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4話 実家へ

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 登校していつも通りの学校、授業、昼食。一人で食事を終えた所で母からLINEに連絡が入った。

『おじいちゃんが目を覚まして会話したわ。それで景色について聞いてみたけど分からないって。だから気にしないで。きっと寝ぼけてたとかだろうから』

 そう書かれていた。

 そんな・・・そんな・・・。

 私に出来ることはないっていうの?私がおじいちゃんに何か出来ること。

 私はその日その足で病院へ向かった。ちょっと最寄駅から遠かったけれど、関係はなかった。

 コンコンコン

「どうぞー」
「失礼します」

 私はおじいちゃんの病室に入った。おじいちゃんはベッドに横たわりチューブや機械に繋がれている。しかし、その目は薄っすらとだが開いていて、それは私を見つめていた。

「おじいちゃん・・・」

 私はゆっくりと祖父に近づいていく。私が近づく度に祖父の目は細くなり優しさが顔に浮かぶ。

「良く来たな・・・こんなに大きくなって・・・」
「おじいちゃん・・・」
「そんなに辛そうな顔をするな・・・。昔みたいに笑ってくれ・・・」
「笑えないよ・・・」
「儂はもう十分生きた。いい娘も可愛い孫にも会えた。そしてそろそろ迎えが来るだけ。その間際にお前たちの顔があるだけで幸せなんだ。だから儂の事も笑って見送っておくれ」
「そんな・・・」

 そんなこと言わないでよ。何で死にそうなのにそんなことが言えるの。体も辛いはずなのに何でそんな顔が出来るの。

 母も下を向いている。何を考えているんだろうか。

 今はそれよりも祖父の見たかった景色だ。私はそれを見つけたい。あの状況で祖父が呟いた言葉に私は何か運命みたいな物を感じていた。私が絶対に見せる。そう心に誓うほどにそれが祖父にとって大事な物だと思った。

「おじいちゃん。本当に大事なもう一回見たい景色を思い出せないの?」
「ははは、お前も母さんと同じことを言うんだな・・・。儂が見たい物は既に見ている。だからそんな戯言は忘れなさい。お前はお前の人生を生きるのだから。ごほっごほっ!」

 祖父が乾いた笑い声で答えた後に辛そうにせき込んだ。

「父さん!無理しちゃダメよ!悠里、あんまりしゃべらせないで」
「ごめん・・・」
「いいの・・・だよ。儂は・・・お前の顔が見れて嬉しかった」

 祖父はそう言って苦しそうな顔をしつつも笑顔を向けてくれた。

「おじいちゃん。諦めないで、私が絶対に見せてあげるから。だからね?」

 私がそう言うと祖父は驚いた顔をした後に目元だけどやわらかげに緩めた。

 窓は母が開けていたのか風が入ってきていて、私の髪が宙に舞う。

「悠・・・里・・・無理はしない。約束だよ?」
「うん。分かってるよ。おじいちゃん」

 祖父はそれだけ言うと疲れていたのか目を閉じて静かに寝息を立てる。

「悠里・・・貴方、本当に悠里?」
「どうしてよ」
「貴方からそんな事を言い出すなんて信じられなくて・・・いつもみたいに夕飯を聞いたら何でもいいって言ってきた貴方は何処に行ったのかと思って」
「今も夕飯とかはどうでもいいと思ってるよ。だけど、これだけはやらなきゃいけない気がする。そんな気がするの」
「そう、そんな何かにやる気になってる貴方は久しぶりに見た気がするわ。小学校・・・4年生ぶりくらい?」
「覚えてないよ。それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。夕飯までには帰ってね」

 私は久しぶりに自分の意思で外に出た。学校に行かなければならないとかお使いに行ってきて欲しいとかでもなく。

 そして昨日は母に言われるままにタクシーを使ったが今日は自腹で来た。財布の中を確認すると大したお金は入っていない。なぜならお金はほとんど使わないから。適当にネットで曲を聴いて、図書館で適当な科学系の本を借りて読む。家に帰ったら宿題と予習復習、ご飯を食べてお風呂に入って適当に本を読んで時間を潰してそれで終わり。その繰り返しの毎日。友達と話すこともなく、恋人と時間を過ごすこともなくただ一人、私の人生には私しか居ない。そんな人生だった。


 とりあえずお金もないので電車での移動にする。一度祖父の昔の事も知る為に母の実家へ向かった。

 祖父母の実家は病院から30分くらいで見えてきた。近い所を選んだのだから当然かもしれない。

 私の住む家よりも周囲は少し煩い。周囲には食事処や雑貨屋コンビニ意外と多くの店が開かれていて、人通りも多い。これからライブに行くのだろうかと思わせる黒い皮のジャケットを着た男性や夜の街に繰り出しそうな体のラインがハッキリと出る服を着てばっちり化粧をしている女性。色んな人とすれ違った。

