが強くなった。いるだけで肌が焼かれ黒焦げになってしまいそうなほどに。
現れた3人はまたも年を取っていて母は小学生くらいだろうか、ビニールで出来たプールで遊んでいる。水は公園の近くにあった水道を使ったらしく、今それをやったら怒られるであろう。しかし、時代がそれを許容した時もあったのかもしれない。
次から次へ風景も時代も移ろいゆき、ほぼ現代と変わらなくなった時そこに私が現れた。
「私・・・?」
「そう、これは君が私に差し出した記憶の一部。君が差し出したものと君の祖父が見たかった光景が重なるとは思いもしなかったがね」
「そんな・・・」
そこで遊んでいる私は控えめに言っても楽しそうで活発で好き勝手に動いていた。ジャングルジムのてっぺんにのぼって祖父を心配させたり、ブランコで高くまで上がって祖父をはらはらさせていた。そんなことを何度やっても何回やっても祖父は私この公園に連れてきてくれた。祖父は私を見守り、危なくなれば助けてくれてる。祖父はそんな大変な役目をずっとやってくれていた。
「悠里、儂と一緒にここに何度も来た事。覚えておらんか?儂とともにここで遊んだ記憶。覚えておらんだろうか」
祖父は悲しそうな目で私を見ていた。祖父に思い出したと言って上げたい。でも嘘を言っても祖父にはバレる気がした。
「ごめん・・・」
「風景屋とやら話がある」
「そう言ったことはこれが終わってからにしてもらおうか」
「分かった・・・」
そして季節は変わり今度は秋のようなどんよりした空と重い空気だった。しかも景色は全く変わり私たちが現れた場所も今までの公園ではなく、公園の外側に出されていた。なんで?と思って視線を巡らすと公園は無くなっていた。
「いたっ!」
「悠里?」
私は頭に激痛が走り頭を抑え蹲る。
祖父が私に駆け寄ってくる。私は痛む頭を抑えながら必死で視線を上げる。そこには見なければいけない何かがあるような気がしたから。
少しすると楽しそうな私と少し困った顔をした祖父が歩いてくる。小さい小学4年生くらいの私と今より少し若い祖父。そして私は公園が無くなっているのを見て悲しそうな顔を浮かべた後、祖父の顔を見て泣き叫んだ。
「うわああああああああああああああん!!!!!!」
祖父は私の手を握りながら泣き叫ぶ小さな私に構うことが出来ないほどに涙を滲ませていた。そうだ。思い出した。私が生きることがどうでも良くなった理由。その答えがここにあった。
私は悲しかったのだ。あれだけ優しかった祖父が楽しそうだった祖父が、公園が無くなり悔しさで悲しさを堪えていた。私は運悪くそれを感じすぎてしまった。どれだけ楽しい思い出があってもどれだけ幸せな思いをしても、現実はそのままでは居てくれない。いつか強制的に終わらせられる。なら、最初から関係を作らなければ、仲のいい人なんて作らなければそんな思いはしないんじゃないかって私は考えた。それから私は他人との交流を否定するようになった。
仲の良かった友達も親友も幼馴染の真島も関係を持つのを止め、家族との会話すら最小限にした。それほどに私は世界に絶望した。何時か壊れてしまう幸せなら最初からいらないと私は決めた。
それからの私はただ単に惰性で生きるだけの人形になった。適当な音楽を聞き、話し声が聞こえてきたら下らないと切り捨て、涙を誘うだけのような小説に唾を吐いた。
「悠里・・・すまん。儂はこの時きっと余裕がなかったんだ。儂の人生と共に歩んできたこの場所がよくわからない土地開発で潰される。それに対して何もできなかった儂の弱さに愚かさに圧し潰されそうだった」
この時の祖父も私も余裕がなかった。今考えれば、祖父が傷ついていたのに、当時の私も泣くことしか出来なかった。
「ううん、おじいちゃんは悪くないよ。私が勝手に泣いちゃっただけだもん。だから、私の方こそごめん。おじいちゃんの気持ちも考えないで。一人で勝手に絶望しておじいちゃんの家にも寄り付かなくなった。勝手で・・・ごめん」
私は悔しかった。大事なことを忘れていた自分に。そして安堵もしてしまった。関係を捨てると思っていても心のどこかで祖父との関係を切れないと思っていた自分にがいたことに。
「悠里。儂はね。お前が来なくなったこともそれはそれで良かったと思ってるんだよ」
「え・・・。どうして?」
私はあっけに取られて祖父を見つめる。祖父の私を見る瞳は優しかった。
