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10話 祖父の答え

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 私は扉から出て後ろを振り向くと、そこには廃ビル建っている。さっきまでの木の建物の影は一切なく、廃ビルに近寄ってみても何も変わらない。私がさっきまでいた場所とは違うのかと思って見回しても一緒だ。

「本当だったのかも」

 お団子の言っていた何処にでもあって何処にでもない。きっとそういうことだったんだろう。私は家に帰らずに再び電車に乗った。そして祖父がいる病院を目指す。家に帰る門限はとっくに過ぎていて、父さんも和也もきっと家に帰っているだろう。それでも私は行かない。今やらなければいけないことがあると私は思うから。


 それから電車に乗って祖父が入院している最寄りの病院に行く。受付に行くと面会時間は終わっているとのことだったが、部屋にいる母に届け物があるだけだからと言って通してもらった。

 夜の病院はとっても静かで本当に何か出そうだ。良くこういった場所がホラーの舞台になるのもよくわかる。

 コンコンコン

「はーい」

 私がノックをすると中から母の返事が聞こえてきた。私は静かにドアを開けて中に入る。

「母さんちょっといい?」
「悠里・・・一体何処に行っていたの?いえそんなことはいいわ。どうしたの?こんな時間に来るなんて?」

 色々言いたいことがあるのだろうけれどそれらを黙って無視してくれるいい母だ。

「ちょっとおじいちゃんと話がしたいんだけど、出来ないかな?」
「それは・・・さっき寝付いたばっかりだから起きるのは時間がかかるから無理よ」
「いい、待ってる」

 私がそう言うと母は険しい顔をする。

「いいって・・・貴方、家事はやってくれたの?それに明日も学校はあるんでしょう?どうするの?」
「休む」
「休むって・・・そんなの認められる訳ないでしょう?父さんの世話は私がする。貴方は今家に帰りなさい」

 母の目は私を正面から見据えており許してくれそうにもない。

「お願い。今日だけだから」
「ダメよ。今まで色々と許してきたけどそればっかりはダメ」
「第一貴方にそういった知識はないでしょう?それに世話を出来るほど体力もないでしょう?」
「それは・・・そうだけど・・・」
「なら今日は帰りなさい。時間も遅いから、タクシー代もあげるから」
「・・・嫌だ」
「悠里」
「嫌だ。お願い!今日だけでいいの。一緒に居させて」
「ダメって言ったわよね?どうして分からないの?」
「だって時間がないじゃない。おじいちゃんがどれだけ生きていられるのか。少しでも一緒に居たいの」
「悠里・・・」
「お願い」

 私に出来ることは少しでも一緒にいることともしも祖父が望めば『風景屋』の話を受けること。その二つが今私が祖父に出来ること。

 母が私を見つめている。私も母を見つめている。先に折れたのは母だった。

「はぁ、小学校4年生からずっと静かでどうしたのかと思ってたら・・・父さんのこととなると人が変わったようになるんだから・・・着替えは私のを使いなさい。但し泊まっていいのは夜まで、明日の学校には行きなさい。いいわね?」
「ありがとう母さん」
「私はシャワーを少し借りてくるから父さんのことをよろしくね」
「うん。何かあったら直ぐに呼ぶ」
「頼んだわよ」

 母は仕方なさそうにそう言って着替えやタオルを持ってシャワーを浴びに行った。

 私は椅子に座り祖父の顔を見続ける。祖父は苦しいのかうなされているのか。表情は暗い。私に何かできることは・・・。

「おじいちゃん。元気になって。一緒にまた遊ぼう?最近は行ってなかったけどまた行きたいなって思えるようになったんだ。何がきっかけで行かなくなったか、私は今は思い出せないけど。また一緒に居たいよ・・・」
「悠里・・・泣かないで・・・おくれ」

 私の祈りが届いたのか、祖父の声が聞こえ私はバッと顔を上げると祖父は薄っすらと目を開けていた。その目は私を見ており慰めてくれているようだ。祖父の声を聞くだけで私は落ち着くのが分かる。

「おじいちゃん・・・一つ聞きたいことが・・・あるんだけど・・・いい?」
「なんだい?」

 祖父の顔は優しかった。苦しいはずなのに、辛いはずなのに。祖父はいつも私に笑顔を向けてくれる。そんな祖父に祖父の為に聞く。

「あのね、おじいちゃんが見たい本当の風景を見られるかもしれない。もし見られるなら見たい?」
「悠里には・・・バレてしまっていたか・・・。ああ、もしも見れるなら。儂は見たい」

 やっぱりそうだったんだ。祖父は見たいものがあった。でもそれには酷い代償があること伝えなければならない。

「だけど・・・。それには・・・おじいちゃんが見た風景の記憶が全部必要なんだって・・・。それでも悪い記憶も持って行ってくれるから幸せに、安心出来ると思う・・・それだと・・・どう?」

 私は恐る恐る祖父に尋ねた。祖父は私が話している途中から目を閉じて何か考えているようだった。

 部屋には母がシャワーを浴びる音だけが響いている。

どれくらい待っただろう。5分くらいだったのか数十秒だったのか分からない。それでもこれまでの人生で一番緊張した時間だったと思う。祖父が目を開け、私に変わらない瞳を向けた。

「悠里・・・。色々と思い出していたよ。そして考えた・・・。楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、腹が立ったこと。・・・一杯ある。これでもそれなりに生きて来たからね。だけどね何度思い返しても何度考えても儂は今のままで・・・十分だ」
「え・・・それって・・・」
「儂に記憶と引き換えに昔の景色が見えると言っただろう?そんな取引はお断りだ」
「なんで・・・?」

 私がそう言うとくつくつと祖父が笑う。

「簡単だよ・・・。儂は儂の人生を大いに楽しんだ。満足した。初めての娘は小さくて・・・それで愛らしくて・・・どうしていいか分からなかったけど一生懸命育てた。初めての孫は活発で・・・よく笑って・・・とっても愛おしい。皆皆儂の大切な記憶、辛かったこと大切な風景の一部だ。その一欠けらでもいらないなんて思ったことはないよ。だからそんな顔せずに笑って居てくれ」

 祖父は笑っていた。その笑顔は本物だったと思う。私に優しく微笑みかけてくれる。その微笑みが私は嬉しくて悲しくてどうしようもない気持ちになった。

「悠里・・・涙を拭いて・・・?」

 祖父が私に手を伸ばす。その手は小刻みに震えており、力が込められているようには見えない。私はその手を握った。その手に私の涙が落ちる。

「あ・・・ごめん」

 そう言って私は片手は祖父の手を掴んだままポケットからハンカチを取り出し涙を拭いた。それでもその涙は止まらずに溢れ続ける。

「問題ないよ。悠里、ちょっと寝るね・・・」
「おやすみ・・・」

 祖父は唐突にそれだけ言って目を瞑り静かに寝息を立て始めた。

 私はどうしていいのか分からなくなった。頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

 その状態は母が出てくるまで続いた。
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