「ここに来るのは久しぶりだな」

 ここに来るのは小学校以来だと思う。昔は良く来ていたので感覚として覚えていた。もしも分からなくても祖母に電話すれば何とかなったと思う。

 そして祖父母の家の前につくとそこは大きな平屋だった。周囲は生垣で仕切られていて、ちゃんと管理されているのか綺麗に整えられている。中に入ると左側に庭が見える。その庭に小さなブランコが置いてあり、その奥には池があった。雑草などもちゃんと取られていて誰に見せても恥ずかしくない。縁側の扉は全て閉められていて中の様子は一切わからなかった。

「変わらないなぁ」

 それが私の久しぶりの印象だった。昔はこの庭で餅つきをしたり、少しだけ降った微かな雪で雪だるまを作ったり記憶を思い出す。

「おばあちゃーん!」

 私は横スライド式の玄関を開けて祖母を呼ぶ。家の中からテレビの大音量がここまで聞こえてくる。暫く待つと声が返ってきた。

「誰だってー!?」
「私よー!悠里よー!入っていいー!?」
「ああー上がんね!上がんね!」
「お邪魔しまーす!」

 私は玄関を閉めて靴を脱ぐ。そして少し高い木製の廊下に足を掛ける。今の私が歩いても音は一切しない頑丈な作りだった。横は襖だったり土壁だったりで趣深い造りになっている。

 私は廊下を歩いて居間に行く。そこで祖母が座布団に正座をしながらテレビを大音量で見ていた。彼女は灰色のズボンに紺色の上着を羽織っている。私が部屋に入ると嬉しそうに顔をほころばせた。

「よー来たね。何年ぶりだ?爺さんが倒れたと思ったら来てくれるなんて、なんか心境の変化でもあったか?」

 祖母の声は大きくなっていてちょっと驚いてしまった。小さいころに来た時は元気は良かったがこんな大声でしゃべることは無かったのに。それでもちゃんと挨拶は返す。

「久しぶり。ちょっとおじいちゃんのことについて調べたくって」
「・・・」

 私がそう言っても祖母は私の顔を見たままで何も言ってこない。どうしたんだろう。

「もう一回言っとくれ!秘密の会話じゃないんだろ!」
「・・・」

 今度は私が黙る番。祖母は耳が悪くなっていたのに少し悲しくなる。だから私は彼女に聞こえるように大声で返す。

「ちょっと!おじいちゃんの事を調べに来たの!昔の写真とか!思い出話とかないの!」
「爺さんのかい!?部屋に多少あるからこっちに来な!」

 祖母が立ち上がって案内してくれる。私はそれについていく。祖母が開けた襖を私も通るとそこは物置だった。だけど荷物はちゃんと整理されているのかそれぞれの物に張り紙がしてあってなんの話か分かるようになっていた。それぞれが丁寧な字で書かれていて、この几帳面さは祖父の物だと思う。

「確か昔の物とかはこの中にあるから好きにさがしね!それとよう来たな!飯も食ってくか!?」
「ありがとうおばあちゃん!でも大丈夫!今日はすぐに帰るから!」
「そうが!しかし大きくなったな!実際に近くで見ると気がうわ!」
「そう!?自分じゃ分からないけど!」
「ばあちゃんよりも高いだろうね!」

 そういう祖母を改めて見ると腰が曲がり下から私を見上げていた顔は皺が深く数も多い。いつの間にこんな風に見えるようになっていたのか。寂しさと申し訳なさを感じてしまっていた。

「ホントだね!これでもクラスでは真ん中くらいなんだけど!」
「そうかぁ!最近の子は成長が早いなぁ!」
「そうなの?あんまり分かんないや!」
「昔は皆ちっこかったぞ!爺さんも昔はちっこくて可愛かったんさぁ!」
「おじいちゃんって小さかったの!?」
「そうさぁ!昔からの幼馴染だったんだからな!」
「そうだったんだ!知らなかった!」
「そうかぁ!?もっと聞くか!?」
「うん!聞かせて!聞かせて!」
「じゃあ居間に戻るぞぉ!ここだとつれぇからなぁ!」
「分かった!」

 私と祖母は居間に戻った。そこは中央に丸いちゃぶ台があってその正面には大きな大きなテレビが置いてある。これは父が祖母たちに送ったプレゼントで喜んでいた。それでももう何年も使っているので、今家にある物と比べると画像も荒く感じる。

 私はお茶を入れてくれた祖母の近くに座り一生懸命話を聞いた。それはとても幸せな時間だったと後になって思う。
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