「お前が独り立ちしたからだと思ったからだよ。独り立ちといっても大人の様になった訳ではないけれど、儂の家という場所から外の世界へ羽ばたいて別の場所で大事な悠里だけの場所を見つけて欲しいと思っていたんだ」
「そんな・・・あんな大事な場所が無くなったのにどうしてそんな風に思えるの?どうしてそんな風に考えられるの?」
分からない分からない分からない。なんでそんな顔が出来るのか。なんでそんな気持ちになれるのか。私がおかしいのか。私が間違っているのか。
「悠里よくお聞き」
私はコクリと頷く。
「確かにあの場所は大事だよ。こうやってこの場所を見るだけで儂の人生がほとんど分かってしまうんだからね」
「だったら」
「だけどね悠里。儂の人生はここだけではないんだよ。儂と出会ってさっきまでに出てきていない大切な人だって一杯いる。儂にとって大切なのは場所じゃないんだ。お前や母さん、ばあさん、一杯居てくれた友達。その皆が大事なんだ。だから儂は悠里にもそんな絆を大事な人を作って幸せになって欲しい」
「でも、いつか別れるじゃない。居なくなるじゃない。死んじゃうじゃない」
「それは誰が決めたんだ?お互いがお互いを信じ続けている限り、儂は無くならないと思っているよ。勿論いいことばかりでもないし、いい人しかいないわけでもない。それでもそんな大事な人達との絆を作るのはそんなにダメな事かい?儂はその絆を作る為に生きてきたといってもいい」
私はぼやける視界を祖父に向けていた。涙でぼやけて見えない仲でもおじいちゃんが笑ってくれているのが分かる。
「私にもそんな人、出来るかな?」
「ああ、出来るさ。儂が保証する。悠里みたいないい子の所には、一杯いい人が集まってくる」
「本当?」
「ああ、だから前を向いて、辛いことがあったら止まってもいい。逃げたくなる時があったら逃げてもいい。だけど大事な人って決めた人には向き合って上げて」
「私に出来るか分かんないけど、これまで色んな人と関わらないようにしてきたけどそれでも?」
「大丈夫。悠里なら大丈夫」
「分かった私やってみる。おじいちゃんみたいに大事な人を見つける」
「ああ、それが儂の幸せだ。皆によろしくな」
祖父はそう言って私の頭を撫でてくれる。その手つきは優しく心地よく涙が更に溢れだす。
私はそのまま泣き疲れ意識を失った。
「きゃはは!こっちきなよー!」
「待ってよー!」
その広場に二人の子供がはしゃぎながら入ってくる。二人とも10歳くらいだろうか、一人は白の半袖に黒の短パンの男の子、もう一人はベージュのワンピースを着ていた。二人とも生まれてくる時代を間違えたんじゃないかと思える衣装の二人だった。
周囲の家の感じや子供たちの恰好からして昔に来たと思ってしまう。
「なんか昔に来たみたいだね」
「何を言っている。ここは彼の記憶の中、つまり過去の実際にあった風景だよ。そうだろ?」
「あ・・・ああ、そうだ。ここだ。ここで儂は初めてばあさんと出会った。あの二人は・・・儂とばあさんだ」
私はバッと広場で遊んでいる二人を見る。よくよく目を凝らして見ると祖父母の面影が見えないこともないようなあるような。
そう思って見ていたらいつの間にか二人は成長していた。成長といっても中学生くらいで高校生の私から見たらまだまだ子供だったけれど。学生服はダボダボでその内大きくなるからと大きめのを変われた事が明らかだ。
女の子の方も女子用の制服を着ているが、こちらは男の子ほど大きくはない。髪型はおかっぱでやはり時代を感じる。
「ああ、ばあさんもこの時から可愛かったのだなぁ」
「そう・・・」
あんまり知らない祖父の惚気話は少し辛いものがある。
そう思っていると次の風景はがらりと変わり秋ごろになったようだ。木々は紅葉し綺麗な葉を舞わせている。そして外の景色も徐々に変化していて、コンクリートの建物もどんどん大きくなったりカラフルになっていく。街の景色を早送りで見ているようだ。
それに合わせて周囲の温度もガクッと下がり寒くなる。上着を着たままで良かった。
そこに現れる二人組も別の人達になる。男子といっても同年代だが、学生服に身を包み女子の手を握っている。その女子は祖母ではなく、全く見たこともない人だった。さっき見た祖母よりも美しいと言った感じの人だろうか。
二人は楽しそうに仲良く話していて、何もない広場なのにずっとそこに居られるようだった。
「あれは儂が高校生の時に付き合っていた子じゃな。今はどうしておるのか・・・」
「そう・・・」
気にはなるがいざ祖父の口から言われると違う、と思ってしまう自分がいた。
次は気温が更に下がり歯が鳴りそうだ。ここまで寒いのは冬なのか?と思うと風景もその様に変化していた。
風景は一面が真っ白になる。東京では珍しい雪が積もった日だ。その中で二人が向か合って泣いている。顔をくしゃくしゃにして目を真っ赤にして泣いていた。それは祖父母だった。
「この時は儂が丁度付き合っていた人に振られてしまってな。それでここに来たらばあさんも来て話を聞いたら振られとって・・・思わず運命を感じてしまった」
「そうなんだ・・・」
むず痒い。
景色は変わり男子は男性になり女子は女性になっていた。このころには顔には祖父母の面影がハッキリと出ており、ああ、祖父母なんだなと理解できた。二人は仲良く手を繋いでいたと思ったら、男性が顔を真っ赤にしながら女性に青い箱ををさし出している。そこの中には銀色に輝く輪っかが二つあった。
そして女性は箱ごと受け取ると男性につき返し烈火のごとく怒り始めた。曰くムードがない、曰くタイミングが良くない。曰く心の準備をさせて、等々である。
「この時は驚いた。ここがばあさんと最初に出会った場所だったから一番ロマンチックだと思っていたら感性が合っていなくてな。断られたときは儂は人生が終わったとすら思ったぞ」
「そんなに惚れてたの?」
「ああ、ぞっこんじゃった」
「・・・」
景色が変わると次にはまたピンク色に染まり桜が咲いて広場は公園になっていた。公園によくあるブランコや滑り台、ジャングルジムに砂場等、色々な物があった。
若い祖父母は30歳くらいだろうか、一人の赤子をベビーカーに乗せて楽しそうに歩いている。母に兄弟がいるとは聞いていないので母かもしれない。
「あれがお前の母さんじゃな。近くによって見てみ、可愛いぞ」
祖父はしっかりとした足取りで進みぶつかるんじゃないかってくらいに3人に近づく。そしてベビーカーに並走しながら中を覗き込んでいる。
景色はまた移り変わり日差しが強くなった。いるだけで肌が焼かれ黒焦げになってしまいそうなほどに。
現れた3人はまたも年を取っていて母は小学生くらいだろうか、ビニールで出来たプールで遊んでいる。水は公園の近くにあった水道を使ったらしく、今それをやったら怒られるであろう。しかし、時代がそれを許容した時もあったのかもしれない。
次から次へ風景も時代も移ろいゆき、ほぼ現代と変わらなくなった時そこに私が現れた。
「私・・・?」
「そう、これは君が私に差し出した記憶の一部。君が差し出したものと君の祖父が見たかった光景が重なるとは思いもしなかったがね」
「そんな・・・」
そこで遊んでいる私は控えめに言っても楽しそうで活発で好き勝手に動いていた。ジャングルジムのてっぺんにのぼって祖父を心配させたり、ブランコで高くまで上がって祖父をはらはらさせていた。そんなことを何度やっても何回やっても祖父は私この公園に連れてきてくれた。祖父は私を見守り、危なくなれば助けてくれてる。祖父はそんな大変な役目をずっとやってくれていた。
「悠里、儂と一緒にここに何度も来た事。覚えておらんか?儂とともにここで遊んだ記憶。覚えておらんだろうか」
祖父は悲しそうな目で私を見ていた。祖父に思い出したと言って上げたい。でも嘘を言っても祖父にはバレる気がした。
「ごめん・・・」
「風景屋とやら話がある」
「そう言ったことはこれが終わってからにしてもらおうか」
「分かった・・・」
そして季節は変わり今度は秋のようなどんよりした空と重い空気だった。しかも景色は全く変わり私たちが現れた場所も今までの公園ではなく、公園の外側に出されていた。なんで?と思って視線を巡らすと公園は無くなっていた。
「いたっ!」
「悠里?」
私は頭に激痛が走り頭を抑え蹲る。
祖父が私に駆け寄ってくる。私は痛む頭を抑えながら必死で視線を上げる。そこには見なければいけない何かがあるような気がしたから。
少しすると楽しそうな私と少し困った顔をした祖父が歩いてくる。小さい小学4年生くらいの私と今より少し若い祖父。そして私は公園が無くなっているのを見て悲しそうな顔を浮かべた後、祖父の顔を見て泣き叫んだ。
「うわああああああああああああああん!!!!!!」
祖父は私の手を握りながら泣き叫ぶ小さな私に構うことが出来ないほどに涙を滲ませていた。そうだ。思い出した。私が生きることがどうでも良くなった理由。その答えがここにあった。
私は悲しかったのだ。あれだけ優しかった祖父が楽しそうだった祖父が、公園が無くなり悔しさで悲しさを堪えていた。私は運悪くそれを感じすぎてしまった。どれだけ楽しい思い出があってもどれだけ幸せな思いをしても、現実はそのままでは居てくれない。いつか強制的に終わらせられる。なら、最初から関係を作らなければ、仲のいい人なんて作らなければそんな思いはしないんじゃないかって私は考えた。それから私は他人との交流を否定するようになった。
仲の良かった友達も親友も幼馴染の真島も関係を持つのを止め、家族との会話すら最小限にした。それほどに私は世界に絶望した。何時か壊れてしまう幸せなら最初からいらないと私は決めた。
それからの私はただ単に惰性で生きるだけの人形になった。適当な音楽を聞き、話し声が聞こえてきたら下らないと切り捨て、涙を誘うだけのような小説に唾を吐いた。
「悠里・・・すまん。儂はこの時きっと余裕がなかったんだ。儂の人生と共に歩んできたこの場所がよくわからない土地開発で潰される。それに対して何もできなかった儂の弱さに愚かさに圧し潰されそうだった」
この時の祖父も私も余裕がなかった。今考えれば、祖父が傷ついていたのに、当時の私も泣くことしか出来なかった。
「ううん、おじいちゃんは悪くないよ。私が勝手に泣いちゃっただけだもん。だから、私の方こそごめん。おじいちゃんの気持ちも考えないで。一人で勝手に絶望しておじいちゃんの家にも寄り付かなくなった。勝手で・・・ごめん」
私は悔しかった。大事なことを忘れていた自分に。そして安堵もしてしまった。関係を捨てると思っていても心のどこかで祖父との関係を切れないと思っていた自分にがいたことに。
「悠里。儂はね。お前が来なくなったこともそれはそれで良かったと思ってるんだよ」
「え・・・。どうして?」
私はあっけに取られて祖父を見つめる。祖父の私を見る瞳は優しかった。
「お前が独り立ちしたからだと思ったからだよ。独り立ちといっても大人の様になった訳ではないけれど、儂の家という場所から外の世界へ羽ばたいて別の場所で大事な悠里だけの場所を見つけて欲しいと思っていたんだ」
「そんな・・・あんな大事な場所が無くなったのにどうしてそんな風に思えるの?どうしてそんな風に考えられるの?」
分からない分からない分からない。なんでそんな顔が出来るのか。なんでそんな気持ちになれるのか。私がおかしいのか。私が間違っているのか。
「悠里よくお聞き」
私はコクリと頷く。
「確かにあの場所は大事だよ。こうやってこの場所を見るだけで儂の人生がほとんど分かってしまうんだからね」
「だったら」
「だけどね悠里。儂の人生はここだけではないんだよ。儂と出会ってさっきまでに出てきていない大切な人だって一杯いる。儂にとって大切なのは場所じゃないんだ。お前や母さん、ばあさん、一杯居てくれた友達。その皆が大事なんだ。だから儂は悠里にもそんな絆を大事な人を作って幸せになって欲しい」
「でも、いつか別れるじゃない。居なくなるじゃない。死んじゃうじゃない」
「それは誰が決めたんだ?お互いがお互いを信じ続けている限り、儂は無くならないと思っているよ。勿論いいことばかりでもないし、いい人しかいないわけでもない。それでもそんな大事な人達との絆を作るのはそんなにダメな事かい?儂はその絆を作る為に生きてきたといってもいい」
私はぼやける視界を祖父に向けていた。涙でぼやけて見えない仲でもおじいちゃんが笑ってくれているのが分かる。
「私にもそんな人、出来るかな?」
「ああ、出来るさ。儂が保証する。悠里みたいないい子の所には、一杯いい人が集まってくる」
「本当?」
「ああ、だから前を向いて、辛いことがあったら止まってもいい。逃げたくなる時があったら逃げてもいい。だけど大事な人って決めた人には向き合って上げて」
「私に出来るか分かんないけど、これまで色んな人と関わらないようにしてきたけどそれでも?」
「大丈夫。悠里なら大丈夫」
「分かった私やってみる。おじいちゃんみたいに大事な人を見つける」
「ああ、それが儂の幸せだ。皆によろしくな」
祖父はそう言って私の頭を撫でてくれる。その手つきは優しく心地よく涙が更に溢れだす。
私はそのまま泣き疲れ意識を失った。
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